夕日の下での約束
矛盾点を修正しました(2016/01/27)。
俺がこの世界にやって来て7年が経過した。もうこの世界、というかこの村にもすっかり慣れた。
オフィーリア先生に魔族語を習い始めて半年ほどになるが、俺から見ても教え慣れていないというのがよくわかる。知識については間違いなくあるんだろうけど、それをうまく説明できないようなのだ。エディスン先生が補佐してくれているので俺は問題ないが、オフィーリア先生が落ち込む姿は見ていてかわいそうになってくる。
「うう、教師の道は険しいですわ」
まだ若葉マークがついている状態なんだから、そこまで落ち込まなくていいと思うんだけどな。
それと、ジルのときもそうだったが、オフィーリア先生にも休息は必要である。魔族といえども俺達と違って生きてるからね。
ならどうしているのかというと、日没後にライティア村に出勤して日の出と共に退勤するという、まさかの通勤方式を採用していた。ジルを見ていたのでてっきりこっちに滞在すると思っていたけど、さすがに違ったらしい。
夜に授業をするのはその方が落ち着いてできるからだが、そうなると生活リズムが昼夜逆転することになる。それは大丈夫なのかと質問すると何とかなるらしい。
「元々夜型なので夜更かしは苦になりませんし、毎日規則正しく眠ることができるのならば平気ですわ」
とのことだった。飯についても向こうで済ませると聞いている。
オフィーリア先生を見ていると、ジルってかなりたくましかったよな。
こうやって俺の方は来るべき旅のために備えている。
その一方、ライナス達はついに7歳になった。2年間の学習期間が終わったのだ。ここで大半の子供は進路が決まる。
まず、各家の長男は親の家業を継ぐために仕事を手伝い始めた。どのくらい手伝うのかはそれこそ各家ばらばらで、丸1日がっつり手伝わされる子供がいれば、とりあえず半日程度で済んでいる子供もいる。次男以下はそれ以上にばらばらだ。家の仕事を手伝わされたり、どこか伝手のある商家に奉公に出されたりと家の都合に合わせて進むべき道がある程度決まっていった。
そしてライナスだが、この子はしばらく今まで通りということになった。教会で教える勉強をすぐに身につけ、おまけにロビンソンが剣術の才能もあると保証してくれたので、ジェフリーがフレッドの出来を確認できるまで待つことにしたのだ。俺達の思惑通りである。
ちなみにその間のライナスは、半日をジェフリーの手伝い、もう半日をロビンソンの下で剣術の稽古という生活を送ることになった。まぁ、ジェフリーにとっちゃどちらに転ぶかわからないんだから妥当な判断だと思う。
次にバリーだが、こいつは迷うところがない。戦士としての才能をロビンソンに見いだされて、そのまま本格的に修行を始めることになった。いずれは冒険者として身を立てるつもりのバリーだが、当面は実家からロビンソンのところへ通って修練を積まないといけない。そのまま村を出るには年齢も低すぎるしな。
最後にローラだが、この子は何とめでたく王都の大神殿へ行くことになった。神父さんが色々と準備をした結果、去年の秋に村に試験官がやって来てローラが受験したのだ。そして見事合格する。試験官もほぼ満点の結果を出したローラに驚いたらしい。特に、6歳にして神父さんが教えられる光の魔法を全て操れるのが決定打だったようだ。滅多にいないことらしい。
こうして村始まって以来のことだと大騒ぎになったわけだが、1人ローラだけは浮かない顔をしていた。
試験直後の初冬、ローラはいつもの通り教会へと向かう。
「おーい、ローラ!」
「あ、ライナス……」
ライナスに呼びかけられたローラは、陰りのある顔のまま返事をした。
大神殿からやって来た試験官が予想外の結果に満足して帰っていった後も、ローラはライナスとバリーの2人と一緒に行動していた。何しろ別行動しているところを見たことがないくらいだ。ローラにとっては最早日常そのものと言っていい。
しかし、そんな日常も来年には終わってしまう。ライナスと一緒にいたくて冒険者になると決めたのに、そのせいで離ればなれとなってしまうとは思ってもいなかった。
「ローラ、どうしたの? 元気ないよ」
「うん……」
教会での勉強が終わり、ロビンソンに稽古をつけてもらった後、2人は家路についていた。バリーは日が沈むぎりぎりまで素振りをしてから帰るため、ロビンソンの家に残っている。
帰宅するときだが、ローラは借りている写本を返すために毎日教会へ寄ってから帰る。最近は教義の書かれた大きな本を借りていた。6歳の女の子が持つのは結構大変なのだが、そこはライナスが代わりに運んでいた。さすがに未来のイケメン候補だ。俺とは違う。
それはともかく、いつもなら楽しくおしゃべりをしながら帰るはずなのだが、最近のローラはじっと黙って帰ることが多い。理由はどう見ても王都の大神殿へ行かないといけないためだ。
「……あたし、行きたくないな」
肩まで届きそうなストレートの金髪を朱い日差しで染め上げながら、ローラは呟く。
「でも、せっかく大神殿に行けるんだし、すごいじゃないか」
これで後の生活はほぼ保証されたようなものだ。そう考えると、ライナス達のように不安定な未来しかない者にとっては羨ましい将来といえる。
「……ずっと一緒にいたいな」
誰と、とは恐らく本人の前だから言えなかったんだろうな。さて、ライナスが気づくかどうかだが、
「……」
どうなんだろう。言葉だけならバリーも含めて3人とも受け取れるしな。精神読解で読むこともできるけど、それは人として問題がありすぎるのでやらない。
「ローラ、大人になったらバリーと3人で冒険しようって言ったろ?」
「うん」
「だから、ローラは大神殿でいっぱい勉強してきたらいいんだよ。俺、大人になったら迎えに行くから」
「え?」
微妙に求婚しているようにしか聞こえないですよ?
「ほら、大神殿に行っても手紙を書けばいいだろ? それに、もう会えなくなるわけじゃないんだし!」
「……そっか。そうだよね!」
ライナスの微妙に告白をしているような励ましを受けて、ローラは次第に元気になる。顔が赤くなってるのは絶対に夕日だけのせいじゃない。
「俺やバリーは前に出て戦うから、絶対に怪我ばかりする。だから、ローラが魔法で治してくれよな!」
「うん!」
こうしてローラは完全に立ち直った。
そして現在に戻るんだが、今日はローラが王都へ旅立つ日だ。教会の前には大神殿から送られてきた馬車が止まっていた。きっちりとした屋根のある馬車だ。村で使われている作業用のボロい馬車とは全く違うので集まった村の面々も感心している。
俺も随分と気合いが入ってるなと思う。誰か1人が村に派遣されて歩いて行くものだと思っていたからだ。余程優秀だと判断されたのか、それともこれが当たり前なのかは俺にはわからない。
気になったのでエディスン先生に聞いたところ、
「微妙ですね。期待されているのは間違いないですが」
と珍しく歯切れが悪い返事をしてくれた。馬車そのものは王都で当たり前のように見かけるやつらしいのだが、教会の試験に合格した子供を迎えさせるのに馬車を使う場合と使わない場合があるらしい。
「案外、神童と判断されたのかもしれませんね」
試験官も驚く結果を叩き出してたもんなぁ。とびきり優秀な子供と判断されたんだろう。
こんなことをエディスン先生と話していたら、教会で最後のお祈りを済ませたローラが外に出てくる。神父さんも一緒だ。やたらと誇らしい顔をしている。
教会から出てきたばかりのローラは、親をはじめ村長や友達と別れの挨拶をしている。これからは滅多に会えなくなる寂しさを誰もが感じているようだが、明るい未来を約束された女の子をみんなが祝福していた。
やがて、バリーとライナスの番になる。
「ローラ、ちゃんと勉強して早く一人前の僧侶になれよ! そして一緒に冒険しようぜ!」
「うん、ありがとう、バリー」
勉強の苦手な奴がちゃんと勉強しろと励ますのをみて思わず笑ってしまったが、ローラは嬉しそうに頷く。
そして最後にライナスとだ。
「ローラ、無理しちゃダメだぞ」
「うん。お手紙書くからね。ちゃんと読んでよ」
「うん、わかった」
大丈夫ですローラちゃん。ライナスが忘れてても俺が思い出させます。だから7歳児のくせに、そんな甘ったるい空間を演出するのは勘弁してください。経験のない俺には堪えるんですよ。
「さぁ、そろそろ行こうか」
あまり長く時間を取るわけにもいかないため、神父さんはローラに声をかけた。一瞬だけしょんぼりとした表情を浮かべたローラだったが、神父さんに頷くと馬車に向かって歩く。
迎えに来た僧侶と一緒に馬車へ乗り込むと、合図を受けた御者は馬に軽く鞭を入れた。
「みんなー! またねー!」
動き出す馬車の脇から顔と腕を出したローラは、見えなくなるまで精一杯腕を振っていた。
こうしてローラはライティア村から王都の大神殿へと向かったわけだが、その後のライナスは今までにも増して真剣に剣術を習うようになっていた。この世界では15歳で成人となるので、それに合わせてローラを迎えに行くためだ。
そして、真剣になってきたのは夢の中でも同じだった。何と俺により高度な算術や自然科学、それに魔法を教えてほしいとせがんできたのだ。
「俺、立派な魔法戦士になってローラを迎えに行きたいんだ!」
どう聞いても花婿修行をしたいというようにしか聞こえません。
「まて、落ち着け。確かにここで俺が教えることもできるけど、周囲にばれたら誰に習ったっていうつもりなんだ?」
「うっ……」
さすがに後先考えて行動しろというのはまだ難しい歳だよな。その辺りは俺が支えてやればいいだろう。
「だからな、まずはロビンソンに魔法を教えてほしいって頼んでみるんだ。ほら、魔法戦士なんだから知ってるはずだろ?」
「あ!」
「それに、もしかしたら高度な教育を受けているかもしれないから、上級算術や上級自然科学なんかも教えてほしいって頼んでみたらどうだろう?」
普通はこんな辺鄙な村に派遣されてくるような奴に教養なんて期待できないが、あのロビンソンについては何か違うと俺は見る。そもそもこんな優秀な現役冒険者がやってくるなんて、将来のことを考えているにしても腑に落ちないところがあるからだ。この2,3年近くで見てそう感じるようになっていた。
だからこそ、ライナスの要求に応えられる能力はあるだろうし、受けてくれると思うのだ。これは俺の勘だが。
翌日、とりあえずライナスは頼んでみることにした。これでダメなら、俺がこっそりと色々教えることになる。
「あの、ドミニクさん。俺に魔法を教えてほしいです」
「あ~、魔法なぁ……」
おや、反応が怪しい。ダメならすっぱりと断るはずなんだが。
しばらく考え込んだ後、ロビンソンは再び口を開く。
「ライナス、お前、勉強はどのくらいできるんだ? 下級算術と下級自然科学くらいか?」
「えっと、算術は中級までできます。自然科学は下級までですけど」
「そうか。なら、まずは上級算術や上級自然科学を覚えてからだな」
ライナスは驚いた表情でロビンソンを見る。
「教えてくれるんですか?!」
「ああ、ちゃんと勉強できたらな」
「はい!」
あっさりと願いが叶ったライナスは飛び跳ねて喜んだ。おお、何かとんとん拍子に事が運んでるな。
「バリー、お前もどうだ?」
さっきから隣でひたすら素振りをしていたバリーにロビンソンが声をかける。
「あ、俺、勉強はいいっす!」
と興味なさそうに返した。そうだよな、俺もその返事は予想できたよ。
こうしてライナスはいよいよ魔法を習得することになったのだった。




