─幕間─ 最終決戦4─対ギルバート・シモンズ─
さっきまでライナス達と一緒に城内を移動していたけど、あれって魔王様側の魔族と出会ってたらまずかったよね。人間と一緒にいるってことを怪しまれるのもそうなんだけど、僕が元四天王のフールだってライナス達に知られてしまうから。別れてから初めて気づいたよ。
まぁそれでも、結果的には問題なかったんだし、良しということにしよう。問題はこれからだ。
僕は今、四天王の1人であるシモンズと会うために城内を歩いていた。表面上の理由は叛徒の情報を知らせるってことなんだけど、本当の目的は別にある。
「おお、フールではないか!」
戦闘音が聞こえる中、通路の奥からシモンズがやってきた。僕を見つけた途端に笑顔になったけど、あれってどう見ても裏がある笑みだよね。
「ちょうどよかった。これから会いに行こうとしていたところなんですよ」
「ほう、俺にか。何の用だ?」
シモンズの背後には護衛が2人付き従っている。軍団長なんだからそれくらいいて当然か。
「叛徒に更なる増援がやって来ているのと、城内に叛徒が雇った人間が侵入したってことを知らせに来たんですよ」
「なるほど、確かにそれは一大事だな」
口ではああ言ってるけど全然驚いていないよね? やっぱり何かあるな、僕に。
「あれ、一大事って言ってる割には驚いてないですよね?」
「この城内に人間が侵入したとなれば、目の前にいるお前しかおらんではないか」
「いや、侵入したのは人間の一団でですね……」
「その首謀者がお前なのだ、フール!」
シモンズは獰猛な笑みを浮かべながら剣を抜く。後ろの2人もだ。ああ、やっぱり最初から結論ありきだったんだ。これを機に叛徒側と通じていたということにして始末するんだろう。実際に通じているんだから実は正しい行動だったりするんだけど。
「嫌われていたことは前から知っていたけれど、まさかここまでとはねぇ」
「最初から人間である貴様がここにいること自体が気に入らなかったのだ!」
剣を抜きながら後退する僕をシモンズ達は追いかけてくる。さすがに1対3は辛いなぁ。
とにかく、もう少し不利な状況を解消しておきたいので、分岐路のあるところまで僕は下がり続ける。
「我が下に集いし魔力よ、光の弾を持って敵を滅せよ、光散弾」
シモンズ達に追いつかれそうになったから、僕は牽制のつもりで魔法を放った。
「闇盾」
僕の詠唱を聞きつけた3人は足を止めると、半透明の黒い膜のようなものを出現させた。そこへ僕の放った光散弾がぶつかる。あちゃぁ、全部防がれたか。
うーん、やっぱりそうだよなぁ。詠唱を聞いたら対処するよね。いや僕も本当は無詠唱でやりたいんだけど、本来のフランク・ホーガンという聖騎士はあんまり魔法が得意じゃなかったみたいなんだよね。だから、光の魔法も詠唱しないと使えないんだ。
まぁ、とりあえず足止めできたからいいけど。
「闇槍」
「「闇散弾」」
対抗してシモンズ達も魔法で反撃してくる。ぎりぎり分岐路にたどり着いた僕はそこへ飛び込むようにして避けた。さすがにあの量の魔法を防ぐ自信はない。
「追え! 逃がすな!」
シモンズの大声が周囲に響く。はいはい、もう逃げませんよ。
素早く立ち上がった僕は、3人の死角になる角の陰に隠れて様子を窺う。足音が2つこちらへと急速に近づいてきた。
「なっ?!」
僕は剣を突き立てながら、体当たりをするように護衛の1人へと突進した。突然のことに相手は対応できず、驚愕の表情を浮かべながら僕の剣に刺し貫かれてしまう。
すぐ横にはもう1人の護衛がいる。こりゃ剣を抜いている暇はないな。
自分の剣から手を離した僕は、今刺し殺した相手の剣をもぎ取ると、それを使ってもう1人へ打ち込む。しかし、さすがにいつまでも呆けていてはくれず、その剣は弾き返されてしまった。
「おのれ貴様! 許さん!」
一歩遅れてやって来たシモンズが、やられた部下を見て激高する。どうせ殺すくせによく言うよ。
僕は護衛の1人と剣を交えていたんだけど、そこにシモンズが加わってくる。うわ、さすがにこれは無理だ。
「あれ、2対1って騎士として卑怯じゃないの?」
「裏切り者を討つのに卑怯も何もなかろう!」
「普段あれだけ偉そうなことを言ってたくせに」
「やかましいわ!」
シモンズは僕の挑発に乗って、護衛を押しのけるようにして僕と対峙する。そして強烈な斬撃を打ち込んできた。護衛はこちらの様子を窺いつつも手を出してこようとはしない。シモンズが負けるとは思っていないんだろうね。うん、その認識は正しい。
ということで流れで僕とシモンズの一騎打ちということになった。おお、やっと理想的な流れになってくれたじゃないか!
「今こそ貴様を討って、獅子身中の虫を取り除いてくれる!」
「うん、是非そうしてくれ」
「なに?!」
今まで劣勢ながらもシモンズの剣を受け流していた僕だったが、袈裟懸けに切りつけてきた剣に対しては無防備なまま体で受け止める。もちろん、シモンズの技量や装備からして、まともに受けたら真っ二つさ。フランク・ホーガンの体は左肩から右脇に掛けてきれいに二分割された。
「……お前、一体?」
「ごふっ……ふふ、これも予定通り、さ……」
いや、相変わらず死ぬときってのは痛くて苦しくて最悪だよね。しかもあの喪失感っていったら何度体験してもやっぱり不安になる。
「閣下! ついにやりましたね!」
「ああ、そうだ、な?」
フランク・ホーガンの体がその生命活動を終えると、部下の護衛から声をかけられたシモンズは自分の体に起きた異変に気づく。なんだ、この圧迫感は?
「閣下? どうされました?」
「い、いや、これは、一体?!」
俺は体を思うように動かせなくなってきていることに驚いた。そして、五感が次第に鈍くなりつつあることに焦る。部下が俺のことを呼んでいるが、まるで他人事のようにしか思えない。
(お、やっと話せるようになったね!)
「?! 誰だ、お前は?」
頭の中に無機質で明るい声が突然響き渡った。
(僕かい? いやだなぁ。たった今、君が殺したばかりじゃないか)
「な、に……?!」
馬鹿な、どうして今殺したフールの声が頭の中で聞こえるんだ? しかも、声色が全然違うぞ?!
(そりゃそうさ、君が今まで聞いていた声っていうのは、フランク・ホーガンっていう人物の体を使って出していた声だからね。今聞いているのが本来の僕の声なのさ)
そもそもなぜ本来のお前の声が俺に聞こえるんだ?!
(だって、今僕は君の体と魂を乗っ取っている最中だからさ)
そんな、お前は人間の聖騎士だったはずでは?!
(あははは! 本当にそんなことを信じていたのかい? よく考えてみなよ。魔王様に使えて何十年にもなるけどさ、その間に老けもせず若々しいままの人間なんているはずないだろう? 魔族じゃないんだからさ)
それは、お前が魔法で若さを保っていたからではないのか?
(人間の聖騎士はそもそもそんなことはできないよ。そういうのはね、専門の研究をしていないとできないものなのさ)
では、お前は一体……?
(僕は死霊魔術師なんだ。殺される度にこうやって相手を乗っ取って生き延びてきたんだよ。そして今回、君が前の僕を殺したから、こうやって引っ越してきたのさ)
俺は、これから……
(君の自我はもうすぐ消えるよ。邪魔だからね。そして、君の記憶、経験、技量、肉体、つまり自我以外の全てを僕が引き継ぐことになる。つまり、これからは僕がギルバート・シモンズなんだ)
……
おや、もうシモンズ本人の自我は消えたようだね。お、僕も体を動かせるようになった。よし、引っ越し完了っと。
さてと、それじゃ次の行動に移りますか!
片膝をついて何かを耐えるように震えている僕だったけど、それもやがて終わる。
「閣下! しっかりなさってください!」
「ああ、すまん、もう大丈夫だ」
僕を心配して声をかけてきた護衛に向かって声を返す。現実の時間は大して流れていないだろうから、急に具合が悪くなったようにしか見えないはず。
「ふん、フールの奴め。最後に精神干渉してきよるとはな」
「閣下、それでは今のはこいつが」
「もう心配はない。死ぬと同時に干渉もなくなったわ。それよりも、2人の死体を片付けておけ。俺は1人で魔王様に謁見する」
どうやら先程までのシモンズは、落ち着きつつある状況を魔王様に報告するために移動していたようだね。そこに偶然僕がやって来たみたい。って、やっぱり反魔王勢力は追い返されちゃったか。まぁ、こんなものだよね。
「はっ、わかりました」
部下の声を背に受けながら僕は謁見の間へと向かう。たまにすれ違う魔族がいたが、尊敬の念を持って道を譲ってもらえる。前のときとは随分と待遇が違うなぁ。今までが嘘のようにすんなりと謁見の間に着いた。
謁見の間の門番2人は刺殺されている。騒ぎになっていないということは誰もここへ来ていないわけか。ライナス達と別れてそんなに時間は過ぎていないとはいえ、随分と不用心だね。こっちにとっては都合がいいけど。
「さて、中に入るか」
あの魔王様相手にライナス達が短時間で勝てるとは思えないけど、全て終わった後だと泣くに泣けない。
僕は大扉の片側の取っ手を手にして、ゆっくりと開けた。
最初に玉座の近辺を見てみると、その手前で魔王様とライナス達が戦っている様子が視界に映る。そして、ライナスと魔王がまさに剣を切り結んでつばぜり合いをしているところだった。更に、その光り輝く2人の足下には5アーテムほどの魔方陣が淡く緑色に輝いている。
「ああ、間に合った」
僕は少し離れたところに倒れているベラの人形へと視線を移した。すると、その死体からは無数の黒い線のが魔王やライナス達に向かって伸びている。また、その黒い線はいずれも魔方陣と同じように淡く緑色に輝いているを確認した。うん、ちゃんと動いているようだね。
「これなら大丈夫だろう」
僕は魔方陣が正しく起動することを確信しながら、ゆっくりと魔王様の下へと向かった。
ああでも、ライナスの仲間が魔方陣を傷つけようとしているね。どうも魔王の切り札みたいに勘違いしているようだ。これはいけない。
「それは止めてくれないか」
3人はこちらへと振り向いた。
あれは僕たちの悲願を達成するためのものなんだから、ここで傷つけられるわけにはいかないんだよね。
さて、何とかして止めないと。




