最終決戦3─対デズモンド・レイズ─
これでライナスとバリーは魔王と5アーテム程度のところまで迫った。問題はどうやって魔王に攻撃を叩き込めばいいのかということなんだが。
しかし、一度状況が動き出すとなかなか考える暇がない。
『お前の鎧が光っているのは伊達ではないということか。いいだろう、ならこれはどうだ?』
魔王は力強く一歩前へと足を踏み出すと、足の先から黒い波が広がってくる。
『吹雪』
同時に、魔王は魔法を放った。発動場所はローラとメリッサのいる範囲だ。
「えっ?!」
「ちょっ!」
バリーへの支援と魔王への牽制のために魔法を使おうとしていた2人は、突然のことに驚いた。魔法を使う直前だったために逃げ遅れた分、低温と鎌鼬による傷を負う。防具代わりの服の特殊効果でかなりましになっているとはいえ、手傷を負うと動きは鈍った。
そして、バリーをはじめ、少し遅れて後ろにいたローラとメリッサは黒い波によって支援魔法を全て解除されてしまう。一時的にとはいえ、これで3人は支援魔法をかけ直すまでは魔王に何もできない。
『さて、後はお前だな』
「くそ!」
今回の魔王は黒い剣を伸ばすのではなく、近づいて打ち込んできた。応戦するライナスであったが、体格からして一回り違う上に剣の技量も相手の方が上手となると防戦しかできない。
「てめぇ!」
『邪魔だ』
横合いから槍斧で切り込んできたバリーの攻撃と黒い障壁で受け止めると、魔王は蹴り一発でバリーを吹き飛ばす。支援魔法が解除されて素の状態だとバリーでさえも相手にならないのか。
再び1対1となると魔王の攻勢は強くなる。このままじゃ長く持たない。
(光散弾)
剣と鎧へ大量の魔力を供給し続ける中、俺は至近距離から魔王に魔法を撃ち込んだ。しかし、バリーの攻撃と同じように黒い障壁で防がれる。便利だな、それ!
『ほう、魔法も同時に使えるとは思わなかったぞ』
一旦引き下がった魔王がライナスに向けて賞賛の声を投げかけた。厳密には俺なんだが、一体化している今は分けることに意味はないだろう。
ともかく、ライナスの背後では、バリー、ローラ、メリッサの3人が再び戦える準備を整え終わったところだ。
『まさか人間が、お前達のような隠し玉を持っていようとはな。武具の力もあるのだろうが、ここまでやるとは予想外だ』
今そんなことを言われても喜んでいる余裕なんてない。早く決定打を与えないと。
状況は再び振り出しに戻ったといったところだ。ライナスと魔王の距離は6アーテムで、バリーはライナスの2アーテム右手にいる。ローラとメリッサはバリーの後方10アーテムくらいだ。支援魔法のかけ直しは既に終わっている。
(ライナス、バリー。俺が合図をしたら一斉に突撃してくれ)
「わかった」
「いいぜ!」
今まで魔王の戦いぶりを見ていたが、黒い星幽剣、黒い波、そして黒い障壁の3つを駆使して戦っている。魔法も使えるようだが、小技として使う程度でしかないので補助的な手段なんだろう。
この中で厄介なのが、黒い波と黒い障壁だ。黒い波は、かけた支援魔法が全て解除されてしまうというのが実にいやらしい。その支援魔法がないとこっちは魔王と戦えないので、1度解除されてしまうと再びかけ直さないといけない。そのため、連携も攻撃も事実上封じられてしまう。黒い障壁は更に厄介でこちらの攻撃を今のところ全て防いでいる。ただ、ライナスの星幽剣だけはまだ試せていない。でもこれならあの黒い障壁を突破できる気がする。
なので、まずはこの黒い波を使わせないようにしないといけない。その上でライナスが星幽剣で攻撃できる状況を作り出す。
今からすることは小細工だが、これが決まれば状況は大きく有利になるはずだ。
『仕切り直しか。まあいい。ではいくぞ』
魔王は先程と同じように左足を上げ始める。そうだよな、今まで俺達に対して有効だったんだから、また同じ戦法を使いたくなるよな!
(行け! 土の精霊!)
俺の合図と共にライナスとバリーが魔王めがけて走り出す。
次の瞬間、俺は魔王の上げた左足の下に小さい土の精霊を出現させる。本来なら精霊は物理干渉できないのだが、魔力を多量に注ぐことでそれが可能となる。以前竜の山脈でやったことと同じだ。
黒い波を出すとき、魔王は必ず足を踏み出していた。そして、地面に足が着いた直後に黒い波が発生していた。そうなると、上げた足を地面につけさせなければ黒い波は起きないはずと俺は睨んだ。
人型の土人形のような土の精霊は、地面と魔王の左足にすっぽりと収まった上に、その両腕で魔王の足首をがっちりと捕まえた。
『なっ?!』
「おおお!」
予想外の出来事に驚愕した魔王は真正面から向かってくるライナスの長剣を黒い剣で弾き返した。
「はぁっ!」
バリーが振り下ろしてきた槍斧は、先ほどと同じように黒い障壁に阻まれる。通じないことはわかっていた。今重要なのは魔王の意識をライナスからそらすことだからこれでいい。
「光槍!」
続いてローラの撃った光槍も、バリーの攻撃と同じように黒い障壁に阻まれる。先ほどから魔力を注ぎ込んでいたらしく、かなり太く長い光の槍だ。黒い障壁に当たっても簡単には消えない。これが俺達と同じ星幽剣系の力なら、結構な量の魔力を消費することになるはずだ。
「光明!」
『なんだと?!』
そして、メリッサはまさかの光明だった。魔王も視覚に頼って戦っている以上、目の前に光明を出されては眩しくて何も見えない。やっぱり射出系の攻撃魔法しか黒い障壁は防げないんだな。
『おのれ、小癪な!』
「魔王!」
そしてライナスが再び魔王に迫り、星幽剣状態の長剣で切りつける。これも黒い障壁に阻まれた。けど、他の攻撃とは違って明らかに他よりも黒い障壁にめり込んでいた。
(お、これいけるぞ!)
俺の予想通りだったのか他の要因がからんでいるのかわからないが、今はどうでもいい。有効であることがわかった以上、これに全力を突っ込むべきだ。
現在、魔王は片足を土の精霊に押さえつけられた状態で、ライナスの長剣、バリーの槍斧、ローラの光槍を魔法障壁で防いでいる。その上、メリッサの光明で視覚を奪われた状態だ。
すごいな、4人がかりの攻撃を防いでいるのか。俺達ではまず無理だな。
それはともかく、この中でライナスの星幽剣での攻撃がやっぱり一番有効そうだ。これで押していくとなると、俺が大量に魔力を突っ込む必要がある。
(ライナス、剣に魔力を限界まで突っ込むぞ!)
「わかった!」
魔王だって馬鹿じゃない。同じやり方が2度も通用するとは思えない。なら、ここで持てるものを全てつぎ込んで押し切るべきだろう。
『魔力分解』
目つぶしの光明を取り除いた魔王はすぐに周囲の状況を理解する。
『なるほど、大したものだ! が!』
魔王は鬼のような形相で叫ぶと、足下の土の精霊を踏みつぶした。その瞬間、黒い波が現れる。
「うおっ?!」
「光盾!」
支援魔法の効果が切れたバリーは黒い障壁に押し返されて後方へと蹈鞴を踏む。
一方、ローラは自分とメリッサの前にのみ光盾で守った。バリーはさすがに離れすぎていて守れないようだ。しかし、2人が無事なら、バリーにだけ再度魔法をかけ直せばいい。
ということで、今踏ん張っているのはライナスと俺だけだ。剣に注ぎ込む魔力を増やすほどに黒い障壁の向こうへ刃先が向かう。
『くっ、これ以上はさせん!』
さすがにこのままでは黒い障壁を突破されると判断したらしい魔王は、手にした黒い剣でライナスの長剣を防いだ。すると徐々に押し戻されてゆく。
「おおおお!!」
(これで決めるぞぉ!)
けど、そんな簡単に諦めるわけにはいかない。魔王がこれだけ必死になるということは、この攻撃は有効だということを意味している。それならば、ここは是が非でも押し切らないといけない。
俺は持てる魔力を更に注ぎ込む。そのおかげか、押し戻されつつあった刃先がぴたりと止まった。
ライナスと魔王の手にする2つの剣からは、最初は白と黒の火花が散っていたが、次第にそれは大きくなり、黒と白の雷のような放電現象へと変わってゆく。
「うわっ、いてぇ?!」
バリーは黒い放電に触れると、ローラとメリッサの方へとはじき飛ばされた。やはり無害というわけじゃないのか。
「バリー、大丈夫?」
「ああ、大したことはねぇよ!」
すぐに跳ね起きたバリーはローラに向かって不敵に笑う。しかし、すぐにライナスと魔王に視線を向けた。
「なぁ、あれ、どうなってんだ?」
「私にもわからないわ」
そもそも初めて見る現象なので誰も説明なんてできない。3人はライナスと魔王の様子を呆然と見ていた。
「あれ、なんやこれ?」
ライナスと魔王の剣から迸る白と黒の雷に目を奪われていたメリッサだったが、2人を中心にいつの間にか5アーテムほどの魔方陣が地面に浮かび上がっているのを見つけた。それは、2人の剣の輝きに呼応するように緑色の輝きが次第に強くなっていく。
「あの魔方陣ってベラの死体につながってるの?」
「死体も緑色に光ってるぜ?!」
無数の線が魔方陣とベラの死体を結んでいる。しかも、それらはいずれも淡い緑色に輝いていた。端から見るとあからさまに怪しい。ローラとバリーが警戒するのも当然だ。
「あれ、魔王に力を与えてるんじゃねぇか?」
「確かにな。潰してまおか」
「それは止めてくれないか」
メリッサが杖を構えて魔法を撃ち込もうとしたとき、背後から男の声がした。
慌てて振り返ると、そこには漆黒の鎧を身にまとった魔族が立っている。
「あの魔方陣は魔王の命を刈り取るものだ。力を与えるものではない。だから、そのままにしておくべきだ」
「どうしてあなたがそんなことを知っているの?」
「そろそろ決着がつくぞ。目をそらさずに見ているといい」
魔族はローラの問いかけを無視して目の前の決着を見届けるように促す。再び3人がライナスと魔王へと視線を向けると、光と雷で2人の姿が霞んで見える。
そうして更に一際輝きが増して、辺りは一瞬何も見えなくなった。




