最終決戦1─対ベラ─
これから謁見の間へと入る覚悟は一応していたが、それはあくまでも俺達から中へと突入するという前提だ。しかし、その前提を崩されて相手から攻撃を仕掛けられてしまった。
(ローラ! 光槍!)
「?! 光盾!」
まさか真正面から奇襲されるなんて思わなかった俺は、咄嗟にローラの名前を呼んでみんなを守らせつつ、俺自身は闇槍を相殺するため光槍を放つ。
俺の呼びかけに反応したローラは、咄嗟に身を守るための光盾を展開させた。これは土壁の光属性版だ。半透明の魔法障壁がライナス達の前に現れる。
ぎりぎり間に合った光盾は、飛来してきた闇散弾を防いでくれる。かなり大きな破裂音をしながらぶつかる様子を見ていると不安になるが。
一方、俺の放った光槍は闇槍を直撃した。これで相殺できた、と思ったが、なんと闇槍は規模をかなり小さくしながらも尚も直進し、光盾へぶつかって消滅した。
(うそ、競り負けた?)
咄嗟のこととはいえ、込めた魔力は少なくなかったはずなのに。
『ふむ、叛徒がやって来たのかと思えば、人間とはな』
『どうやら叛徒は人とも繋がっておるようですの』
たぶん一番奥の玉座に座っているのが魔王なんだろうな。魔族特有の病的なまでに白い肌は虚弱そうな印象を与えるが、それは単に色が白いだけというのは既に知っている。漆黒の長髪をオールバックでまとめ上げて顔の輪郭をはっきりとさせており、彫りの深さと相まって渋い。控えめに見てもかっこいい。ちくしょう。
で、それはともかく、となりで話をしているのは誰なんだろうか。側近には違いないんだろうけど。しかもよく見ると、アレブのばーさんにそっくりじゃないか。なんだってこんな所にそっくりさんがいるんだよ!
『しかし、ベラよ。そなたの不意打ちを防ぐとは、ただのネズミではないな』
『ひぇひぇひぇ、2人がかりとはいえ、とっさに防ぐとはなかなかやりますわい。しかも、姿は見えませぬがそのうちの1匹は人ではない様子』
うげ、ばれてる。しかも、さっきの魔法は2つともあのベラってやつが撃ったのか。
「ベラって、確か四天王の1人じゃなかった?」
ローラが呟く。そうか、思い出した。確かそんなことを聞いたことがある。どうりで強いはずだ。
『そこの人間共よ。魔王デズモンド・レイズ陛下の御前である。控えよ』
「俺はライナス! 王国を攻めて人間を苦しめる魔王を討ちに来た!」
そばに控える四天王ベラの言葉を無視して、ライナスが口上を述べる。
『なるほど。確かに人間からすれば儂は悪か。しかし、儂も魔族を統べる身だ。そう簡単には討たれてやるわけにはいかん』
「同じ魔族からもこれだけ反乱を起こされてるあなたが、魔族を統べているなんてとても思えないわね!」
『ククク、確かにな。痛いところを突く』
魔王はローラとの受け答えをしている間に玉座から立ち上がる。
『陛下、ここは私めが』
『いや、そなた1人では荷が重かろう。儂も共に戦おうではないか。久しぶりにな』
どうもこの謁見の間には魔王と四天王ベラの2人しかいない様子だ。これは都合がいい。
「よし、行くぞ!」
ライナスのかけ声と共に俺達は全員で一斉に謁見の間へと入る。すると、さっきまで開きっぱなしだった大扉が閉じてしまった。これはきっと、勝負がつくまで開かないんだろうな。
再び意識を前に向けると、玉座の正面に魔王、その左脇にベラがいる。純粋に能力だけ見たら魔王が前衛、ベラが後衛なんだろうけど、立場からすると逆になるんだよな。
と思っていると、ベラが円を描くようにこちらの側面へ回り込もうとする。魔王だけに集中したいが、さっきのベラの技量を見ているとそれは無理だろう。
(俺とメリッサでベラを相手にする。残り3人で魔王を足止めしてくれ)
「わかった!」
「任せろ!」
「いいわよ!」
魔王に関する情報がなさすぎるため、ライナス、バリー、ローラの3人で相手になるのか正直なところわからない。しかし、あのベラってやつをどうにかしないとまずいのは嫌でもわかる。だから、苦しくても俺とメリッサがあの四天王を倒すまで持ちこたえてもらわないといけない。
ライナスの剣に光属性魔力付与をかけてから、俺とメリッサはベラに合わせて他の3人と別れる。
するとその直後、魔王の右手から黒い剣のような塊が現れた。え、まさか星幽剣?!
『さて、それではどの程度できるネズミか試すとしようか』
魔王は一歩踏み込むと、近づいてきたライナスとバリーに向かって黒い星幽剣を横一線させた。
「うわっ?!」
「くそっ!」
2人も魔王の手にする武器が危険なものという認識はあるようで、大げさなまでに横飛びで避ける。正体不明の武器を相手にぎりぎりで躱すなんて危険を犯す必要はない。
しかし、ライナスもできなかった星幽剣の直接制御をやってのけるなんてな。これは、正直言ってライナス1人だと相手にならなかっただろう。
『ほう、荒削りだが動きは悪くないな。それとも、魔法で身体能力を底上げしているか?』
こんな短時間でこっちの手の内を読まれ始めてる。やっぱり長期戦は無理か。
『まぁいい。こちらも忙しい身故にな、あまり遊んでやれん。覚悟するがいい』
くそ、大物らしく油断しろよな!
『ひぇひぇひぇ、よそ見をしててよいのか? 炎槍、雹、闇槍』
(?! 光槍)
「水壁」
ベラがそれぞれ撃ってきた魔法に対して、俺は迎撃、メリッサは防御する。俺はリベンジとばかりに奇襲のときと同じ対応をした。しかし、今度は以前と違って更に魔力を込めてだ。逆に光槍を喰らわせてやる! だが、今回はきれいに相殺して終わった。これはこれでいいんだけど、なんだか悔しいな。
一方、メリッサには2つの魔法が放たれたが、炎槍の方を重視したらしく、水壁で防ごうとしていた。2つの魔法がほぼ同時にぶつかると、水壁はその能力を発揮して攻撃魔法の威力を減衰させる。炎槍の方は特に消耗が激しい。しかし、どちらも完全に防ぐことはできなかった。
祝福と魔法の服のおかげで、炎槍の効果はほとんどなかった。しかし、雹はそれでも無視できない威力が残っており、メリッサを打ち付ける。
「あぅ!」
真銀の板金も身を守ってくれたおかげで大事には至らなかったが、石つぶてをぶつけられたみたいなものだから馬鹿にできない。
(これはまずい)
ベラの狙いはメリッサのようだ。しかも嫌らしいことに、火と水というようにどちらを重視して守りに入られてもいいようにしている。この後に魔王との戦いも控えている以上、メリッサがここで消耗するのは避けないといけない。
奇襲のときもそうだったが、このベラという魔法使いは同時並行で複数の魔法を脳内処理できるようだ。そしてそれを利用して、1回の攻撃の手数で勝負しようとしているらしい。なら、こっちは頭数で対抗してやろう。俺は火の精霊を召喚した。
『ほう、精霊か。霜、水球、火球』
「くっ! 水壁」
今度は俺を無視かよ。最初にメリッサを霜で動かして、逃げたところに火球か。しかも、メリッサが霜の範囲外へ逃げるタイミングを計るついでに、火の精霊へ牽制の水球とはな。
さすがに戦い慣れてる。これじゃ頭数は足りないのか。俺は続いて水の精霊を召喚する。
『ひぇひぇひぇ、どうした? 炎槍、雹、拘束』
「うわっ?!」
火の精霊には水の魔法で、水の精霊には火の魔法で対応し、メリッサは動きを封じようとする。
「あっぶな!」
(くそ、厄介だな!)
魔法に抵抗できたメリッサは距離をとって身構える。ベラはメリッサにかける魔法を拘束のような間接攻撃に切り替えたな。2つ以上の魔法で同時に攻撃できないから、防御魔法、祝福、そして魔法の服の守りを抜けないと早々に判断したんだろう。まずは動きを封じようとしている。間接魔法は直接対象者に魔法をかけるため、視界にさえ入っていれば動きの速さはあんまり関係ないし、祝福も効果がない。とてもうまいやり方だ。
一方、俺は完全に無視だ。気づいているはずなのにほとんど何もしてこない。あっても牽制くらいだ。
(メリッサ)
「まだいける。こんなんでへばるかいな!」
メリッサが不敵に笑う。多少顔が引きつっているが、まだ集中力が切れることはなさそうだ。
けど、単純に魔法の撃ち合いをしているだけじゃ魔力を消耗するだけだよな。特にメリッサには消耗戦を避けさせないと。
よし、それなら1つ試してみようか。
(メリッサ、今から姿を消して。そして、動き回れ)
「ユージ?」
俺の位置もわかっているということは、ベラも捜索を使って確認していることがわかる。それなら、その捜索の穴を利用して突破口を開くことにした。
この捜索という魔法は実に便利で、1度見たものならば検索条件を思い浮かべて発動すると、その条件に従って結果がわかる。例えば、人間が3人いるところで検索条件に『人間』と設定した場合、結果は3人の人間の位置も含めて教えてくれるのだ。もちろん、条件を複数設定することもできる。例えば、先程の例に対して更に『魔族』と追加すれば、魔族の数と位置も含めて教えてくれる。
ところが、この複数の条件を設定したときに返ってくる結果にはちょっと困った問題がある。それは、人間と魔族というように条件設定をすると、その区別をすることなく結果が返ってきてしまうのだ。つまり、例えば5人分の情報が返ってきたとして、そのうち何人が人間で何人が魔族なのかはわからないのだ。当然との位置に誰がいるのかということもである。あくまでも大ざっぱな結果しか返ってこないのだった。そのため、より詳しい情報を知るためには、条件を絞り込んで再び捜索してやる必要がある。
ということは、メリッサが隠蔽を使って隠れた場合、人間で捜索をかけるとメリッサしか出てこず、幽霊で捜索をかけると俺しか出てこない。そして人間と幽霊の両方で捜索をかけるとどちらが誰なのかがわからなくなる。姿が見えない相手にでも間接魔法をかけることは可能だが、その場合はある程度その位置を特定しないといけない。つまり、今までよりもこちらに魔法をかける難易度が格段に上がるというわけだ。
ベラの攻撃を躱しながら、簡単に作戦内容をメリッサに伝える。
「ダメ元で試してみよか! 隠蔽」
(よし、防音)
ちょうど俺達が重なるような位置に来たときに、2人同時に呪文を唱えた。防音の魔法を唱えたのは、メリッサが動くと足音がすることを思い出したからだ。
『なに? 姿を消してもわしには大して……ちっ! 小癪な!』
俺達が姿を消して動きながら攻撃を開始すると、ベラはその意図がわかったようだ。早速見破られてしまったわけだが別に構わない。あくまでもベラの魔法の同時攻撃の数を減らすためのものだ。1度にどのくらい魔法を操れるのかわからないが、かける捜索の数が多いほど他の魔法へ割く余力はなくなる。現に今、同時に放たれた魔法の数が2回に減った。俺とメリッサを探すための捜索を2つ発動させたためだろう。つまり、ベラは最高で4つ同時に魔法を使えるわけだ。
(隠蔽)
今度は火の精霊の姿を隠した。これで検索条件は人間、幽霊、精霊の3つだ。
『ふん、人間風情がなめるでないわ!』
ベラは位置が近かった俺と火の精霊に対して吹雪を放った。なるほどな、1度に複数の相手を攻撃することで手数を節約するわけか。
(土の精霊)
俺は何とか吹雪の範囲から逃れると、更に上位精霊を召喚した。1回に使う魔力量が大きいのでできれば避けたかったが、そうも言ってられない。魔王が星幽剣さえ使ってなけりゃ、何も考えずに精霊をたくさん召喚しておしまいなんだけどな。
それに対して、ベラは魔力分解を唱えた。対象者はメリッサか。そのせいで、メリッサは姿を現す。あの様子じゃ、他の魔法も解除されてるな。少しまずい。
『ひぇひぇひぇ。さて、振り出しに戻ったのう』
「はっ、本気でそんなことゆーとるんか? あんたの方が詰んだやろうに」
『なんじゃと?』
たった今、風の精霊も召喚した俺は、これで火、水、土、風の4体を呼び出している。火と水は少しへばっているが問題ない。俺は4体の精霊に対して、ベラを攻撃するように命じた。
同時に使える魔法が4つのベラにとって、4体の上位精霊が四方からばらばらに襲ってくるのは辛い。何とか4体の精霊の攻撃を凌いではいるものの、もう他のことをする余裕はない。
「炎竜巻」
ベラのこちらへの意識が逸れた隙に、メリッサが魔法を発動させた。完全に隙を突かれたベラは発動してから逃げようとするが、今度は精霊4体の攻撃を捌ききれなくなって火球をその身に受ける。
『あああぁぁぁ!!!』
謁見の間にベラの悲鳴が響く。しかし、1度崩れた均衡は元に戻らない。
『おのれぇぇぇ!』
依然と四方を取り囲んでいた精霊4体が、機械的にベラへと攻撃魔法を撃ち込む。火球をはじめ、雹、土槍、風刃と順番に撃ち込まれていった。ベラはそれら全てを受けてしまう。
やがて精霊の攻撃が止むと、そこには無残な姿となったベラの死体があった。
 




