決戦直前
ホーガンとクルーカスに先導されて石造りの廊下を歩く。さっきから窓を1つも見かけない。だから部屋も廊下も暗いが、ホーガンが光明で周囲を照らしているため、歩く分には困らない。
しばらくすると上へ上がる階段が見えてくる。その先が明るいので外へ続いているのかもしれない。
「この先はロックホーン城の一角に出る。クルーカスの仲間が暴れてるとはいえ、魔王派の魔族と会う可能性もあるから注意して」
「それやったら隠蔽でうちらの姿を隠したらどうやろう? 捜索で探されたら見つかるんやろうけど、何もせえへんよりかはましと違うか?」
そりゃいい案だ。ホーガンも一瞬驚いた表情をすると、メリッサに感心する。
「確かにそれは名案だね。是非そうすることを勧めるよ。それだったら、たぶん捜索にも引っかからないだろうしね」
「え? どうしてですか?」
「今は魔族同士の戦いだから、まさかここに人間が混じってるなんて誰も思ってないだろうからさ。捜索するときだって魔族っていう条件はつけても人間っていう条件なんてわざわざ加えないだろうし」
なるほど、言われてみればその通りだ。だったら後は足音や足跡にさえ注意しておけば、もしかすると誰にも見つからずに謁見の間までいけるかもしれない。
「それじゃ、全員に隠蔽をかけましょう」
「いや、僕は必要ないよ。隠蔽をかけるのは君達だけにして」
ローラの言葉をホーガン1人が辞退する。
「なぜですか?」
「僕にもやるべきことってのがあるからだよ。謁見の間に行くのは君たちだけだから、僕には不要さ」
それがどんなものなのかは俺達にはわからない。ただ、途中からは単独行動をするっていうことは、それだけ重要な任務があるのだろう。
「わかりました。そうします」
ライナスはホーガンの言葉に頷いた。地図を用意してくれたのはこのためだったのか。
『いいか?』
「ああ、いいよ。行こう」
ライナス達が隠蔽をかけ終わると、ぱっと見はホーガンとクルーカスだけだ。そんな状態になってから、クルーカスはホーガンに先へ進むことを促した。
そして俺達は階段を上って外へと出た。
階段を上りきると、そこは地上だった。どうやら今まで地下施設にいたらしい。
剣戟や爆発音、それに喊声などが遠くから聞こえてくる。建物の中はどうかわからないが、城壁は既に突破しているらしい。
『俺はここまでだ。お前と一緒にいると、敵にも味方にも怪しまれるからな』
「確かに。後は僕達だけで何とかするよ。ありがとう」
ホーガンが礼を言うと、クルーカスは頷いてそのまま城壁に沿って走り去った。
「それじゃ、僕達も行こうか。少しだけ案内するよ。城内には真正面から入れないしね」
もらった地図は城の正面玄関とその周辺から謁見の間までの道筋が描いてある。ホーガンはどうもそのルート上まで案内してくれるらしい。
駆け足で進むホーガンに続いてライナス達も走る。周囲を見ると城の横手に向かっているようだ。そこの使用人が使うような扉を開けて中に入る。
「ここは厨房か。ならこっちだね」
作業台や料理道具などが並んだその部屋に今は誰もいない。緊急事態だからだろう。そこをホーガンは当たり前のように進んでゆく。
一見するとホーガン1人しか小走りしてないが、足音は5人分だ。かなり怪しい。すぐにばれるんじゃないかと俺は不安に思いながらついて行く。
しかし、予想に反して、城内に入ってからまだ誰とも会っていない。反魔王勢力が各地で頑張っているおかげなのかもしれないな。
そんなことを思いながら右へ左へと進んでいると、やがてホーガンは立ち止まった。戦闘音はかなり近い。
「渡した地図をちょっと出して」
言われた通りにメリッサが地図を出す。端から見るとまるで地図だけが浮いているように見える。
「今ね、ちょうどここのところにいるんだ。だから、この通路を右に曲がれば、謁見の間に行けるよ」
地図上だとまだ6割くらい道のりが残っているな。この地図の縮尺が正確ならだが。
「ありがとうございます」
「じゃ、頑張って。是非魔王を倒してくれ」
そう言い残すと、ホーガンは反対側にある左の通路に足を向けた。
(さて、いよいよだな)
ついに俺達だけだ。今になって急に不安になってくる。
そのとき、教えてもらった右側の通路から魔族の一団が目の前を通り過ぎてゆく。俺達には気づいていないようだな。ホーガンが言っていたように、人間が紛れ込んでいるなんて思いもしていないようだ。
「気づかれないっていうのは本当らしいな」
「都合がいいわね」
「ならこのまま行っちまおうぜ!」
「せやな。さっさと片付けてしまおうや」
全く姿が見えないのでどんな表情なのかはわからないが、その声は明るい。俺はそれのおかげで多少緊張が和らいだ。
(それじゃ行こうか)
俺の合図にみんなが返事をすると、全員が再び通路を進み始めた。
ホーガンと別れてからは、会話は精神感応でしている。何しろ、姿を消して隠密行動をしているというのに、普通にしゃべってしまうと声でばれてしまうもんな。それと、念のため俺が一区画分ずつ先行して、その先に誰かいないかを確認しながら進んでいた。どうしても足音がしてしまうので、移動するときは慎重にならないといけない。
地図に従って奥へと進むにつれて、この進み方が正解であるということがわかった。何度か魔族とすれ違ったからだ。非常事態中であるため誰もが先を急いでいるようで、すぐに別の通路へとその姿は消えてゆく。中には姿は見えないのに足音だけ聞こえるという現象に何人かが気づきかけたが、いずれも遠くに聞こえる戦闘音の1つと思い込んでくれたようだ。これはかなりひやりとしたな。
これ、姿を現したまま突撃していたら全部相手をしないといけなかったんだよな。そりゃ1組ずつなら戦っても勝てるんだろうけど、1回でも戦ったら魔王側の魔族が集まってくる。なので迂闊に遭遇なんてできない。メリッサの思いつきに感謝だ。
そうしてようやく謁見の間の少し手前にまで到着する。門番がいるためまだ近づけない。
(どーすんだ、ライナス?)
順番に通路の角から門番を直接確認した後、バリーがライナスに問いかける。
(メリッサ、ここから門番の1人に拘束はかけられるか?)
(100アーテムくらいか。うん、これならいけるで)
身動きを封じてから全員で近づき、ライナスとバリーが静かに始末するという手順に決まった。
周囲に誰もいないことを確認した後、俺とメリッサは大扉の両脇にいる2人の門番へと同時に拘束をかけた。いきなりのことで抵抗できなかったらしい門番は、直立不動の姿勢のまま自分の体に起きた異変に表情を強張らせる。
先行して近づいた俺は魔法が効いていることを確認すると、みんなを呼び寄せた。
(着いたよ)
ライナスが代表して俺に声をかける。
足音だけでも大体わかっていたのだが、姿が見えない間は毎回こうやって毎回行動する度に声をかけるようにしているのだ。
(それじゃ、ライナスは右、バリーは左の門番を任せた)
単純に殺すだけなら俺でもできるが、静かにという条件がつくと武器で刺殺する方がいい。
俺の指示に従って2人は動く。バリーは槍斧を床に置いたのかゴトリという鈍い音が聞こえた。そして2人は、短剣を鞘から抜く音をわずかにさせながら門番の前まで歩く。
何も見えないまま音だけが聞こえる状態で何かが進行していることに気づいた門番達だったが、身動きは取れないままだ。どうにかしようということがその表情からうかがえるが、首に細長い穴を空けられてその努力を強制的に終わらされた。
(終わったぜ)
(こっちも)
血糊を拭いて短剣を鞘に戻した2人は、再び大扉の前に集合した。バリーは槍斧を再び手にする。
(さて、ここからどうするかだよな)
俺は大扉を見ながら呟いた。もちろん魔王を倒すわけだが、いきなり正面から入っていいものか迷っているのだ。
(最初にユージに中がどうなっているのか見てきてもらいましょう)
そうだな。俺なら壁もすり抜けられるし、見えないから気づかれることもない。
(その間に、うちらは突入する準備をしとこか。パーティ連携せなあかんから隠蔽を解除して、身体強化と祝福を全員にかける。そして、バリーの武器には光属性魔力付与やな)
光属性魔力付与は文字通り光属性の魔力付与だ。闇属性以外への威力は落ちるが、闇属性の魔物などには殺傷力が増す。対魔族戦に有効な魔法である。
そして俺はライナスと重なって星幽剣を出すわけだ。
(なぁ、先に魔法をかけとかねぇか?)
(バリー?)
(何があるかわからねぇしよ。何もない今のうちに準備だけ済ませとこうぜ)
元々かける魔法に注ぎ込む魔力は多めにする予定だから、持続時間もそれなりにある。というより、長期戦になると支援魔法の効果云々以前に俺達が不利になるだけだ。周囲から異変を察知した魔王側の魔族だってやってくるだろうしな。最初から短期決戦のつもりだから、今すぐ魔法をみんなにかけても差し支えはない。
(いいんじゃないか? 数分程度なら誤差って言えるくらいの浪費でしかないんだし。なら、先に隠蔽を解除しておこう)
ということで魔法を解除すると4人の姿が現れる。
(よし、それじゃ、俺はライナス以外に魔法をかけよう)
(どうして俺以外なんだよ?)
(そんなんローラがあんたに魔法をかけるからに決まってるやん)
メリッサの言葉にライナスとローラが赤くなる。魔力保有量が俺よりもずっと少ないみんなには、できるだけこれからの戦いのために魔力を温存しておいてほしいんだが、まぁ、やっぱりライナスには、な!
(あれぇ、なんでローラがライナスに魔法をかけるだけで顔が赤くなるんかなぁ?)
(う、うるさいわね! ほら、ライナス、今からかけるわよ!)
(う、うん)
にやにやと笑うメリッサを手始めに、俺もバリー、ローラの順に魔法をかけていく。注ぐ魔力量はともかく、無詠唱なので作業としてはすぐに終わった。
(それじゃ、中を見てくる)
(早く行ってきなさい!)
赤い顔のまま大扉を睨みつけながらローラが俺に言葉をぶつけてくる。怒っているようだが怖くない。
最終決戦前だというのにすっかり緊張感をなくしてしまった俺は、再度気合いを入れつつ大扉をすり抜けようとした。
ところが、その直前に目の前の大扉がゆっくりと開いてゆくではないか。
(え?)
俺だけでなく、後ろの4人も突然のことに驚いていた。開ききった大扉の奥には高めの位置に玉座があり、そこに魔族の男らしき人物が座っている。隣にはローブを纏った年寄りが1人控えていた。
『闇槍、闇散弾』
そして、大扉が開くと同時に、闇の魔法を撃ち込まれた。




