決戦の地へ
魔界で四天王のダンを倒してすぐに転移魔方陣で移動させられたかと思ったら、いきなりハーティア城のアレブのばーさんのところへ出て驚いた。西から東へ、北から南へと本当に慌ただしい。
フランク・ホーガンという聖騎士について改めて問い直すと、ばーさんはあっさりと白状した。ホーガンの言っていたことと大体同じである。何か釈然としないものを感じるが、反論できるだけの材料を持ち合わせていなかったので、俺達はそれで納得することにした。
そして、俺達は時期が来たら、魔王の居城であるロックホーン城に直接乗り込むことになっているとばーさんから伝えられた。いよいよか。
「どうしてすぐに乗り込まないんですか?」
「魔界の反魔王勢力がロックホーン城の兵力を引きつけ、城が空っぽになっておる隙にお主らが乗り込めるようにするためじゃよ」
ライナスの疑問にばーさんは当然のように答える。そりゃそうだな、俺達だけで乗り込んでも守備兵に袋叩きにされるだけだ。
「尚、お主らが乗り込む直前に、反魔王勢力の連中がロックホーン城を襲撃する予定じゃ。これでより魔王に近づきやすくなるじゃろう」
それはありがたい。少しでも楽ができるのならばどんなことでも受け入れるつもりだ。
「でも、そんなことができるなら、反魔王勢力の部隊だけで魔王を倒せへんのですか?」
「四天王のダンでさえ、お主ら任せじゃったことを思い返すとよい。魔王となるとその更に上じゃ」
確かにそうだな。そのための切り札である星幽剣だもんな。
「でも、私達だってライナスとユージ頼みなのよね」
(こっちの攻撃を当てるところまでもっていくのは、間違いなく俺とライナスだけじゃ無理だろうけどな)
それはダン戦でもそうだった。となると、間違いなく魔王との戦いは4人で総力戦だ。かなり厳しいんじゃないだろうか。
「そういうわけじゃから、こちらから呼ぶまでは今しばらく待つがよい」
決戦前の休暇か。後は相手次第ということならば、ばーさんの言う通り休むしかないな。
俺達はばーさんの言葉に頷いた。
俺達が王都へ戻ってきたのは6月も末、雨季目前だった。それが今や9月である。あれから2ヵ月以上が過ぎた。雨季はほぼ終わり、湿気と気温も和らぎ始めている。
ライナス達はその間も修練を欠かさなかった。ライナスとバリーは毎日己の武器を振り、ローラとメリッサは使える魔法に磨きをかける。誰がどう見てもラスボスである魔王は相当強いはずなので、その強者を討てるように修行を重ねた。
ただ、困ったことが1つある。それは、魔王に関する情報がないことだ。統治者としての話はいくらか聞けたものの、武人としての魔王については誰も知らないらしい。巨人のダンに勝って従えさせたという話はあるものの、具体的にどうだったのかまでは伝わっていないのである。よって、ぶっつけ本番でやるしかない状態なのだ。初見で全部見切らないといけないなんて、不安で仕方ない。
そんなある日、ついにばーさんから呼び出しがかかった。緊急連絡用の水晶でライナスに連絡が入り、俺達はいつもの寂れた倉庫へと向かう。
「よう来たの」
ばーさんはいつも通りの挨拶をしてくる。決戦前だというのに何の変化もない。送り出す側だから気負う必要がないということだろうか。
それに対して、俺達の方はもちろん緊張していた。何しろ今からラスボス相手なんだ。緊張しないという方がおかしい。
今回はいつもと違って室内の中央に大きな魔方陣が描かれている。これで魔界にまで転移するのか。
「お主らを呼び出したのは察しておる通り、いよいよ魔王を討ってもらう時が来たということじゃ」
やっぱり。わかっていたことなので誰も驚かない。
「今からこの転移魔方陣でお主らをロックホーン城へと転移させる。転移先にはホーガンがおる故、あやつと合流して魔王のいる場所へと向かうがよい」
「魔王の居場所まで突き詰めてるんですか」
ばーさんの言葉にローラが反応する。それってつまり、敵の居城に内通者がいるってことだよな。
「そうじゃ。前にも言うたが、反魔王勢力の連中が城を攻撃する故、その混乱に乗じて動け。詳細についてはホーガンに聞くとよかろう」
ばーさんはそう言うと、俺達に魔方陣の中央へ移るように促す。いよいよなんだな。
「おおそうじゃ、忘れるところじゃった。お主らにこれを渡しておかねばな」
何かを思い出したばーさんはライナス達4人に首飾りを渡す。特にこれといった特徴もない単純な物だ。
「これは?」
「見事魔王を倒した後、こちらへ戻ってくるためのものじゃ。転移魔方陣の呪文を中に組み込んである。『転移陣起動』と言葉を発すれば使えるぞ」
ただし1回だけじゃがな、と言葉を続けてばーさんは説明を終える。敵の城の中なんだから周囲はみんな敵といっていい。だから楽に脱出する方法があるというのは嬉しかった。
「さて、これでよかろう。魔方陣を起動するぞ」
ばーさんは魔方陣の外に出てこちらへと振り向く。そのときには4人とももらった首飾りをつけ終えていた。
「ではの。吉報を待っておるぞ」
俺達に一言言葉を投げかけてからばーさんは呪文を唱える。そして、魔方陣の輝きが次第に強くなり、やがて俺達の姿は寂れた倉庫から消えた。
魔方陣の輝きが消えると、視界に移るのは寂れた倉庫の薄汚れた壁から全てが石で作られた室内に変わっていた。王城の一角にあるばーさんの住んでる所みたいだな。
真上には光明が輝いているため、部屋全体を見渡すことができる。
「やぁ、久しぶりだね」
そして、その部屋には、ばーさんの言う通りホーガンが待っていた。こっちも気負った様子もなく普段と変わらない。
「あの、ここはどこですか?」
「ロックホーン城の一角にある地下施設さ。城壁内だから、後は城の中に突入するだけだよ」
ライナスの問いにホーガンは気軽に答えてくれた。途中経過を全部すっ飛ばせたわけか。ただ、城内はさすがにそうはいかないみたいだけど。
「これから城に突入するんでしょうか?」
「すぐにはしないよ。今、反魔王勢力の部隊が城を襲撃し始めたところだから、もっと城内が混乱してから動くつもりなんだ」
ホーガンは首を横に振ってからローラに突入の時期を教える。俺達がここにやって来たのは反魔王勢力が動き出したのとほぼ同時期らしい。
「だから待っている間に、今がどんな状況なのか教えておくね」
そう言うと、ホーガンは説明を始めた。
俺達が四天王のダンを倒してから約2ヵ月が経過しているが、魔界全土が混乱しているらしい。東部地域で始まった魔王に対する蜂起は、南部、北部の順番に伝播し、西部も相当怪しくなっているそうだ。
これに対して魔王側だが、鎮圧役をしていたダンが死亡し、その軍団は死の砂漠を越えて王国側に残ったままだ。指揮官のダンが不在で連絡路は反魔王勢力によって寸断されているため、身動きが取れない状態らしい。王国側のイーストフォート方面の部隊によれば、今のところじっとしているということだった。つまり、孤立して遊兵となってしまっているのだ。
一方、王都方面の魔王軍は、現在ギルバート・シモンズの指揮によって南部の反魔王勢力と交戦中だ。一時は優勢だった反魔王勢力だったが、現在は劣勢な状況に追い込まれているらしい。しかし、そのシモンズの軍団は王国軍に攻め立てられているため、ロックホーン城のあるデモニアという都市との連絡路を確保するのが限界ということだった。
更に、魔王の直轄部隊だが、これは東部の反魔王勢力の鎮圧に向かっている。こちらは一進一退の攻防を繰り広げており、現在予断を許さない状況だそうだ。北部に関しては魔王の親衛隊を送り込んで、反魔王勢力の南下を防いでいる。
「そして、西部は今のところベラの軍団が何とか押さえ込んでいるけど、これも時間の問題だろうね」
ホーガンから概要を聞いたが、確かにこれは王国を攻めている場合じゃないな。王国に侵攻している軍団を全て呼び戻せれば魔王は反対勢力を押さえ込めるのかもしれないけど、今はそれができない。かなり歯がゆい思いをしているんじゃないだろうか。
そして今、反対勢力を鎮圧するために魔王は手持ちの部隊を全て派遣している。この機会をホーガン達は狙ったわけだ。
「なぁ、ホーガンさん。今の話を聞いてると、別にうちらが魔王を討たんでも反魔王勢力は勝てるんと違うんですか?」
「しばらくは膠着状態が続くだろうね。けど、先のことはわからないよ。何しろシモンズの軍団が王国から完全撤退したら、少なくとも南部地域は鎮圧されてしまうだろうし、その次に東部地域を再平定できたらダンの軍団と合流できる。そこまでいったら、反魔王勢力は終わりだね」
「そのシモンズの軍団っていうのは、撤退できそうなのか?」
「時間はかかるだろうけど、このままだとできるだろうね。もちろん相応の被害をうけるだろうけど、壊滅はしないと思うよ」
去年、王国軍側で戦っていたときも、結局最後まで決定的な打撃を与えられなかったな。部隊の指揮がうまいんだろう。そうなると、確かにホーガンの言う通り、何とか魔界へと撤退してのけそうな気がする。
「魔界の反魔王勢力が私達を必要としていることはわかりました。でも、王国側はこれ以上魔界の情勢に介入する必要はないんじゃないですか?」
「今も言ったように、このままだと最終的には再び魔王が魔界を再統一する可能性が高いんだ。そうなると、いずれまた王国に侵攻してくるかもしれない。だったら、この状況を利用して魔王を倒してしまい、魔界が分裂した方がいいだろう?」
微妙な表情をしているローラだったが、ホーガンの言いたいことは理解できたようである。つまり、王国としては一時的な平和を恒久的な平和にしたいというわけだ。
しかし、今になって改めて思うんだけど、俺達って完全に鉄砲玉だよな。魔王を倒すという言葉からゲームなんかの勇者パーティを想像していたけど、やろうとしていることは暗殺そのものだし。
前の世界でRPGをやっていたときに思っていたことで、なんで勇者や選ばれた者は疑問も持たずに魔王を倒そうとするのか、最終決戦の場である魔王城の警備はエンカウントする魔物だけしかいないのか、なんて思っていたが、現実はやっぱり全然違った。魔王を倒すように指名された奴は周囲から逃げられないように仕向けられるし、敵の城へと乗り込むためにはかなり大がかりな仕掛けが必要だ。
そして勇者とそのパーティってのはそんなに立派なものじゃなく、大きな組織にとっては使い捨ての駒の1つに過ぎないわけだ。前にばーさんが言ってたっけ。魔王討伐隊は他にもいるって。どこまで使えるかは知らないが、替えはいくらでもいるんだよな。
「そうだ。魔王のいる謁見の間までの経路を教えておくよ」
ホーガンはそう言って懐から略図が描かれた紙をライナスに手渡した。
「ありがとうございます」
「こういう王城ってのは内部がなかなか面倒なことになっているからね。僕は途中で別行動になるから、これを見ながら進んで行ってほしい」
反魔王勢力ができるだけ頑張ってくれていたら嬉しいよな。
『おい、ホーガン』
俺達が話し込んでいると、部屋の入り口から1人の魔族が入ってきた。一瞬俺達は身構えたが、こちらを見ても襲ってくる様子はない。反魔王勢力の魔族なんだろう。そういえば、左腕に赤い布を巻いている。
「おや、クルーカスかい。もういいのかな?」
『ああ。城内の警備兵は大体こちらで引き受けているはずだ。いつでも突入していい』
準備は整ったというわけか。4人の表情も引き締まる。
「さて、それじゃ行こうか」
ホーガンはライナス達に向かって声をかける。こちらの準備はいつでもいいので全員が頷いた。
それを見たホーガンはクルーカスを促すと、外に向かって歩き始めた。




