帰還祝い
現在、俺達は『雄牛の胃袋亭』にいる。王国軍──正確には聖騎士団──への参戦義務を果たして年明けに王都へ戻ってきたのだ。部隊の兵員が消耗して後方へ下がることになったアレックス隊長達と一緒に王都への帰途につき、王都の北門で別れてそのままここへやって来たのである。
「久しぶりじゃないか! 元気そうだねぇ!」
出会った頃より多少ふくよかになったキャシーが、ライナス達を明るく迎えてくれた。ロビンソンにこの食堂を教えてもらって以来、王都では飯時の大半はここである。
「まずはいつものやつでいいんだよね、チーズ付きで」
ライナス達が注文する内容を覚えていてくれたキャシーは、頷く4人を見てそのままカウンターへ向かった。
「はぁ~、やっと帰ってきたぁ」
「うちはもう戦争なんかには絶対参加せぇへんで……」
珍しくライナスが机の上に突っ伏す。メリッサもライナスと同じ状態だ。ほぼ1年ぶりの王都ということで緊張の糸が完全に途切れたようだな。
「まさか3回も大きな戦いに巻き込まれるとは思わなかったわよね」
「全部勝てたからいいじゃねぇか!」
ローラの言う通り、俺達は去年の6月の大きな戦いだけでなく、その後2回も魔王軍と戦った。雨季開けの9月とその後の11月だ。魔王軍の戦力が回復しないうちに王国軍が決戦を急いだわけだが、バリーの言う通り、近年にしては珍しく全て勝っている。おかげで戦線は200オリク近くも北に上がった。
しかし、全てが順調だったわけではない。この一連の戦いで王国軍も大きな損害を被っている。その大半が傭兵なので再び兵数を回復させるのは難しくないものの、当面は動けない。
「はい、エールだよ」
「ありがとうっす!」
キャシーの持ってきた木製のジョッキをバリーが一番に受け取った。そして、他に3人が受け取り終わる頃にはほぼ飲み尽くしている。ほぼ1年ぶりのまともな酒とはいえ、早いな、お前。
「はぁぁ、うめぇ!! もう1杯!」
「はいはい」
苦笑しながらキャシーは空になったジョッキを受け取って下がる。
他の3人も久しぶりの酒を口にして大きな息を吐いた。おお、俺も飲みてぇ!
「それにしても、これで聖女様伝説は確立してしもたなぁ」
「いきなりそれなの?!」
息をするように最初の話題を提供したメリッサに対して、ローラが嫌そうに突っ込む。しかしそうはいっても、俺達の中では去年最も目立ったことだったしなぁ。
(せっかく最初に苦労して台詞を考えたのに、全部ローラの手柄になってるもんな)
「聖女の奇跡だもんな」
「うう、やるんじゃなかったわ……」
戦後も負傷者の治療をし続けたので尊敬を集めたのが理由の1つだ。他の僧侶の数倍もの負傷者を治療するだけでなく、手遅れと判断された者も回復させたことも大きい。ただし、実はこういう重傷者は主に俺がこっそりと治療していたのだが。
それともう1つは、何といっても戦場での活躍だろう。とはいっても、俺の放った光土石散弾を神の奇跡と宣言しただけなんだが、今までそんな奇跡が起きなかったのでこれも聖女の奇跡ということになっている。
つまり、俺がやったことが全部ローラのせいになっているわけだ。そのため、去年の戦闘に勝てたのは神の加護をもたらした聖女のおかげとまで言われているようになっている。
「本当なら、大神殿にいるメイジャーさんにすぐ報告しに行かないといけないんだけどね」
「予想通り凄い人だかりやったもんなぁ」
アレックス隊長と別れた後、こっそり裏道を通ってここまでやってきた。その途中、大神殿の前の様子を窺ってみると、大通りを埋め尽くすほどの人だかりができていた。かすかに聖女様と呼ぶ声が聞こえたので、あれはローラを一目見ようとやって来た信者なんだと思う。
「あんなの避けて正解だわ。大神殿に入っても絶対身動き取れないわよ」
「新しい宗教を起こせそうやなぁ。聖女教とか」
「やめて! 絶対大神殿でそんなこと言わないでよ?!」
以前メイジャーさんから聞いた話だが、教会にも派閥があって、ある派閥から入らないかという誘いを受けたことがあるらしい。今はもっと凄い勧誘合戦になるんだろう。
それと、こういった大きな宗教組織になると、やっぱり上に行くほど救済活動をしないので、若手は不満に思っているらしい。そこへ純粋に救済活動や外部での功績だけでここまで有名になったローラへの期待は大きいのだ。割と影響力があるそうだから、ローラの一声で派閥を作ることもできるかもしれない。
「カッコイイ男が選り取り見取りなんやで?」
「いらないわよそんなの!」
「ライナスがおるからか?」
「……」
あ、真っ赤になって言葉に詰まった。耳まで赤いよ。そしてぷるぷる震えてる。
「かぁーたまらんなぁ!」
メリッサ、お前はどこのおっさんだ。あ、ライナスの顔も赤い。余波を受けた模様。
「楽しそうだねぇ。はい、豚に鶏にソーセージだよ。バリーにゃ、チーズとエール!」
「やったぜ!」
そこへちょうどやって来たキャシーが食べ物を持ってきた。そして、話を聞き流していたバリーが一番に手をつける。
「それで、メイジャーさんへの報告はいつ行くんだ?」
「……えっと、明日の朝一番に行くわ。人が少ないうちに」
ライナスが頑張って話題を逸らそうとして、ローラがそれに乗っかる。2人揃って顔が赤いのが何とも初々しい。メリッサが目を細めてにやにやしながらその様子を眺めていた。
「他の人には報告せんでええんか?」
「ノースフォート聖騎士団に所属していたんだから、メイジャーさん1人で充分よ」
「大神殿には何もしなくていいのか?」
ローラは元々王都の大神殿で修行していたんだから、そっちの関係者にも話をしておく必要があると思うんだけどな。
「親元を離れて大神殿に来る小さい子ってね、誰かが面倒を見ないといけないのよ。普段の生活は集団生活だからいいとして、何かあったときに責任を取るためのね。でも、田舎の村からやって来た小さい平民の子なんて、誰も引き受けたがらなかったのよ。そのときに私の後見人になってくれたのがメイジャーさんなの」
ライティア村では神童としてもてはやされていたが、才能だけでは大神殿内だと誰も相手にしてくれなかったらしい。別の教区の有力者だったメイジャーさんが王都で修行するローラの後見人になるのは異例だったそうだが、そういった理由で誰も問題視しなかったので現在に至るそうだ。
「だから、ノースフォートの有力者を後見人にしている私が、ノースフォート聖騎士団に所属して戦地に帰ってきたんだから、報告するのはメイジャーさんだけでいいでしょ? 恩師や仲の良かった友人くらいには挨拶するつもりだけど」
あっさりした語り口ではあるが、この様子だと色々と嫌がらせなんかを受けてたかもしれないな。ほら、貴族の子弟とかにさ。身近な人からそんな話を聞くと嫌だなぁ。
「まぁ、今になってすり寄ってこられても迷惑なだけやわな」
「そうよ。さっさと報告して次に行きたいわ」
一通り語った後、顔の赤さを紛らわせるかのようにローラはジョッキを呷った。
「次ってどこに行くんだ?」
今までひたすら食べていたバリーが、とりあえず落ち着いたのか話の輪に入ってくる。それはもう決まってるだろう。
「グビッシュさんのところへ武具を受け取りに行くんじゃないか」
「もうできてるのか?」
「去年の秋には完成しているって前にゆーてはったやん」
だからメリッサに頼んで遅れる旨を手紙に書いてもらったんだよな。ちゃんと届いていれば待っていてくれてるはず。
「そっか。ついにだな!」
後は受け取りに行くだけと聞いたバリーは今まで以上に上機嫌となる。余程嬉しいらしい。
「キャシーさん、エールおかわりっす!」
「あ、俺も」
「うちも!」
「私も!」
「なんや全員かい!」
注文の連鎖反応だ。よくあることである。キャシーはにこやかに空になった4つのジョッキを持っていく。
「しかし、ロックホールで武具を受け取ったら、次はどこに行くんだろうなぁ」
「まだ行っていないところってどこがあった? 死の砂漠と最北の森、あ、大北方山脈も行ってないよな」
バリーの問いかけを半分無視する形でライナスがしゃべる。しかし、どちらも酔ってきているのか特に気にもしていない。
(南方山脈にも行ってないよな。中央山脈は……あれ、結局入ってないか?)
「呪いの山脈も実は行ってないわよね。ちょうど避けるように王国公路が走ってたから」
「こうやって振り返ってみると、案外うちらっていろんな所に行ってるけど、まだ行ったことないところも結構あるんやな」
ほんのりと赤くなった顔を少し揺らせながら、メリッサは脳内の地図にみんなが言った地名を当てはめていく。
「そうだ、ロックホールに行く前にアレブさんに報告しておかないとな」
「そういえばそうよね」
もう1年くらい会っていないな。あのばーさんに何かあるところなんて想像できないが、今はどうしているんだろうか。
「報告かぁ。けど、何を報告するんや?」
「え? 去年何をしたのかってことだろう?」
「確かにそうなんやけど、うちらの活動ってゆうても、大抵はもう軍から報告を受けてるんと違うんかな」
「でも、私達は聖騎士団所属だから、詳しい話はわからないんじゃないかしら?」
(あのばーさんなら教会への報告書もどっかから手に入れてそうな気がするけどな)
みんな微妙な表情をして誰も俺の言葉を否定しない。
「けどよ、これから何をすりゃいいのかは聞いておかねぇといけないんだよな」
バリーの言う通りだ。報告はともかく、武具をもらってからのことは相談しておいた方がいい。
「だとしたら、明日の昼からって連絡しようか?」
「メイジャーさんと会った後ね。私はいいわよ」
「ほんまにええんか? ローラには、なんか急に面会の行列ができるような気がするんやけど」
「さっきも言ったでしょ。報告はメイジャーさんにしかしないって。他の人は全て断るわ」
どうも他の人とは会う気はないらしい。
「わかった。それじゃ後で連絡をしておくよ」
そうして酒盛り中の仕事の話はすぐに終わり、4人は再び雑談に花を咲かせた。




