王国軍と魔王軍
俺達が戦場に着いて4日目の朝、ついに王国軍は動き始めた。
「総員、前進!」
アッピア伯爵のまとめる貴族の部隊500人に呼応して、アレックス隊長が自部隊に命令を下す。傭兵100人を前衛にその後方から聖騎士32人と僧侶24人が続く。
ライナス達はアレックス隊長の近くである。ローラが司祭として後方にいるため、護衛という立場の3人もその脇を固めるためだ。
布陣した場所の位置関係から、最初に魔王軍の陣地と接触するのは俺達になる。目的の陣地はなだらかな丘の頂上にあるので、歩いて行くことは可能だ。
「いい的だな」
魔王軍の陣地まで500アーテムを切ったところで誰かが呟いた。何もなければ10分のかからずに移動できる距離だが、相手が何もしないわけがない。まず上空から数人の魔族と数匹の巨鳥が近づいてくる。
「対空迎撃!」
アレックス隊長が叫ぶと、聖騎士が呼応して魔法を打ち上げ始めた。アッピア伯爵の部隊もだ。しかし弾幕が薄いせいか大半が躱されてしまう。そして逆に上空の魔族からこちらに向かって魔法で反撃された。今度は僧侶が障壁を作ってそれを防ぐ。
「問題はここからだな。そろそろ前からもくるぞ!」
アレックス隊長が叫ぶ。陣地まで200アーテムを切ったところで、魔王軍から魔法が飛んできた。盾を装備した最前列の傭兵がそれで受けるが、これはかなりきついらしい。耐えられずに吹き飛ぶ傭兵も出てくる。それを補うため、魔法使いの傭兵が穴を埋める。
王国軍が数で劣る魔王軍を圧倒できないのはこれが理由である。空から牽制をかけられて正面から魔法攻撃をされるため、魔法を使える人間が防戦以外できなくなるのだ。とりあえず全員魔法を使える魔族の強みだ。そして更に、昨年の秋はここに獣の群れを突っ込まれて陣形が崩れてしまい、敗れたのだ。
しかし今回は相手の陣容を事前に把握している。魔王軍は獣の集団全てを王国軍の主力部隊に使うつもりだ。だから東西から攻める俺達支援部隊には獣の突撃はない。こちらへの対応は最小限にして、本隊を打ち破って勝敗を決するつもりのようだ。そのため、例の笛は全て本隊に集められている。
ただしそうは言っても、やはり厳しいことに変わりはない。近づくほどに相手の魔法攻撃の手数は増えるし、矢も飛んでくる。このままだと陣地に取り付いたところで息切れだ。
(よし、ローラ、メリッサ、やるぞ!)
(ねぇ、ユージ。やっぱりライナスじゃ駄目なの?)
珍しく精神感応でローラが返してくる。
(名声のあるローラの方が適任なんだ。昨日散々話し合っただろう)
元々聖女っていう称号を嫌がっていたからな。その名声を確固たるものにすることが耐えられないんだろう。何しろ自分がやったことじゃないことを使うんだからな。俺なら逃げてるかもしれない。
「炎嵐」
先にメリッサがアレックス隊の正面から攻撃してくる魔族に仕掛ける。柵の内側から攻撃していた魔族だが、突然柵の近辺で炎と鎌鼬が荒れ狂ったせいで混乱に陥った。これで正面からの攻撃が急激に減る。
さて、いよいよ俺だ。アッピア伯爵隊の正面も魔族の攻撃に晒されているので、俺はこれを取り除くことにした。
(光土石散弾)
俺が唱えた瞬間、直径50アーテム近い範囲が柵ごと吹き飛んだ。強烈な爆発音と共に光弾が天を突き抜けてゆく。
爆心地から200アーテム近辺にいたライナス達も、地面が多少揺れたため思わず立ち止まった。また、爆心地周辺には土煙が舞っているため先が見えない。
後で聞いた話だが、このとき、両軍共にしばらく戦闘が中断したらしい。3月の終わりに魔王軍の陣地の1つから発生した光弾を思い出したそうだ。
しばらくして土煙が晴れてくると、そこにはきれいな真円状の窪みができていた。そして、いたる所に魔族や魔物の死体が散乱している。生きている者も、爆心地近くにいた者は負傷していた。
「おお、神よ……」
無意識なんだろう。あちこちで誰かが呟いていた。
(ローラ)
(ほ、ほんとに言うの?)
いつまでも惚けているわけにはいかない。俺はローラに促した。
当のローラはゆっくりと立ち上がる。顔がむっちゃ赤い。
「み、皆さん! 自らの家を守る我々の尊い意思は、偉大なる主に届いています! その思いに応えてくださった主が今、我らに奇跡を与えてくださりました! さぁ皆さん、立ち上がって主の期待に応えようではありませんか!」
昨日みんなで必死になって考えた台詞だ。これを与えられたローラは泣きそうな顔をしていたな。
どうしてこんな面倒なことをしているのかというと、実は光土石散弾に必要な土と光の魔法を両方覚えているのが俺しかいなかったからだ。柵なども物理的にしっかりと壊そうとすると、土の魔法で下から突き上げて吹き飛ばす方がいい。そして魔族と魔物には光の魔法が有効というわけだ。あと、前回天空に光弾が突き抜けていく様子をみんなが思った以上に好意的に受け止めていたので、士気を上げるためにやったというのもある。
ただそうなると、光土石散弾が発生した理由が必要となる。だから、今さっきのローラの台詞が必要なのだ。そう、全部神様のせいにしてしまえばいい。
「……」
今、ローラは立ち上がって手にした杖を爆心地に向けたまま固まっている。さっきも言ったように顔は真っ赤だ。そして全身が震えてる。気持ちはいたいほどわかるぞ。俺なら逃げるし。だから最初に台詞を噛んだのは見逃そうじゃないか。
全員見てる。アレックス隊、アッピア伯爵隊、そして魔族も。遮るものもない丘の斜面で大きく叫んだらそりゃ聞こえるわな。みんなじっとしているからそよ風の音しか聞こえないんだし。
「我らの行いを偉大なる主も見守っておられる! 皆、聖女様の起こされた奇跡に我らも続くぞ!」
立ち上がったアレックス隊長がそう叫ぶと、部隊の全員が呼応して雄叫びを上げる。連鎖してアッピア伯爵隊もだ。そして魔王軍の陣地へと突撃してゆく。
あーあ、せっかく苦心して神の起こした奇跡となるように台詞を考えたのに、ノリノリのアレックス隊長がローラの手柄にしちゃったよ。ローラが半泣きで「違う、私じゃない」って呟いてる。
アレックス隊とアッピア伯爵隊の突撃を見た魔族も慌てて反撃しようとするが、メリッサと俺の魔法で最小限に押さえる。空からの攻撃も再開されたが、これは他の人に任せておこう。
光土石散弾で全軍の動きがわずかに中断されて再び動き出した後、アレックス隊とアッピア伯爵隊が魔王軍の陣地の西側に取り付いた。あの一撃で大きな被害を受けた魔王軍の西側の守備隊はこれを支えきれず、俺達の侵入を許す。
「よぉし、ここで踏ん張るぞ!」
アレックス隊長の号令の下、反撃してくる魔族と魔物を押さえる。俺達支援隊の目的は主力部隊の突撃支援だ。この陣地の一角で暴れることで敵を少しでも引きつけないといけない。
すでに前衛は乱戦となっている。これで空にいる魔族も限定的な攻撃しかできない。しかし、それならばと部隊の後方に的を絞ってきた。くそ、的確に嫌なところを突いてくるな。
「光散弾」
聖騎士に混じってローラも反撃をする。こういうときは弾幕を張るべきなので、散弾系の魔法でみんなが対抗する。
しかし、魔王軍も陣中に入られたのはまずいと判断しているのか、俺達の所へ魔族の増援が空に陸にと増えてきた。
そのとき、地響きのような音が聞こえてくる。そちらを見ると、獣の集団が南側からやって来た王国軍の主力部隊に向かっていった。あれをどう捌くかで戦いの趨勢が見えてきそうだよな。
気づけばローラ以外がいない。負傷した傭兵を治療する僧侶の更に前、最前線に視線を向けると……いた。ライナスが魔族を、バリーが魔物を相手にしている。その後ろでは、メリッサが後方で固まっている魔族や魔物に対して範囲魔法で攻撃をしていた。ただ、このままじゃ数で押し切られるのも時間の問題だ。
アッピア伯爵隊の方は既に押され始めている。これ、一旦引いた方がいいんだろうけど、そんな簡単にはいかないんだろうな。どうするんだろう。
上空を見ると魔族と魔物が30くらいいる。このせいで聖騎士や魔法使いが動けないんだよな。
(そうだ、もしかして)
俺は思いついたことを試してみた。それは空で飛んでいる魔族や魔物に拘束をかけるというものだ。うまくかかったらそのまま墜落してくれるかもしれない。地味だけど役立つんじゃないだろうか。
(拘束)
目に入った魔族にかけてみる。ちょうど聖騎士を攻撃したところらしく、意識はそちらへ完全に向いていた。すると、驚いた表情のままその場で止まる。しばらくしても落ちない。しかし、誰かが放った光槍を胸に受けて絶命した。
なるほど、体の動きを止めるだけで魔法の効果まではなくならないのか。でも、これは使えるな。よし、片っ端からかけていこう。
ということで俺は視界に入る魔族と魔物に次々と拘束をかけていった。魔族にはたまに抵抗されてしまうが、巨鳥のような空を飛ぶ魔物は確実に墜落していく。魔法を使わずに飛んでいるとやっぱり落ちるんだ。
姿の見えない俺の仕業に上空の魔王軍と地上のアレックス隊とアッピア伯爵隊の後衛は異変に気づく。魔王軍側は突然動かなくなる同僚や墜落していく魔物を見て動揺し、2隊側は神のご加護と叫びながら喜んで撃ち落としていった。
最後の方は捜索を使って俺の存在に気づいた魔族が攻撃してきたが、他の聖騎士や魔法使いに打ち落とされるなどしてやがて誰もいなくなった。こうして一時的にだが俺達の上空に魔王軍がいなくなったことで、全ての戦力を地上の敵に向けることができるようになった。
(本隊はどうなってるんだ?)
気になった俺は南側の様子を見てみる。すると、獣の多くが王国軍の本隊の手前で止まっていた。一部は接触しているようだが、それもすぐに停止する。
これで安心して魔王軍の本陣に突撃できるなと思って見ていたら、何と獣が次々と魔王軍側に頭を向ける。そして王国軍と歩調を合わせて進軍を始めた。おお、利用してる! そうか、陣地からの魔法攻撃の盾にする気か。そして最後は突撃させるんだな。そうなると後は空の魔族と魔物だけ対処すればいい。
俺が思った以上に主力部隊は獣をうまく使っているようだ。これを見た俺は、この戦いは勝ったなと確信できた。
昼頃になると、王国軍の優勢がはっきりとした。獣の突撃を防いだばかりかそれを利用して進軍した王国軍の主力部隊は大きな被害を受けることなく魔王軍の陣地へと迫る。そして、陣地まで100アーテムを切ったところで獣を突撃させた。すると、魔王軍の本陣からも一斉に魔物が突撃してくる。
その少し前から、俺達のいるアレックス隊とアッピア伯爵隊を押さえていた魔王軍部隊の圧力が急に弱くなった。何だろうとその奥を見ると、驚いたことに魔王軍の本隊らしき部隊が北へ向かって移動していた。
それはすぐにアレックス隊長とアッピア伯爵の知るところとなったが、目の前の部隊が邪魔で前に進めない。これは殿役になったんだろうな。
結局、殿部隊に阻まれた東西の支援部隊と魔物や獣の乱闘に阻まれて勧めなかった主力部隊は、魔王軍の本隊を追撃できなかった。夕方には戦闘は完全に終わる。
「はぁ、やっと終わった……」
「うう、もう立てへんわ……」
「やった、勝ったぜ!」
返り血や夕日の日差しで真っ赤に染まった兵士達に混じって、ライナスとメリッサは座り込んでいた。一日中動き回っていたから疲れ果てたんだろう。一方のバリーはいつも通りな様子だ。相変わらず元気な奴である。
「はい、終わりました。次の方!」
ローラは負傷兵を1人ずつ回って治療している。次々と魔力切れで何もできなくなる他の僧侶を尻目に、ひたすら治し続けていた。ただ、さすがに全員を1人で治すのは無理なので、俺も協力している。
後日調査した結果、この戦いでは王国軍の損害は約800人程度だったそうだ。それに対し、魔王軍の損害は数百人とのことだった。多くても1000人程度らしい。損害を比べるとほぼ同じだが、人間に比べて数の少ない魔族からすると、これはかなりの大損害ということだ。おまけに、魔物と獣もほぼ全て失ったわけだから、魔王軍は記録的な大敗をしたと王国軍は考えているという。
雨期に入る前に以前の戦線まで北上した王国軍は一旦そこで停止しした。体勢を整えるためである。そして、雨期の終わりと共に更に北上するらしい。話によると、相手の体勢が整わないうちに更に攻め立てて、できれば決着をつけたいそうだ。
それはともかく、俺達としてはあと半年の間ここにいないといけない。もう大きな戦闘は避けてほしいんだけどなぁ。




