近づく決戦
急いで陣地戻ると、俺達はアレックス隊長に事の次第を報告した。かつて獣の大集団がいた場所には新たに魔物の集団が連れてこられていたことと、その陣地を4人で壊滅させたことだ。ちなみに、今回俺がやったことはローラとメリッサがやったことにしている。
「ローラ殿が光散弾を打ち上げた結果か……」
天を突き抜けていった光弾は、やはりここからでも見えたらしい。みんな大騒ぎしていたそうだ。
「こんなところからでも見える程の大規模な魔法を使われるとは、さすが聖女様だ」
「ははは……」
否定したいのにできないローラは顔を引きつらせて返事をしなかった。
「メリッサも大したものだな。魔族と獣の大半を魔法の一撃で葬ったんだからな」
「いやーまーね~? うちもがんばりましたし?」
メリッサの返答も曖昧だ。ローラほどではないものの、やってもいないことをやったというのは居心地悪いようである。
その点、今回はライナスもバリーも他人事だ。のんきなものである。
ただ、前衛2人組に関しては今回単独で魔族と戦って勝てたので、自分の成長を実感できた喜びに浸っているらしい。
「まぁ、報告はこのくらいでいいだろう。さて、問題は本陣へなんて説明するかだな」
「どういうことっすか?」
そのまま今の話を伝えるものとばかり思っていた俺達は不思議そうにアレックス隊長を見る。
「もしこのまま正直に話したとしたら、間違いなく4人とも本陣へ転属だ」
戦局が微妙なこの時期に、切り札になりそうな4人を王国軍も聖騎士団も放っておくはずがないかららしい。言われてみればその通りだ。陣地1つを吹き飛ばすだけの魔法を扱えるパーティなんてそうそういない。俺が王国軍の総指揮官だったとしてもほしいって思う。
「それなら、俺達が魔王軍の陣地へと行ったときには既にそうなっていた、ということにしますか?」
「それくらいしか思いつかないわよね」
せいぜい残敵と少し相手をしたというくらいにしておいた方がいいだろう。
「そうだな。我々としても、ローラ殿にはここにいてもらいたい」
そうだろうな。その本音はわかっていた。
結局、本陣への報告は「事後に斥候を向かわせると以前見た魔王軍の陣地は壊滅していた」ということになった。軍で手柄を上げて何かをしたいわけじゃないので、この功績は認められなくてもいい。下手をすると主力部隊の最前列に配属されそうな手柄なんて、誰も望んでいないしな。
このまま何事もなく年末まで過ぎてくれたら嬉しいが。
俺達が魔王軍の陣地を1つ潰してから2ヵ月以上が経過した。既に暦は6月を迎えている。
あれから両軍は小競り合いをしつつも膠着状態となっていた。王国軍は兵力を増強するためだ。先年の敗北と今年に入ってから魔王軍がけしかけた獣達の襲撃のせいで、思うように傭兵が集まらなかったせいである。
しかし、最近再び風向きが変わってきた。春先に天を突き抜けていった光弾が見えた後、魔王軍の陣地が1つ壊滅していたという話が王都を中心に急速に広がり始めた。そのため、傭兵の集まりが良くなってきたのである。
恐らく王家や大神殿を中心に盛んに宣伝した結果だろう。メイジャーさんから届いた手紙では、王家お抱えの魔術師がやったとか、聖女の奇跡ということになっているらしい。今回は本陣からも光弾がはっきりと見えたので、空宣伝ではないと輜重兵なども騒いでいることから、上層部の宣伝も一般人に受け入れられているようだ。
「王都に戻ったらみんな聖女様の足下に跪くんとちがうかなぁ」
「……メリッサのことも噂になってるって書いてあるわよ」
「でも、うちって特定できるようなことは書いてないもんなぁ」
また例によって変なテンションのメリッサにローラが絡まれているのを、俺達男衆は遠巻きに見ているだけだ。とばっちりだけは勘弁してほしいものである。
そうだ。以前、メイジャーさんに頼んでいたジャック達の行方だが、どうも王都で冒険者稼業を営んでいるらしい。5月に王都南方の魔物退治に行ったそうなので、対魔族戦線には参加していないようだ。傭兵の集まりも良くなってきたので、冒険者の募集は一時ほど厳しくはないと書いてあった。
「あいつら、この様子だとずっと冒険者のままやっていきそうだな」
「イーストフォートで傭兵は懲りたんじゃないか?」
たぶんそんなところだろう。わざわざ死亡率の高くなるようなところになんて来ることはない。ジャック達は中堅冒険者なんだから、ある程度仕事を選べる立場なんだしな。
一方、ライナス達の所属している部隊だが、久しぶりに兵力が増員された。以前、本陣に引き抜かれた聖騎士達が戻ってきたのと、ノースフォートから傭兵が新たに送り込まれてきたのだ。
(俺達が来たときよりも傭兵が2割増しになったくらいか。雑役夫を抜いたら、相変わらず200人を超えないんだよな)
「それでも来ないよりましだぜ」
(その通りなんだけどさ。輜重兵の話だと、本陣は結構増強しているらしいじゃないか。少しくらいこっちに回してくれてもいいんじゃないか?)
こんな戦場の端っこよりも本陣の層を厚くした方がいいのはわかるんだけどな。
「けど、その輜重兵の話で意外だったのは、魔王軍の陣地がおとなしいってことだよなぁ」
ライナスが言うのもよくわかる。3月末以来、獣の襲撃が全くないのだ。斥候隊同士の遭遇戦くらいならあるがその程度でしかない。まさか動こうとした矢先に、俺達が陣地を潰したから止まってしまったんだろうか。
その後、獣がまとまっている場所が他にもいくつか確認されているが、魔物の集団共々厳重に警備されているらしく、様子を窺うのが精一杯らしい。こちらからしかけて獣や魔物の数を減らせれば、決戦のときに楽になるんだけどな。
それから1週間後、アレックス隊長の下に本陣から伝令兵がやってきた。しばらく天幕内で何かを話していたと思ったら、天幕から出てきたアレックス隊長が全員を集合させる。こういうときは必ず何かあるんだよな。
「みんな、よく聞け! 先日、我らが王国軍が別働隊を編成し、魔王軍の獣及び魔物を隠し置いている陣地のいくつかを次々と攻撃した。その結果、作戦は成功し、獣及び魔物の多くを殺害したそうだ」
その話を聞いていた俺達はみんな一様に驚く。今までそれができなかったのに、どうして今回成功したんだろうか。魔王軍側も厳重な警戒をしていたはず。
「最近は陣地に近づくこともできないって話でしたのに、どうやって攻撃したんですか?」
「ライナス、いい質問だ。何でも、一部が囮になって陣地の守備兵をおびき寄せている間に、攻撃隊の本隊が魔王軍の各陣地を攻めたらしい」
獣と魔物を隠し置いている陣地の数だけ攻撃隊を用意したそうだ。そして、攻撃隊本隊は以前回収した笛を使って獣を魔物に襲わせたと説明される。もちろん魔族側も黙っていないので迎撃されたが、倒した魔族の持っていた笛をその場で使うこともしたらしい。そういった攻撃を同時多発的にやったそうだ。
しかしそこで気になることが2点ある。魔族側だって必死に反撃するはずなので被害が馬鹿にならないのではないかという点と、そもそも春先の時点で兵力に不安があったのにこんな兵力を摩耗するような作戦をしてもいいのかという点だ。下手をすれば、一方的にやられて集めた兵を失うだけになりかねない。
このときはアレックス隊長も知らなかったのでこの疑問は解決できなかった。しかし、後に聞いたところによると、何と予想よりも傭兵が集まったので実施したらしい。そして、兵士の不足分を補うためにかき集めた冒険者もこの襲撃作戦に使ったそうだ。つまり、傭兵と冒険者で編成された部隊を使ったので、仮に全滅しても王侯貴族や聖騎士団の腹は痛まないということだった。
特に冒険者は悲惨で、襲撃先で囮役をやらされて魔族に散々やられたらしい。ほとんど生き残った者はいないと聞いた。一方、傭兵の方も大概だ。笛を使って獣に魔物を襲わせるので相手をするのは魔族だけという話だったらしいが、もちろんそんなにうまくいくはずがない。魔族だって笛を持っているんだから獣を操作できる。その結果、獣は思ったほどいうことを聞いてくれない状態で魔物と魔族の両方を相手にすることになったらしい。逃げるためにも死にものぐるいで戦ったそうだが、相手に大損害を与えたのと引き換えに大きな被害を受けたとのことだった。
どちらにせよ、攻撃隊の多くが戦死したそうだ。それでも王国軍上層部としては上出来な戦果だったようだ。
「そして王国軍の上層部は今の成果が有効なうちに魔王軍に決戦を挑み、これを撃退することを決定した。それに伴い、我々もいよいよ打って出ることになった」
やっぱりそういう流れになるのか。魔王軍の総兵力がどのくらいかはわからないが、本当に勝てるんだろうか。しかし、周囲の聖騎士や傭兵はいよいよ攻勢に出られるということで、みんな喜んでいた。
この際俺達がどういったところでこの流れを止められるわけじゃないんだし、やれることをやるしかないだろう。
雨期に入るまで残り3週間を切った。アレックス隊長率いる部隊は、現在俺達が春先に壊滅させた魔王軍の陣地に滞在している。もちろん俺達も含めてだ。魔王軍へ攻撃をかけやすいように8割の兵力──雑役夫込みで220名──をこちらに移している。
そして同じ場所に他の陣地からやって来た貴族の部隊も一緒に陣取っている。こちらも命令により出撃してきたのだ。各貴族の部隊の兵数を合わせると総勢で500名程度らしい。
「それで、これから魔王軍の本陣に突撃するんすか?」
「恐らくそうなるんだろうが、まずは後方に敵がいないことを確認しないとな」
アレックス隊長をはじめ、集まった各貴族の部隊の目的は王国軍の主力部隊を支援することだ。具体的には、魔王軍本陣の兵力を少しでも引きつけるのである。
そこで最初にやってきたアレックス隊長の部隊は、更に北側の魔王軍後方にどれだけの敵の部隊がいるのかを確認するため、斥候隊をいくつか出している。今のところは敵影なしということだ。
「意外ですね。後方には獣や魔物の集団がたくさんいると思ったのに」
「もう本陣の方に集めたのかもしれん」
次々とやって来る部隊が順次斥候隊を各地に放っている。特に魔王軍の本隊方面は重点的にだ。各部隊が集めた情報は部隊長会議で持ち寄せることになっていた。
「それじゃ行ってくる。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
アレックス隊長は、集まった部隊の中で最も位の高いアッピア伯爵のところへ向かった。家名の割に出兵数が少ないのは、数年前の戦闘で大損害を被ったからである。
数時間後、アレックス隊長は疲れた表情で帰ってきた。
「どうだったんですか?」
「予定通りの内容ではあるんだが、そこに至るまでに無駄な時間がかかるのは何とかならんのかなぁ」
ローラの質問に対して、大ざっぱな回答と愚痴を同時に吐く。やっぱり貴族の会議っていうのは面子重視なんだろうか。
「予定通りの内容っすか?」
「ああ。各部隊をとりまとめるのはアッピア伯爵、一応我々聖騎士団もその傘下に入ることにはなってるんだが、ある程度の独自行動は許されている」
それは傘下に入る意味があるんだろうか。形式的な意味が強いんだろうな。実質的には対等な立場ということか。貴族と教会の力関係が今はそうなんだろう。
「それで、魔王軍の本陣への攻撃はいつからです?」
「主力部隊は今日出陣しているはずだから、こっちも明日にはここを動かないといかん。魔王軍への攻撃は本隊到着の前後だな」
いよいよか。まだ魔王軍の本陣を見たことのない俺にはあんまり実感が湧かない。
「まぁ何にせよ、ここが正念場っちゅーことやな」
メリッサの言う通りだ。できれば本陣にぶつかりたくなかったが、まずは生き残って、そしてできれば勝ちたい。そう思うと緊張してきた。
「さて、明日からが本番だ、今晩はしっかり休んどけよ」
アレックス隊長はライナス達にそう告げると、部下の聖騎士達のところに足を向けた。




