襲撃、そして退却
襲撃は翌朝ということで、今日は魔王軍の獣と魔物の陣地を一望できる丘に登るにとどまった。これは、暗視の闇魔法を使える魔族相手に夜襲を仕掛けても意味がないので、戦いは日の出ている間にすることを決めたからだ。そのため、この日は時間をかけて慎重に移動することに費やした。魔族に襲われながら撤退することになるはずなので、その経路を確認するためもある。
そして、常に俺が魔族の動きを見ながら、逐一その様子をライナス達に伝えている。もし魔族が巡回や捜索を使うなどして4人を発見した場合、即座に逃げるためだ。見つかったら逃げる、が基本方針である。今のところ、魔族は歩哨を陣地の周囲に立てているだけで巡回まではしていない。出撃後に襲われることはあっても、陣地までは襲われないと思っているんだろう。
「やっと着いたな」
数時間かけてゆっくりと陣地の手前にある高めの丘の裏手にまでたどり着く。そしてライナスがため息と共に呟いた。同じ距離にいつもの何倍も時間をかけていたもんな。
「足跡がつかないところを選ぶのがもどかしかったぜ」
隠蔽をかけているためはっきりとはわからないが、バリーがライナスの隣で愚痴る。雪解けのせいで足場が泥濘んでいるところはできるだけ避けたのだ。さすがに完全にとはいかなかったが。
「後はこの山を登って一晩過ごせばいいのね」
ローラがため息をついた。まだ最後の移動が残っているわけだが、実はそれが一番きつかったりする。それを思ってのため息だろう。
「ここまで来たら攻撃するまで見つからんことを祈るしかないやろうな。ただ、明日は1日中走り回ることになりそうやけど」
魔王軍の陣地を攻撃した後は、ひたすら逃げるだけである。何より生き残って情報を持ち帰らないといけないからだ。派手ではあるが、実のところこの襲撃はおまけなのである。最後までそれを忘れてはいけない。
(さて、それじゃみんな登って)
俺の言葉に促されて、姿の見えない4人は足音だけをさせて丘を登り始めた。
まだまだ寒い一夜を過ごしたライナス達は、現在、魔王軍の陣地からみて丘の頂から少し裏手に下がったところにいる。丘の南側の斜面から北側を眺めているため、日差しが右手から降り注いでいた。霊体でも結構眩しい。
(さて、それじゃ始めるか)
全員改めて隠蔽をかけて姿を消す。それから俺とメリッサが丘の頂に登った。
「あっちの陣地に動きはないようやな」
最後に再び捜索をかけたメリッサが呟く。俺も1時間ごとに捜索をかけていたが、不寝番の交替くらいしか動きはなかった。
その捜索の結果だが、獣は相変わらずおとなしいものだ。それに比べて魔物は柵の中でうろうろとしている。しかしやっぱり、雑多な集まりの割にお互いを攻撃しようとはしていない。仲が悪そうなのはいるけどな。最後に魔族は1ヵ所で寝ている。ただし、不寝番として半分くらいが陣地の周囲に散っていた。全部で20人くらいだ。
俺達のいる場所から魔王軍の陣地までの距離は約200アーテム程度である。すぐには見つからないはず。
「魔族は寝ている奴に一発食らわせるのが限界か。まぁ、半分も範囲内に入れられたら上出来なんやろな」
(こっちは柵があるからやりやすいな。どれだけやればいいのかはっきりわかる)
たぶん直径100アーテムないな。なら何とかなる。
「ならユージ、やろか」
(よし!)
俺達は同時に詠唱が終わるように呪文を唱え始めた。無詠唱でもできるのにわざわざ呪文を唱えたのは、同時に攻撃するためにタイミングをとらないといけないからだ。なにしろ、俺の姿は見えないし、今のメリッサは隠蔽で姿を隠しているので、声くらいしかタイミングを合わせる手段がない。打ち合わせ中に気づいた盲点だった。
(我が下に集いし魔力よ、光の御手より出でし土石を持って敵を穿て、光土石散弾)
「我が下に集いし魔力よ、炎を纏う嵐となりて敵を蹴散らせ、炎嵐」
使う呪文はあらかじめ決めていたので、最後が揃うように事前練習は何度もしていた。その甲斐あって本番の今もぴったり最後が合う。
その瞬間、魔王軍の陣地が爆ぜた。
光土石散弾は、光散弾と土石散弾を同時に撃ち出す複合魔法だ。土石散弾が地面からしか撃てないので光散弾のように術者の手元からは放てない。不便と言えば不便だが、今回は術者の位置を知られないことが大切なのでむしろ都合がよかった。それと、地面から射出されるので、対象範囲内に満遍なく撃ち出せるというのも重要だ。
単に攻撃するだけなら土石散弾だけでもよかったのだが、腐乱死体や白骨死体なんてものもいたので光属性の魔法も混ぜた。
ノースフォートでの魔物討伐のときも大きな爆発音がしたが、今回はそれ以上だ。更に光散弾の光弾が天を突き抜けてゆく。あ、これって敵味方関係なく他の陣地からでも見えるんじゃないだろうか。
その脇ではメリッサが発動させた炎嵐が盛大に荒れ狂っている。あれって鎌鼬に切り刻まれて炎で焼かれるんだよな。就寝中の魔族にやったんだからたぶん逃げられなかったんじゃないだろうか。
(随分と派手にやったな)
「なにゆーてんねん。ユージの方がえげつないやないか」
しばらく様子を見ていたが、魔王軍の陣地は既に半壊している。魔物に関しては動いている奴はいなさそうだ。死霊系の魔物も軒並み見かけない。一方、メリッサが仕掛けた範囲については周囲が燃えていてよくわからない。捜索をかけてみたら、誰も生きていなさそうだった。
(加減なしでやったらこんな風になるのか……)
「うちも、この杖のおかげとはいえ、あそこまで強い威力が出るとは思わんかったわ……」
使った魔力は結構な量だったけど、星幽剣のときほどじゃない。あの星幽剣の魔力消費量って本当にでたらめなんだな。
「すげぇ」
「ここまですごいんだ」
「うそみたい」
後ろで3人が驚いているが、ライナスが星幽剣を使いこなせたらこれに匹敵するはずだ。してもらわないと俺が割に合わないという俺の思いもあるが。
「それで、ユージ。これなら獣もやれるやろ」
(そうだな。よし、やってしまおう)
俺は同じ規模の土石散弾を獣の集団の真ん中で発動させる。俺はこのときになって気づいて驚いたが、あの獣達はあれだけの騒ぎがすぐそばであったにもかかわらず、全く動いていなかった。本当に命令を受け付けるだけなのか。柵がいらないはずだ。
それはともかく、2度目の爆発音で獣の多くも死傷した。そして、ようやく動き始めた歩哨の魔族も再度その動きを止める。
再び捜索をかけて魔族の数を調べて見ると8人だけだった。どうも歩哨にも巻き込まれた奴がいるらしい。
「ユージ、メリッサ、陣地はどうなってるんだ?」
「魔族は残り8人、それに獣がいくらかやな。魔物は捜索で反応がないさかい、たぶん全滅なんやろうな」
「今だったら突っ込んでいたらやれるんじゃねぇのか?」
(獣はまだ何十頭っているからやめた方がいい。あいつらを動かされたら不利になる)
昨日決めた作戦だとここで攻撃した後はひたすら逃げると決めたんだ。うまくいきすぎたからといって更に完璧を求めるのは危険すぎる。そもそも俺達は斥候隊なんだから、これ以上の成果を求めるべきじゃない。
「バリー、どうせ追いかけてくる奴がいるから、そいつらを俺達でやっつけよう」
「そうだな!」
(こっちに来たぞ!)
魔族の様子を窺うと、俺達を見つけたからやって来たというようりも、索敵のために周囲に歩哨を散開させたように見える。そして、その中の1人が大きなロバに跨がってこちらに向かって来た。
そのため、ライナス達は手はず通りに丘の頂から降りてゆく。昨日登ってきた経路を使ってだ。
やって来た魔族は丘の頂でロバを止める。おかしなところがないかゆっくりと周囲を見渡した。すると、地面に不審な足跡がいくつもあることに気がついたようだ。そりゃ気づくよな。
俺はその魔族の真横まで近づくと、光槍で頭を貫いた。できれば頂の裏で攻撃したかったんだが、合図を送られそうだったから仕方ない。
しかし当然、その不審な死に方は魔王軍の陣地からは丸見えだった。気になってそちらに視線を向けると、こちらを指差して何かしゃべってる奴がいる。うーん、思ったよりも相手の陣地全体に知られちゃったなぁ。
まずいと思いつつも今更どうにもならないので、俺はそのままライナス達の後を追った。
今回の襲撃についてだが、魔王軍の陣地を攻撃したことは予想以上にうまくいった。何しろ魔物は全滅、獣も大半が死亡、そして魔族も半分以上を戦死させたからだ。最近の王国軍を振り返っても大戦果だと思う。
ところが、退却するときの詰めが甘かった。思ったよりもこちらの存在を相手全体に知られてしまったというのはさっき言ったが、ロバに乗ってこちらを追跡してくるということに関してはすっかり失念していた。空を飛べる魔族は気にしていたのだが、ロバに乗るのは獣の集団を操るときだけだと思い込んでしまっていた。そうだよな、便利なんだから移動するときはできるだけ使うのは当たり前だ。
もう1つ、逃走経路についてだ。素早く行動できるように往きと同じ経路で逃げているのだが、どうやったって足跡はいくらか残ってしまう。しかも往復の2回分だ。そのため、思ったよりも逃げた跡というのがはっきりわかってしまうことに途中で気づいた。
それでも以前辿った小川まで出たら何とかなると思ってみんな逃げていたが、大きなロバに乗っている魔族の追跡は予想以上に速かった。
『いたぞ!』
先頭を走るロバに跨がっている魔族が声を上げた。ライナス達は姿を隠したままだが、移動するときに周囲の草木に触れるとそれらは動く。また、捜索でも4人の後を追跡しているのかその進み方に迷いがない。
追ってきている魔族は2人だ。相手の都合上、これ以上追加で追ってくることはないだろう。つまり、こいつらさえ倒してしまえば逃げられるというわけだ。
(みんな、もう追いつかれる! 迎え撃とう!)
俺がそう叫ぶと、4人は全員姿を現して迎撃態勢をとる。姿を隠したまま戦えればいいんだが、さすがに姿が見えないと連携がとれない。
ライナスとバリーの武器に俺とローラが光属性魔力付与をかける。魔族と相性がいい光属性の魔力付与だ。傷を負わせられたらいつもよりも効果を発揮してくれるだろう。
「土槍」
メリッサがロバめがけて2本同時に土の槍を撃ち出した。まずは相手の脚を奪う作戦だろう。1頭はまともに腹へと刺さり、もう1頭はぎりぎり回避しきれずに脚を傷つけられてしまった。ただ、どちらにしても乗っていた魔族は転がるように地面へと退避する。
「よっしゃ!」
「いくぞ!」
バリーとライナスはその魔族2人に向かって飛び出した。それぞれ立ち上がったばかりの魔族と1対1で対決する。イーストフォートでは2人で魔族1人の相手をして互角だったそうだが、今度はどうなんだろうか。
ライナスは当初から優勢なようだ。剣技では互角のようだが、魔法を無詠唱でいきなり使えるというのが大きい。相手の魔族はそこまで魔法の使い方に熟達していないらしく、切り結んでは魔法で手傷を負わされるということを繰り返していた。
一方のバリーは互角である。ライナスと違って魔法が使えないのでその点は不利だが、武器の使い方については相手を圧倒していた。魔族が呪文を唱えようとする度に、長さと重さを活かした槍斧の攻撃でこれを防いでいる。
「火球」
ライナスは動きが鈍った魔族の真上に火球を生成してぶつけた。その攻撃をまともに頭部へと受けた魔族は絶叫しながら転げ回る。ライナスはすかさず止めを刺した。
最近のライナスは直接戦闘のときだと、今のように相手の真上から魔法攻撃をすることが多い。何でも視覚外からの攻撃なので、相手の対応が一瞬遅れるので当てやすいらしい。
「はっ!」
そしてバリーの方は、魔族の持っている剣を叩き折ったところで勝負は決定的になった。地面を転がりながら何回かは槍斧を避けていたものの、最後は背中に重い一撃を受けて動けなくなり、やはり止めを刺されて絶命する。
(追っ手は……来てないようだな)
捜索で検索をかけても魔族の反応はない。ということは、この魔族2人だけが追っ手だったということか。
とりあえず、一旦難は逃れた。早く陣地に戻らないといけない。
俺に促されて、ライナス達は再び脚を動かし始めた。




