獣を操る笛
目の前に現れた獣の集団に俺は小川伝いに近づいていった。集団の移動速度はそんなに速くない。一塊に行動させるので精一杯なのか人間が軽く走る程度くらいだ。魔族は大きなロバに乗って最後尾を移動している。魔族でも寒いのか防寒着を着込んでいた。
今のまま進むと、小川を越えようとする獣達に接触することになる。仕掛けるなら川を越えた直後だろう。たぶん一瞬でも気を抜いてくれるはずだ。
それと、あの魔族も捜索をかけて周囲を警戒しているはずだが、検索条件に幽霊が入っていないことを願うばかりだ。人間と敵対しているんだから、普通は人間で検索をかけるだけのはずだよな。
ライナス達は、小川を200アーテムほど東に進んだところにある木の裏手に隠れている。これも見つからないと信じたい。
そんなことを色々と祈りながら獣の集団と接触する。小川といっても水深なんてほぼないから何事もなく渡ってゆく。
(いた)
そして、大きなロバに乗った魔族も最後にやって来た。まだ出発して間もないためか油断なく周囲を警戒している。あの様子だと真面目に捜索もかけているんだろうが、表情や動作に変化がないということは俺に気づいていないんだろう。
最後の獣が小川を渡りきるのとほぼ同時に、魔族の乗った大きなロバも小川を渡り終わった。そして小さい土手となっている坂を登ろうとする。俺はそこで仕掛けた。
(拘束)
俺は真後ろから魔法をかけた。人間ならこの不意打ちで抵抗されることはないんだが。
『なっ?!』
大きいロバが小さい土手を上りきったところで、乗っていた魔族がどさりと踏み荒らされた雪の上に落ちる。ロバに乗っていたときの格好そのままだ。よし、効いた!
(睡眠)
俺は立て続けに魔法をかけた。今度は眠らせようとする。これはライナス達がやって来たときに危害を加えられないようにするためと、精神読解の成功率を高めるためだ。
必死になって眠気と戦っていた魔族だったが、とうとう抵抗しきれずに眠ってしまった。やはり不意打ちの効果は大きい。
歩き去って行く獣達を尻目に、俺はライナス達の方向に向かって火球を撃った。襲撃が成功した合図だ。これでしばらくしたら4人もやってくるだろう。
ライナス達が俺のところへやって来たのはそれから数分後だった。ちょうど魔族に対して精神読解が終わったところだ。
(みんな来たか。そこに倒れているのが獣を操っていた魔族だよ)
「眠っているのか?」
(拘束で動きを止めてから睡眠で眠らせたんだ。それで今さっき精神読解をし終わったところだよ)
4人とも魔族を見ながら俺の話を聞いている。
「それで、この魔族はどうやってあの獣を操っていたんだ?」
(その魔族が首にぶら下げている小さめな笛があるだろう。それを吹いてだよ)
難しい操作は無理だが、前進、右折、左折、停止、反転、突撃の6つの命令を聞かせることができるらしい。獣は魔界で家畜のように育てられたものらしく、そのときに色々と処理されてこの笛の命令だけを聞くそうだ。尚、笛の音は人間や悪魔には聞こえないようである。
それを説明すると4人もようやく獣が集団で襲ってくる理由がわかったようだ。
「まさか獣を強化したりたくさん飼育しているとはなぁ」
「魔界の獣はもともとでかいとばかり思っていたぜ」
それは俺も意外だった。でもそうしないと、あんなばらばらな種類の獣が1つにまとまらないよな。
「それで、この使い方はどうなのかしら?」
(使用者の視界に収まる範囲でなら目標と行動パターンを想像しながら笛を吹けばいいらしい)
周囲を見ながら前進、右折、左折、停止、反転、突撃の6つを命じるために笛を吹けばいいだけだ。後は使い慣れるしかないだろう。
「使い方は実際に使って慣れるしかないんだろう。それはいいとして、先に行った獣を何とかなしないと」
(慌てなくてもいいだろう。操作が今言った通りなら、さっきの獣はひたすら死ぬまでまっすぐ進むだけだ。陣地には向かわないよ)
俺の説明を聞いたライナスは安心する。ただ、今のところはどんなところであろうとまっすぐ進もうとするから、追いかけるのは大変だろうけどな。
「なら、これからどうするんや? 一旦戻るんか?」
(それがいいと思う。北側にある獣の大集団は俺達だけでどうにかなんてできないし、その獣を操る笛を手に入れたっている大きな成果があるからな。これを持って帰るのが最優先だろう)
うまくいけば、この笛を使って敵に一泡吹かせられるかもしれない。それはみんなも感じているらしく、全員の表情は明るかった。
「わかった。それじゃ先に行った獣の後を追いつつ、陣地へ戻ろう」
「あー、ライナス。こいつはどーすんだ?」
ライナスが次の行動を決めたとき、バリーが雪の上で眠らされている魔族を指差した。
(かわいそうだが殺してしまおう。連れて帰っても結果は変わらないからな……)
尋問という名の拷問の末にだ。俺達の行動を仲間の魔族に知られるわけにもいかないので、そうするしかない。
捕らえた魔族を処分した後、俺達は先程去っていった獣の集団の後を追いかけることにした。しばらく歩くと、俺達が辿ってきた足跡とは別に、まっすぐ丘陵へと向かっている足跡を見つける。
「本当にまっすぐ進んでるんだな」
(ちょっと先の様子を見てくる)
獣はまっすぐ進んでいるんだろうが、もしかしたら地盤の緩いところを進んでいるかもしれない。そんなところで遭難するなんて馬鹿らしいので、問題ないか確認するのだ。
俺は少し高度をとってから前へと進む。するとどうだろう、案の定丘陵の手前は沼地だったようで、先程見失った獣の集団がどっぷりとはまっていた。
(うわ、これは……)
そして本当に命令されたことしかできないらしく、ひたすら前に進もうとしていた。半数は姿が見えないが、沼地に沈んでしまったということか。
どこまでが沼なのかわからないが、これはもう俺達ではどうにもできないな。
(この先に沼があって、そこに全部突っ込んでいったみたいだ。半数くらいは既に姿が見えない。残り半分もひたすら進んでいるけど、たぶん助からないだろうな)
俺は戻ってから4人にそう伝えた。
「そうか。どこから沼なのか雪で見えないから、余計なことはしない方がいいようだな」
「悲惨な末路だな」
しかし、こんなちょっとしたことですぐ全滅してしまうなら、引率の魔族は陣地の手前まで来ているに違いない。そして、獣が突撃するところまでしっかり見ているはずだ。ならば、そこを逆に襲撃してしまえばいいんじゃないだろうか。
ライナス達にも相談すると賛成してもらえた。ということで、帰ったら報告と一緒に提案してもらうとしよう。
陣地に戻ると、ライナス達は早速アレックス隊長に事の次第を報告する。もちろん俺のやったところはうまくごまかしつつだが、多少おかしなところがあっても気にならないくらいの成果を今回は持ち帰ってきた。
「これがその笛か」
アレックス隊長は手にしたその笛を珍しそうに眺める。一見すると何の変哲もない長細い笛だ。
「次に獣が襲撃してきたときに試してみましょう」
「そうだな。もしそれで獣を止められるなら、こっちとしては願ったりだしな」
今は魔王軍が獣をけしかけるだけで王国軍を消耗させているが、これをある程度防げるかもしれないのだ。この効果はかなり大きい。
「それと、近くまでやって来ている魔族を仕留める案も面白いな。それができたら、また笛を手に入れられるし、獣の襲撃も減るかもしれん」
やられっ放しだったところに反撃の端緒を掴んだアレックス隊長の機嫌はいい。問題はその魔族を仕留める役と獣の集団を制御する笛を担当する役だ。
「それで、今後はどうするんですか?」
「まずはこの笛で本当に獣を操れるのかを確認しないといけない。次の襲撃のときに、誰かに吹かせるとしよう」
「練習なしでぶっつけ本番っすか?」
「練習に使える獣がいないから仕方がない。一応、効果があったら儲けものというくらいの気持ちで使うつもりだ」
もしかしたら魔族でないと使いないかもしれないからな。ぬか喜びはしたくないんだろう。
「それと、獣を引き連れてきた魔族の襲撃だが、みんなに任せたい」
やっぱりそうなるよな。パーティ単位で動かすには何かと都合がいいもんな。これも予想できた。
ライナス達は当然のごとく引き受ける。
次の襲撃がいつになるかはわからないが、今後襲撃がなくなるなんてことはないはずだ。そのため、アレックス隊長への報告が終わるとすぐにどうするか相談に入った。
今まで何度か襲撃を受けたが、獣がやって来た経路は2つだけだ。陣地から200アーテム先にある丘陵の右側の麓か左側の麓のどちらからかである。
ということは、この丘陵の頂上か裏手で待ち伏せていればいい。どのみちぎりぎりまで獣の集団を操らないといけないので、この丘陵近辺までは必ず寄ってくるはずだった。
「さて、どっちで待ち伏せた方がええんかな?」
(頂上と丘陵の正面の二手に分かれないか?)
実際に丘陵近辺を見て思いついたことなんだが、メリッサとローラは頂上で魔族を攻撃し、ライナスとバリーは獣の集団の進路上で笛を吹いて獣を止めるんだ。笛を使うのがぶっつけ本番というのが怖いが、笛の有効範囲は半径50アーテム程度しかないので、使うならば獣に近づくほかない。危険に身を晒すのは前衛組だけでいいという発想だ。
「それは反対よ。だって、もし魔族が空を飛べたらどうするの? 戦力が二分されている状態だからどちらも危険になるわ」
「確かに可能性としてはあるよな。俺としても1つにまとまってた方がいいと思うぜ」
俺の案はローラとバリーに反対されてしまう。笛の有効範囲が狭いっていうのが難点だよな。
あと、俺達が殺した魔族が戻ってこないことを向こうは警戒しているはずだ。そうなると、魔法で姿を消しても捜索で索敵される可能性が高い。どうしたものか。
散々5人で検討した結果、陣地の真正面にある丘陵の麓──陣地が見える位置──にライナス達は待機することになった。俺は山頂だ。
引率の魔族は獣を人間の陣地に送り込むため、恐らくこの丘陵のぎりぎりまで獣を制御していると思われる。そして、左右どちらから来たとしてもそのぎりぎりの位置とライナス達の待機している位置の間は200アーテムくらいだ。魔族の使う捜索の索敵範囲がどのくらいかは知らないが、気づかなければいつものように獣を放つだろう。また、気づいたとしても離れているので、きっと魔族は自分の任務は果たせると考えて最後まで獣を操作するはずである。そのため、どうやっても獣の集団は陣地へと向かうためにライナス達の正面を通り過ぎるはずだ。そのときに笛を使って逆に制御してやればいい。
また、俺は山頂から魔族に近づいて以前のように闇討ちする。偵察したときに全く気づかれなかったことから、人間は警戒していても幽霊までは警戒していないと予想しているのだ。外れたら酷い目に遭うかもしれないのでちょっと怖い。
というような作戦を考えて実行したところ、4日目にして敵は引っかかった。ほぼ予想通りである。
獣の集団の最後尾に位置している魔族は、今回真正面の丘陵の左側からやって来た。そして、こちらの陣地が見えそうな位置で笛を吹きながらロバを急停止させる。俺はそんな魔族に拘束をかけて動きを止めた後に止めを刺した。
一方のライナスだが、向かってくる獣達の勢いに顔を強張らせながらも獣を停止させようと懸命に笛を吹く。すると、50アーテムの範囲に入った獣から順次止まっていった。一部は範囲外のまま陣地に向かったが、こちらは問題なく倒せた。
こうして思惑通り襲撃を防ぐことができた。笛の有効性については実証できたし、これで獣の被害も押さえられるとアレックス隊長も喜んでいた。早速王国軍の主力部隊へも、回収した笛の1つと報告をまとめて送る。
これでようやく一息つけそうだ。




