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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
14章 王都戦線

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動き出す情勢

 アレックス隊長の部隊に加わってから1ヵ月が経過した。暦上は3月となり時季としては春先になる。しかし、雪はまだかなり残っており、一面はほぼ雪化粧が施されたままだ。

 ライナスとメリッサを中心とした防壁作りは予定よりも少し遅れて完成した。遅れた理由は2人の魔力不足だ。こっそりと作業している俺としては、2人が作業できないと手を貸せないのでもどかしかった。

 一方、ローラの慰問はかなり落ち着いた。さすがに250人程度の部隊で1ヵ月もやっていれば熱も冷めるだろう。今では本当に病気や怪我をした者だけが訪れていた。


 そうして雪解けをそろそろ期待できる時季になると、この陣地にも大きな変化が1つ現れた。獣の襲撃を受けるようになったのだ。

 今日も陣地と言うにはいささか堅牢な造りとなった防壁を境に、昼間から傭兵と獣の攻防が繰り広げられている。その襲撃パターンは同じだ。

 まず、何十頭という獣の群れが丘陵の谷間から現れたかと思うと、薄く散開して陣地に向かってきて襲いかかってくる。


 「獣の襲撃だ! 迎撃!」


 その様子を発見した複数の見張りがほぼ同時に声を上げた。すると、一斉に聖騎士と傭兵が防壁に張りつく。そこへ、通常の2倍もの大きさの虎、狼、熊、猪などが、1.5アーテムの防壁を乗り越えようと突撃してきた。


 「魔法と弓矢を放て!」


 遠距離攻撃が可能な者は魔法と弓矢で迎え撃つ。聖騎士が魔法で、傭兵が弓矢だ。しかし、当たっても体躯が大きい分体力もあるのか思うように数を減らせない。


 「うぉ、っぶねぇ! こいつ!」


 とある傭兵の頭を狙って、2アーテム以上ある虎が牙を向ける。一瞬早く体を後ろにそらしたおかげで無事だった。しかし、目の前でがちんと勢いよく閉じられた口と大きな虎の顔を前に、その傭兵は恐怖で目を見開いた。


 「おおお!」


 その横から1.8アーテムの槍斧ハルバードが虎の脳天に振り下ろされた。狙い過たず、その槍斧ハルバードは虎の頭を直撃し、脳漿や眼球を周囲に飛び散らせる。


 「おっさん大丈夫か!」

 「誰がおっさんだ! お兄さんと呼べ! だが助かったぜ!」


 バリーの呼びかけで我に返った傭兵は反射的に言葉を返す。そうして引きつった笑みを浮かべながら、別の突撃してきた狼に槍を向けた。


 「バリー、左!」

 「おう!」


 ライナスの指摘と同時に3アーテム近い熊が防壁を乗り越えてこようとする。もはや巨人ジャイアントと言ってもいいくらいだ。ここまで大きいと1.5アーテムの防壁もあまり役に立たない。

 その熊の顔めがけてバリーは槍斧ハルバードを突き立てる。しかし、見えていたのか左手ではたかれた。


 「火球ファイアボール


 バリーに一瞬気をとられた熊の顔めがけて、反対側からライナスが魔法を放った。近距離から撃ち込まれた火球ファイアボールは熊の顔にぶつかって頭部を燃やす。


 『ガァァァァ!!』


 大きくのけぞったかと思うと、熊は上半身を振り回しながら暴れる。そして何かの拍子に倒れ、今度は雪に顔を押しつけるように体をばたつかせた。そのせいで隣にいた猪がぶつかった拍子に横へ転がる。

 本来ならすぐに止めを刺すべきなのだが、防壁の外は多数の獣がいるため危険すぎて行けない。また、今も陣地は他の獣に襲われている最中なので、とりあえず放っておくしかなかった。


 「氷槍アイススピア


 その近くでは、メリッサが防壁を乗り越えようとしていた猪の下半身を氷の槍で貫いた。まだ雪が多く残る今の時期だと、雪を利用した水の魔法は使い勝手がいい。猪はその場に縫い付けられてしまい、痛みと動けない怒りで暴れ回る。


 「あーもー危ないな! 炎槍ファイアスピア


 あまりの猪の暴れっぷりと叫びっぷりに辟易したメリッサは、その猪に止めを刺した。


 「ああぁぁ、いてぇぇぇ!!」


 メリッサの近くで虎と戦っていた傭兵は右腕を噛み切られて後方へ転がる。壁を乗り越えてきた血塗れの虎はその傭兵に乗りかかると、咥えていた腕を放して傭兵の頭を噛み千切ろうとした。


 「氷槍アイススピアズ


 メリッサの呟いた魔法名は氷槍アイススピアに「ズ」が1文字付いただけだ。しかしその言葉を呟いた瞬間、傭兵を押し倒していた虎めがけて雪から複数の氷柱つららのような氷の槍が飛び出してくる。それは、虎の喉、胸、そして脇腹を貫いた。

 氷柱の数だけ魔力を消耗するので普段はこういう使い方をしないのだが、仲間を助けることを優先したのだろう。


 「ローラ、後任せたで!」

 「ええ!」


 後ろに控えていたローラが、虎の下敷きになったまま呻いている傭兵に近づく。そばに放り出されていた彼の右腕を手に取ると、隣で片膝をついた。


 「今から腕をつけます。我慢して!」

 「ああ……!」

 「回復ヒーリング


 ちぎれた右腕とその根元をくっつけてローラが魔法名を呟いた瞬間、まるでビデオの巻き戻しのように患部が再生してゆく。そして10秒もしないうちに完治した。他の僧侶では大量の魔力を消耗する上に時間もかかることをほぼ一瞬でやってのける。


 「治りました」

 「ありがてぇ!」


 虎の下から這い出した傭兵は笑顔で礼を告げると、自分の武器を探して戦いの場に戻ってゆく。

 俺はそんな中、ライナスを中心にこっそりと補佐をしていた。さすがに全く何もしないというのも気分が悪いので目立たないように助けているんだけど、なかなか面倒だ。周囲を見て危険を知らせる程度ならともかく、魔法での支援となると不自然じゃないようにしないといけないしな。これならパーティ単独で戦っている方が楽だ。

 これらの一連の作業を毎回襲撃が終わるまで延々と繰り返すことになる。襲撃してくる獣は昼間に30から50頭くらいだ。しかもイーストフォート方面で遭遇した獣と同じように、どれも一般的なものより倍くらい大きい。決して侮れるものではなかった。

 そんな襲撃をもう何度か受けている。まだ疲弊すると言うほどではないが、この調子でずっと続くならば確実に消耗するだろう。何らかの対策を打たないとじり貧だ。




 夕方と言うにはまだ早い頃になって、ようやく獣の襲撃は終わった。襲ってきた獣が全滅するといういつもの結果になってだ。

 しばらく休んだ後、まずは陣地内で倒した獣を1ヵ所に集めてまとめて焼却処分した。火の魔法を使ってである。これをしておかないと、春になって暖かくなったときに大変なことになってしまうからだ。そういう意味では陣地の外の死体も処分しないといけないが、みんな疲れているので翌朝に始末している。こういうとき冬の寒さがありがたい。

 部隊の被害についてだが、傭兵に数名犠牲者が出ているだけで済んでいる。致命傷に近い傷を負っても、僧侶の光の魔法や魔法使いの水の魔法で大抵は治せてしまうからだ。けが人の状態がよくわからなくても、とりあえず魔法を唱えたら治ってくれるんだから便利なものである。


 「ねぇ、ライナス、バリー。ちょっとこっちに来て!」


 獣の死体の片付けが終わって一息ついている2人にローラが声をかけてきた。後ろにはメリッサもいる。


 「なんだろう、ローラ」

 「アレックス隊長が私達を呼んでいるのよ」


 呼ばれる理由が思いつかない俺達は首をかしげる。考えても何も出てこないので、とにかく全員で隊長用の天幕に向かった。


 「おう、来てくれたか!」


 ライナス達を見てにこやかにアレックス隊長が天幕の入り口で迎えてくれる。そういえばこの人、天幕の中にいるっていう印象があんまりないんだよな。


 「お待たせしました。それで、なんでしょうか?」

 「実はだな、獣のやって来た経路を調べてほしいんだ」

 「獣のやって来た経路ですか?」

 「そうだ。あんなばかでかい獣が、しかもこんな寒い時季に自然発生してまとまって我々を襲ってくるとは考えられん。恐らく最終的には魔王軍の陣地に行き着くんだろうが、気になることがあってな」


 確かに、単独で行動するはずの肉食獣が当たり前のように集団で襲ってくるんだから、誰かに操られていると思うのが自然だろう。そしてそれが魔王軍だということも。


 「それで気になることっていうのはなんですか?」

 「1つは獣がどこから来ているかということだ。魔王軍の陣地の可能性が高いが、念のために確認してほしい。次は獣は途中まで誰かに操られているのかどうかだな。魔族が途中まで操っていたとしたら、解き放つまでにそいつを殺せば陣地は襲えないはずだろう? そういった対策を考えるためにも調べておきたい」


 今のままじゃ相手に主導権を握られたままやられっ放しだからな。何とかこの状態から抜け出したいんだろう。


 「他の陣地でもうちらと同じように襲撃されてるんでしたよね? これ、魔王軍の攻勢の前兆と違うんですか?」


 今月にやって来た輜重兵の話だ。どこも獣に襲われて徐々に疲弊しているらしい。


 「メリッサもそう思うか。俺もそれが気になってるんだ。もしかしたら雪解けと共に魔王軍が進撃してくるかもしれん。それもできれば探ってほしい」

 「怪しい動きがないか調べればいいんですね」


 ローラは簡単に応えているが、どうやって調べればいいんだ? 兵隊が慌ただしく動いてたり煙の数を数えたらわかるんだろうか。


 「こっちから様子を見に行った連中はいないんすか?」

 「他のところはもうやってるのかもしれんが、我々のところにまで話が回ってきてないからな。調べておいて損はないだろう」


 確かに輜重兵も魔王軍の様子については何も言ってなかったな。こういった話は割と漏れ伝わることがあるんだが、今のところ何もわからない。


 「本来なら聖騎士や傭兵から選抜していくつか斥候隊を作りたいんだが、何せ獣の襲撃が思った以上に厳しいからな。それに、様子を見に行った先で魔族と出くわしたときのことを考えると、な」


 アレックス隊長はばつが悪そうに言葉を濁した。魔族には数で対抗している面があるため、少数で行動しているときに魔族と戦うことになるとやられる可能性が高い。ここのような少数の部隊では少人数でも貴重なので、捨て駒のように偵察部隊を放つわけにはいかないのだろう。

 その点、ライナス達ならある程度少人数でも対抗できると考えているんだろう。純粋に魔族との戦歴を振り返ってみると明らかにそれは過大評価だ。ただ、ここだと俺達以上のパーティを編成できないというのも事実なので、何も言い返さないだけである。


 「わかりました。可能な限り調べて見ます」

 「ああ、頼む。無理はしなくていいからな」


 未だ一面に広がっている雪には、やって来た獣達の足跡がはっきりと残っている。夜に雪が降ってその痕跡が消えてなくなるというような時季でもないので、辿るだけなら難しくはないだろう。

 問題なのは魔族と戦う可能性が高いということだな。俺もライナス達もあれから成長しているはずなんだが、苦手意識はそのままだ。それが足枷にならないように祈るばかりである。

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