最前線のノースフォート聖騎士団
王都方面の対魔族戦線へ参加することが決まると、ライナス達の聖騎士団への所属手続きはすぐに行われた。その後、大神殿のメイジャーさんに与えられた部屋で配属先を伝えられる。
「あなた達の配属先が決まったわ。ノースフォート聖騎士団よ」
(ノースフォート聖騎士団? 聖騎士団は1つにまとまっているんじゃないんですか?)
「いえ、貴族と同じで基本的に聖騎士団単位で行動するのよ。ただ、聖騎士団全体をハーティア聖騎士団がとりまとめるということにはなってるんですけれどね」
集められた貴族が王家の元に貴族単位で行動しているのと同じように、聖騎士団も各都市で独立しているのか。メイジャーさんの言う通りなら、王国軍って完全に統制が取れているわけじゃないんだ。
「でもなんでノースフォート聖騎士団なんですか? ローラは元々大神殿にいたし、重要性から考えてもハーティア聖騎士団は欲しがらんかったんですか?」
「ノースフォートから派遣されている聖騎士団の隊長がアレックスさんだから、私がそう希望したの」
メリッサの質問にローラが横から答える。
以前はノースフォート聖騎士団の副団長だった人だよな。今はこっちに派遣されているのか。
「他にも私の希望が通ったのは、先の敗北で唯一ハーティア聖騎士団だけ後方にいてほとんど被害を受けていなかったっていう理由もあるの。各地の聖騎士団からすると不満に思っているでしょうしね」
「ついでに話すと、去年の秋に王国軍が敗北したときに聖騎士団も大きな被害を受けたんだけど、そのとき隊長をしていた聖騎士が戦死してしまったのよ。だから、アレックスには増員を送ったときにそのまま一緒に行って隊長になってもらったの」
おぅ、そんな裏話があったとは。
「アレックス副団長か。あの人なら安心できそうだ」
「そうだな、前に一緒に戦ったしな!」
中央山脈の魔物討伐のことだな。ライナスとバリーが一人前の冒険者になって最初の大きな仕事だった。3年くらい前だったか。もう随分と昔のことのように思える。
(それで、いつ出発すればいいんですか?)
「準備ができ次第よ。直接ノースフォート聖騎士団のところへ行ってくれたらいいわ」
「大神殿から戦地へ向かう聖騎士団と一緒でなくてもいいんですか?」
「今はノースフォート聖騎士団関係者はこっちにいないから気にしなくてもいいわよ」
場所は現地で聞くのが一番早いらしいので、おおよその陣地の位置を聞くだけにとどまる。
「ノースフォート聖騎士団に所属しているからある程度私も力になれると思うわ。だから厄介なことがあったらこっちに相談してくれていいわよ」
メイジャーさんは笑顔で俺達の支援を約束してくれた。そうか、ノースフォート聖騎士団に所属するっていうのはそういう意味もあったのか。
俺達は尚も細かいことをメイジャーさんと相談する。その結果、ある程度不安な問題について目処を立たせると、いよいよ戦地へと出発した。正直なところ、負けが込んでいるところになんて行きたくないが、今回ばかりは仕方がない。
王都方面の王国軍は、現在王都の北方100オリクにある丘陵地帯に陣地群を再形成していた。以前は大北方山脈の魔王軍拠点を中心にほぼきれいな半円形を描くような形だったが、南側だけ更にせり出すような形になっている。
イーストフォート方面の魔王軍は全方位に進撃してくるのでどの陣地も等しく圧力を受けているのに対して、王都方面は昔から王都への最短経路の陣地が魔王軍の攻勢に晒されている。そして遂に昨秋突破されてしまったことから、今の王国軍の危機感は非常に強くなっていた。
そんな中に俺達はやって来た。戦場の雰囲気はイーストフォートへ行ったときに体験したが、ここは更にぴりぴりとしている。ここを抜けられるともう王都まで遮るものは何もないからだろう。一面が雪化粧されるほど寒いというのに、雰囲気は全く落ち着きがない。
王都から3日半で最初の陣地にたどり着いてからというもの、王国軍と貴族軍の検問に出くわすたびにノースフォート聖騎士団の駐屯地へ向かうことを説明していた。何度も同じことを説明しているライナスとローラはいい加減うんざりとしているようだが、我慢している。
「さっきの兵士の話だと、こっちにあるはずなんだよな」
先ほどの検問でノースフォート聖騎士団の駐屯地の正確な場所を聞いたライナスは、その方向を見ながら呟いた。その口らからは吐き出される白い息がはっきりと見える。
「あの陣地がそうね。ノースフォート聖騎士団の旗がはためいているわ」
ノースフォートで修行していたときによく見かけたという騎士団の旗を見つけたローラが、嬉しそうにみんなへ告げた。
ノースフォート聖騎士団の駐屯している場所は、数ある丘陵の1つである小高い丘の上にあった。王国軍の主力からは半日くらい西に位置している。魔王軍の進撃経路近辺ではあるんだろうが、中心からは外れているっぽい。
俺達はすぐにその駐屯地へと向かった。見慣れた鎧を着た聖騎士が歩哨をしている。
「止まれ! 何者だ!」
「あれ、あいつらどこかで見たような……」
「王都からノースフォート聖騎士団へ配属されました、ローラとその一行です。アレックス隊長に取り次いでいただけないでしょうか」
片方の聖騎士はこちらのことを知らないようだが、もう片方はライナス達のことを思い出したようだ。「え? 聖女様?!」と驚くとともに背筋を伸ばす。
こちらのことを知っている人がいるというのは助かる。すぐにアレックス隊長のところへ通してくれた。
「おお、ローラ殿! ライナスとバリーも久しぶりだな!」
久しぶりに見たアレックス隊長が、盛大に白い息を吐き出しながら天幕の外で出迎えてくれた。ローラだけでなくライナスとバリーも覚えているとは、よほど魔物討伐のときの印象が強かったんだろう。
「お久しぶりです。アレックス隊長」
「おや、そこのお嬢さんは?」
「うちは魔法使いのメリッサ・ペイリンです。よろしゅうに」
代表して挨拶をするローラの後ろに見慣れない姿を見つけたアレックスが、メリッサに声をかける。それをきっかけにメリッサは挨拶を交わした。
「しかし、ローラ殿がこの戦いに参加されるとは噂で聞いていましたが、まさか我々のもととは思いませんでしたぞ」
「メイジャー殿のご尽力の賜です」
大人な対応だなぁ。俺が10代だった頃だとこんな対応できなかったぞ。
「それに、ライナスとバリーもいるとはな。聞けばイーストフォートでは四天王を撃退したそうじゃないか」
「えーあー、結果的にはそうなるんですけど……」
微妙な表情でライナスは賞賛を受け取る。まぁ、実情はちょっと違うしな。素直に受け取れないだろう。
「でも、メイジャーさんからこちらに赴任していると聞いたときは驚きました。てっきりノースフォートにいるものとばかり思っていましたから」
「前任者が去年の戦いで戦死して、適任者が必要だということでこっちに来たんですよ。優秀な奴だったんですが……」
単に部隊を率いるだけでなく、上層部や他騎士団との折衝などもしないといけないので、単純に戦闘に強いというだけでは務まらないらしい。面倒そうだなぁ。
「そういえばアレックスさん、他の聖騎士団はどこにいはるんですか?」
西方訛りの発音でメリッサが尋ねる。この近くに駐屯しているなら、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。
「この近くにはいない。エディセカル聖騎士団はハーティア聖騎士団と一緒にいるし、ラレニム聖騎士団は主力軍を挟んで反対側の東だ」
どうも規模の大きい2つの中央の聖騎士団は王国軍の主力と一緒にいるらしい。一番危険な場所に主力を配置しているようだ。
「我々のいる駐屯地から西側は次の主戦場にはならないと考えられているから、ここが戦場の一番西の端ともいえるだろう」
「戦力はどのくらいあるんすか?」
「聖騎士が40名、僧侶が30名、傭兵が100名程度だ。雑役夫を入れても250名くらいだな」
負けた後だから仕方ないとはいえ、いくら何でも少なすぎるように思える。本当にこれで戦えるんだろうか。不安になってきた。
「あの、以前の魔物討伐隊のときよりも少なくないですか?」
「痛いところを突いてくれるな。先の戦いでこっちの聖騎士の多くが戦死して傭兵も散り散りになってしまったんだ。ノースフォートから増援を送ってほしいが、あっちはあっちで最北の森に睨みをきかせておく必要がある。だからこれが精一杯なんだ」
そしてそのため戦力にならないということで、戦場の端に警戒部隊として配置されることになってしまったのだという。続けてそう説明してくれたアレックス隊長の顔は自嘲気味だった。
そうか、メイジャーさんがノースフォート聖騎士団に配属されるように協力してくれたのは、これを知っていたからかもしれないな。できるだけ主戦場にならないところへと配慮してくれたのかもしれない。
確か、年内のみ戦争に参加して、その間に決戦と呼べるような大規模な戦闘が発生すればいいんだよな。つまり、直接戦闘に参加する必要はない。ここまで見据えて交渉して手配してくれたとしたら、大したものだと思う。なんかアレブのばーさんみたいっていうのが微妙だが。
「そうだ、今度はこちらのことを話しておかないといけないですね」
ライナスが思い出したようにアレックスへと伝えた。そうか、無条件に参加するわけじゃなかったよな。
「どんな話なんだ?」
「俺達なんですけど、参加できるのが年内いっぱいなんです。ですからこちらにいられるのが10ヶ月くらいなんです」
「それはローラ殿もか?」
「ええ、そうです」
さすがにアレックス隊長の表情が微妙なものになる。ライナス達3人は部外者だからある意味理解できたとしても、同じ光の教徒であるローラまでもが期間限定というのは違和感があるだろう。教会に対しては何とも思わなかったが、知り合いに協力の期限を切るというのは何とも心苦しい。
「ローラ殿にはローラ殿の役目があるのでしょう。わかりました。年内いっぱいということですな」
「申し訳ありません」
「いえ、こちらとしても予想外の増員ですから贅沢は言えません」
「それで、次なんですけど、私は司祭になりました。ライナス達は私の護衛という扱いで聖騎士団に一時的に所属することになります」
アレックスは驚く。これは以前メイジャーさんから聞いた話だが、司祭になるのは最低でも20代になってからだという。10代なんていうのは今までいないそうだ。
「それはなんとも……」
「私みたいな若輩者が司祭などおこがましいですが、これも神の思し召しと思い、引き受けました」
「いや、別に非難しているわけではありません。おめでとうございます」
教会内部のことはわからないので俺にはそのすごさがわからなかったが、やっぱり関係者にとってはすごいことらしい。
「そうでした! 辞令の書をお渡ししないといけませんでしたね」
そう言いながらローラは背嚢から2通の書類をアレックスに渡す。1枚は配属命令についてであり、もう1枚はローラが司祭であることを証明するものだ。
「なるほど、確かに。承知しました。我々としては、4人が一緒に戦ってくれるということが心強い。これから一緒に魔族どもを蹴散らそう」
いい笑顔でアレックスは1人ずつと握手を交わして改めて歓迎の意を示してくれた。
 




