─幕間─ 想定外の勝利
計画は順調に進んでいる。僕の予想ではもっと時間がかかると思っていたけれど、思いの外ライナス達が優秀で要領よく作業をこなしてくれているんだよね。おかげでその分僕は西へ東へと動き回る羽目になっているけど、これは嬉しい悲鳴と言っていいだろう。
呪いの山脈で魔物をライナス達にけしかけた後、僕は西のレサシガムに移動していた。ただし、いつものように転移魔方陣を使ってではなく、馬鹿正直に王国公路を移動してだ。どうしてそんな面倒なことをしていたのかというと、道すがらライナス達の話を各地の王家に不満を持つ貴族の周辺にばらまくためだった。
わざわざ自分達の手駒を危険に晒そうとしているのにはもちろん理由がある。その目的は、いつどこで襲われても対処できるようにすることと対人戦の戦闘経験を積ませるためだ。これは魔王様のところへ向かうときに必要となる対策なんだよ。もちろんベラも了承している。
そうして時間をかけてレサシガムに着いたわけだけど、もちろんここでも細工はしたさ。何しろライナス達は必ずここを訪れることはわかっていたからね。
「おい、その話は確かなんだろうな」
9月も半ばになろうかという頃、僕は1人の魔法使いと会っていた。名前はスタッフマンと言うそうだ。偽名だろうね。まぁ、そんなことはどうでもよくて、ここでも僕は仕事に励んでいた。
「もちろん、もうすぐこのレサシガムにライナス達がやって来るよ。ゲイブリエル・ペイリンという引退した魔法使いの屋敷を見張っていればいい。数日もしないうちに4人組の男女が現れるさ」
このスタッフマンという魔法使いはとある貴族の下っ端だ。年中あっちこっちで雑用や汚れ仕事をやっている。そして、この男の飼い主は対魔族戦線に駆り出されて兵力をすりつぶされてしまったせいで、王家に不満を持っているそうだよ。だからライナス達が王家の魔王討伐隊だと知るとこうして手駒を動かした。僕はその手駒の1つと協力しているってわけさ。
「しかし、聖騎士のあんたが王家に楯突くようなことをするのか?」
「教会や聖騎士団の中には王家に不満を感じている同志はいるよ。対魔族戦線で散々こき使われているからね」
これは本当のことだ。大きな組織になると所属する人間の意思を統一することなんて無理だもんね。だから僕は嘘をついていない。嘘をついているとしたら、僕がもう聖騎士団を抜けたということかな。どうせ手配されているといっても聖騎士団や教会の内部だけだろうし、まだしばらくはこの地位を使えるだろうね。
男は一生懸命利害を考えているようだ。ライナス達を仕留めたとなると手柄になる。自分が動くことによる危険性なんかと天秤にかけて見極めようとしているんだろう。
「その話は恐らく信用できるんだろうが、いくつか確認しておきたいことがある」
「なんでもどうぞ」
そうしてスタッフマンが知りたがっていることに関しては全て話した。大した質問が出てこなかったあたり、その程度がわかろうというものだ。
それから数日後、冒険者ギルドで口論を仕掛けたっていうのには驚いたけど、あれでライナス達の実力を量ったなんて言われたときには更に驚いた。何でも、言い返してこないのは自分に自信がない証拠らしい。相手にされていないっていう可能性は考えなかったんだ。
その後は直接襲うという方針に傾いたので少し手伝って送り出したんだけど、その後どうなったんだろうね。
とりあえず一仕事が終わったんで次はどうしようか考えていると、緊急連絡用の水晶を使ってベラから連絡があった。
「あれ、どうしたんだい? そっちからかけてくるなんて珍しいじゃないか」
「シモンズの軍が王都方面の王国軍に勝ちおったわ」
「え?」
いろんな意味で僕は一瞬固まった。最低限の挨拶もなしに話をされたこととその内容にだ。
「今まで10年以上一進一退の攻防を繰り返していたのに、どうして今になって勝てたんだい?」
「アレブの話も合わせると、どうやら量産した獣に王国軍は足を掬われたらしい」
基本的に魔王軍は戦力の中核を魔族が、露払いを飼い慣らした魔物にさせている。しかし、何年も戦争を続けて魔物の数が足りなくなってきたので、魔王軍ではベラが発案した肉食獣の培養施設で獣を生産して戦場で使い始めていた。
「最初はダンが使うておったが、今年からシモンズの軍団でも運用し始めたんじゃよ」
「シモンズのところにそれ程大量に獣を送り込んだの?」
「わしのところへ回す分を与えたんじゃ。ちとやりすぎたかの……」
続けて説明を聞くと、最初に大量の獣を突撃させて王国軍の前衛を混乱させ、その後に魔物の集団を突撃させて後方にも混乱を拡大させる。そして最後に魔族が王国軍を撃破したそうだ。シモンズによると、絵に描いたようにうまくいったらしい。
「それで、僕達にはどれくらい影響があるのかな?」
「直接的な影響はないの。しかし、間接的にはある。これで王国に余裕はなくなった。王家がライナスを支援することは難しくなるじゃろう」
「そうだ、今まで王家に不満のある貴族とその周辺にライナスの話を撒いてきたんだけど、これからどう転ぶか予想してる?」
「微妙じゃな。あやつらを鍛えるために不満分子をけしかけようとしたが、そんな余裕がなくて何もしなくなるか、それとも逆に取り込もうとするか」
「可能性としては、王国が敗戦したときのことを考えて、魔族に取り入るために討ち取ろうとするかもしれないよね」
こうなると余計なことをしちゃったといえなくもない。
「ライナスに対しての支援はあと何がどのくらい必要じゃ?」
「真銀の武具の代金はもう送ったそうだから、後はそれを1年後に受け取ってロックホーン城に送り届けるくらいかなぁ。星幽剣をどのくらい使いこなせるかで時期はずれるけど」
「そうなると、鍛えることを主眼に考えればよいかの」
「そうだね。対魔族の戦闘経験を積ませる必要があるっていうんなら、いっそのこと真銀の武具を受け取るまで王国軍に参加させてもいいんじゃないかな」
あそこなら嫌っていうくらい魔族と戦えるだろうしね。修行の場としてはいいんじゃないだろうか。
「ふむ、それはライナス自身がこれからどう動くかにもよるの」
「アレブに命じさせたらいいんじゃない?」
「いや、もしかしたら教会経由で何とかなるかもしれん」
え? 教会経由? 一体どんな伝手なんだろうって、そうか、ローラか。
「仲間の女2人の身を守るための手段を欲しておるようじゃから、それを利用するかの」
「教会に伝手なんてあるの? 僕はもう無理だよ?」
「アレブに知り合いが何人かおる故、そちらから手を伸ばす」
そういえばアレブにも伝手があったよね。
「そうなると、僕は当面お休みかな?」
「そんなわけなかろう。少し早いが、最終段階の準備をしてもらおうかの。後はライナスの動向が確定してから、次の行動に移ってもらうことにする」
そうか、もうそんな段階なんだ。いやぁ、月日が経つのは速いねぇ。
「そうなると、一旦魔界に行った方がいいのかな?」
「いや、最北の森へ向かってもらう」
「……ああ、本当にゼロからなんだね」
てっきりそっちはやってくれているのかと思ったけど、まだだったんだ。
「わかった。そうするよ。しばらくは人間世界とおさらばか」
予定に多少の変化はあったけど、基本的に計画は順調だから良しとするか。少なくとも魔物をけしかけ続けるよりかはましだからね。
さて、それじゃこれから最北の森に向かいますか。




