メイジャーさんからのお話し
羽を休めるためにライナス達は数日間ペイリン邸で休んでいた。その間にペイリン爺さん宛に多額の金貨が届けられる。送り主はアレブのばーさんだ。グビッシュ氏に依頼した武具製作代金である。ペイリン爺さんの執事に概算してもらったところ、一応足りているらしいことがわかった。こんな大金を持ち歩くのは危ないので、ロックホールに行くまでじーさんに預かってもらうことにした。
「もう行くんか。年明けまでゆっくりできたらええのになぁ」
「新年までまだ3週間くらいあるやん。しゃーないわ」
年の瀬が迫る12月、俺達はペイリン邸を出ることにした。大きな屋敷でゴロゴロするのは冒険者にとっては贅沢なことなのでいつまでもしていたい。しかし、こちらの都合で動いてもらっているメイジャーさんに呼ばれている以上、早く行く必要があった。
「届いた手紙に詳細が書いてなかったっちゅーことは、周囲に漏れるとまずいことがあるんやろう。気ぃつけや」
やっぱりそうなるか。とりあえず来いっていう内容から不安だったんだけど、単にローラへ物を渡してお終いじゃないんだろうなぁ。
更にいくらかの挨拶を交わすと、一路ノースフォートへと向かった。
今回は全経路が王国公路なので隊商護衛の仕事を引き受けている。やはり街から街へと移動するなら仕事を引き受ける方がいい。徒歩よりもずっと早いし、何よりも仕事の報酬があるので懐事情が寒くならないからだ。そういえば、ロックホールへ行ってだいぶ路銀が減ったってライナスがこぼしてたな。
それはともかく、レサシガムを出てからのライナス達は以前よりも周囲を警戒するようになっていた。ドワーフ山脈でのような襲撃を気にしているのだ。けれど、こういう道中の襲撃は俺も見張れるからあんまり気にしなくてもいいと思う。それよりもむしろ、街で出会う人間の方を警戒するべきだ。そうなると、疑心暗鬼に陥って何もできなくなってしまうので注意は控えている。このあたりの線引きは難しいよなぁ。
いつもより張りつめた一行は、年が明けてからノースフォートに到着した。もうすっかり真冬で寒い。辺り一面は白一色だった。
「私は冒険者のローラです。メイジャー様に私がやって来たとお伝えいただけないでしょうか?」
ノースフォート教会へやって来た4人を代表して、光の教徒であるローラが通りすがりの教会関係者に用件を伝える。しかし、元々有名人だったローラを知らない関係者などほとんどいないため、すぐに本人ということは理解してもらえた。
待合室まで案内されて待たされた後、しばらくしてからメイジャーさんの執務室に通される。こんなやって来てすぐに偉い人と会えるなんて珍しい。
「よく来てくれたわね。妖精を連れてきてくれた時以来かしら」
執務室に入ると、メイジャーさんが挨拶をしてくれた。妖精を連れてきた件っていうのは、聖なる大木の枝で杖を作ってもらっている間にノースフォートを訪問したときのことだ。
「お久しぶりです。デリアさん」
「ローラの書いた手紙は読んだわよ。ここを出てから色々やっているみたいね」
その言葉をどう受け取ったのかはわからないが、ローラは苦笑いをしている。
「それと、あなたはもしかして、ゲイブリエルのお孫さんかしら?」
「はい、メリッサ・ペイリンといいます」
メリッサはメイジャーさんと挨拶を交わす。
「それであなた達のことだけど、話はゲイブリエルの手紙で知ってるわ。メリッサに以前彼が使っていた旅装を仕立て直して与えるから、私にローラの分を用意してほしいのよね」
「ええ。でもそんな簡単にできるんですか?」
じーさんの場合は自分の着ていた服だから誰にも遠慮する必要はなかった。しかし、メイジャーさんが同じように自分の服を与えるならともかく、教団の物を与えようとするならばすんなりいくとは思えない。
「4人とも王都方面の対魔族戦線に参加するという条件付きですけどね」
その言葉を聞いて俺達は絶句する。ローラだけじゃなくて4人全員? どうしてそんな話になるんだろうか。
「私にメリッサがもらったような特別な衣服を借りるのに、そこまでしないといけないんでしょうか?」
「順を追って説明するわね。まず、去年の秋頃に王都方面で王国軍と魔王軍が本格的に戦闘をした結果、王国軍が敗北したの。その結果、王都の北方100オリクまで戦線が南下してしまったのよ。今のところ魔王軍はそこで進撃を止めているけど、もしそこでも負けたらいよいよ王都が戦場になるわ」
去年の秋頃っていったら俺達がドワーフ山脈にいた頃か。そのときに王都は大変なことになっていたんだな。
「それで、なんとしてもこれ以上戦線を下げないために、王国は今必死になって戦力をかき集めている最中なの。もちろん王都に本部がある教団もね。噂じゃ今の王都は上から下まで大騒ぎだそうよ」
そりゃそうだな。いよいよ魔族の侵攻に直接晒されることになりつつあるんだから、平常心なままでいられるはずがない。
「そこでね、聖女様にも協力するように本部から要請が届いているのよ」
「私についての事情はわかりました。しかし、他の3人はどうしてなんですか?」
ローラ以外は教団と直接関係がないので、教会の本部から命令されるいわれはない。一体何を根拠にしているんだろうか。
「ノースフォートでの魔物討伐、聖なる大木との面会、そしてイーストフォートでの魔王軍と四天王の撃退、これだけの実績があれば頼りたくなるでしょう?」
戦力をかき集めている最中なんだから藁にも縋りたい思いなんだろう。そこへ華々しい実績のある冒険者パーティの存在を知ると、利用したくもなるというわけか。
「聖なる大木との件が教団でも実績として認められてるんや。えらい意外ですね」
「ジルっていう妖精がここに来たってことを本部も知っていたからよ」
メリッサの感想にメイジャーさんは簡潔に事情を説明してくれる。
なるほど。ノースフォートではいろんな所を飛び回っていたからな。その話が王都にも伝わったんだろう。
「でも、教団が命じられるのは私にだけのはずです。他の3人までは……」
「あなたに特別な加護のある衣服を渡すための交換条件よ。念のために言っておくと、アレブ殿も了承しているわ」
ばーさん、裏で勝手に取引しないでください。王国の危機とはいえ、何も知らないところで取引材料にされるのは怖いです。
「そうなると、またイーストフォートのときみたいに魔族と戦えばいいわけか!」
「そのときは聖騎士団の傭兵だったけど、今度はどうなんだろう。また聖騎士団の傭兵かな?」
脳天気なバリーの横でライナスがこれからの立場について考えている。
ローラの護衛という名目ならそれに近いと思う。ローラが冒険者ギルド経由で対魔族戦線に参加する選択肢も一応あるけど、特別な服をもらう交換条件として参戦するから聖騎士団付きになるだろうな。
「確かに傭兵ともいえるんでしょうけど、今回はローラの護衛という名目で聖騎士団に所属してもらうわ。ああそれと、ローラは今回から司祭の地位につくことになってるから、そのつもりでね」
「え、でもそれは……」
「大森林の妖精を連れてきて、四天王を撃退したんですから誰も文句なんて言わないわよ。同じことをしろって言われても誰もできないもの」
今までの功績のおかげというかそのせいというか、ついに組織内の地位が上がるようだ。
「イーストフォートのときとは違って、今度はより光の教徒として働いてもらうことになるでしょうから、司祭くらいにはなってもらわないとね」
「兵士の慰問などをするということですか?」
メイジャーさんは頷く。それだけなら一介の僧侶でもいいんだろうが、ある程度の功績を上げた聖女という立場がもうそれを許さないんだろう。
「それと、これはライナス君に確認しておきたいことなんだけれど、あなた、四天王を撃退したときに光の剣というのを使ったそうね。それはどういったものなのかしら」
やっぱりそっちも目当てか。イーストフォートに駐屯している聖騎士団から報告が上がってたんだろうな。イーストフォートで四天王のダンを撃退できるなら当然こっちの四天王も、って期待するだろう。
そうなると、俺の存在をどうするかだ。メイジャーさんにはまだ俺のことは話をしていない。今まで通り隠していても問題ないといえばないんだろうが、今回は主戦場に放り込まれることになっている。不測の事態が起きるかもしれないことを思うと、教えておいた方がいいのかもしれない。
しばらく間が空く。ライナスも俺のことを話すかどうか迷っているようだ。今この部屋には俺達とメイジャーさんしかいない。
(こんにちは。そちらにとっては初めてですね、メイジャーさん)
俺はメイジャーさんに語りかけながら姿を現した。それに全員が驚く。
「あなたは、一体?」
(ライナスの守護霊をしているユージです)
今度はライナスにメイジャーさんの視線が向く。居心地が悪いのかその表情は微妙だ。
「ユージは光の剣を出すのに関係があるんです」
その言葉をきっかけにライナスは俺との関係を大ざっぱに話した。ライティア村から始まって星幽剣についてまでだ。その話を聞き終わったメイジャーさんは大きなため息をついた。
「全然気づかなかったわ。私はこれでも霊感のある方だから、見えなくてもある程度はわかるんだけど。自信をなくしそうだわ」
「ユージは特殊な霊体やさかい、しょーがないと思いますわ」
メリッサが慰めの言葉をかけるが、あんまり効果はないだろうなぁ。
「それで、ライナスとユージが重なり合うと星幽剣っていうのが使えるようになるのね」
「そうです。ただ、きちんと使えるようになるためには、今作ってもらってる真銀製の武器が必要ですけど」
「真銀製の武器でないと使えないのかしら?」
「今まで試した武器だとすぐに壊れてしまいます」
(素手の状態で出すこともできますけど、魔力の消費が酷すぎて実用的じゃないっていう問題もあります)
実にタイミングが悪い。星幽剣については、中途半端な状態なんだよな。
「惜しいわね。使いこなせていたらって期待していたんだけど」
「星幽剣が使えなくてもライナスとユージは優秀ですよ」
ローラが反論するがメイジャーさんは別にそこを否定はしていない。
「いいわ。それ抜きでも優秀なのは違いないでしょうから」
(あ、俺達ってどのくらいの期間戦場にいるんですか? 今年の秋にはドワーフ山脈へ武具を取りに行きたいんですけど)
王都からだと3ヵ月くらいかかるから、8月中には戦場を離脱したい。
「秋まで戦場にいられるの?」
「いえ、11月頃にドワーフ山脈へ行きたいんで、8月には出発したいんです」
「半年もないのね……難しいわね」
(アレブのばーさんはなんて言ってるんですか?)
「あなた達と相談するようにって言ってたわ」
王国軍や聖騎士団からすると決戦が終わるまでいてほしいんだろう。特に聖騎士団はこっちと取り引きするんだから役に立ってもらわないと丸損だ。
(アレブのばーさんと話をさせてください。その後で再度話をしたいです)
ばーさんの知恵を借りることができるなら、また別の提案ができるかもしれない。
「そうね。面白くないけど、恐らくそれが一番丸く収まる方法なんでしょうね」
メイジャーさんは諦めたような表情で俺の意見に同意してくれた。後でばーさんにごねられたら大変だもんな。
ということで、この日の話し合いはこれで終わった。
尚、出発は2日後ということを別れ際に伝えられる。そうだ、メイジャーさんも一緒に王都へ行くんだっけ。




