ドワーフ山脈の旅路
俺達がレサシガムに到着してから数日が経過した。冒険者ギルドで絡まれたこと以外は特に何事もなく過ぎる。
結局、ロックホールへ行く隊商護衛の仕事は得られなかった。ちょうど大半が出払ったところで依頼そのものがなくなっていたのだ。こんなことなら、あの絡まれた日に無理してでも探しておくんだった。
ペイリン爺さんから荷馬車を借りてはどうかという意見がメリッサから出たが、馬の世話を誰もできないので却下となる。ちなみに、ロックホールへはドワーフ山脈を登る必要があるため、ロバに引かせることもあるらしい。
真銀の地金は円柱型に変えてもらって魔法の水袋に入っている。その水袋の口からは8本の紐が出ており、水袋に巻き付けられていた。真銀が収められた薄い布袋に括り付けられている紐である。それとペイリン爺さんが書いたホルスト・グビッシュ氏宛の紹介状だ。どちらもメリッサの背嚢に収められていた。
何にせよ、ライナス達は徒歩でロックホールへと向かうことになった。
「それじゃ出発しよう」
ライナスのかけ声と共に俺達は一路ロックホールを目指して進み始める。
レサシガムからだと、まずは王国公路をたどって真東に約300オリク進む。この地点がロックホールの真北に位置するので、あとはひたすら南下するだけである。ドワーフ山脈の麓までが約325オリク、そこからロックホールへと伝ってゆくのだ。
「おじーちゃんの話やと、山脈の麓まで歩きで3週間、山登りで20日間やったな」
「ほぼ1ヵ月半なのね。結構あるわね」
「真銀を魔法の水袋に入れられてよかったよ」
「その分軽いしな!」
今回、じーさんの話を参考にして、レサシガムを出るときは最低限の荷物だけ持って出発している。保存食については麓の街で買えるので山登り用の杖と一緒に手に入れることを勧められた。もちろん割高になってしまうが、これから登山するのだから金で体力を買えという助言に従ったのだ。歳を重ねるに従って重みの増してゆく助言である。
それはともかく、旅そのものは順調である。特に仕事を引き受けているわけではないし、途中でやらないといけないこともない。ただひたすらドワーフ山脈を目指すだけだ。
「お~、この辺はなんにもないんやなぁ」
原野を突っ切る街道をのんびりと歩きながら、メリッサは周囲に広がる風景を興味深そうに見ている。王国公路からロックホールへと続く街道へと移って既に数日が経過していた。
「まだ開拓されていないんだな」
「いや、ひょっとしたら更地にされて跡形もなくなったんかもしれんで」
「どういうことだよ?」
メリッサの返事にバリーが反応した。元々何かあったということか?
「この辺りから南側って、確かマーズ王国があった場所やさかいな。ほら、以前滅ぼされたときに徹底的に破壊されたってゆーたやろ?」
そういえばそんなことを聞いたな。はっきりとしたことはもうわからないそうだが、可能性の1つとしてそういった話があるそうだ。
「ジルと一緒に旅をした王子の国だったのよね」
アーガス王子だったよな、確か。どんな人だったんだろう。
「どこかを掘り返したら何か出てくるかもしれないね」
「お宝かぁ、へへ、わくわくするよな!」
大半はがらくたなんだろうが、王城のあったところを掘り返すと何か出てくるかもしれない。そんなことを考えながら俺達は更に南下した。
レサシガムを出発して3週間が過ぎた。俺達は今、ドワーフ山脈への玄関口であるダルドにいる。人口2000人くらいの交易の街だ。これからロックホールへと向かう隊商や旅人にとって、その準備をするための街でもあった。
そして、ロックホールへと至る街道にある街というだけあって、街中でドワーフをよく見かける。
「おお、ほんとに背が低いぜ」
自分の腰の辺りくらいまでしかないその姿を初めて見たバリーは感動していた。ただ、背が低いものの子供という気はしないな。見た目も体つきもごついからだろう。
商売をしに来ているのか、それとも住んでいるのかわからないが、人間の街に異種族が混じっているというのは珍しい。フォレスティアでエルフや妖精を見たときとはまた違った感動がある。一番近い言葉で表すとなると、異国情緒溢れる街といったところだろうか。
「これからいよいよドワーフの住む場所に行くっていう気分になってくるわね」
「人間にも普通に話しかけてくれたらいいだけどな」
「あいつら酒に強いんだろ? 飲み比べてみたいぜ!」
「バリー、それは止めといた方がええんと違うか?」
今までの俺達といえば、未開の地で新たな生き物に遭うか文明的な場所で人間の相手をするかばっかりだったから、今回みたいに文明的な場所で異種族に会うというのは初めてだ。ドワーフの街は人間の街に近いそうなので、衣食住に困らずに新たな異種族と会えるのは嬉しい。
「それじゃ宿を取って今日は休もうか」
明日は休養と登山の準備のため、丸1日ダルドの街に滞在することになる。ドワーフ山脈へはその後に足を踏み入れる予定だ。
ライナス達は宿屋街に向かうと泊まる宿を探した。
ダルドの街から更に南下するとドワーフ山脈に入る。大陸の南西部に位置しているこの山脈には、昔からドワーフが住み着いていた。ここのドワーフたちは遙か昔から金属加工を生業としており、大森林のエルフと違って古くから人間と交流している。
とはいっても、王国領でドワーフを見かけることはほぼない。基本的にドワーフ山脈から出てこないからだ。ダルドのような街は例外である。
「やっぱり、山登りはきついわね」
「最初は調子ええんやけどなぁ」
山に入ってから2日目、早くもローラとメリッサは愚痴をこぼしている。竜の山脈では道なき道を進んでいくという苦労を体験しているが、さすがにそれだけでは山登りに慣れるには至ってないようだ。
道は右に左にと蛇行しているため、直線距離の倍は歩かないといけない。事前に知るとげんなりする事実だ。
「それでも坂は随分と楽だし、道もあるから迷わないっていうのはいいぜ」
「あと、街道沿いの村で保存食が買えるのも助かるよな」
山脈内の街道沿いに点在する村では、宿だけでなく食料も購入できる。もちろん多少値段は高いし食べ物の質も悪いが、重い荷物を背負わずに済むというのは大きい。そこでライナス達は、各村で保存食を買うことにしたのだ。
それと、今回の山道で杖をついて歩いているのはローラとメリッサの2人だけだ。坂を登るのは確かに楽ではないが、この程度ならライナスとバリーは平気である。荷物も悪魔の砂漠や竜の山脈ほどないということも大きい。
「しっかり道もあるからもっと楽やと思ったんやけど、意外とそうでもないな……」
メリッサは今回もやっぱり大変そうだ。これ毎回思うんだけど、他のパーティはどうやって魔法使いの体力不足を補ってるんだろう。未開の地行くとなると足手まといにならないんだろうか。
「ローラはどうもないんか?」
「きついけど、竜の山脈のとき程じゃないわ」
額に汗をかいているものの、確かにローラの表情にはまだ余裕がある。別に体を鍛えているわけじゃないのに、どうしてローラとメリッサでこんなに体力差があるんだろう。不思議だ。
そして、数日に1回見えてくるドワーフの住む村は山のオアシスだ。住んでいる家は人間の作る家よりも石材が多く用いられている。これは山に木が少ないからだろう。
そうそう、ドワーフの家で最も特徴的なのは家の高さだ。人間の成人男性の腹くらいまでしか高くならないため、家は全体的に低い。しかしそうなると、当然人間にとっては天井が低すぎるので中に入りづらい。
そこで街道沿いの村では人間用に天井の高い宿屋が存在する。これはライナス達にとってはありがたい。残念ながら値段はその分高いがこれは諦めるしかないだろう。何しろ種族が異なるせいで発生する問題だ。
「脚を伸ばして寝られるだけでもましだね」
とはライナスの弁である。
一方、村がない場合は野宿をすることになるのだが、こちらはなかなか厳しいようだ。というのも、標高が高くなるにつれて少しずつ風が強くなり、更に天候が変化しやすいからである。
既に時季としては秋に近い。そんな中、夜風に吹かれると寒さが厳しい。一応毛布などの装備は持ってきていたが、何とも心細いものである。更に最悪なのは雨が降ったときだ。できるだけ雨宿りのできる場所を探すが、見つからなければ悲惨だった。このときばかりは、俺もまずいと思って土系の魔法で最低限雨宿りができる場所を作った。
「竜の山脈だと雨が降らなかったからすっかり忘れていたわ」
「せやな。山の天候は変わりやすいんやったな」
それは俺も忘れていたことである。
あと、このとき俺が思い出したのは高山病だ。酸欠になると発症するんだったよな。でも、ライナス達はもちろん、山脈で見かけた人間で発症した人は見かけたことがなかった。どうしてだろう。こっちの世界の人間は特別強いんだろうか?
(なぁ、みんな、頭痛や吐き気ってしないか?)
「え? いや、俺はなんともないけど?」
「俺も平気だぜ!」
「なんか魔法の仕掛けでもあったんか?」
(いや、いつもとは違う環境だから、体調を崩してないのかなって思っただけだよ)
「何かあったら言ってね。私が治すから」
うーん、やっぱり平気みたいだ。知識が曖昧だと役に立たないな。まぁ、みんな平気だから良しとするか。
こうして少しずつロックホールへと歩を進めていった。
ドワーフ山脈を縫うように走っている街道を見て地味に感心していることがある。それは、意外にも道幅が広いということだ。人だけでなく荷馬車も往来するのだからそういう配慮はあって当然と思うかもしれない。しかし、土木機械なんてないこの世界で、道の横幅を10アーテムで維持し続けるというのは大変なことだと思う。恐らく人力で切り開いているはずだろうからなぁ。
「それにしても、思ったほどロックホールから人も荷馬車も来ないな」
今のところ、せいぜい1日2回か3回くらいしかすれ違わない。王国公路並の交通量はさすがに期待していないが、もっと荷馬車が行き来していると思ったのだ。
「道沿いにゃ、山賊も獣も出ないんだったよな。安全なのはいいけど、静かすぎるよなぁ」
バリーはもう山の風景を見飽きたようだ。すっかり気が抜けているようであくびすらしている。連日の山登りでばてているローラとメリッサとは大違いだ。
「で、次の曲がり角を越えるとしばらく平坦な道だったはず」
ライナスは記憶を頼りにしゃべった。最後に止まったドワーフの村で宿を経営している主人に、次の村までの地形を大体教えてもらっていたのだ。
「その平坦なところでちょっと休憩せぇへんか? うち、もうしんどいわ」
「私も休みたい……」
うちの後衛組はもう限界のようである。もうそろそろ休憩時間でもあるし、ちょうどいいか。
少し時間をかけて曲がり角を抜けると、確かに数百アーテム先まで真っ平らな場所が広がっていた。ここじゃ平地というよりも台地と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。
「ここで休憩しようか」
ライナスは曲がり角のすぐそばにある、座るのにちょうどいい岩を見ながらみんなに宣言した。それを聞いたローラとメリッサがすぐに腰を下ろす。その様子をバリーが苦笑しながら見ていた。
それにしても相変わらず殺風景な場所だな。茶色い岩ばかりだ。山なんだから当たり前とはいえ、もっと緑があってもいいと思う。
ただ、この風景を見たときから何か違和感がある。なんだろう、別におかしな所なんてないはずなのに、何かが引っかかる。
ライナス達は岩に腰を下ろしてすっかりくつろいでいた。ここには外敵はほぼいないと聞いていたので周囲への警戒はあまりしていない。山を登り始めてから危険なことは何1つなかったので仕方ないのかもしれないが。
(うーん、なんだろう)
とりあえず俺だけでも周囲を警戒しておこうと、ライナス達の上で台地を中心に景色を眺めていた。




