冒険者ギルドでの口論
ペイリン爺さんとの話が終わったあと、その日の夜にライナスはアレブのばーさんと相談するために緊急連絡用の水晶を起動させた。その後はじーさんと話した中で報告しておいた方がいいことだけを伝える。具体的には、ローラとメリッサの身を守るための手段をメイジャーさんとじーさんに調達してもらうことと、真銀製武具を作製するための代金についてだ。
ローラとメリッサの身を守る手段の調達は問題ない。こちらで用意するわけだから単なる報告である。問題は真銀製武具の作成代金だ。これにどんな反応を示すのか内心どきどきしながらライナスが資金援助を要請する様子を見ていると、何とあっさり了承された。最初からそのつもりだったらしい。まぁ、ライナス達に金がないことなんてばーさんも知っていただろうから、あらかじめ用意していたんだろう。
今からじーさんの屋敷に届けさせるので、後日その金と引き換えに武具をもらうように言われた。もし足りなければ追加するのでそのときに言えとも。
(ばーさんが気前よすぎて恐ろしい)
「つまり、私達が本命ってことなのよね」
「期待されてこんなに嫌やと思ったんは初めてやなぁ」
助けてもらって素直に喜べたことがないっていうメイジャーさんの言葉を改めて思い出す。こういうのって実感したくないよなぁ。
とはいっても受けないという選択肢はないので、気が乗らないままにばーさんの支援を受けることになった。
翌朝、ペイリン爺さんとローラが認めた2通の手紙を持って、一行はレサシガムの冒険者ギルドへやって来た。いずれもノースフォートのメイジャーさんに向けた手紙である。どうしてローラも手紙を書いたのかというと、旅に出て以来音沙汰なしだったので近況報告のためということだった。それと、全員でやって来たのは、ロックホール行きの隊商護衛の仕事がないかみんなで探すためである。
「それじゃ、ローラは受付カウンターで手紙を出してきて。俺達は掲示板群でロックホール行きの依頼があるか探してるから。1時間後にロビーのあっちの隅っこに集合しよう」
ライナスの提案に全員が頷くとみんながギルド内のあちこちに散ってゆく。
俺はもちろんライナスと仕事探しだ。とはいっても毎度のように上から眺めているだけだが。
(いやぁ、なかなかないねぇ)
「ほんとだね。もっとあるのかと思ったんだけどな」
王国公路と繋がっていないせいもあってロックホールは他の都市との交流はあまりない。しかし、ドワーフの作る武具や装飾品の評価は王国でも高いので、昔からのつながりでレサシガムとの交流は比較的ある。そのため、ここからロックホールへの隊商護衛の仕事があると期待していたのだが、あまり数が出ていないのか依頼の仕事はほとんどない。仕事がなければ最悪徒歩でいどうすることになるが、できればそれは避けたかった。
「うーん、この1件だけかぁ」
(少ないなぁ)
更に条件もあまり良くない。この際贅沢は言えないが、正直なところ落胆している。
(他のみんながいい依頼を見つけていることに期待するしかないな)
「そうだね」
砂時計を見るとそろそろ時間なので、ライナスと俺は集合場所へと向かう。すると、すぐにロビーに人だかりができていて騒然となっているのが見えた。
「なんだこれ、喧嘩?」
(ちょっと見てくる)
割と大きな人だかりなので奥が見えない。だから俺が天井近くまで上ってその先を見てみる。するとそこには、バリー、ローラ、メリッサの3人と男女4人が睨み合っていた。何をやってるんだあいつらは?
(ユージ、どうだった?)
(バリー達が4人の男女と睨み合ってた)
周囲に人がいるため精神感応で問いかけてきたライナスに対して、俺は客観的事実だけを告げた。何を話しているのかわからないので俺も答えようがない。
(とりあえず合流したら?)
俺の提案に頷いたライナスは人垣の間を縫って前に進む。文句や抗議の声がたまに上がってくるがこの際無視だ。
人垣はそこまで厚くなかったのでライナスはすぐに中へとたどり着いた。すると、一斉に視線が注がれる。これは居づらい。
「「「ライナス!」」」
バリー達が同時に声を上げる。やたらと嬉しそうだが、全く事情が飲み込めないので俺もライナスも微妙な表情しかできない。
一方で、バリーと対立している男女4人は胡散臭そうにライナスを眺める。
「なぁ、一体何があったんだよ?」
「あの女がローラに喧嘩を売ってきて、揉めてるうちにこうなったんだぜ!」
バリーの説明は大ざっぱすぎて原因が誰にあるのかということしかわからない。
その指差す方向を見ると、髪の長いきつめの顔をした女の僧侶がいる。服装からして光の教徒なのだろう。大人の女だ。しかし、なぜかこちらに小馬鹿にしたような視線を向けている。
「聖女様なんて呼ばれて浮かれてる世間知らずのお嬢ちゃんに、少しばかり世の中の厳しさってのを教えてやろうとしただけじゃないか! それを……」
「誰もそんなこと頼んどらんわ! どうせローラの名声に嫉妬しとるだけやろ! そんな暇があるんやったら自分が活躍する打算でもつけたらどうなんや!」
「訛りのきつい田舎モンがでしゃばんじゃないよ!」
「そんな田舎まで都落ちしてきた情けない奴が説教できる立場かいな!」
「こんのガキ……!」
「年増の嫉妬は醜いなぁ!」
バリーの説明だと最初はローラとその女僧侶が事の発端らしいが、口喧嘩はメリッサが担当してるらしい。見事な売り言葉に買い言葉である。関わりたくない。
それで、喧嘩はあの女僧侶とだけなんだろうか?
「それで、これ以外には何かあるのか?」
「そちらの方が私達の功績が信用できないっていうのよ!」
メリッサと女僧侶が睨み合う脇から、珍しく怒っているローラが女僧侶の後ろで立っている戦士風の男2人に視線を向ける。
短髪で金髪碧眼、彫りは深いが端正な顔立ちをしている、2人とも。そして見た目だけでなく装備も全く一緒だ。双子なんだろうが、武具まで同じものを使うくらい仲がいいのか。
「だからさっきも言ったろう? 普通ならパーティ単位で単眼巨人を相手にするだけでも大変なのに、四天王の巨人をわずか2パーティで撃退するなんておかしいだろう」
「だからそれは感状があるっつってんだろうが!」
「それもさっき言ったよ。感状があるなんて関係ないって。大方複数のパーティで戦って、感状がもらえるようにうまく立ち回ったんだろうさ。でなきゃお前達みたいなお子様パーティがそんなご大層なものをもらえるはずがないだろう。散々周りに泣きついてやっともらえたんじゃないか?」
双子らしい戦士風の男がそれぞれしゃべる。真面目そうな方は常識から考えておかしいだろうと冷静に判断しているのに対して、軽薄そうな方は小馬鹿にしつつライナス達の功績を頭から否定していた。
どうも最初は女僧侶がローラに突っかかってきて、その後集まってきたパーティメンバーでも口論をしているみたいだな。そして、女僧侶はローラが気に入らなくて、戦士風の男はライナス達の功績そのものに疑問を持っているということか。こっちからすると明らかにどうでもいいことだよな。
(ユージ、どうする?)
(多少好き放題言われても引き下がるべきだな。そもそも俺達はあんまり目立っちゃ駄目だろう。最初に突っかかってきた女僧侶はともかく、戦士風の双子との口論は明らかに余計だ)
ただの冒険者として活動しているなら己の力を誇示するのもいいかもしれない。けど、ばーさんから魔王討伐隊としての仕事を課せられている以上、他からの干渉は最低限にするべきだ。特に最近は俺の存在だけじゃなく、ライナスの星幽剣もあるからな。
俺だって面と向かって馬鹿にされたら腹は立つが、ここは冷静に対処したい。
「ローラ、手紙はもう出した?」
「え? ええ……」
「それじゃ、今日は一旦帰ろう」
ライナスの言葉に3人だけでなく、対立している4人も驚く。たぶん、何か言い返すと思っていたんだろう。
「ライナス、あんた、言われっ放しでええんか?!」
「言い返せないからだろう?」
「なんだと?!」
軽薄そうな方の挑発にバリーが乗りかかろうとする。だから相手にしたら駄目なんだってば。
(ライナス、『弱い奴ほどよく吠える。そんな奴を相手にする気はない』って言い返してやれ)
(え?! どうして?!)
(向こうの安い挑発にバリーとメリッサがすぐに乗ろうとするからだよ。ある程度言い返して溜飲を下げさせるしかない)
あと、周囲の冒険者にもあんまり舐められないようにするためでもある。今後もあの感状は役に立つだろうから、それに見合うだけの態度をとっておかないと逆に信用してもらえなくなるからな。面倒だけど。
「……弱い奴ほどよく吠える。そんな奴を相手にする気はないよ」
メリッサ達も今まで散々言い返していただろうからちょっと苦しいかもしれないが、少なくともライナスはやって来たばかりでまだ何も言っていない。だから大丈夫、通じるはず。
と思っていたら、相手の女僧侶と戦士風の双子の顔つきが変わった。
「言ってくれるじゃないか。ガキのくせに」
この女僧侶はまた随分と野性的な性格だな。戦士の方が似合ってるように思える。ああ、だからローラの態度が良い子ぶりっ子してるように見えるから気に入らないのか。思ってるだけにしとけばいいのに、口を出すほど気が強いのかな。
一方、バリー達も今のライナスの発言でいくらか機嫌が良くなったようだ。そしてライナスに従って輪の外へと出て行く。
俺が後ろを振り返ると、女僧侶と戦士風の双子はこちらを睨んでいた。口論していた手前、あんなにはっきりと小馬鹿にされたらそりゃ怒るだろう。しかし、なぜか何も言い返してこない。もっと罵声を浴びせかけられると思ったんだけど意外だな。
しかしそれ以上に気になるのは、一番奥に控えて何も言わなかった魔法使い風の中年だ。ローブに杖という典型的な出で立ちである。体格はローブでわからないが顔つきはごつい。そしてこいつは、他の3人と違って終始こちらを観察するように眺めていた。特にライナスをである。一番不気味だな。
ともかく、これ以上口論をしていてもこっちにいいことはない。ライナス達が人だかりの外に出たのを確認すると俺もその後に続いた。
ペイリン邸に引き上げてからもライナスを除いた3人は、さっきの4人組にかなり怒っていた。その場にいて口論に参加していたわけではない俺とライナスは蚊帳の外である。
ただ、気になった点があったのでそれを問うてみることにした。
(ローラ、あの女僧侶と面識はあるのか?)
「ないわよ。あの僧侶は光の教徒みたいだから、教会内で私を見かけた可能性は高いわね。あと、よく外に救済活動へ出向いていたから、一緒に活動してたかそのときに見られていたのかもしれないけど」
つまり、ローラからすると一方的に言いがかりをつけられたようなものか。
(それと、あいつら4人いたけど、魔法使いみたいな男は何か言ってた?)
すると3人は顔を見合わせると首を横に振る。
「そういや、あいつだけ黙ってたな」
「せやな。うちはあの女僧侶と戦士みたいな双子っぽいやつとばっかり言い合ってたわ」
「何かこっちを観察しているみたいで気味が悪かったわよね」
うーん、やっぱりだんまりか。何かありそうだなぁ。
「仲間が言い争っていたのに、自分だけ参加していなかったんだ。余程の口べたじゃなければおかしいよな」
ライナスも首をかしげる。なんだろう、あんまりいい気がしない。またあいつらと会いそうな気がする。いや、この場合は『遭う』の方だな。
(とりあえず、ロックホールへ行くための準備を進めよう。あいつらのことは、今は気にとめておく程度にしておくしかない)
まだ何かされたわけじゃないしな。警戒するくらいしかできない。
ライナス達も他に何も思いつかなかったらしく、俺の言葉に頷いてくれた。色々と面倒なことが出てくるなぁ。




