─幕間─ 魔族側の都合
面倒ごとが多い故、ロックホーン城におるときは極力わしの研究施設に籠もるようにしておる。しかし、四天王なんぞをやっておるとなかなかままならぬこともある。
そして今、正にその面倒なことを処理しておる最中じゃ。
「全く、シモンズの奴め、つまらぬ事にこだわりおって」
わしがおるのは謁見の間じゃ。魔王デズモンド・レイズの正面に跪いて面倒なことを進言しておる。
「されど、いたずらに我らの不和を放置するのは得策ではありませぬ。ここは、フールの奴めを四天王から解任するのがよろしいかと」
黒騎士から愚痴を言われてフールと相談して以来どうしようか考えておったが、結局のところそのまま魔王に相談することにした。あやつに致命的な落ち度がない以上、四天王の座を降ろす理由がないからじゃ。
いずれ失態を犯せばなどとあのときにお茶を濁したが、それまで黒騎士の奴が待てるとも思えんしのう。まったく腹立たしい。
「今のフールにとって、責務を果たす上で四天王であることは意味がありませぬ。例え解任されたとしても、お役目は今まで通り果たすでしょう」
「王国の調査をする上で、確かに四天王の座は役に立たぬな」
フールが行う調査とは、自身が人間であることを利用した潜入調査じゃからの。別に魔界の地位は関係ない。功績に報いるためとはいえ、あやつに四天王の座は不要じゃの。
「しかし、落ち度なくして解任するわけにはいかんだろう」
「それならば、先日、聖騎士団にその正体がばれかけてしまったことを理由にすればどうでしょうか。そのときに危うく魔族との関係が露見してしまいかけたという話も追加すれば、一層それらしくなりましょう」
わしも自分で進言してどうかと思うが仕方あるまい。魔王もため息をついておるわ。
「シモンズの溜飲はこれで下がるだろう。しかし、フール自身はどうか」
「あやつに地位へのこだわりはありませぬ。お役目さえ果たせればそれ以外は頓着しませぬよ。今回の件についても既に了承しております」
「そうか、わかった。では、フールを四天王から解任しよう」
わしは一層深く頭を垂れた。やれやれ、これでようやく片付いたわい。
「この件はこれでよかろう。次は、作物の件であるが……」
そうして次は魔界の農作物についての話に移った。元々土地が痩せている魔界ではあまり作物が育たぬ故に争いが絶えんかったが、そんな状態を少しでも良くしようと魔王はわしに作物の品種改良を委ねておる。魔界の食糧事情などに興味はないが、珍しい動植物を手に入れる権限があるというのは悪くない。
そもそも、食糧不足の解決法が作物の品種改良と対外侵攻という極端な政策となって現れておるが、結局のところは魔族をどう食わせてゆくのかということに尽きる。わしの方も一定の成果を収めておるとはいえ、まだまだ足りぬ。
「魔族同士の殺し合いを止めるために魔界を統一したというのに、そのせいで食糧不足が起きるとはな」
同じ魔族で争うことを憂いた魔王は魔界を統一してその願いを果たすことができた。しかし、今度は魔族が一定数以上死なぬせいで数が減らなくなり、食べる物が不足してしまう。理想を実現したのは大したものじゃが、自然の調和を乱すとろくな事にならんの。
「結果的にではございますが、王国への出兵が食糧問題をいくらか解決してくれておりますの」
「同胞に犠牲が出ることによってな。全く、ままならぬ。」
「王国があれ程こちらの足下を見なければ、交易という選択肢もありましたなぁ」
実をいうと魔王は魔界を統一する直前からしばらくの間、王国と秘密の交渉を行っておった。うまくいけば王国から食料を輸入して食糧事情を好転させることができたんじゃが、結果的に交渉は失敗じゃった。そしてこの戦である。王国もほどほどにしておけばよかったものを、愚かじゃな。
「過ぎたことを蒸し返しても意味はない。食糧事情さえ好転すれば、王国への侵攻も必要なくなる」
確かにの。そのためにも作物の品種改良などは重要なんじゃが、今のところわししかできぬ。シモンズもダンも戦うことばかりじゃからのう。ああ、それならフールの後任は内政の専門家がよいな。誰かおらぬのか。
「内政に関してはこれくらいか。あとは……そういえば、そちの軍団はどうであるか。最北の森は抜けられぬのか?」
「元々我が軍は寄せ集めですからの。どうしてもシモンズ殿やダン殿の軍団ほどには戦果は上げられませぬ。せいぜいお2人の牽制が精一杯といったところですのう」
魔王はいささか不満そうじゃが事実じゃしの。更にこちらには必要な物資すら満足に送られてはこぬ。これでは戦にならんわ。もっとも、わざとそうしておるんじゃが。
「まぁ、必要な物資はシモンズやダンに優先しておる以上、致し方ないか」
「ご理解いただき恐縮です」
これでしばらくは安心して研究が続けられるの。あとはあの人間共次第か。
「それでは下がってよいぞ、ベラ」
「はっ」
長きにわたる謁見が終わると、わしはようやく魔王の元から解放された。
魔王との謁見が終わると、わしはすぐに城内の研究施設に戻る。やはりここは落ち着くわい。
とりあえず外部からの報告が届いてないか確認をする。すると、連絡用の水晶が反応しておるの。輝く色で誰からというのがわかる。これはアレブじゃな。
「お久しぶりです、ベラ様」
「ふむ、そう言えば定期報告の時期じゃったな」
目の前に姿形がわしに瓜二つな老婆の幻影が浮かび上がる。違いは髪の毛と肌の色だけじゃ。わしの髪は黒で肌は白なのに対して、アレブの髪は白で肌は黄色じゃ。
そういえばこやつ、魔王を討伐する人間を管理しておったな。
「まずは王国に関する報告をいたします」
細かい内容はあとで送り届けさせるとして、アレブからはおおよその話を聞く。王国の中枢に食い込んでおるこやつのおかげで、王国の動きが大体わかるのは便利じゃ。
わしとしては戦の趨勢はどうでもよく、現状維持が好ましいのでそのように調整するようアレブに指示を下す。言われんでも大半のことはやりおるが、魔界の動きを加味して微調整はしてやらんとな。
「以上が王国についての報告です」
色々聞いておったが、特に大きな動きはないようじゃの。そうなると、いよいよ本命の話か。
「次に、ライナスに関する報告をいたします」
いよいよじゃの。いままでの話じゃとこちらもうまくいっておるそうじゃが。
「フォレスティアから王国へ戻ってきたあとは、真銀を集めるために竜の山脈へ向かいました。どうやらフォレスティアの長に真銀の採取場を聞き出したようです。そして先日、ラレニムで冒険者ギルドに真銀の鉱石を90マーゴリク以上持ち込みました」
「人間の戦士2人に相応の武具を作らせるためのものじゃったな」
「はい。精錬していないので最終的にどの程度の真銀が得られたのかはわかりませぬが、最低でも武器は作ることができましょう」
これで4人分の武器は揃うわけか。道具が揃うとなると、次はそれを使いこなせるようにならねばの。
「して、これからどうさせるつもりなんじゃ?」
「ライナス達は再度フォレスティアへと向かって『精霊の水』を受け取り、その後にレサシガムで精錬された真銀を受け取ってからドワーフ山脈へと向かう予定です」
「その人間共を鍛えるという話はどうなっておる?」
「次はフォレスティアを経由しますので、ライナス達がレサシガムに着いてから順次仕掛けていく予定です」
まぁ妥当なところじゃの。そうなると、魔族が必要となるのもそれ以降ということになるか。
「フールの奴は何か言うておらなんだか?」
今けしかけておる魔物の管理はあやつがやっておったはず。人間共の戦いぶりも直接見ておるそうじゃから、何かしらあれば言うてくるんじゃがの。
「以前よりは魔界の魔物に慣れたようだと申しておりました。あと、パーティ連携もましになってきているそうです」
「結構なことじゃな。ならば、その調子で作業を進めよ」
「はい。それでは、失礼しました」
これ以上は何もなかったらしく、早々に会話を切り上げたアレブは水晶を停止させたようじゃ。
今のところは大きな支障は起きておらぬようじゃし、このまま最後まで進んでくれれば言うことなしじゃの。
「さてと、研究での始めるかの」
わしは自分の研究を始めるために別の部屋に移動することにした。悲願の成就はそう遠くない。もう少しじゃて。




