ワイバーン対策
ラレニムの冒険者の多くが向かう竜の山脈は、北部、中部、南部と大ざっぱに区別されている。北部というのは湖が覆い被さっている一帯を指す。
ライナス達が今向かっている真銀の正確な採取場所というのは、その湖の南端近辺だ。竜の山脈の北部と中部の境界から山を登り、湖に沿うようにして北上しつつ山の中腹を目指すのである。
ラレニムから真東に進むとこの湖の南端にぶつかるということだったので、ライナス達はまずその湖を目指すことにした。
「着いた。大きな山脈だなぁ」
「わぁ、水がきれいね」
湖岸に着いたライナス達は、しばし足を止めて周囲の景色を眺める。
竜の山脈には竜種が多数住みついているということもあって、その近辺には人が住んでいない。さすがに強力な魔物に襲われる可能性のあるところへは住めないからだ。
「さて、もう少しだな。山の麓に行ったら荷車を置いていかないとな」
「隠せる場所があるといいんだがな」
あのあと俺達は、冒険者ギルドから一応人が引ける荷車を無料で借りることができた。壊すと弁償しないといけないが、その問題については先送りにしている。そんなことを言っていたら何もできないからだ。
また、当初は荷馬車を借りて最寄りの村まで乗り付けるつもりだったが、冒険者ギルドから借りられたのは荷車だった。更に、最寄りの村まで150オリクと思った以上に山から遠かったので、用意してきた道具などを運ぶために麓まで荷車で進むことにしたのだ。
湖岸に沿って南下するとやがて竜の山脈の麓に着く。ここはもう飛翼竜の行動範囲内だ。早々やって来るようなところではないとはいえ、油断はできない。
「もう日没まであんまり時間はないけど、まず荷車を隠す場所を探そうか」
(俺とライナスとバリーで探そう。ローラとメリッサは野営の準備をして)
体力のいる仕事を男が担当するわけだが、俺に関しては昼夜に関係なく周囲が見渡せるのでこういうときは便利なのだ。
湖岸に沿って3人で探していると、20分ほどでどうにか隠せそうな所を見つけられた。もう日没直前だったが、光明で視界を確保して今日中に荷車を隠す。
「帰りにちゃんと見つけられるかな?」
(いざとなったら捜索で探すから心配しなくてもいいよ)
だから特に目印なんかもつけない。竜の山脈へやって来る冒険者がたまにここを通るらしいが、これで盗られる心配はほとんどしなくていいだろう。
翌日、俺達は湖に沿って竜の山脈を少しずつ登ってゆく。背にはいつもより大きな背嚢を、手には杖を持っている。いつぞやの砂漠のときと同じで、足場の不安定な場所を歩くからだ。ちなみに、ライナスとローラが安物の杖を買ってこの場を凌いでおり、メリッサはあの聖なる大木の枝で作った杖を、バリーは槍斧を杖代わりにしている。
「なぁ、麓から4日間くらいのところっていう話だけどよ、本当に今もあるのか?」
緩やかに山を登っているライナス達は1時間おきに休憩している。その何度か目の休憩のときにバリーが誰とはなしに根本的な質問をした。
「一応、ラレニムの冒険者ギルドで調べたところでは、ここで真銀が採れるのは確からしい。ただ、竜種がいるせいで鉱山開発ができないだけでね」
「冒険者からの報告をまとめた資料によると、今でもたまに真銀を持って帰ってくる冒険者はおるらしいで。ただ、飛翼竜退治の帰りに珍しい鉱石を拾ったら真銀やったっちゅーのがほとんどやけど」
だから今でも真銀そのものはあると見て間違いない。ただ、俺達の場合は単にあるというだけじゃ駄目なんだよな。
「けど、俺達の場合は武具を作れるくらい集められないといけないんだろ? フォレスティアで聞いた場所にそれだけの真銀があるのかが不安なんだよなぁ」
「そうね。ないときはもちろん、足りないときも別の場所で探さないといけないものね」
レティシアさんの教えてくれた場所は割と広範囲だ。どうしてそんな広い場所に分布していることを知っているのか聞きそびれてしまったが、レティシアさんが採取した当時はその辺りで取れたということである。そして、メリッサを中心に色々と採取場所を検討した結果、最も安全なところで真銀を採取できそうな場所を特定し、現在そこに向かっているのだ。しかし、もしそこで思うようにいかなかった場合、より危険なところに赴かないといけない。それを心配しているのだった。
空を見上げると今日はいい天気だ。山の天候は変化しやすいが、今のところ穏やかである。山頂の方に視線を向けると、黒い粒のようなものが青い空を背景にいくつもあちこちへと動いていた。恐らくあれが飛翼竜なんだろう。
(今はあることを信じて向かうしかないな。どうせその場所に行かないと真偽は確認できないんだし)
「そうだな……」
微妙な表情なままバリーが返事をする。
一抹の不安を抱えながらも今はそれをどうすることもできない。何となくすっきりとしないまま休憩時間が終わると、ライナス達は歩き始めた。
竜の山脈に入って3日目、ライナス達は湖岸に沿うように山を緩やかに登り続けている。既に進路は真北を向いており、目的地はそれ程遠くないはずだ。
重い荷物を背負いながら山の斜面を歩くというのは相当きつい。足場が不安定なため杖があっても滑りそうになる。また、たくさんの荷物を詰め込んだ背嚢の肩ベルトが肩に食い込むのも地味に辛い。砂漠とは違った苦しさが登山にはあった。
ライナス達が苦労して進んでいる間、俺は周囲を警戒していた。移動が極端に辛い場合、動くことに気を取られて注意が散漫になってしまう。俺としてはみんなに歩くことに集中してもらいたかったので、その代わりに俺が周りに気を配っていた。
入山してから今までは獣にも魔物にも襲われていないが、これは単純に幸運だっただけだろう。
実をいうと身を隠す魔法はあるのだが、丸1日使い続けるというのは魔力の消費量が大きすぎるので使っていない。いざ襲われたときに魔力が残っていませんという事態を避けたいのだ。もちろん、俺なら4人分できるが、他に真銀を運んだり他の重要な作業をしたりしないといけないので、常時魔力を使い続けることは避けたいのである。他にも、身を隠す魔法を使うとお互いの姿も見えなくなってしまうので、移動するときにぶつかったりして逆に危険ということもあった。
そんなわけで姿を丸出しで一行は入山3日目も歩いていたわけだが、その幸運もここまでだった。特に警戒していた上空から2匹の飛翼竜がこちら向かってやって来る。見間違いであってほしかったが、その姿がはっきりと見えてきた時点でそれはあり得ないことを悟った。
(頭上、飛翼竜2体が来るぞ! 戦闘用意!)
俺が叫ぶと4人が真上を見た。すると、竜のような頭に蝙蝠のような翼、蛇のような尻尾、そして鋭いかぎ爪が特徴の爬虫類のような魔物が俺達の上空を飛び回っている。確か翼を広げると3アーテム以上あると冒険者ギルドの資料には書いてあったな。金切り声のような鳴き声が不快だ。
その姿を確認した瞬間4人は背嚢を斜面に降ろした。ライナスとローラについては杖も置いて武器に持ち換える。
今回、この飛翼竜とは必ず戦闘になると考えていた俺達は、冒険者ギルドの資料を頼りに対策を考えていた。竜の山脈で襲ってくる魔物の中で最も一般的なので資料が豊富にあったのだ。
(メリッサ、ローラ、やるぞ!)
「いつでもええで!」
「いいわよ!」
視線は飛翼竜に向けたまま、俺は一緒に攻撃を担当するメリッサとローラに声をかけた。
飛翼竜は魔法を使えないのでこちらを攻撃するときは必ず近づいてくる。その鋭いかぎ爪でだ。そこで、その近づいてきたときを狙う。
ライナス達はその場で片膝をついてじっとしている。足場が不安定な上に上空から襲われるので、立っていてもいい的にしかならないからだ。
そんな4人を見てどう思ったのか知らないが、2体のうち1体がこちらにめがけて降りてきた。わずかな間を置いて2体目も降りてくる。
(風筒土石散弾)
俺は、ライナス達のいる場所から数アーテム上の斜面を指定して複合魔法を発動させる。
この風筒土石散弾は土と風の複合魔法である。通常の土石散弾だと指定した範囲からいきなり土や石が八方に飛び出すので、仲間の近くでは強い威力が出せない。そこで、銃身に見立てて筒状の風壁を作製し、その中から土石散弾を射出させたのである。これなら風状の銃身を色々と調整できるので使いやすい。また、風壁の風向きを射出口に向けることで、いくらか射撃速度が向上した。最近になってようやく複合魔法と無詠唱が当たり前のようにできるようになったことから使用可能となったのだ。
翼を大きく広げ、かぎ爪を突き出すようにして襲いかかろうとしていた飛翼竜は、攻撃する寸前で爆発した斜面から飛び出してきた土石に襲いかかられて大きく脇に逸れる。悲鳴を上げた飛翼竜は体勢を立て直す前に後方の斜面に叩きつけられ、転げ落ちてゆく。
「炎槍」
1体目の飛翼竜が横殴りに吹き飛ばされた直後、ほぼ同じ軌道でこちらに攻撃を仕掛けようとしていた2体目が見えた瞬間、メリッサが炎槍を撃ち込む。2体目の飛翼竜は突然のことで対応できず、まともに炎槍を胴体に受けた。
『キシャァァァ!!』
メリッサの魔法攻撃を受けた飛翼竜は、炎槍に胴体を貫通されて軌道を大きく逸らされてしまう。そして1体目と同様に斜面を転がってゆく。さすがに特別製の杖で発動したおかげか、威力は思った以上にあったようだ。まさか貫通するとは思わなかった。
「ユージ、最初の飛翼竜はどうなってる?」
(あ、翼の骨が折れたみたいで飛べないようだ。あれなら放っておいてもいいだろう)
俺はある程度降りて確認したところ、遥か下まで転がり落ちた1体目の飛翼竜は、斜面に激突したときに運悪く翼の骨を折ってしまったらしい。必死にもがいているが飛び立つ気配がなかった。
「はぁ、空から攻撃されるのって緊張するわね」
「俺は何もできないってのが辛いなぁ」
襲いかかってきた飛翼竜を撃退した4人は緊張の糸を緩める。
事前に調べたところ、飛翼竜は1体ずつ襲いかかってくるのではなく、複数が連続して襲ってくることが多いとあった。また、山の斜面にぶつかることを恐れて山頂側や麓側から襲いかかってくることはなく、必ず左右どちらかの横合いから斜面と垂直になるように降下する。つまり、左右両方から同時に降下するとぶつかってしまうので、連続して襲ってくるときはほぼ1列で向かってくるわけだ。
そこで、先頭の飛翼竜に対して俺がぎりぎりまで引きつけて風筒土石散弾を撃ち込んではたき落とし、2体目をメリッサが魔法で攻撃をすることにしたのだ。3体以上いた場合はさすがに警戒して回避すると思うが、万が一に備えてローラが待機することになっている。ライナスとバリーはもし近くに落ちた飛翼竜が生きていた場合、これを仕留めることになっている。今回は何もすることがなかったが、真銀の採取場所では活躍する可能性が高い。
「とりあえず、飛翼竜との戦い方はあれでいいみたいだな」
「真っ正面からやって来る飛翼竜って怖かったわぁ」
まぁ、色々感想はあるんだろうが、とりあえずどうにかなった。
上空を見ると、あの2体以外はこちらに気づいていないのかやって来る気配がない。単に興味がないだけなんだろうか。
ともかく、周囲に何もいないことを確認するとしばらく4人を休憩させる。切羽詰まった状況でない限りは、できるだけ休ませたい。
「思ったよりもあっさり終わったわよね」
「そりゃユージの風筒土石散弾の威力が大きかったからやな。あの大きさの魔物をあんな派手に吹き飛ばそうとすると、相当魔力を使わんといかんしな」
「メリッサの火の槍も凄くねぇか?」
「うちのはこの杖のおかげや。そりゃ毎日魔力を通す修行はしてたけど、この杖なしやとあんな簡単にあれだけの魔法は撃てんわ」
ローラとメリッサはレティシアさんに勧められてから毎日杖に魔力を通していた。ローラは光の魔法中心で、メリッサは四大属性の魔法を均等にだ。
「それで、毎日練習している効果はあったんだ?」
「うん、まさかあの炎槍で飛翼竜の胴体を貫通させられるとは思ってへんかったわ。以前やと、せいぜい軌道をずらすくらいやってんけどなぁ」
「それじゃ私も効果が増してるのかしら?」
「絶対そうやで」
メリッサに断言されたローラは嬉しそうだ。試す機会はこれからあるだろうから、訓練の成果を目にする日も近いだろう。
「あー、俺も速く真銀で作った武器がほしいぜ」
「全くだな」
ローラとメリッサの話を聞いていたバリーは羨ましそうに2人を見ている。内心はライナスも同じはずなんだが、バリーを見て苦笑していた。
「さて、そろそろ行こうか」
疲れが完全に取れたわけではないが、いつまでも休んでいるわけにもいかない。
4人は再び背嚢を背負うと真銀の採取場に向かって歩き始めた。
 




