ラレニムの街での準備
呪いの山脈からやってきた魔物の集団に襲われた隊商の集団は、少なくない人的被害を出していた。隊商関係者が3割、護衛の冒険者が2割も殺されている。参加者の人数が100人程度なので馬鹿にならない。
また、小森林経由でウェストフォートへ向かう隊商護衛のときと同じように、商人が死んでしまって依頼書にサインしてもらえない冒険者のパーティが何組か発生していた。これも冒険者ギルドが間に入ってどうにか収めるだろう。
「いやぁ、助かったよ」
ラレニムに着いてから、依頼書にサインを書いたあとにエニルは満面の笑みでライナス達に感謝していた。あれだけ大規模な魔物の襲撃で、終わってみれば損失なしで切り抜けたのだから笑みもこぼれるというものであろう。
「若いのに大手柄をいくつも立ててるだけのことはあるな!」
以前揉めたときに見せた感状のことだ。
さすがにこれを再び持ち出されるとは思っていなかったらしいライナスは照れていた。
「それじゃ、また機会があったら俺の護衛依頼を引き受けてくれ」
「はい」
そう言ってエニルは荷馬車の御者台に再び乗ってラレニムの中へ向かっていった。
「さて、それじゃ俺達も行こうか」
エニルの荷馬車が門の奥に入るのを見届けたあと、ライナス達も街へと足を向けた。
4人がこれから入ろうとしているラレニムの街は大陸の南東に位置している。人口はウェストフォートと同じくらいだそうだ。ただし、街の規模は半分程度なのでウェストフォートに比べて密集している。
このラレニムの特色は、西にそびえている竜の山脈に対する探索に力を入れているという点だろう。この山脈は飛翼竜をはじめとする竜種が集中して生息している地として有名だ。そんなところには必ず何か財宝が眠っているに違いないという噂が広まって、現在は多数の冒険者が何かないか探し続けている。また、竜種は体の部位が道具を作る高級材として珍重されていることから、一攫千金を夢見て討伐しようとする冒険者が後を絶たない。更に、竜種を倒したとなると世間から一目を置かれるようになることから、やはりこの山脈を目指す者が多いのだ。他にも、竜の山脈の裏側に大森林が広がっていることから、そちらを探索して珍しい薬草などを持ち帰ろうとする冒険者もいる。
こういったことから、ラレニムは探索都市と呼ばれていた。
入り口での身元証明が終わると4人はラレニムの街に入った。すると、すぐにその特色がわかる。
「ウェストフォートやと商人も結構いたけど、ここはまた極端やなぁ」
「さすがに探索都市って呼ばれているだけのことはあるわね」
冒険者相手に商売をしている商人も多いのだが、やはり冒険者の数が頭ひとつ飛び抜けている。
「まずは冒険者ギルドだな。依頼の完了処理もしないといけないし」
自分自身も周囲の光景に目を奪われているものの、ライナスもやらないといけないことを思い出してみんなに呼びかける。
冒険者ギルドは北門から続いている大通りをしばらく南下したところにあった。
中に入るとかなり広い。そして、王都の冒険者ギルドを彷彿とさせるような盛況さだ。
「おお、すげぇなぁ!」
バリーが感嘆の声を漏らす。
王都の場合は集まってくる人の数が多いから冒険者ギルドも大規模だが、こちらは未開の地が近くにあるため探索の仕事に事欠かないからたくさんの冒険者が集まってきている。その熱気というものをバリーが真っ先に感じたようだ。
「それにしても、みんな、なんていうか……野性的よね」
「せやな。ちょっと荒々しいんとちゃうか」
依頼の完了手続きをするため奥の受付カウンターに向かっているライナスに続くローラとメリッサは、周囲の冒険者を見ながらその様子について話をする。
2人は周囲に人の目があるから一応はっきりと言うことを避けているが、一言で言うとみんな野卑なのだ。元々冒険者という職業に就く人間に上品さを求める者などいないが、ラレニムの冒険者はその中でも更に酷いのである。バリーは気にならないようだが、2人は眉をひそめていた。
ライナスは受付カウンターで依頼の完了手続きを済ませて報酬を受け取ると、ロビーで待っていた3人の元にやって来る。
「おまたせ。やっと終わったよ」
人が多くて結構待たされたライナスがため息をつく。待ったのは他の3人も同じだが、立ちっぱなしと座っているのとでは地味に違う。
「さて、これからの話をしないといけないよな」
椅子に座ったライナスが3人に話しかける。
フォレスティアでレティシアさんから教えてもらった場所は竜の山脈の中腹なんだが、明らかに山脈の東側だった。だから一旦ラレニムにまでやって来たわけだが、問題はここからだ。
「荷馬車を確保しないといけないわよね」
「どこで借りるんだ?」
「冒険者ギルドで頼めへんかなぁ……あ、集めた真銀って冒険者ギルドに届けるんやろ? もう話がついているんやったら、タダで貸してくれるかもしれへんで?」
ラレニムの冒険者ギルドに話がついているのかどうかを確認するのはいいと思うけど、さすがに荷馬車を無料で貸してくれるっていうのはどうだろう。
(冒険者ギルドは真銀を運ぶことだけを依頼されているだろうから、荷馬車をタダで貸してくれるかは怪しいな)
「でも、とりあえずは聞いてみたらいいんじゃないかしら? どうせ運搬の件がちゃんと伝わっているか確認しないといけないんだし」
メリッサも我が意を得たりと頷いている。確かに頼むだけならタダだからいいか。
「それと、竜の山脈の現状を確認しておかないといけないな。何か異常があるんならそれに対処する必要がある」
「だったら俺は酒場で冒険者に直接話を聞くぜ!」
「うちはギルドの資料室で本とにらめっこやな。竜種以外に面倒なんがおらへんかったらええんやけどなぁ」
「そうなると私は、どんな道具があるのか市場で見ておかないといけないわね」
「だったら俺は、運搬の件と荷馬車の件を冒険者ギルドに聞かないとな。終わったらローラかメリッサの手伝いをするよ」
4人で冒険を初めて2年も過ぎると、大体やることというのは固定化されてくる。基本的には個人の能力や趣向に沿った作業が割り振られるわけだ。そのため、みんな慣れたものである。
「よし、それじゃ……」
「あ、宿の手配はどうするの? 先にする? それとも後回し?」
ライナスが解散宣言をする直前になって、ローラから重要な指摘をされる。
「それならローラがやっといてくれるか? 市場に行く前に宿屋に寄って」
「いいわよ。夕方、ここのロビーで集合した後に案内するわ」
間髪入れずメリッサがローラに頼む。誰がどの作業をするのかということは大体決まっているが、宿の手配はライナスかローラがすることになっている。今回は買い物の前にローラが宿屋街に寄ることになった。
「よし、なら夕方まで一旦解散だ」
ライナスの言葉に全員が頷いて席を立った。
昼過ぎに冒険者ギルドで解散した一行は、地元住民がそろそろ仕事を終える頃に再度ロビーに集まった。半日でやれることは限られているが、今後数日間街で行動する指針は得られたようである。
「みんな集まったな。それじゃ、俺から話すよ。最初に真銀の運搬の話だけど、ちゃんとこの冒険者ギルドに話は通っていた。こっちの書類を見せたら信用してくれてどうなっているか聞けたよ」
とりあえず、アレブのばーさんがきちんと仕事をしてくれていたことが確認できて何よりだ。さすがに大陸の反対側にまで重い鉱石を運ぶなんてことはしたくない。
「荷馬車はどうだったんだ?」
「それがさ、荷車は貸せるけど馬は駄目だって言われたんだ」
長引く戦争の影響でラレニムも馬不足になっているらしい。王都からノースフォートへ急ぐときに馬を使ったが、大切にしてくれって言われたことを思い出す。あの馬は元気だろうか。
(人でも引ける小さい荷車はないのか? 平坦な道ならバリーとライナスで何とかなると思うんだが)
「それは相談しないとわからないな。自分で引くなんて考えもしなかったから」
「荷車を引くのかぁ。かなりしんどいぜぇ」
どうしても駄目なら最悪精霊を召喚して引くしかないだろう。
(一応、ギルドの職員に聞いておいて。もしあったら、みんなの背嚢なんかもまとめて荷車に置いておけばいい)
「わかった。そうするよ」
「次は俺だな。竜の山脈なんだが、麓だとそれ程危険じゃないらしい。大抵の獣や魔物は竜種のエサになっちまうからだそうだ。例の飛翼竜って奴はやっぱり空から襲ってくるそうだぜ」
バリーが酒場で現地に行ってきた冒険者から直接聞き出した話だそうだ。中腹で飛翼竜が襲ってくるのは確定か。
「ねぇ、麓の獣や魔物が竜種のエサになってるんだったら、麓も危ないんじゃないのかしら?」
「ああ、飛翼竜はな。他はほとんど気にしなくていいってことだ」
それは逆に厄介なことになっているんではないだろうか。竜の山脈に入ると常に飛翼竜と戦い続けないといけないっぽい。
「逆に難易度は上がっているような気がするな、俺」
「うちもやわ」
「まぁ、明日からも聞いて回るから、今日はこのくらいで勘弁してくれ。メリッサの方はどうなんだ?」
「うちか? 山を登るほどに強力な竜種と遭遇することがわかったわ。あと、レティシア様が書いてくれた地図と竜種の生息範囲を見比べているところやで」
「それで何がわかるんだ?」
「できるだけ厄介な竜種と遭わずに真銀を取れへんか調べとるんや。わざわざ強い竜種のおるところで真銀を探すこともないやろ?」
メリッサの意図を理解したバリーが感心する。あとで俺も頼もうと思っていたことだけど、もう先にやっていてくれたんだ。さすがだな。
「他にも過去の遭遇事例なんかもこれから調べるつもりや。こっちはライナスにも手伝ってもらうつもりやけど。市場の方はどうやったんや? 荷物持ちはいるんか、ローラ?」
「うーん、そうねぇ。1日でまとめて買わなきゃいけないなら荷物持ちは必要ね。何日かに分けて買えばいいなら、私1人でも何とかなるかな。あ、でも、山登りのための知識はないから、それは調べてからでないと手が出せないわね」
必要なものが何かを考えながらローラはしゃべってゆく。
「だったら、明日の午前中は全員で山登りに必要なものが何かを調べようか。昼の時点で必要なものがわかったら、そのときに役割分担を再度決めたらいい。必要なら俺とバリーで荷物持ちをすればいいだろう」
「そうだな。買った装備を使いこなせるようになっておかないといけねぇしな。早めに手に入れておきたい」
「あ、小森林のときのように、冒険者ギルドで山登りの講習会ってやってないのかしら?」
「確かにそれは受けとくべきやな」
しゃべっているうちに4人は必要なことをどんどん思いついていく。やはり必要な時期になると具体的に何をするべきなのかがよく思いついた。
こうしてライナス達は必要なことを洗い出してから準備を整えていく。ラレニムを出発したのは1週間後だった。




