襲われた隊商の集団
王国公路有数の難所へと入る直前に一悶着あったライナス達だったが、どうにかそれを切り抜けることができた。面倒なことではあったものの、逆に難所へと入る前に厄介事が片付いたともいえる。当面はちょっかいを出してこないだろう。
一悶着の会った翌日、隊商の集団はラレニムに向かって南下し始めた。
ここから1週間ほど呪いの山脈と王国公路が併走することになる。併走するとはいっても、山脈と街道は30オリク近く離れているので山の脅威を直接受けるわけではない。夜に死霊系の魔物がたまに出るくらいだ。それよりも恐ろしいのは山賊である。死霊系の魔物が徘徊している山に根城を構えて商人を襲っているというもっぱらの噂だ。どうやって魔物との折り合いをつけているのかさっぱりわからない。
(しかし、昼に山賊に襲われて、夜に幽霊に襲われることもあるんだよな)
最悪の展開を考えて口にするとライナスとローラが嫌そうな顔をする。まぁ当たり前だろう。ちなみに、バリーとメリッサはもう1台の荷馬車だ。
「もう山賊は嫌よね」
「魔物も嫌なんだけど、やっぱり同じ人間だけになぁ」
そうは言っても、襲われるかどうかは山賊側の事情次第である。この大集団を山賊がカモと見なすか危険と見なすかは俺達にはわからない。
難所に入ってから1日目の夕方になると、いつものように野営の準備をする。とはいってもやることはほとんどないが。
こういったときの冒険者の交流というのはいくらかある。やはり自分以外がどんな情報を持っているのか気になるし、会話で暇を潰すためでもあった。
そんな中で、ライナス達は周囲の冒険者と話をすることが特に多い。先日、イーストフォートでの活躍がみんなに知れ渡ったからだ。しかしそのおかげで、隊商の集団の中ではたくさんの話を聞くことができた。
「ライナス、さっきの話だと近いうちに山賊が襲ってくるかもしれねぇな」
「うーん、何事もない方がいいんだけどなぁ」
不寝番をするために立ち去った別パーティの冒険者と先程まで話をしていたのだが、昼過ぎにこの集団を遠巻きに観察している馬上の1人の人物を見つけた冒険者がいたらしい。しばらくすると立ち去ったようだが、街道ではなく平原にいたというのだから怪しい。
「襲ってくるとしたら、何十人っていう大集団で襲ってくるんだろうな」
「冒険者だけで数十人もいるこの隊商の集団に、山賊が少数で襲ってくることはまずねぇからな」
ライナスとバリーは渋い顔をする。見逃してくれると嬉しいんだが、結果がわかるのはここ数日以内だろう。
少なくとも呪いの山脈を抜けきるまでは具体的な脅威があるということをライナス達は再認識した。
それから3日間は特に大きな出来事はなかった。たまに真夜中に幽霊がやって来るので冒険者の僧侶が浄化するくらいだ。
この頃になると王国公路は呪いの山脈に沿ってその向きを南東へと変えていた。この辺りから気候が半乾燥気候から温帯気候へと変化してゆく。
「あれ、少し湿っぽくなってきたかしら?」
「そうか? 気温が上がっただけと違うん?」
夕飯のときにローラとメリッサが気候の変化について話をすることがあるものの、そこまで大きな違いはない。少なくともライナスとバリーは気にしていないようだ。
それはともかく、呪いの山脈と併走する王国公路の行程も道半ばとあって、各隊商を護衛している冒険者の気合いもしっかりと入っていた。何しろ、この辺りは襲われやすい場所だからだ。
現在は真夜中でバリーとメリッサが不寝番をしている。光明を20アーテム程度先の空中に浮遊させて視界を確保していた。たまにどこかで浄化の魔法が使われているのか、幽霊の断末魔が聞こえてくる。もう慣れたとはいえ、気分の良いものではなかった。
もちろん、俺も不寝番を担当している。少し上に移動して全体を見渡してみると、呪いの山脈から半透明な幽霊がゆらゆらとこちらにやって来るのが見えた。ずっと山に引き籠もっていればいいものを、どうして下山してまで人を襲うんだろうか。
「ユージ、どうだ?」
(幽霊が何体かこっち側に寄ってきているけど問題はなさそうだ)
「こんな西側にまで来られたら危ないわな」
バリーとメリッサが立っている場所は隊商の集団の西側だ。つまり、呪いの山脈とは逆側である。寄ってくる死霊系の魔物の数はごくわずかなので、2人が襲われることは今までなかった。
「これなら今晩も何もなさそうだな」
「楽でええねんけど、暇なんが厄介やなぁ」
そうだよな。俺もやることがなかったら発狂していたかもしれん。暇というのは地味に難敵だ。
「ぼうっと立ってたらすぐに時間なんて過ぎるじゃねぇか」
「うちの場合はそんな簡単にはいかんねんって」
(俺もメリッサに賛成だな。暇っていうのは絶対に厄介だって……?)
メリッサの意見を支持した俺もバリーを諭そうと話している最中に、何気なく呪いの山脈の方に視線がいく。すると何かの塊が地平線上に現れているのが視界に入った。
「おい、どうした、ユージ?」
「なんかあったんか?」
(呪いの山脈の方から何かがやって来る)
途中で言葉を句切った俺に違和感を持った2人が呼びかけてくるので、いい加減だがとりあえず報告をしておいた。
しばらく待っていると次第にそれがはっきりと見えてくる。何とそれは、多数の幽霊と黒妖犬の集団だ。全部合わせて100体以上の魔物がこちらに向かってやって来ていた。
「なぁ、何が来てるんだ?」
(幽霊と黒妖犬の群れだ……)
「幽霊はともかく、なんで黒妖犬なんや?!」
メリッサが小さい悲鳴を上げるが、そんなことは俺も知らない。
小森林のときと同じだ。自然発生した集団というよりも、誰かが意図的に仕掛けているように思える。けど、誰が何のためにそんなことをしているのかがわからない。
捜索で魔物の集団を確認すると、既に半分くらいが捜索に引っかかる。ということは先頭は2オリク以内にいるということだ。幽霊も黒妖犬も捜索で引っ掛けられるのは助かる。
黒妖犬が歩調を合わせているのか、幽霊はちゃんとついてきている。
「俺はライナスとローラを起こすぜ!」
(俺は周囲の冒険者に敵襲があることを知らせる。みんなは戦闘準備をして待っててくれ!)
「わかったで!」
俺は未だのんびりとしている隊商の集団を突っ切って魔物の集団に向かっていった。
魔物の集団に向かっていって俺は一体何をしたのかというと、予想進路上に光明をいくつか発動させた。大体隊商の集団から500アーテムくらい先にだ。こうすることで、魔物の集団が急接近していることを不寝番が発見してくれると期待したのである。
もちろん、いきなり光明が遠くに現れたことを怪しむだろうが、すぐにそんなことを気にしている余裕なんてなくなる。それに、俺の姿は誰にも見えない状態なのでライナス達が怪しまれる心配はない。そうであるなら、細かいことを考える必要はないだろう。
俺は作業が終わると、ライナス達の元に戻りながら仕掛けた光明を見つめる。やがて予想通り、幽霊と黒妖犬がそのまま通過してきた。ご丁寧に扇状に散開しつつある。すると、不寝番の冒険者から始まって隊商の集団がにわかに騒がしくなってきた。
そのとき、ちらりと黒妖犬とは違う四足歩行の魔物の姿が目に入る。黒妖犬と同じか少し大きいが、どっちかって言うと狼みたいに精悍な顔つきだよな。これって確か、地獄の猟犬ってやつじゃなかったか? くそ、同じ黒色だからわからなかった。より厄介な奴が混ざってる!
(みんな起きてるか?!)
「ローラとメリッサに祝福と魔力付与をかけてもらったからすぐにでもいけるよ」
「俺もいつでもいけるぜ!」
「幽霊は私に任せて」
「こんな所に黒妖犬がいるなんておかしいけど、まぁゆーてもしゃーないわ。今度はきっちりと仕留めたるで!」
みんな準備はできているようだ。
それからしばらくして、東側では戦端が開かれたのか騒がしくなってきた。上に上がって呪いの山脈側を見てみると、既に隊商の集団の西側以外は魔物との戦いが始まっている。更に隊商の集団の中央付近からも怒号や悲鳴が聞こえてきた。魔物の数が多すぎて対処しきれなかったらしい。
(うわ、内部にも入り込んでいるのか!)
これはまずい。混戦になっているだろうから迂闊に飛び込めないぞ。
商人や隊商関係者が何人かこちらに向かって走ってくる。大切な荷馬車を置いてまで逃げてくるとは余程大変なことになっているらしいな。
(そうだ、魔物の中に地獄の猟犬が混じってたから注意しろよ!)
「また魔界の魔物かいな。悪意しか感じられへんな!」
俺の忠告を聞いたメリッサがぼやく。もし魔族が裏で糸を引いているとしたら、王国の後方攪乱でもしているんだろうか。
「来たぞ! 黒妖犬と幽霊が1体ずつ!」
最初にライナス達へ襲いかかってきたのは幽霊と黒妖犬の組み合わせだった。他に襲ってくる魔物はいないから、当面はこれだけに集中すればいいだろう。
「浄化」
ローラが両手で短杖を持ちながら魔法名を口にする。すると、その視線の先にいた幽霊は叫びを上げながら消えた。
「拘束」
ほぼ同時にメリッサも魔法名を呟いていた。小森林での雪辱を果たすためか、あのときと同じ魔法だ。
黒妖犬に効くのか不安だったが、どうやら問題はなかったらしい。メリッサの発動させた拘束はしっかりと黒妖犬を拘束する。
『ギャン!』
走っている最中にいきなり体が動かなくなった黒妖犬は躍動する姿そのままで地面に転がる。間違いなく戸惑っているだろうな。
「はっ!」
たまたま自分の所へ転がり込んできた黒妖犬の頭にライナスは長剣を叩き込む。動けない黒妖犬はその剣先を避けることができずに、長剣で頭を叩き切られた。
「ライナスやるな! 次は俺もだぜ!」
今回は何もすることがなかったバリーは、少し羨ましそうな表情を浮かべながらもライナスを賞賛する。心配しなくても、こんな混戦だと活躍する場は必ずあるだろう。
「こっちから襲われると暗いな。光明でも出しとこか」
外部からの襲撃に備えて光明はいくつも宙に浮いているが、内側から襲われることは考えていなかった。内部で戦っている冒険者が光明をいくつか出しているが、それでもライナス達の近辺は薄暗いままだ。
メリッサが視界を確保するために光明をいくつか出すと、改めて周囲を確認する。まずは雇い主のエニルだ。今まですっかり忘れていたのは内緒である。
「エニルさん! 生きてますか?!」
「おお、ここだ!」
声のする方を見ると、少し離れたところに置いてある荷馬車のところで、暴れそうになる馬を必死になってなだめていた。今までよく襲われなかったもんだな。
「おっさん、そこは危ないぜ!」
「しかし、安全なところなんてどこにあるんだ?!」
ようやく落ち着きつつある馬を必死になだめながらエニルがバリーに反論した。確かにこんな混戦じゃ安全なところなんてないし、西の平原へ退避したところで安全とは言い難い。現にいくつかの幽霊や黒妖犬に追われている人間がいる。
そして、もう1台の荷馬車でも別の御者が馬をなだめている。仕事上、この2人を守らないといけないわけだがかなり難しい
(馬車を並列に置いていたのがせめてもの救いか……)
本当にたまたまだったのだが、エニルはいつも荷馬車を並列して置いて野営をしていた。そのため、エニルのなだめている馬の隣にもう1台の馬車の馬がいる。
「2人とも馬と馬の間にいてください。あとは俺達がこの辺りを守ります」
「わかった」
荷馬車から離れないですむということでエニルは少し安心したようだ。もう1人の御者と共にライナスの指示に従ってくれる。これで最悪、魔物の第一撃から護衛対象を守れるはずだ。
周囲の様子からはまだ戦闘は終息してない。あとはどうやって魔物を撃退するかだ。厄介なことはまだ続きそうである。




