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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
12章 魔法の鉱石を求めて

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虎に絡む狐

 俺達がエディセカルに到着したのは4月に入ってからだった。大きな街道を逸れるとなかなか思うように荷馬車に乗れなかったので多少時間はかかったが、今までのことを思うと大した苦労はしていない。

 エディセカルには約4ヵ月ぶりにやって来た。イーストフォートからウェストフォートへ向かう途中に寄ったとき以来だ。もう何年も前のように感じるが、年初にここを立ったんだよな。

 街に入ると俺達はすぐに冒険者ギルドへ向かう。目的は2つで、1つはメリッサが真銀ミスリルを受け取るようにとペイリン爺さんに書いた手紙を出すこと、もう1つは採取した真銀ミスリルをレサシガムで冒険者ギルドに引き渡すための書類を受け取ることだ。カウンターでライナスが書類の有無について尋ねると、受付係の職員はすぐに取ってきてくれた。

 その後にメリッサが手紙を出す手続きを済ませてから、ライナス達は一旦ロビーに移動した。


 「これで一段落ついたな」


 まだ真銀ミスリルを取る事前準備の1つが終わっただけだが、重要な書類のやり取りを1つ片付けられたことにライナスは安堵する。手違いなんかで手に入らなかったときにするであろう手間を考えると、何事もなく事が運ぶというのはありがたい。


 「次はラレニムに行くんだろ? だったら隊商護衛の仕事を探さないとな」

 「質を問わんかったらなんぼでもあるやろうから、すぐにでも出られるやろうしな」


 竜の山脈に登るための本格的な準備はラレニムでする予定だ。だから今は一般的な冒険者としての装備しかない。最悪、大森林の中を往来したときのように精霊に乗るという手段もあるが、それでも必要な準備というものはある。その判断もラレニムに着いてからだ。


 「でもまずは、ちゃんとしたベッドで眠りたいわね」


 大森林を抜けて王国に戻ってきてからでも、小さな街はいくつも経由してエディセカルまでやって来ている。もちろん街では宿に泊まっているのだが、ローラの基準は王都の大神殿にある個室なので実は評価がなかなか厳しいのだ。副都くらいになると、さすがに宿屋でも標準的なところであればローラも満足してくれるようなので、最近はこういった都市にやって来るとローラ主導で宿を決めることが多い。


 「宿を決めたら酒場に行こうぜ!」


 宿を決める主導権をローラが握っているとすれば、どの酒場に入るかはバリーが決めることが多い。酒にそこまでこだわりがあるわけではないようなのだが、チーズが出るかどうかが基準になるようだ。酒場と宿屋が一体になっている店なら悩むこともないものの、ローラが選ぶ宿屋は大抵宿のみの経営ばかりなのでこうなってしまうのである。




 冒険者ギルドで必要な手続きを済ませ、ローラが一応満足する宿屋を首尾良く押さえることができたら、いよいよ酒場で打ち上げだ。名目はフォレスティアでの交渉を成功裏に終わらせたというものである。


 「はぁ、うめぇ!!」

 「いやぁ、このために生きてんなぁ!」


 最初の1杯目からおっさん全開なバリーとメリッサが、大量の息と共に感想を吐き出す。大森林を抜けてからエディセカルに来るまでの道中でも飲んでいたのでもう珍しくないはずなのに、ここ最近はこんな調子だ。特にメリッサが酷い。バリーは元々といえばそうなのだが、メリッサもすっかり冒険者家業が板についてしまったようである。


 (もうメリッサに良いところ出のお嬢様っていう面影はないな)

 「何をゆーとるんや! どこをどう見てもお嬢様やんか!」


 テーブルを半分空になった木製のジョッキで叩いたせいで中身が少しこぼれる。それに気づいたメリッサが慌ててジョッキの縁を舐めた。


 「メリッサ、そういうことをするから言われるんじゃないか」

 「ライナスまで何をゆーんや。この滲み出る気品がわからへんっちゅーんか?!」


 飲みっぷりはいいんだが酒に強いわけではないメリッサがライナスを睨む。既に赤くなりつつある顔で睨まれても全然怖くない。


 「おお、チーズ来たぁ!」


 注文していたチーズがやって来てバリーが嬉しそうに手を出した。まず小分けにした塊を1つ口に放り込んでチーズそのものを楽しみ、その次に切り分けた豚肉に乗せて堪能する。バリーは早くも別世界に旅立ちつつあるようだ。

 いつもならそうやって打ち上げは盛り上がっていく。冒険者という職業の性質上、未開の地に赴くことが多いため、帰ってきたときは文明の恩恵を思いっきり浴びるのだ。苦楽をともにした仲間と一緒に騒ぐのだからその楽しさも一入ひとしおである。

 しかし、酒場には不確定要素がとても多い。みんな酒を飲むわけだから当然前後不覚になる奴は後を絶たない。それで勝手に酔い潰れるのならなんてことはないのだが、いい意味でも悪い意味でも他人に絡む奴がいる。


 「ぃよぉ、ねーちゃん、あんた美人だなぁ」


 まだ若そうに見えるが頭に髪の毛が1本もない戦士風の男が、突然ローラに絡んできた。まるで茹で蛸のように赤いその男はローラの肩に手を回して顔を近づけようとする。


 「ちょっ、何するんですか?!」


 驚いたローラは慌ててその手を振り払って顔を遠ざける。いきなりあんなことをされたら当然嫌がるわな。


 「俺と一緒に飲もうぜぇ。金はあるんだ。好きなだけ飲み食いできるぜ!」

 「いりません。仲間がいますから」


 男はローラにはっきりと拒絶されたわけだが、無視して尚も誘ってくる。しかも、今度はメリッサもだ。


 「なぁ、お前らぁ、そんなシケたガキなんかよりも、俺と飲んだ方が絶対いいって!」

 「いや、だからいらんっちゅーとるやん」

 「そういうなって。俺はただの冒険者なんかじゃねぇぞ。魔王討伐隊のメンバーでもあるんだぜ。その話も聞かせてやるからよ」


 俺も含めてライナス達はその酔っ払いの言葉に驚いた。話には聞いていた他の魔王討伐隊のメンバーが目の前に突然現れたからだ。しかも酷い出会い方である。とても話を聞きたいとは思わない。


 「ですからいりませんって」

 「そういうなよぉ。俺んところにきたら、ライナスに会わせてやっからよぉ」


 3人の視線が一斉にライナスへと向けられる。もちろん俺もだ。合計4人分の視線を受けたライナスは慌てて首を横に振った。


 「ライナスって、去年イーストフォートで四天王を撃退した奴か?」

 「ああ? はん、そーだよ。俺はあのライナスの知り合いなのさ! へへ、俺は特に仲が良いからよ、舐めた真似をする奴はみんなぶっ飛ばしてくれるんだぜ!」


 バリーに問われて嫌そうな顔をした戦士風の男だったが、それでも機嫌良くしゃべる。

 そして俺達はその衝撃的な話を聞いて固まった。初めて聞くことばかりな上に、突っ込みどころしかない。恐らくこの酔っ払いは人の威を借りていい思いをしようとしているんだろうが、よりによって本人のいるパーティにちょっかいを掛けるとは豪快すぎる。


 (噂がかなり広まっている上に、利用する奴も出てきたんだな)


 そういった可能性は確かに考えたこともあるけど、まさか自分達がその被害者の立場に立たされそうになるとは思わなかった。まぁこいつも、自分が本物のパーティに突撃しているとは思ってないだろうな。


 (確か前に聞いた噂だと、ライナスは貴族でバリーが巨人ジャイアントのような巨漢だったよな。そうなると、本物だと名乗っても信じてもらえなさそう)


 それに、こうやって噂を利用している奴がいるとなると、本物だと証明しないと信じてもらえないということもある。俺達からするとばかばかしい話だが、偽物が横行しているとなるとそうなってしまうのだ。


 (教会に行ってローラに証明してもらうこともできるけど、面倒すぎるよなぁ)


 こういうときに大きな組織とつながりがあるのは便利であるが、酒場でのいざこざでいちいち教会になど行ってられない。


 「あの、俺達4人で楽しくやってるんですから、そっちも仲間内で楽しくしていたらいいでしょう」

 「うるせぇんだよ、てめぇは黙ってろ」


 どう見てもしょうもない男はナンパに水を差されたと思ったらしく、うっとうしそうに目を向けてそう言い放つと、再びローラとメリッサに視線を戻した。

 ああ、駄目だこいつは。酔ってるのもあるかもしれないが、元々性格に問題がある奴なんだろうな。

 それがわかった時点で、俺は穏便にお引き取り願えないと判断した。口のうまい奴がいたら何とかなったのかもしれないが、生憎俺達5人はこういうときにどう言えばいいのかわからない。

 だから俺は、拘束バインディングの魔法でまずこの男の動きを止めた。


 「なっ?!」


 今のこいつは声を上げることすらできずに立ちすくむだけだ。その顔には驚愕の感情が溢れている。

 一方、ライナス達も驚いていた。何しろナンパをしていた戦士風の男が突然その動きを止めてそのままなのだ。何が起きているのか把握できていない。


 (拘束バインディングで動きを止めた。どうやっても穏便に引き下がってもらえる方法が思いつかなかったから)

 「どーすんだ、こいつ」


 バリーが固まった男を見ながら呟く。そこまでは考えていなかった。

 ライナス達もさすがにどうしたらいいのかわからないようで、お互い顔を見合わせたままだ。


 (そうだ、カウンターの横に立たせておこうか。さすがに店の外に放り出すのはよくないし)

 (仲間がおったら面倒やないか?)

 (こうなった時点でどうにもならないよ。それに、仲間もこいつと似たような奴だったら、全員に拘束バインディングを掛けて一列に並べよう)


 俺と会話をするとさすがにまずいと考えたメリッサは、精神感応テレパシーで話しかけてくる。

 ただ、もし戦士風の男に仲間がいるとするなら、そろそろ異変に気づいてもよさそうなものだ。しかし、こっちの様子を酒の肴にしている奴はいても割り込んでくる奴はいない。もしかして1人なのか?


 (助けが来る様子がないから、ライナスとバリーでカウンターの横まで運んだらどうだろう。いつまでもこのままにしておくわけにはいかないだろ?)

 (これ、いつまでこのままなのよ?)

 (2時間くらいだよ。店じまいの後もそのままだと店の人が困るだろう?)


 そのくらいは考えている。ライナス達の宴会が邪魔されなければいいだけだ。


 「よし、それじゃやるか、ライナス!」

 「え、あ、ああ」


 思い切りのいいバリーはこれ以上待っていても埒が明かないと判断したようで、さっさとこの固まった男を移動させることにしたようだ。ライナスもそれに釣られて席を立ち、男に近づく。


 「お、おまっ……!」


 男は近づいてくるライナスをじっと見て目を見開いている。バリーがライナスの名前を呼んだからだろう。本物と信じているかはわからないが、その可能性はあると思っているかもしれない。

 そんな男の驚きに気づかないまま、2人はローラとメリッサにちょっかいを掛けてきた輩をカウンターの横にまで運んだ。給仕や周囲の客は戸惑っていたがとりあえず無視である。


 「あー、終わった終わった。飲み直そうぜ!」

 「仲間はいないのかな?」

 「この様子だといないみたいね」

 「はぁ、ほんまに鬱陶しいやっちゃなぁ」


 カウンターの横に目を向けるとあいつの背中が見える。さすがに真っ正面からさらし者になるのはかわいそうということで壁に顔を向ける形で立たされているが、それはそれで面白い。


 「自業自得ということで諦めてもらうか」

 「そうよね」


 これを穏便と言っていいのかわからないが、乱闘になるよりかはましだと思う。あっちは腸が煮えくり返っているんだろうけど、もうそれは考えない。


 「さて、新しい酒とチーズでも注文するか!」

 「バリー、あんたさっきもチーズ頼んでたやん」


 周囲の注目もだいぶ逸れてきた。注目されるとしてもカウンターの横で固まっているあっちにだ。ようやく落ち着いてきた。

 こうしてライナス達は宴会を再開させる。あれだけ威勢がよかったので仲間くらいはいると思っていたが、そうでなくてよかった。さすがにこの後は何事もなく4人は酒の席を楽しむことができた。こういったことは勘弁してもらいたいものだな。

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