フォレスティアへの案内
後になってから気づいたんだが、何の伝手もないフォレスティアに着いてからどうやって相手に話をすればいいのか何も考えていなかった。『融和の証』をジルに返すというだけならそこの住人の誰かに渡せばどうにかなるものの、俺達の目的は妖精の助力を得ることだ。ダメ元で来ているという面はあったが、どうせならしかるべき人物──あるいは妖精──と1度は交渉しておきたい。もっとも、その伝手がないからフォレスティアに向かうのさえ苦労しているんだが。
だからこれは、不幸であると同時に好機であるのかもしれない。そう思いながら俺は周囲を見渡した。
『止まれ、お前達は誰だ?』
目の前にいる耳の長い端正な顔立ちの男──金髪碧眼の典型的なエルフ──が俺とライナス達に問いかけてきた。ああ、ちなみに、俺は妖精と接触してからずっと姿を現している。人間だけだと警戒されるけど、ヤーグの首飾りを身につけている俺の姿を見ると、妖精の警戒心がほぼなくなるからだ。
周囲には何人か、矢をつがえているエルフや魔法を唱えようとしているエルフがいる。しかし、どのエルフの顔にも困惑した表情が浮かんでいた。
もちろん正面から問いかけてきたエルフもそうだ。単純に外敵と判断したならば、いきなり攻撃するなり拘束で身柄を押さえてしまえばいい。だが、そうしていないということは、少なくとも敵と判断しきれない何かをこちらに感じているということなのだろう。
(私はユージといいます。この人間4人は仲間です。ただし、人間の言葉しか使えません)
エルフの使っている言葉は聞き取りにくかったが、何とかわかったので俺は精霊語で返した。エルフの使っている言葉がエルフ語というものならば、精霊語とは親戚関係にあるのかもしれない。
『お前は精霊語を使えるのか?』
(元人間の幽霊だから王国語もね)
俺が精霊語を使えるのが意外だったらしい。
そしてここから、俺達が何者なのかということを説明することになった。
最初は俺からで、人間の守護霊をしていると伝えると驚いていた。ついでに言うと、注目されていたライナスも驚いていた。そして、ヤーグからもらった首飾りを見せながらその経緯を説明すると、ようやく納得してくれたようだ。
『怪しい奴等が近づいてきていると警戒していたが、どうしても敵だとは思えなかった。原因はそれか』
代表して俺達を尋問しているタリスと名乗ったエルフが納得顔で頷いた。
他にも、ジルに精霊語を習ったって言ったら再び意味で動揺していたな。どうして驚いていたのかまでは教えてくれなかったが。
そして次はライナス達である。言葉を話せるのが俺だけなので、1人で何とかしないといけない。
少し考えた後、まずは『融和の証』についての話から始めた。とある理由で、かつて妖精から『融和の証』を送られた人物の末裔にこれをジルに返すように頼まれたので、持ってきたと伝える。その後にメリッサが馬の形をした精霊から降りて、『融和の証』をタリスに手渡した。
『確かに本物のようだな』
タリスをはじめとして、数人のエルフが『融和の証』を手にとって注意深く見ていたが、誰もが驚いた表情のままだ。
(すぐに本物ってわかるのか?)
『ああ。この『融和の証』の文章が書かれている板は、我ら大森林の民が特別な誓いをするときにしか使わない特殊なものだ。それに、この板に文字を彫ることも我々にしかできない』
なるほど。人間に偽物が用意できないから一発で信用してくれたのか。
そしていよいよ本題である、魔王を討伐するために協力してほしくてライナス達はフォレスティアに向かっていることを伝えた。
『魔族と人間の戦いに、我々を巻き込もうというのか』
閉鎖的だとは思っていたからタリス達が険しい顔になるのは予想できた。しかし、言っちゃ悪いが警備兵程度に追い返されるわけにはいかない。
(直接戦争に参加してほしいって言ってるわけじゃないですよ)
そう、別に王国軍と魔王軍の戦争に協力してほしいわけじゃない。あくまでもライナス達に協力してほしいのだ。この4人が直接魔王を倒すことに協力してほしいと説明すると、今度は呆れられた。
『魔界の魔王とやらは、そんなに隙だらけな魔族なのか?』
俺もその点は疑問に思っていたので一瞬言葉に詰まるが、ここで黙るわけにはいかない。
(あくまでも魔族の侵攻を止めるための手段の1つです。実行可能な手段は1つでも持っておくべきでしょう?)
『とても実行可能な手段とは思えないんだがな』
そうだよなぁ。俺も言ってて嘘くさいって思うもんなぁ。
(ともかく、ジルが私達に協力してくれていたっていうことは、妖精にとっても無関係じゃないっていうことではないんですか?)
『……その話が本当ならな』
苦し紛れに言ったことだが意外と痛いところを突いたらしく、タリスの顔が歪む。
こういう話はもっと上位の人物と交渉しないといけないから、とりあえず問題を先送りするように仕向けたい。
(ここで話をしていても埒が明かないと思うので、せめてフォレスティアでジルと話をさせてもらえませんか?)
『む……』
(それに、『融和の証』をジルに返さないといけませんし)
『……とりあえずこの件は保留にする。フォレスティアには案内しよう』
よし、とりあえずフォレスティアにまでは行ける。
「ユージ、どうなったんだ?」
(こっちを信用したわけではないけど、フォレスティアにまで案内してくれるってさ)
エルフ達の表情から歓迎されていないことはわかっていたライナス達に、今までのやり取りを簡単に教える。
「とりあえず街の中には入れるんやな。でかしたで、ユージ」
「ただ、残念だけどいい待遇は期待できなさそうね」
「ま、とりあえず先に進めるんだからいいじゃねぇか!」
誰もが一様に不安を抱えながらも、俺達はエルフの案内を伴ってフォレスティアに向かうことになった。
古典的なファンタジー小説なんかだと、妖精やエルフっていうのは自然と共に寄り添って生活していることが多い。だから、人間のような人工物は嫌うんだよな。
俺の乏しい知識でもエルフはそんな印象だったので、きっとフォレスティアという街もそうなんだろうと予想していた。そして、その想像は正しかった。
「おお、これは……!」
「すげぇ!」
葉と幹と苔の色を基調としたその全容にライナス達は圧倒されていた。
直径が20アーテム以上もある樹木が当たり前のように林立しており、当然その幹からは木の幹といっていいくらいの枝が八方に伸びている。人が乗っても折れそうには思えない。その枝からは別の枝へと木製の吊り橋があつらえてある。そして、当たり前のようにエルフらしき者達が往来していた。
また、周囲にはたまに精霊が漂っており、その間を縫うように小さな妖精が行き交っていた。
(幻想的な光景だな)
わかっていても実際に目の当たりにするとそう思う。他の4人は声もない。
『これが我らの都、フォレスティアだ』
多少得意げにタリスが自分達の都を紹介した。感じは悪いが、妙に様になっていたので言い返せない。
そうして森との境がはっきりとしない街にいつの間にか入ったかと思うと、とある木の根にできた大きな空洞に案内された。中には木製のテーブル1つと椅子8つがある。
ライナス達はその手前で馬型の精霊から降りた。
『私はこれからお前達のことを報告しに行く。その間はここで待ってもらう。それと、できれば『融和の証』を渡してもらえないか。その話をしたら間違いなく見せるように言われるからなんだが』
どうせ確認するために提出を求められるのなら、先に持っていっておきたいということか。ここと別の場所を何度も往復する手間を省きたいんだろう。
(『融和の証』を渡してほしいって言ってるよ)
「渡してもええんか?」
(どうせ向こうに渡すつもりだったんだしいいんじゃないか? 何にしろ、フォレスティア側に渡せれば、あの領主の依頼は果たしたことになるだろうし)
「最悪戻ってこなくても役目は果たしたっていうことね」
そういうことだ。どのみち最終的には渡さないといけないんだし、だったらもめる前に事を運んだ方がいいだろう。
王国語で軽く相談した後、メリッサは『融和の証』をタリスに手渡す。
『ありがとう。それではそこで休んでいてくれ』
そう言い残すと、タリスは2人のエルフを従えて街の奥へと去っていった。残ったエルフは2名だ。こっちを監視するためだな。
(さ、中に入ろうか)
俺に促された4人は空洞の中に入って背嚢を降ろすと椅子に座る。俺も続いて中に入ろうとしたが、ふと連れてきた精霊をどうしようか考え込んだ。
振り向くと、そこには馬型の土の精霊4体と人型の水の精霊1体がじっとしている。
(あの、これここに置いておいてもいいですか?)
俺は残ったエルフ2人に聞いてみた。しかし、2人は顔を見合わせるとしばらく沈黙する。
『せめてそこの脇に寄せてくれ』
入り口の正面に精霊を5体も置くとさすがに邪魔だよな。俺は言われた通り、入り口の脇に5つの精霊を移動させた。
俺も空洞の中に入ると4人の輪に加わる。
(やっとフォレスティアに着いたな)
「俺達の扱いってどうなってるんだろう」
「中途半端に話が信用できる不審者なんやろな」
「少なくともお客じゃないわよね」
明らかにそれ以下だよな。予想はしていたから驚きはないけど。
「それよりも、返事はどうなんだろうな。最悪話もできずに追い出されるかもしれねぇんだろ?」
バリーの言う通りだ。『融和の証』はこっちで返しておくからお前達は出て行けって言われる可能性は充分にある。一応、ジルの名前を出したからここまでたどり着けたけど、それ以上はどうなるかわからない。
「ねぇ、ユージ、前から気になっていたんだけど、どうしてジルはあなたに精霊語と精霊魔法を教えていたの?」
(アレブのばーさんに頼まれたからじゃないのか?)
「そうじゃなくて、どうしてあなたに言葉と魔法を教える気になったのかなって聞いてるのよ」
ああ、そういうことか。そういえばそうだよな。オフィーリア先生は魔王に何か因縁があったみたいだけど、ジルは別にないはずだよな。あーそれをいうならエディスン先生もわからないなぁ。
(そういえば聞いたことないな。俺やライナスに何かあったんだろうか)
ジルは平均的な妖精と同じように好奇心旺盛だが、同時に飽きやすい性格でもある。そのジルが何年も俺の教育をしてくれるなんて相当なことだ。余程の理由がないとそんなことはしてくれないだろう。
(今度ジルに会ったら聞いてみようか)
案外、この理由が協力を取り付ける決め手になるのかもしれない。
ともかく、今は待つしかない。
ということで、俺達はタリスからの連絡が来るまでこれからどうなるのかということを色々話し合っていたのだが、そこへ妖精や精霊などが寄ってくる。主に俺と外で待機している精霊5体にだ。
「相変わらずユージにばっかり寄ってくるなぁ」
(うーん、やっぱり精霊に近い幽霊だからかなぁ)
妖精は今までと同じように質問攻めをしてくるのに対して、精霊は俺の周りをふわふわと漂うだけだ。精霊語で話かめてみたけど無反応ということは、下位精霊ということか。
(しばらくはこいつらと遊んどくか)
次第に数が増えてゆく妖精と精霊を見ながら、俺達はこの小さな生き物たちと戯れ始めた。




