意外と簡単? 妖精とのコンタクト
聖なる大木に教えてもらったフォレスティアの位置はとても曖昧なものだった。何しろ、大森林の真ん中にあるという一言だけだったからだ。そりゃ端っこから順に探していくよりかはましになったが、全容すらわからないほど広い大森林の中を丹念に探していたら何年かけても足りない。
ここで少し大森林とフォレスティアについて話をしておこう。
この大森林とは、大陸の南部一帯に広がる森のことだ。魔族の住む魔界が大北方山脈によって王国と分断されているのに対して、こちらは北を南方山脈、東を竜の山脈、西をドワーフ山脈によって隔てられている。一般的には妖精の古里と呼ばれており、ジルのような妖精がわんさかといるらしい。それ以外にもたまに精霊が彷徨っていたり、後は好んで森に住むエルフという長命種族も住んでいるそうだ。
魔界とは違ってこの大森林は一部が王国と平地で接している。そのため、直接大森林へ入ることはできるのだが通常は誰も入らない。ここには当然魔物も生息しているのだが、王国内にいる魔物よりも強いので少数の人間では太刀打ちできないからだ。これでその魔物が王国側へ出てきたら人間もどうにか対処しないといけなかったところだが、幸いにしてそうしたことは今まで1度もない。エサが豊富にあるんだろう。
そして、フォレスティアはそんな大森林の中央にあるらしい。妖精の都と呼ばれているらしいのだが、何しろ人間は誰も行ったことがないのでわからない。そもそもジルみたいな妖精に街が必要だと思えないし、あんなのばかりだったら街の設備なんて絶対に管理できないよな。せめて聖なる大木のヤーグさんくらいしっかりした人、じゃなくて樹木がいないと。いるのかな?
ということで、そんなよくわからない場所の位置を曖昧に教えてもらってもどうにもならないわけだが、そこは何とかなるらしい。
(ユージ、お前に与えた首飾りが導いてくれるだろう)
これ、そんな便利な機能もあったのか。その割にはここに来るまで全然導いてもらえなかった気がする。
(導いてくれるっていうのは、フォレスティアがどこにあるのかわかるということですか?)
(知性ある者に問いかければ、教えてくれるということだ)
道すがら誰かに聞けということか。この首飾りをしていたら仲間と判断してくれるから、問いかけに対して返事くらいはしてくれるということなのだろう。
「大森林には知性ある者がたくさんいるのでしょうか?」
(妖精ならばよく見かけるはずだ)
そうか、ジルがあれだけふらふらしてるんだから、他の妖精も大森林のあっちこっちを彷徨っているか。きちんと答えてくれるかどうかがかなり怪しいが、最悪方角だけでもわかれば何とかなる……と思いたい。
「あ、けど、あんまり遠いと保存食が足りんようになるんと違うか?」
(それは考えてなかったな)
俺には必要のないものだからな。けど生身のライナス達には必須だ。森に食べられるものがあればいいんだが、人間が食べられるものってどのくらいあるんだろう。
「ヤーグさん、俺達人間でも食べられるものって大森林にありますか?」
(妖精の食べられるものなら大丈夫だとジルが言っていたな)
ジルが言っていたっていうところに不安があるものの、恐らく果物でもあるんだろう。妖精が他の動物を獲ったりするのは想像できないしな。逆に捕食されるところしか思い浮かばない。
「最悪、獣を獲ったらいいんじゃねぇの?」
(それはまずいんじゃないか? 首飾りで仲間と認識してくれている奴を食うってことになるぞ)
「確かにそりゃやりにくいな……」
首飾りのおかげでこっちを敵視しない獣や魔物を殺したとなると、その後の反応がどうなるのか予想できない。最悪周り全てが敵になる可能性だってある。大森林のまっただ中でそんなことになったら脱出することなんてまず無理だ。
「そうなると、知性ある者の導きが鍵となるのか」
「道案内と食べ物の調達ね。どちらも重要だわ」
迷子になったあげく飢え死にしないためにも妖精の協力が必要ということか。頼み事をする前から頼りっぱなしだな。フォレスティアに着く前から話がしにくくなりそうだ。
(ともかく、お前達が害をなさなければ、大森林は迎え入れてくれるだろう)
若干の不安を抱きつつも、一応フォレスティアへの行き方を知ることはできた。これ以上のことは望めそうにないので、俺達は聖なる大木の助言を信じて大森林へ向かうことにした。
聖なる大木の元を去ってから改めて突きつけられた現実として、大森林の中をどうやって移動するのかという問題があった。道すがら妖精達に話を聞けばいいとはいっても、どのくらい進めばいいのかということは相変わらずわからないままだ。そんな状態で数百オリク、場合によっては1000オリク以上も延々と移動し続けるというのは精神的にかなり辛い。生身の俺なら絶対に心が折れる。
妖精の湖の畔まで戻ってきたときに俺がその話をすると、全員が眉をひそめて唸った。
「確かに、際限なく歩いて進まないといけないっていうのはかなりこたえるな」
「あー、やる気がなくなると体は動かなくなるよな。稽古してたときによくあったぜ」
「旧イーストフォートのときは、まだ目的地がはっきりとしていたから良かったのよね」
「それでも変化のない砂の山を延々と見続けたんはきつかったわぁ」
そうなると、いつたどり着くかもわからないまま森の中を歩き続けるのは危険すぎる。
「ユージ、精霊を召喚して何とかできないか?」
(そうだな、土の精霊を呼んで馬の形になってもらおうか)
以前、水の精霊で馬の形にできたんだから土の精霊でもできるはず。その上に4人を乗せていどうすれば、少なくとも疲労の限界による精神的な挫折は避けられるだろう。
大森林内を移動する方法が決まると、俺は連れてきた水の精霊と土の精霊を再び船の形に変えた。2回目ともなると乗り込むライナス達も慣れたものだ。
全員が乗り込むと船を動かす。今度の目的地は妖精の湖の南岸だ。南方山脈の西端に沿って移動してゆく。
相変わらずそよぐ風は冷たいがもうすぐ春先だ。たぶん帰りは暖かくなっているだろう。
湖上の移動ができるのならば、大森林へ向かうのは簡単だ。聖なる大木にもらった首飾りのおかげか、湖の魔物に襲われることもなく妖精の湖の南岸に着く。
そしてすぐに、土の精霊を3体召喚した。これで船になってくれていたやつと合わせると4体だ。数が揃ったところで俺は、かつてのように土の精霊へ馬の形になるように命令した。
「あー、うん、乗れるんだったらいいんじゃないかな?」
「そうだな。俺は何だっていいぜ」
ライナスとバリーの心遣いが俺の心をちくちく刺す。その視線はもちろん土の精霊へ注がれていた。
いや、馬の形にはちゃんとなってるんだよ。誰が見たって馬って答えてくれる自信はある。当然人が乗っても問題ない。問題なのは馬の造形だ。ほら、ずっと昔にやっていた某お子様向け番組の土偶型の王子にいつもくっついてた土偶型の馬みたいなんだよ。変形させるときは命令者の想像力が影響するのは知ってるけど、まさかほぼそのまんまの姿になるなんて命じた俺もびっくりだ。
「か、変わった形の馬ね」
「前にジルとやったときとは違って、えらい角張ってんな」
おかしいな、ジルと一緒に水の精霊を変形させたときはちゃんとした馬の形になったのになぁ。
「ユージ、ちゃんと乗れるんだろ?」
(もちろんだ、性能は問題ないはずだ)
断言できないところに自信のなさが滲み出ているが、とりあえず棚の上に放り上げておこう。
ライナス達が乗りやすいように4頭とも馬の背の高さを下げる。土偶型の馬なので当然脚を折り曲げるというようなことはできない。そのままずぶずぶと膝の辺りまで地面にめり込んだ。まるで地面から馬の土偶が生えているみたいである。寂れた公園にでも並んでそうだな。
「あら、見た目よりも柔らかいのね」
そりゃそうだ。本物の土器じゃないんだからな。鞍も鐙もちゃんと用意してあるから乗り心地も悪くないはず。
全員が乗ったところで馬を少しだけ地面から浮かせる。よし、これで用意はできた。
「せや、ユージ、後ろにおる水の精霊はどうするつもりなんや?」
(ああ、これはそのまま連れて行く。道中で水が足りなくなったらこいつに補充してもらうんだ)
水の精霊なんだから水の魔法はお手の物だ。せっかく召喚したんだから少しでも役に立って帰っていってほしい。
「どうりで解放しなかったわけだ」
「頭いいな!」
食べ物はどうにかなるかもしれないが、水はできるだけ自分達で用意したい。こんな大自然のまっただ中じゃ未知の病原菌がいないはずがないからな。
ようやく準備が整った俺達はゆっくりと大森林の中へと入っていった。
大森林に入ってみた第一印象は、小森林と変わらないというものだった。妖精の湖を挟んでいるとはいえ、元は繋がっていたんだからある意味当たり前ともいえる。中は思った通り蒸し暑い。恐らく王国の暦だともう3月に入っているはずだが、大森林の中は夏と雨季が一緒に来たようだ。
当初は東側に南方山脈の西端が、西側にドワーフ山脈の東端がせり出すように迫ってきていたが、そこを越えると森一色だ。俺が木よりも上に浮いて確認してみたが、地平線の彼方まで緑のみである。砂漠の砂一色とはまた別の意味で圧倒された。
そして問題はここからだ。まずはフォレスティアのある方角がどちらなのかを知らないと進むことすらできない。ということで手近にいる妖精に訪ねたいところなんだが、全く姿が見えない。
試しに捜索をかけてみると、
(うお、意外といる?!)
しかも俺達を取り囲むようにしてだ。隠れてこっそりと見ているのか?
俺がライナス達に事情を話すと4人は微妙な顔をした。
「やっぱり人間が怖いのかしら?」
「案外この馬にびびってんのかもしれねぇな!」
「けど、その割には遠巻きにこっちを見てるんやろ? 好奇心旺盛っちゅーのは事実みたいやな」
フォレスティアにすぐ着くんだったら別にこのままでもいいが、こっちは色々聞きたいことがあるからなぁ。
「ユージ、姿を現したらどうかな? パムもそれで話ができるようになったろう?」
(そういえばそうだな)
ジルと再会するきっかけを作ってくれた人魚だったな。確かにライナスの言う通り、俺の姿を見てから一応会話ができるようになった。
早速俺は自分の姿を現すことにした。次第に珍しくなくなってきた半透明の姿に4人が視線を向ける。
(これで誰か近づいてくるかなぁ)
しばらくは何の変化もなかった。まぁ、いきなり半透明な霊体が現れても警戒するわな。
そこで俺は、ライナス達から少し離れた場所を漂うことにした。パムと同じように人間を警戒しているのなら、俺に近づきやすいようにすればいいはずだ。
すると、我慢しきれなくなった妖精の何人かが、俺を遠巻きに見ながらうろちょろするようになる。もう少しか?
(こんにちは)
俺は目についた妖精に挨拶をしてみた。もちろん精霊語でだ。同じ外国人でも自国語を話す人とならしゃべりやすいことを意識してだ。
(え?! 精霊語がしゃべれるんだ!)
ジルの半分くらいしかない女の子の妖精が驚いて寄ってくる。いきなり警戒心がなくなったな。
(ああ。フォレスティアのジルに習ったからな)
(ジル様に! 本当?!)
近づいてきた妖精が間近で俺のことをじろじろと見る。人間にされるとぶしつけに思えるのに、妖精に同じことをされても何とも思わないのは不思議だな。
そんなことを思っていたら、もう大丈夫だと思ったのか、周囲の妖精が一斉に俺へと向かって来た。初めてのことだったので少し怖かったのはないしょだ。
「うわぁ、すごいことになってんなぁ」
「火に群がる羽虫みたいだな」
お前は色々と失礼な奴だな、バリーよ。
ともかく、これで誰にも道を尋ねられないせいで路頭に迷うことはなくなった。聞いても迷子になりそうな気はするが。




