小森林内の王国公路
アレブのばーさんとの話し合いで当面の目標が決まった俺達だが、すぐに王都を出発したわけではなかった。旅の疲れを癒やすために滞在したわけではない。ローラが教会でとある手続きに追われていたからだ。
その手続きとは、先日疑惑の目を向けることになった聖騎士フランク・ホーガンの正式な調査依頼である。これ以上聖騎士団の地位を利用して色々と画策されるのはよくないと判断し、聖騎士団に内部調査をしてもらうことにしたのだ。
本来なら一介の僧侶の意見で組織が簡単に動くことなどない。しかし、聖女と呼ばれる程の名声がある上に、ノースフォートやイーストフォートで活躍した人物の要請である。しかも、聖騎士団そのものがその功績に対して感状を出すという形で評価しているのだ。
更に、大ざっぱとはいえ、過去200年間の記録を調べた結果も添えてである。これでは無碍にできない。
「聖騎士団の高い地位に就いていらっしゃる方にお願いしたら、快く引き受けてくださったわ」
と、いい笑顔でローラは説明してくれた。けど、それは聖女の浮かべていい笑みじゃないですよ。
それはともかく、俺達の推測だとフランク・ホーガンは人間ではないということになるが、残念ながらそれを証明するものはない。ただ、正式な手順で入団していない可能性はあるので、その線から逮捕することができるかもしれないそうだ。
「ともかく、これでフランク・ホーガンという聖騎士は身動きが取れなくなったわ」
まずは尋問してからだな。この聖騎士が人間であろうとなかろうと書類を偽造して入団した可能性が高いので、どうしてそんなことをしたのかという目的を知る必要がある。こっちとしては、去年本人が自分から接触してきただけに不気味なのだ。しかもジャック達にも関わっているようだし、偶然には思えないのだ。
「いややけど、これから絡んできそうやな、こいつ」
メリッサの言う通りで、何らかの形で色々と邪魔をしてきそうな気がする。こっちは忙しいってのにな。
王都でできるだけのことをした俺達は一路ウェストフォートへ向かった。再度小森林に入るにあたって、しっかりと準備しておきたかったからだ。
冒険者ギルドで北回り街道と南回り街道の分岐点であるラザまでの隊商護衛を引き受けると、王都から王国公路沿いに西へと進む。相変わらずこの辺りの隊商は、空から魔族に襲われることを気にして遠距離攻撃のできる冒険者を中心に雇っていた。条件はライナス達が見習いのときと同じだ。
「さすがにこの辺りやと、盗賊には襲われる心配はないなぁ」
「代わりに魔族に襲われることはあるけどね」
ライナスの返答にメリッサが目を見開く。そう言えば、ライナス達が見習い時代に魔族の襲撃を受けたってことはまだ話してなかったか?
「あれかぁ! 俺は何にもできなかったなぁ」
「魔族と鳥の魔物だったよな。あれじゃ仕方ないよ」
俺達はそのときのことをローラとメリッサに話す。結局、気づいたら去っていったので俺達はほとんど何もしていなかったこともだ。
そうやってライナスとバリーの見習い時代の話を交えながら護衛をしていると、無事にラザへと着いた。
西方地方の香りが漂い始める中継都市で、ライナス達は次にウェストフォートまでの隊商護衛を探した。王都を出発して目的地がウェストフォートという隊商はなかなかいないが、ラザからなら比較的多いのだ。こういうことは冒険者をやっていると次第にわかってくる。
数日後、ライナス達が護衛する隊商がラザを出発した。南回り街道の発起点であるラザを出発する隊商は毎日多い。その多数の荷馬車に紛れて動き出す。
「う~ん、なんにもねぇなぁ」
「何言ってるのよ、バリー。いいことじゃないの」
「そうやん、何もせんと報酬がもらえるんやで」
ラザを出発して10日が経過したが今のところ何も起きていない。この辺りは小森林の東側で、ウェストフォート近辺と同様に日々開拓民が耕作地帯を広げようとしていた。もう100年単位で開拓されている年季の入った開拓地域だが、まだ手つかずの場所が多い。
ちなみに、王都の北部に集まっている難民の移住先として王国が指定している場所でもある。ただ、王都から距離が遠いために難民が自力で向かうことができないため、難民問題の解決にはあまり役立っていない。
「王国も少しずつ難民をこちらに誘導しているんだけど、思うようにいってなかったんだよな」
「こっち側に来たとしても、衣食住や開墾するための道具はただと違うしな。なんぼ租税が何年かないとしても、自力で何とかするんはきつすぎるわ」
「教会も手伝ってるそうだけど、なかなかうまくいってないのよね」
周囲の風景を見ながら、ライナス達はそれぞれ思うところを述べる。
王国公路近辺は既に開発されたところばかりなのでそうでもないが、中央山脈や南方山脈に近い開拓村だとかなり苦戦しているらしい。ノースフォートの南側なんて中央山脈当たりまでかなり開拓されているのに、その反対側は全然手つかずというのも不思議な話だな。
開拓村のある平野部を過ぎると、南回り街道は小森林へと入ってゆく。規定により王国公路の道幅は他と同じ広さはあるし、道から50アーテムの範囲は木々が伐採されていている。そこには1アーテム前後の草が延々と生えていた。だから一見すると穏やかな森の中の街道のように見える。
しかし、実際には割と危険なところだ。無理矢理街道を森の中に貫通させたので、獣や魔物が往来することがあるからだ。草食動物が往来するなら大したことはないのだが、当然腹を空かせた肉食動物や攻撃的な魔物が往来することだってある。これをやり過ごしたり撃退したりするのが結構大変なのだ。
幸い、複数の商人が集団で通過すれば大抵は何とかなる。何十匹というような大集団で襲われることはまずないので、人間側も徒党を組めば一応対処できるのだ。
もちろんライナス達の護衛する隊商も他の商人と1つの集団を作って小森林の中を進んでゆく。
「去年も通ったが、なんつーか、王国もよくこんな森の中に作ったよな」
「最初はレサシガム攻略のために作ってたらしいやんか。ノースフォートだけじゃ足りひんかったんか」
バリーもメリッサも南回り街道は初めてではないが、ここに来るときはいつもこんな感想を抱いているようだ。それは他のみんなも一緒だが。
「しかし、宿場町がないっていうのは辛いよな」
「そうね。でも、ここじゃ仕方ないわ」
通常なら王国公路沿いには必ず宿場町というのがあるのに、この小森林の中を通る南回り街道約300オリクには全くそれがない。理由は先程の獣や魔物のせいだ。危険すぎて作れないのである。
もちろん当初は作ろうとしたようだが、魔物の襲撃を防ぐための防衛費がかなりかさむということで王国は宿場町の建設を諦めている。
そうなると当然森の中では野宿ということになる。そういった意味でも、なるべく大集団で移動するのが望ましいのだ。
現在は、小森林に入って3日目の夜である。これまでは大集団である効果なのか獣にも魔物にも襲われていない。
各隊商の荷馬車は王国公路の中央に方陣の形で止められていた。他の地域なら街道の脇に陣取るのだが、小森林の中は危険なので最も視界が確保できるように陣取っているのだ。そして、商人も雑役夫もそして冒険者も全て荷馬車の上やその近くで寝ている。
「ライナス、順番だ」
「ん、あ、ああ」
バリーに肩を揺らされたライナスが目をこすりながら起きる。時刻は真夜中、隊商の不寝番をこれからしないといけない。隣ではローラがメリッサに起こされていた。
「おはよ、ライナス」
「うん、おはよう」
周囲は意外と明るい。月明かりなのではなく、魔法の光明がいくつも空中に浮かんでいるからだ。ただし、不寝番よりも20アーテム先に全ての光明も浮かんでいる。光源のそばにいると周囲が見えないからだ。
「ごゆっくり~」
寝床から離れていく2人に対して、最近のメリッサはこんな言葉を投げかけるのが当たり前になっていた。もちろん戻ってきたときは「先程はお楽しみでしたね」だ。ローラは口を尖らせて怒るが、メリッサはどこ吹く風である。
2人の担当場所は方陣の南東の端だ。端だけに視界はやたらといい。
「うう、寒いわね」
「2月だからなぁ」
王都を出発してからもう少しで1ヵ月になろうとしている。春先までもう少しなのだが、まだまだ寒い日々が続く。
すぐそばにある小森林南部の中に入れば暖かくなるんだろうが、危険なので近寄らない。冒険者だけならともかく、商人や雑役夫は無理だろう。
「確か一昨年よね、聖なる大木を見つけるために小森林に入ってたのって」
「北側はともかく、南側はきつかったよな」
ローラとライナスは白い息を吐きながら言葉を交わす。さすがに不寝番なので森を眺めながらだが、2時間の役割を果たすための格好の暇つぶしだ。
「でも不思議よね。森の中にいる方が怖いはずなのに、こうやって森の外にいても同じくらい不安になるなんて」
「きっと夜だからだよ。昼はそうでもなかっただろう?」
「確かにそうね。真っ暗で何も見えないっていうのは怖いわ」
「しかも、夜行性の獣や魔物も徘徊しているからな」
俺も人間だったときはそうだったなぁ。魔物に襲われるなんてことはなかったけど、やっぱり暗くて先がわからないというのは不安になる。今は昼間同様にばっちり周囲が見えてるけど。
「それで、捜索をかけてみた結果はどうなの?」
「うーん、遠くにはいるみたいだけど、こっちに寄ってくる様子はないなぁ」
少なくとも自分達が今まで出会った獣や魔物ならば捜索で検知することができるので、不寝番で捜索が使える冒険者はたまに使っている。というより、2人一組の場合は、どちらかが捜索を使える人物にするのが常識だ。
そして今回の隊商護衛をしている冒険者の大半は小森林の獣や魔物と戦ったことがあるので、襲撃される場合は事前に相手を察知できるはずだった。例外は盗賊であるが、こんな危険な場所を根城にする連中などいないので無視していい。
俺も捜索をかけて既存の獣や魔物がこちらに近づいていないか確認する。
(問題なしか。あれ、そういえば、俺がいたら小森林の獣や魔物に襲われないんだったっけ?)
捜索をかけてようやく思い出した。確かヤーグから送られた首飾りをしていたら平気なんだったよな。
「あら、確かにそうね。だったら今まで襲われなかったのもユージのおかげかしら?」
「でも、それはユージと俺達だけなんだろう? だったら、他の冒険者や商人は狙われるんじゃないか?」
そうか、俺と俺が仲間と認めた人間だけだったか。そうなると、この首飾りの効果はあんまり期待しない方がいいな。
そんなことを2人と話していると、視界に黒い影が北から南へと横切った。場所はここから数百アーテム東の王国公路上である。視認できただけで6つだ。急いで捜索をかけてみるが無反応だった。ということは初見の相手か。
(なぁ、今さっきここから数百アーテム先の街道上に黒い影を見たぞ。確認しただけで6つの影が北から南へと横切っていった)
「相手は?」
(わからん。捜索に反応がないから、俺達にとっては初めての相手だ。犬みたいな形をしていたな)
「暗いからそんな遠くまで見えないのよね」
こういうとき人間は不利だよな。
そう思いつつ俺は念のため魔物という漠然とした条件で捜索を再度かけてみた。すると、無数の光点が小森林内に浮かび上がるが、同時に100アーテムほど先の街道脇に8つの光点を見つける。先程はなかった光点だ。この短時間に数百アーテムも走ってきたのか?
視線をそちらに向けると、1アーテム前後の草が明らかに不自然な動きをしているのがわかった。
(おい、さっきの犬みたいなのがこっちに来ているぞ! みんなを……)
起こせと言おうとしたとき、方陣の北側から悲鳴と怒号が上がる。くそ、反対側からも何かが襲ってきたのか!
そして幸か不幸か、それを合図にバリーとメリッサが跳ね起きる。
「ライナス?!」
(犬みたいなのが襲ってきた! 前へ出ろ!)
「おう!」
ローラは既にライナスの陰に隠れている。俺はすぐにライナスの長剣とバリーの槍斧に魔力付与をかけた。それと同時に何ものかがこちらに襲いかかってくる。
小森林で初見の相手な上に俺達を襲ってくる何か。俺は何となく嫌な予感に襲われた。




