当面の課題と目標
年が明けて1月の半ば、ライナス一行は王都ハーティアの南門前に立っていた。エディセカルから南回りの街道を使い、荷馬車を乗り継ぐことでたどり着いたのだ。
「ん~、久しぶりの王都ねぇ」
荷馬車から降りたローラが背伸びをしてから大きな息を吐き出す。冬まっただ中なので寒いが、強張った体をほぐすことが優先のようだ。
「イーストフォートへ行く前に観光して以来やから7ヵ月ぶりくらいかぁ」
「そう言えば、メリッサってこれで王都は2回目なのよね」
ライナス達のパーティへ正式に入ったのがちょうど1年前くらいだったか。小森林に挑んでいるときも含めるともう1年半になる。その間にメリッサが王都にやって来たのは2回か。ライナスとバリーが一人前の冒険者になってからはあっちこっちへ行ってるから落ち着かないな。本当なら王都を拠点に活動しているはずなのに。
「ライナス、中に入ったらどーすんだ?」
「まずは冒険者ギルドへ行って依頼完了の手続きからだな。その後は宿を確保して……今日はそこまでかな。明日はアレブさんに報告するつもりだよ」
「あのボロ倉庫でか」
一同は何度か行ったことのあるあの倉庫のことを思い出して微妙な表情となる。まぁ、打ち合わせをするならどこでもいいのは確かだが、お抱え呪術師としてはあの倉庫はどうなんだろう。
ばーさんに対しては既に連絡済みである。王都に着いた翌日に面会の設定をしたのは、万が一王都への到着がずれたときのための保険だ。
「まだ昼前だけど、王都に入ってから何かすることってある?」
「俺は武具屋に行きたいぜ」
「私は大神殿へ挨拶しに行かないとね。副都のときみたいになりそうで嫌だけど」
「そんならうちは大神殿の図書館に行くわ」
ライナスが王都内に入ってからの予定を聞くと、大体予想していた内容が返ってきた。少なくとも、特定の誰かだけが暇になるということはなさそうだ。
「ライナスはどうするの?」
「俺? 俺はオスカーさんとこの武具屋で武器を見てもらうんだ。新しく買った長剣と短剣を見てもらわないといけないしね」
どっちもイーストフォートで買い換えたんだよな。自分の目もある程度信用するべきなんだろうけど、やっぱり専門家に見てもらえるならそうした方がいいだろう。
「そうなると、後はこの順番待ちだけだな」
バリーが親指を前方に突き刺す。その先を見ると、割と長い行列が見えた。時間がかかりそうだ。
翌日の昼過ぎ、俺達はアレブのばーさんと会うために指定の場所へと赴いた。あの寂れた倉庫だ。
「よう来たの」
開口一番、ばーさんは普通に挨拶をしてきた。別におかしくはないんだが、これから話し合いをするのかと思うと少し気が重くなる。
ライナス達も挨拶を返すとばーさんは早速本題に移った。
「以前、お主らがイーストフォートにおったとき、大体のところはライナスから聞いておる。今日はそのときの話を元に色々と意見を交わすつもりじゃ」
こっちも既にライナスとばーさんでどんな話をしたのかということは伝えてある。もちろん交渉が必要な場合はどうもっていくのかということもだ。今回の相談の場合は交渉が必要な件はほぼないので相談することもなかったが、このばーさん相手に丸腰で臨むのはよくない。だから、今後の練習のためにもそういった打ち合わせはしておいた。
「さて、それではどれから話をしようかの」
「まずは『融和の証』からにしませんか? 今回の旅の目的でしたから」
どの話から切り出そうか迷ったばーさんに対して、ライナスから提案をしてみる。最初に旅の目的を果たしたという話からするのは悪くない。他の話は今後についてだからな、とりあえず過去の話からするというのは順当だろう。
「ふむ、よいぞ。『古の証』ではなく『融和の証』じゃったな。見せておくれ」
「これですわ」
メリッサが背嚢から『融和の証』を取り出してばーさんに渡す。
それを手に取ったばーさんは丹念に板のようなものを眺めた。
「この板が何でできているかはわからんが、精霊語で人と妖精の友情について書かれておるの。ジルがこれを作ったというのか?」
(いや、そこまでは聞いていない。単にジルに返してくれって言われただけだから)
ジルが作った可能性もあるんだが、実際のところはどうでもいい話だから聞き忘れていた。
「まぁよかろう。それで、これをジルに返さねばならんそうじゃが、問題はジルがどこにいるのかわからんということじゃったな」
あいつ明らかに放浪癖があるからなぁ。フォレスティアのジルって名乗ってるんなら、ずっとフォレスティアにいたらいいのに。
「そもそもフォレスティアってどこのことなんだ? 俺にも教えてくれ」
(大森林のどこかにある妖精の都だそうだ。場所ははっきりとはわからん)
「そんなところにどうやっていくんだ?」
バリーが根本的なことを聞いてくる。うん、それも問題なんだよね。これから調べようかと思っていたところなんだが。
「フォレスティアに行くには、大森林の住人の案内が必要じゃ。妖精の知り合いがいれば手っ取り早いんじゃがのう」
そのジルさんと会えないんですよねぇ。困ったもんだ。
「あ、聖なる大木に聞いたらどうやろか? フォレスティアへの行き方を教えてくれるかもしれへんで?」
「そういえば、お主らは聖なる大木を助けたんじゃったな。ふむ、それならフォレスティアへ至る道を教えてくれよう」
今の今まで忘れてた。確かにヤーグとは友達になってたんだよな。たぶん教えてくれるだろう。
「そうなると、次はどうやってジルに『融和の証』を返すかだよな」
「ねぇ、ライナス。フォレスティアにはジルの知り合いがいるかもしれないから、その妖精に預かってもらったらどうかしら?」
あ、それいい考えだ。フォレスティアにいるジルの知り合いに預かってもらったら確実に届くよな。
ばーさんもその案に頷く。
「どうやら『融和の証』についてはそれでよさそうじゃの。そうなると、今度は妖精にどんな協力をしてもらうかじゃな」
『融和の証』の返却は一応どうにかなりそうだったので、ばーさんは次の件に移る。
「そもそも妖精ってどんなことができるのかしら?」
ローラから根本的な質問が投げかけられた。相手が何をできるのか知らなければ助力を頼むこともできないというわけだ。しかし、残念ながら俺達は妖精について何もしらない。俺も精霊語と精霊魔法を使うために精霊については教えてもらったが、妖精については全然教えてもらってなかったなぁ。
「伝説じゃと、とある人間の王子に精霊の加護がかかった剣を与えたとあったが……」
(それなら、魔王を倒せるような武器をもらえるかもしれないってわけだ)
強力な武器がほしいっていうバリーの願いが叶うな。
「しかしじゃな、妖精は基本的に金属を扱わん。じゃから、何かしらの武器に加護を与えたと見るのが妥当じゃろう」
「ないよりましじゃねぇのか?」
(俺もそう思うが、どうせなら特別な鉱石で作られた強力な武器に加護をかけてほしいよな)
ミスリルとかオリハルコンとかな。こっちの方が、普通の金属で作った武器よりも丈夫そうだし。
「ならば、今の話をそのまま妖精にすればよかろう。協力してくれるのならば、何かしらの助言くらいはするじゃろうて」
「魔王を倒せるくらいの強力な武器はありますかってことでいいのかな」
大ざっぱに言うとそんなところだろう。そのまま言うと漠然としすぎていて困るだろうが。
「本当は妖精が直接協力してくれると嬉しいんだけどね」
「それは難しいんとちゃうかな。もし手伝ってくれるっちゅーんやったら、もっと早く王国を助けてたと思うし」
「わしもそう思うの」
だよなぁ。せいぜい間接的に協力するくらいだろう。下手をすると相手にされないかもしれん。
(それじゃ次は、俺とライナスの合体技、光の塊の制御方法についてだな)
「制御はできんが実演はできるんじゃな? ならばここでやってみるがよい」
ある意味、今の俺達が一番困っている光の塊の制御について、次は話をすることにした。
まずはばーさんに光の塊が出るところを見せる。
危ないから少し離れたところにライナスが立つと俺がそれに重なる。すると、ライナスの右手から長さ3アーテム、幅が1アーテム程度の薄い光の塊が出てきた。しかもこれ、妙に眩しいんだよな。なんていうか、蛍光灯に近い明るさだ。こういう表現をすると安っぽくなるけど。
「ほう! これが……!」
さすがに初めて見たらしいばーさんも驚いた。そりゃそうだよな。
しばらくすると俺はライナスから離れる。すると、光の塊はすぐに消えた。
(これを続けるといくらでも魔力を消費することになるから止めたけど、今のが四天王の金棒を切断したやつだよ)
「なるほどのう。これは大したものじゃ。さすがにわしが見込んだだけのことはあるの」
お、ばーさんがいつになく上機嫌だ。やっぱり魔王を倒す切り札になるのか?
「アレブさん、何かわかったことはありますか?」
「かつてお主と同じように光の塊を出せる者は何人か存在しておったそうじゃが、そのいずれもが何かしらの武器や防具に光をまとわせておったらしい。ライナス、お主は武器や防具にその光の塊をまとわせることができるのか?」
「はい、できますよ。以前、短剣で試して刀身が砕けてしまいましたけど……」
そのときのことを思い出したのか、ライナスは少し悲しそうな顔をする。
(ただ、どんなものでも紙を切るように切断できたのは驚いたよ。あれ凄いよな)
四天王のダンを直接切りつけたわけじゃないから絶対とは言えないが、あれなら充分通じると思う。
「材料の鉄が耐えられなんだということか。そうなると、先程と同じように特別な鉱石を使う必要があるんじゃろうな」
「だったら、俺と同じで妖精に武器をくれって頼めばいいじゃねぇか!」
「結局はそうなるんだ」
何となくは予想していたけど、やっぱりそうなるのか。
特別製の武具でないと光の塊は制御できないとなると、今は何もできないということになる。それはちょっと時間がもったいないなぁ。
(ばーさん、特別製の武器がなくても光の塊を制御できる方法ってないかな?)
「わしは戦士や騎士ではないからの、さすがにそこまではわからん。何か用意できればよかったんじゃが、悪いが見つけられなんだ」
さすがにばーさんだって万能じゃないから仕方ないか。ライナスにはせめて放出する魔力量を調整できるようになってもらいたいんだが。
「ということは、光の塊を扱う訓練は特別製の武具を手に入れてからですか」
「そうなるの」
まぁ、これは仕方がないか。焦ってもどうにもならん。
「そうじゃ、ユージ、複合魔法と無詠唱の修行はどうなっておる?」
(複合魔法についてはもう大体使えるようになってきた。ただ、複合魔法が使えるような場面が魔王軍との戦い以降ないから、日常生活でしかほとんど使ってないけど)
「無詠唱はどうじゃ?」
(5回中3回くらいは成功するようになった。ただ、まだ咄嗟には使えないなぁ。戦いの場で使うのはまだ無理だと思う)
複合魔法は威力が高いから、普通の隊商護衛なんかだと使う機会がないんだよな。かといって強い敵と戦うときは呪文の詠唱がネックになる。今の俺には微妙に使いづらい魔法だ。たぶん本格的に使うのは無詠唱が使えるようになってからなんだろうな。それについてはばーさんもわかっていると思う。
ついでに言うと、現時点では複合魔法は俺が一番上手に使える。練習量のたまものだ。次点でメリッサである。これが無詠唱になるとメリッサとローラが成功率のトップを争っている。さすがレサシガムの才媛と聖女様と言ったところだろう。それに対して俺とライナスが追いかけている感じだ。
(ふむ、まぁ成長はしておるようじゃな。そのまま精進するとよいぞ)
ばーさんは悪くないといった様子だ。
そうなると、あと残っているのは例の聖騎士の件か。
「それじゃ、次の話なんですけど、フランク・ホーガンという聖騎士に関してですが、何かわかりましたか?」
「それについては、もしローラが教会で調べておったら、わしよりも詳しいのではないかの?」
確かに聖騎士という身分なんだから教会で調べた方がいいのか。ばーさんもある程度は調べられるんだろうけど、基本的に王家側の人間だからな。突っ込んだことは調べられないかもしれんということか。
「一応調べてみましたが、司教様などとの面会が立て込んであまり時間がありませんでした」
「仕方あるまい。わかっている範囲でよい」
「フランク・ホーガンという名は約200年前の記録にありました。当時、大規模な盗賊討伐に参加した直後に行方不明となったそうです」
「討伐中に行方不明になったんと違うんか?」
「それがどうも違うみたいなのよね。討伐が終わってからいなくなったみたいなのよ。それで、原因については何も書かれていなかったのでわかりません」
なんか嫌な感じがするな。確証はないけど、もしこいつが今まで200年間活動しているとなると、一体何をしていたんだろうか。
「それで?」
「次に同名の記録が現れるのが140年ほど前です。いきなり現れたかと思うとしばらく聖騎士として活動していて、忽然と姿を消したようです」
「いきなり現れたとはどういうことじゃ?」
「聖騎士となるためにはまず教会に入信し、次に聖騎士団に入るための入団試験を受けないといけません。しかし、140年前に現れたフランク・ホーガンという聖騎士にはそのどちらの記録もないんです」
「うわ、むっちゃ怪しいやん、そいつ」
裏口入団するにしたってもっと念入りに準備してもよさそうなんだが、やってることが杜撰だな。
「次が90年ほど前です。このときも10年ほど活動して消えたようですが、やはり入信記録も入団試験を受けたという記録もありませんでした。次に記録上に現れたのは20年ほど前で現在に至っています」
一体何がやりたいのかさっぱりわからないが、ローラの話を聞いていると、まるで同一人物が繰り返し所属しては消えているように思える。
「90年前に姿を現して10年ほど活動していたっちゅーことは、ちょうど旧イーストフォートが滅亡したときに消えたんか」
「記録上はね」
「でも人間は200年も生きられねぇぜ?」
そうなんだよな。全て同一人物だとしたら確かに人間じゃない。
「そもそも同一人物と決まったわけじゃないだろう?」
「確かにせやけどな、同じ名前の人間が何度も突然現れて行方不明になるなんておかしいと思わへんか?」
「200年前の記録にあるフランク・ホーガンという聖騎士には、入信記録も入団試験の記録もあるのよ」
「なら、200年前のフランク・ホーガンに何かあったか、それとも自分で何かをやって200年も生きてるっちゅーことなんか?」
「聖騎士がそんなに長生きしなきゃいけない理由が思いつかないわ」
俺もだ。しかし、もっと気になることは、どうやら今も聖騎士団に所属してるみたいだってことだな。
「過去のことを考えることも大切じゃが、今も20年前から再び聖騎士となっておる方が重要じゃと思うが」
「そうや、それで、最後の足取りはどうなっとるんや?」
「去年、イーストフォートに伝令として赴いてそれっきりよ」
「あ、そういや、ジャックやドリーはそのフランク・ホーガンって奴に誘われて聖騎士団の傭兵になったって言ってなかったか?」
細かい情報があちこちから湧いてくる。どれもが俺達を囲っているようで嫌な気分だ。
(しかし同一人物だとして、なんで偽名を使い分けないんだろうな)
「確かに、抜けておるようじゃの」
ばーさんはため息をついた。予想外にきな臭い人物だと認識したんだろうか。
「大したことはないと思うておざなりにしか調べておらんかったが、どうにも胡散臭い奴じゃの。よかろう、少し力を入れて調べるとしようか」
今のところは実害は出ていないからこんなものでいいか。というか、手がかりが少なすぎてこっちじゃ調べようがない。
「フランク・ホーガンという人物については、とりあえず要注意人物ということで気にかけておこう。今はそれくらいしかできないな」
「そうじゃの。わしも調べておくゆえ、ローラも旅に支障がない範囲で調べておくがよい」
「わかったわ」
「他になければ、今日はこれまでにしようかの」
言っておきたいことは全て伝えたので、俺達もばーさんの意見に異存はない。
ということで、当面の目標が決まった俺達は、大森林に向かうための準備をするために寂れた倉庫を後にした。




