副都でのひととき
山賊に襲われるという厄介事に巻き込まれつつも、ライナス達は無事荷馬車の護衛を果たせた。依頼書にサインをもらってそれをエディセカルの冒険者ギルドへ持っていき、報酬を受け取る。
イーストフォートからは予定通り到着したので現在はまだ年末だ。住民は新年を迎える準備をしているが、かつての日本のように初詣に行ったり初日の出を見に行ったりするという習慣はない。教会で静かにお祈りをしたり、家族と家で過ごしたりするのが一般的だ。
「以前来たときもそうやったけど、随分と活気づいとるなぁ」
「年の初めは休みになるから、みんなその準備で忙しいのよ」
酒場や宿屋など開いている店もあるが、逆に職人や商人などはほぼ全員が休む。そのため、日本で言うところの元旦では賑やかな場所は限られる。
そういった年末年始のことをローラが説明すると、メリッサは少しがっかりしたようだ。
「なんや、うち、もっとどんちゃん騒ぎするんやと思てたんやけどな」
「レサシガムは騒ぐのか?」
「いや、騒がんよ。せやから、なんか違うんかなって期待しててん」
苦笑いしながらメリッサはバリーに答えた。
「そういえば、半年前に来たときは街を観光しようって言ってたけど、見たいところってあるのか?」
「いやぁ、それがさっぱりやねん。せやからローラさんにお願いしようかと思ってんねんけど?」
「え? 無理よ。私も知らないもの」
ローラの返事にみんなが意外そうな顔を向ける。そういえば、王都よりも西側にしか今まで行ったことはなかったんだっけ。
「じゃ、どうするんだ?」
「そうなると、すぐに出発するか?」
バリーから問われたライナスは、とりあえず提案をしつつメリッサに尋ねてみる。
「んー、せっかくやし年明けまで居よか。図書館なんかで調べ物もしてみたいしな」
「それじゃ私は教会へ行こうかしら」
メリッサとローラはやることが一応あるようだ。
「ライナス、俺達はどうする?」
「年明けに王都へ出発する隊商護衛の仕事を探すか。たぶん同じ事を考えている奴は多いと思うから、今から探しておこう。それが終わったら、武具屋や酒場に行けばいい」
「お、それいいな!」
何とかやることをひねり出せたライナスの提案をバリーは喜んで引き受けた。
こうしてライナス達は、すぐには王都に向かわずにしばらく副都に滞在することになった。
完全にというわけではないが、エディセカルの都市内部は南北の線を中心に王都と左右反対になっている。審美眼的な観点からというよりも、単純に湖岸が王都と反対の方角にあるからだ。
ということで、ライナス達は東門近くにある宿屋街に宿泊していた。冒険者ギルドにも近くて便利だからである。
4人は朝に宿を出ると近くの露天で串焼きなどを買って腹ごしらえをし、その後にそれぞれ目的の場所へと向かう。
後で本人達から聞いた話だが、ローラとメリッサはエディセカルのほぼ中心にある教会関連施設に行ったらしい。ローラは教会関係者に挨拶するために、メリッサは教会の図書館を利用するためである。
「ああ、あなたが魔王軍を退けたという聖女様ですか!」
「ええ?!」
ところが、最初に対応してくれた僧侶の大きくなりすぎた話に、ローラは思わずのけぞった。話の端緒は現地騎士団の報告書らしいのだが、人を介する度にその内容が変化したらしい。光の教徒の中では、四天王の一角を退けたのは聖女ローラの起こした奇跡だということになっていたそうだ。まぁ、あのときローラはライナスに覆い被さるように治療をしていたから、光の塊をローラが出したと勘違いされても仕方ない。
そして聖女ローラがやって来たという話はたちまち教会内に広がり、歩くだけで人だかりができるようになったそうだ。更に、司教など地位の高い重要人物から次々と会談を申し込まれてしまう。
「うう、こんなはずじゃなかったのに」
さすがに全てを断るわけにもいかず、旅先の報告ということで最低限の人物とだけ会うと、その他は一僧侶として修行中ということで全て辞退したという。さすがに全員と会っていると1週間では済まないからだと聞いている。
その中でも俺が笑った話が、年始の日に教会の大聖堂で信者に対して説法をしてほしいと頼まれたことだ。あの1000人くらい入る大聖堂でである。もちろんこれも全力で断ったと力説していた。
「私みたいな若輩者がそんなことをしたら、後で先輩に何て言われるかわからないじゃないのよ!」
ということである。やっぱり教会内部にもどろどろしたものはあるようだ。
他には信者の慰問や光の教徒としての仕事を手伝ったりと聖女らしいことをしてきたという。
一方のメリッサは、そんな大変なローラを尻目に図書館の中へ引き籠もっていた。
王都の大神殿にあった図書館ではほとんど本棚を眺めるだけで終わってしまったのを残念がっていたようで、エディセカルに来たときはしっかりと中を検分しようと意気込んでいたらしい。もちろん数日間で全てを読み切れるわけではないが、それでも今後に役立つ知識はないかと色々漁っていたそうだ。
ローラの紹介で中には入れたので当然知り合いなどいるはずもなく、1人静かに心赴くまま本を読んでいたそうだが、1つだけ不満を俺達にぶつけていた。
「わかっていたとは言え、内容があんまりにも教会に寄りすぎとるなぁ」
なるほどな、事実をそのまま書いているんじゃなくて、光の教徒の価値観を通して記録されているのか。しかし、それはどこも大なり小なり同じ事なのではと問うてみると、他に比べて酷いらしい。
「子供に読み聞かせる絵本や劇の台本なんかやったらそれでもええねん。歴史書もまぁ百歩譲って良しとしよか。けどな、事実を記してるはずの記録書までが、なんで物語調やねん!」
なんでも、地方の風習を記録している書物までも、光の教徒目線で書かれているらしい。一番ましなのが組織内に関する記録書だそうだ。
「そういえばレサシガムに来とった教団の連中って、どうにも上から目線な話し方するなぁって思っとったら、これが原因やったんか」
確かレサシガムでは光の教徒って多くなかったんだったよな。案外それが原因なのかもしれん。
そうやって文句を言いながらも、蔵書の多さはさすがに大したものらしく、メリッサは可能な限り図書館へ引き籠もっていた。そのせいで、毎回宿に帰る道でローラの愚痴を聞くことになったようだが、図書館の利用料と思って諦めるしかないだろう。
そして、ライナスとバリー達は冒険者ギルドの掲示板群の前で唸っていた。
「思ってたよりも依頼が少ないな」
「ライナス、俺、もっとたくさん仕事があると思ってたぜ……」
王都と副都の間には豊穣の湖があり、その周囲を巡るように街道が整備されている。そのため、一見すると隊商護衛の仕事はいくらでもありそうに思えるのだが、これがあまりなかった。
理由は、以前船に乗ったときにゼップ船長が説明していたとおり、荷物の大半は湖上輸送されるからだ。その結果、湖畔を荷馬車で移動して王都まで向かう隊商の数はかなり少なくなってしまうのだった。
それでも、王都以外の地方へと向かう荷馬車は出ている。なので、かつて村から王都へと向かったときのように、荷馬車を乗り継いでいけば何とかたどり着けるかもしれない。
「南回りはともかく、北回りの依頼はほぼないっていうのは、戦争のせいかな?」
「多分そうだろう。王都よりも北側は戦場も同然って聞いてるからなぁ」
この話で思い出したが、エディセカルの北門にもやっぱり難民が押し寄せてきているそうだ。王都ほどじゃないそうだが、色々と問題が発生していると聞いている。
「で、どうするんだ、ライナス?」
「うーん、一発で王都へ行くのは難しそうだなぁ」
今2人が見ている限りでは、王都へ直接向かう隊商の護衛依頼はない。あったとしてもすぐに誰かが引き受けている可能性が高い。
「それじゃ、南回りで荷馬車を乗り継いでいくか?」
「途中、どうしても乗せてもらえなかったら徒歩かな」
それが今のところ一番現実的な案だろう。そうなると、次に気になるのがいつ依頼をうけるかだ。
「ライナス、この中から一番遠くまで乗せていってもらえるやつを選べばいいんだよな?」
「うーん、年始までもう少しあるから、待ってもいいような気はするんだよなぁ」
現在の掲示板群には新年2日目に出発する依頼が何件も掲示されているが、もちろんこれからも貼られる可能性はある。そして厄介なことに、後で出された依頼の方が寄り希望に近い可能性があるということだ。悩みどころではある。
「もっといいのが出てくるかもしれねぇってことか。そう言われると、今手を出しづらいよなぁ」
「とりあえず、どんな依頼があるのかっていうのを見るだけにしよう。実際に依頼を引き受けるのは明日か明後日にしようか」
2人とも散々迷っていたが、この日は見るだけということで落ち着いた。
ちなみに、王都までの隊商護衛は最後まで出てこなかった。そのため、ライナス達は道半ばまでの隊商護衛を引き受けて、その後は荷馬車を乗り継いで王都まで向かうことになる。
ライナスとバリーは、依頼書を一通り見ると酒場へと向かった。まだ日も高いというのに結構なご身分と言いたいところだが、一応理由はある。
本当なら剣術の稽古をしたい2人だったが、何しろ都会には武器を振り回せる場所なんてものはほぼない。郊外に出れば場所はあるものの、どうせ数日間しかいないのでしばらく訓練しなくてもいいだろうというのが2人の弁だ。
ちなみに、旅の途中では毎日やっている。もちろん力尽きるまでやるといざというときに困るので軽く武器を振る程度だが、徒歩にしろ隊商護衛にしろ、日没前後や日の出前後に2人はそれぞれの武器を振っていた。もちろん村や宿場町に泊まるときは不寝番をしなくてもいいので、もっと長時間修行をしている。ライナスは魔法の修行もやっているのでなかなか大変なようだ。
ということで大きな酒場へとやって来た2人であるが、現在カウンターでちびちびと酒を飲みながら周囲を見ていた。
「いやぁ、まさかこんな都会でも噂になってるとは思わなかったなぁ」
「そうか? イーストフォートであれだけ噂になってたんだから、こっちでも話があって当然だろう」
もちろんライナスが困惑している噂話というのは、四天王ダンを撃退したという話だ。王国軍と魔王軍が激突して混戦の中、6アーテムもある巨人のダンが金棒を振り回しながら王国軍を蹴散らしているのを、熟練の冒険者パーティが撃退したということになっている。
ただ、不思議というか当たり前というか、その冒険者の名前までははっきりと伝わっていないようだ。4人の中では一番有名なはずのローラでさえも正確でないことが多い。酒の肴として交わされた噂だとこんなものなのだろう。
「はは、噂だとバリーは2アーテム以上の巨人みたいな戦士なんだよな」
もちろん実際のバリーはそんなに大きくはない。筋肉質ではあるが。
「お前なんて強力な魔力付与された武器を持ったどこぞの貴族様じゃねぇか」
現実のライナスは田舎出身の長男坊である。もちろん魔法の武器なんて持っていない。現実は厳しいのだ。
「あと、確かローラがお淑やかな聖女様で」
「メリッサが、天才的な美女魔法使いだったよな」
初めて聞いたときは俺も誰の噂か一瞬わからなかった。しかしこの噂、微妙に男の願望が入ってるな。
「ローラがお淑やかかぁ」
「それよりも、メリッサが美女っていうのは違うんじゃねぇか?」
2人とも苦笑しながら酒を飲んでいる。ローラとメリッサには聞かせられない会話だな。噂話を肴にしていただけなんて言っても許してくれないに違いない。
「でも、この様子だと王都でも噂になってるんだろうな」
「間違いないだろう。逆にどんなふうになってんのか楽しみだぜ!」
確かにそれは俺も楽しみだ。
こうして約束の刻限になるまで2人は酒場で過ごす。そんなことを年内いっぱい続けていた。
年が明けて新年初日、4人は次の旅に備えてどこへも出かけることはしなかった。そして、食堂にて年明けのお祝いという特別メニューを楽しむ。
そうやって充分に休んでから、一行は王都へ向けて出発した。




