酒は口実を設けて飲むもの
イーストフォートで休息しているライナス達は、街の郊外にある聖騎士団の駐屯地に向かった。本来なら前線の陣地に大半が出征しているのでほぼ誰もいないはずなのだが、先の魔王軍襲撃後に部隊再編成のために戻ってきているのだ。
ライナス達の目的はもちろんその中にいるジャック達に会うためだ。もうすぐ街を出るので別れの挨拶をするためだった。
「そっかぁ、もう行っちゃうんだ」
何ともいえない表情でドリーが独りごちた。
久しぶりの再会でいきなり別れの挨拶というのもどうかと思うが、仕事先で挨拶が出来るだけましともいえる。
「次はどこにいくのよ?」
「王都に戻るんだ!」
バリーが元気よく答える。そういえば、ドリーってバリーにばかり話しかけるよな。
「王都かぁ。もう1年以上離れたままねぇ」
「意外と長いこと離れてますよねぇ」
思わぬ感傷に浸っているのかメイとロビンが王都の方角に目を向けて呟く。やっぱり懐かしいんだ。
「それでさ、最後に一緒に酒を飲もうかと思うんだけど、どうだろう?」
「俺達もしばらく休みだし、ちょうどいいだろ」
ライナスの提案にジャックをはじめドリー達も賛成する。
「なら、明日の夕方に冒険者ギルドのロビーで会おうよ。あそこならすれ違いもないしね」
「いいわね。そうしましょう。色々聞きたい話もあるし」
ドリーの話にローラも乗って来た。確かに会っていない間の話を聞きたいな。
ということで、情報交換を兼ねたお別れ会を明日酒場ですることになった。
8人がよく集まっている酒場に行くと、夕方ということもあってまだ席は空いていた。しかし、前回の魔王軍との戦いで勝利したという宣伝もあって店内は活気づいている。
「見ない顔が増えたよな」
「一旗揚げようって奴が多いんだろ。王国軍が勝ったってんなら、その尻馬に乗りたいだろうしな」
4人用の席を2つ合わせて8人席を作った後、ライナスとジャックは周囲を見る。
ライナス達がイーストフォートにやって来たのは雨季前だが、そのときよりも明らかに傭兵や冒険者の姿が増えている。ざっと話を聞いている限りでは、ライナスのように手柄を立てて名を挙げようという話ばかりだ。
「あんな四天王みたいなんとは何度もやり合いたいとは思わんけどなぁ」
「あたしも同感ね~。魔族でさえも相手をするのが大変なのに、四天王なんて無理すぎるわ」
最初に注文した酒を呷りながらメリッサとドリーが頷き合う。さすがにあのクラスになると格が違ったよな。
「でも、四天王っていうからには、あのダンっていう巨人と同格の魔族が3人いるってことなのよね」
メイの言葉に全員が軽く眉をひそめる。
現在、王国側に知られている四天王は、巨人のダン、黒騎士のギルバート・シモンズ、魔法使いのベラ、そして道化師のフールだ。ただし、その詳細となるとほとんど何もわかっていない。
「巨人のダンはこの前やりあったよな!」
「相手になってなかったですけどね」
バリーの言葉に苦笑しながらロビンが頷いた。
「馬鹿っぽく見えたんだけど、あの身体能力は反則よね」
「おかげでライナス共々死にかけたわ」
ローラはメイの言葉であのときのことを思い出したのか身震いした。本当に死にかけたもんな、あのとき。
「まぁそれで、ライナスと仲良くなれたんだからいいんじゃないのぉ?」
「ちょ、ドリー?!」
少し青ざめていたローラの顔が途端に赤くなる。おお、昔懐かしいリトマス試験紙みたいだな。
「いやぁ、羨ましいでんなぁ、ローラはん」
「ふふふ、わたしもいい人ほしいなぁ」
「そうよねぇ、姉さん」
あれ、何か話題が思っている方向とは別のところに向かいつつあるな。
「な、なによ、ドリーだっているじゃない。バリーとばっかり話をするくせに!」
「ぶほっ?!」
ローラの爆弾発言に酒を飲みかけていたバリーがむせかえる。酒を飲んでもあまり顔色の変わらないドリーだが、今の発言で一気に赤くなる。
「あ~確かにそうやなぁ。うちらのパーティやとほとんどバリーとばっかりやんなぁ」
「そうなると、魔法使いのわたし達だけよね、相手がいないのは」
「話をするくらい別にいいじゃないのよぅ」
珍しくドリーが涙目だ。
一方の男4人は巻き添えになるのが嫌なのかさっきから黙っている。話題になっているライナスは顔を赤くして酒をちびちびと飲んでいるが、バリーはさっきからチーズを肉に乗せて食べるのに夢中だ。お前は人の話を聞け。
「そ、その話はまた後でいいだろ。それよりも、旧イーストフォートへ行ったんだってな。どうだったんだ?」
思わぬ話の流れに困惑しつつも、ジャックは聞きたい話へ流れを無理矢理持っていこうとする。
「砂漠は初めてだったから大変だったよなぁ」
「そうよね。日差しが強すぎて困ったのもあるけど、砂地を歩くのがあんなに大変だとは思わなかったわ」
最初に話題となっていたライナスとローラが乗ってくる。こっちも早く話を変えたいんだろう。
「暑いのも大変そうよね! あ、魔物はどんなのがいたの?」
「ん~、砂蠍や砂虫とは戦ったぞ」
「へぇ、どんなやつなの?」
「蠍とミミズのでっかいやつだな!」
ようやく食べるのに一息ついたらしいバリーが元気よく答える。あれだけ茶化されていたのにドリーはそれでもバリーに話しかけるんだな。
「そいつらって、普段は砂の中にいていきなり襲ってくるんだったはずよね? よく無事だったわね」
「ライナスとバリーの勘のおかげや。何しろ最初は捜索に引っかからへんかったもんなぁ」
「それは厄介よねぇ」
メリッサの回答にメイがため息をついた。
いろんなところで役に立つ捜索だが、探知できるのは自分の知っているものだけだ。そのため、あまりこれに頼りすぎると初見の相手にやられる場合がある。
「それで、廃都はどうでしたか? あそこは住民の幽霊が出るという噂ですが」
「数え切れないくらい出たわよ」
「それ、どうしたんですか? まさか全部浄化したわけじゃないでしょう?」
やっぱりという表情でロビンが話を続けてくる。そしてそのまま、ライナス達は最後の領主であるディック・ラスボーンとのやり取りと託された『融和の証』についてジャック達に話をした。
「領主が悪魔を召喚して自滅したって話を聞いたことはあるけど、まさかそんなことだったなんてねぇ」
「光の教徒の間では背教者として語られていますけど、騙されていたとはね」
ドリーとロビンはそれきり黙り込んだ。聞いていた話とは違うことがいくつもあって驚いている。
「その『融和の証』ってどんなものなの? 見せてもらえる?」
「ええで、ちょっと待っとりや」
メリッサは手をきれいに拭うとメイに応じて背嚢の中をまさぐる。こういった大切な物は基本的にメリッサが預かることになっていた。
「へぇ、これがそうなの。何? 板みたいなのに言葉がびっしりと書いてあるのね」
「精霊語だそうよ。人間と妖精の友情について書いてあるらしいわ」
メイもメリッサに倣って手をきれいにすると『融和の証』を手にする。そして、ローラの説明を聞きながら興味深げにしばらくそれを見つめていた。
「姉さん、あたしにも貸してよ」
「手をきれいに拭ってからね」
「わかってるって!」
姉に促されるままに手を拭くと、ドリーは手渡された『融和の証』を不思議そうに眺めた。そして飽きたのか、次にロビンへと渡す。
「それで、さっきの話だと、こいつを大森林の妖精に返すっていうことになるんだが、できるのか?」
「うーん、とりあえず、王都で調べることにしてるんだ」
ちょっと難しい顔をしてライナスがジャックに答える。
『融和の証』の話が確かなら、大森林で妖精には邪険にされないはずだ。獣や魔物に関しては、俺が身につけているヤーグからもらった首飾りで何とかなるだろう。
ただ、どうしても不安は完全に払拭できないので、ばーさんの意見を聞くほか、色々調べるつもりではいるが。
「そうよね。さすがにいきなり突撃ってわけにはいかないわよね」
「けど、いろんなところに行ってるのね、あんた達って」
ドリーが若干羨ましそうにこちらを見ていた。
西から東へ、南から北へといろんなところに行かされているともいう。大体、主な人間の住むところは踏破しているんじゃないだろうか。
「その分何度も死にそうな目に遭ってるけどな」
「それが冒険の醍醐味じゃない!」
「そうだぜ!」
俺はそんな醍醐味はほしくないな。恐らくドリーの言いたい醍醐味ってそういうのじゃないんだろうけど。だから同意するバリーはおかしいと思うんだ。
「お前達の話を聞いていると、また冒険者稼業に戻りたくなってくるな」
「そうよ。傭兵って意外と暇だから、やってても面白くないのよね」
戦いがなければひたすら陣地で待つことになるので仕方がない。それを楽と受け取るか暇と受け取るかは個人次第だ。
ジャックとドリーの言葉をきっかけに、今度は王国軍と聖騎士団の話となった。とはいっても、再び魔王軍が散発的に襲ってくるようになったので、それを撃退する日々らしい。ただ、月に1回か2回程度なのでそれ以外は暇だそうだ。
「たまに偵察の仕事も回ってくるけど、どこまで行っても地平線しか見えない草原を歩いていてもねぇ」
ドリーの愚痴にライナス達も同意する。砂漠の中を進んでいたときもそんな感じだったからだ。
「次の契約更新のときに引き上げるか?」
「報酬は魅力的なんですけどね」
僧侶らしからぬ俗っぽい発言をしながらロビンは苦笑する。
「わたしはいいわよ。1回王都に帰りたいし」
「あたしも賛成! バリー達みたいにもっと冒険したい!」
何ともあっさりと方針を決めてゆくジャック達にライナス一同は呆れるような感心するような表情を浮かべていた。
次はいつどこで会えるかなんてわからないだけに、結局この日は夜遅くまで飲み明かした。翌日の起床時間がいくらか遅れたのは、ある意味当然といえよう。




