元領主と友好の証
探索1日目は、残念ながら思うような成果を上げられなかったライナス一行だった。しかし、いくら目論見が外れたとはいえ、初日から大きな成果を得られるとは誰も思っていない。最大で1週間は調査できるので、明日以降に何かしらの結果を出せることを期待していた。
今夜の野営は最初に敷地へと入った場所に定めた。一旦敷地の外に出てはどうかという案もあったが、どう考えても市街地の方が化けて出てくる幽霊の数が多そうだったので、敷地の壁際に陣取ることにしたのだ。そしてその判断は正しかった。
ライナス達以外に俺もいつものように不寝番をしていた。いつもはついでのようなものだったが、今夜ばかりは違う。俺が不寝番の中心だった。
(おお、いっぱい動いてる……)
領主の敷地の壁1枚向こう側は大通りなのだが、そこには多数の白骨死体と幽霊が徘徊していた。
とはいっても、犠牲者を求めて彷徨っているというよりかは、生前の生活をそのまま繰り返しているように見えた。とある白骨死体は急いでいるのか小走りに大通りを走り抜けていくし、別の幽霊は親子3人で談笑しながらゆっくりとかつての脇道へと入っていく。
(もしかしたら、滅亡直前の行動なのか?)
自分が死んでいることに気づかない死者もいるという話を聞いたことがある。そういった死者は生前の行動を繰り返すそうだから、案外この人達もそうなのかもしれない。
不寝番の役はバリーからライナスにさっき代わった。最後がメリッサだから今は深夜だな。この世界に日付変更線なんてものがあったら、ちょうど翌日になったくらいか。
元住民だった白骨死体や幽霊は放っておいてもどうってことはなさそうだ。問題は敷地内のラスボーン家関係者だ。特に警固兵なんかは俺達部外者を見つけたら排除しにきそうだな。
(無闇に戦闘音を撒き散らすと、更にいろんなのが来そうなんだけど……)
不思議なことに、今のところ敷地内には幽霊1体も出てきていない。市街地には山のようにいるのに一体どういうことだろう。
(ライナス、市街地に比べて敷地内はあんまりにも静かすぎる。何かおかしいから、ちょっとぐるっと回ってくるよ)
(1人で大丈夫か?)
(うーん、それじゃ、見回りをしている間は姿を現すことにするよ。これなら何かあったときにすぐわかるだろ)
幸い月明かりも充分なので対面の壁も見える。だから俺がどこにいてもライナスの視界から外れることはないだろう。
俺は久しぶりに姿をはっきりと現すと、思いつくままに領主の敷地内を徘徊し始めた。
姿を現してから敷地内をゆっくりと見て回るが、驚くほどに何もない。集めた情報によるとこの敷地内で悪魔の召喚をしたらしいが、その呼び出した悪魔に魂ごと食われてしまったんだろうか。
(あれ、なんだありゃ?)
その辺をぶらぶらと歩いている最中にふと屋敷のあった場所に視線を向けると、何やら白くぼんやりとしたものが浮かんでいた。気づいてからはしばらくじっと眺めていたが、全く動く気配はない。一方、ライナスの方に目を向けると特に動きはない。
(あっちからは見えないのか? 近づかないと気づけないほど存在感が薄いということか?)
それとも、特殊な姿の消し方でもしてるんだろうか。
何にしてもこのままだと埒が明かないので慎重に近づくことにした。
いきなり襲いかかられても対応できるように構えながら、俺は少しずつその白くぼんやりとしたものとの距離を縮めてゆく。
(え? 何あいつ、泣いてる?)
近づくにつれて音が聞こえてきたんだが、次第にはっきりと聞こえるようになるとすすり泣く声だとわかる。しかも男、中年くらいか?
一体どういうことなのかさっぱりわからない俺は、不思議に思いながらもかなりの距離を詰める。もう向こうも俺に気づいてもよさそうなんだが、なぜか泣いているばかりで反応がない。
(あのぅ、どうされたんでしょうか?)
(誰だ……?)
かなり腰が引けながらも俺は勇気を絞って話しかけてみる。すると、意外にもその白い何かは返事をしてくれた。
(あー、俺はユージって言います。とある人間の守護霊をやっている幽霊です)
(私はイーストフォートの領主、ディック・ラスボーンだ。いや、元領主、と言った方がいいな)
うわっ、いきなり当たりか! 俺は会いたかった人物、いや幽霊にいきなり会えて驚いた。
(しかし、人間の守護霊をやっている幽霊とは珍しいな。どのような用件か?)
(実は、その守護している人間と仲間の冒険者達とここにやって来たんです。目的は『古の証』を探すためです)
(おお、人間がここに来ているのか! それは是非会いたい!)
こっちの予想以上に積極的なその様子に若干押され気味な俺だったが、友好的な態度なのは助かる。
俺はライナス達を連れてくることを約束して、一旦その場を離れた。
4人のいる野営地に戻って、元領主のディック・ラスボーンの幽霊と出会ったことをライナスに話した。驚いたライナスは他の3人を叩き起こす。
「それで、その領主の幽霊が俺達に会いたいって言ってるのか?」
(ああ。理由までは聞いていないけどな)
「なら、とりあえず会いに行こうぜ!」
全員が会いに行くことを了承すると、俺は屋敷跡にまで4人を連れて行く。
俺が4人を連れてくると、元領主のラスボーンは嬉しそうにこちらへ寄ってきた。
(おお、よく来てくれた冒険者達よ! 私がこのイーストフォートの元領主ディック・ラスボーンだ)
「パーティリーダーのライナスです」
「戦士のバリーっす!」
「初めまして、光の教徒の僧侶、ローラです」
「うちは魔法使いのメリッサ・ペイリンです」
既に挨拶を済ませていた俺を除いた4人がラスボーンと挨拶を交わした。
(そうかそうか。人間とこうして話をするのも久方ぶりだ。実に嬉しい)
未だに白い塊なので表情や態度が一切わからないが、言葉や声色からすると上機嫌なようだ。そりゃ簡単に寄れるような場所じゃないからな。
「それにしても、領主様はここで何をされていらっしゃるんですか?」
俺も含めたみんなが気になっていることをローラが切り出した。
この敷地だけ今まで全く幽霊が出なかったのに、元領主の幽霊だけが出てくるなんて明らかにおかしい。恐らく元領主の幽霊はその事情を知っていると思われるので、まずはラスボーンの話を聞くことにした。
(最初はこんなことになってしまったことを嘆いておったのだが、そのうち、どうしても成しておきたいことを思い出してな。そのためにこの地に止まり続けておるのだよ)
「成しておきたいことというのは何ですか?」
ライナスが問いかける。
ばーさんの話だとこの元領主のラスボーンは『古の証』を守り続けているそうだが、それ以外にやりたいことがあるということなのか。自分では成せないから、人間に託したいってことなんだろうなぁ。
(それは、『融和の証』を大森林の妖精に返すことだ)
「『古の証』とちゃうんですか?」
(そういえば、ユージとやらもそう呼んでいたな。しかしそれは正確ではない。世間ではそう呼ばれているらしいがな、正しくは『融和の証』だよ。まぁ、遙か昔に初代ラスボーン公が妖精との友情の証として送られたのだから、その言い方も間違いではないのだがね)
やっぱりここにあるのか。で、幽霊の自分じゃ届けられないから代わりに届けてくれる人間を待っていたってところなんだろう。
(そこで差し支えなければ、君達に大森林の妖精へその『融和の証』を届けてもらえないだろうか)
「会ってすぐの俺達に、そんな大切なことを頼んでいいんすか?」
バリーが不思議そうに尋ねた。確かに、会って間もない俺達にそんな重要なものを託すのは急ぎすぎているように思える。
(確かに、君達が夜盗のような連中という可能性もあるだろう。しかし、そこのユージは君達のうちの誰かを守護しているそうだね。私が見た限りでは悪人には見えなかったのでお願いしたんだ)
うーん、渡りに船な依頼ではあるんだが、重い事情も託されているような感じがして少し気後れするな。
「実をいいますと、俺達はこれから大森林の妖精に会いに行きたいんです。そこで知り合いの方から『古の証』……あ、『融和の証』でしたね。それを手に入れたらいいと教えてもらったんです」
(おお! それではちょうどよかったではないか!)
嬉しそうにラスボーンは声をかけてくる。ここまで利害が一致するのも珍しい。
(どのような事情が君達にあるのかは知らないが、そういうことならすぐにでも譲ろう。ついてきなさい)
そう言うと、元領主である白い塊がふわふわと屋敷跡から離れていく。あれ、屋敷にはなかったのか。
案内してくれた場所は、屋敷跡からそう離れた場所ではなかった。そこには小高い丘がぽつんとあり、かつてその上に建ててあったであろう石碑が粉砕されて散乱していた。
(今は砕けてしまった石碑は、かつて我がラスボーン家と精霊の友情を記念に初代様が打ち立てられたものだ。ここに『融和の証』がある)
「ただの小高い丘にしか見えないっすよね」
(滅ぶまではなかなか立派なものだったんだがね……ともかく、ここで精霊に秘術の呪文を唱えてもらうことで『融和の証』を手に入れられるようになっている)
毎回必要な度にそうやって取り出しているんだろうか。随分と面倒なことをしているなぁ。
「精霊でないと呪文を唱えても意味はないんですか?」
(ああ、初代様の取り決めでね、そうなっているんだよ)
「呼び出す精霊は何でもええんですか?」
(火、水、風、土の上位精霊全てだ)
「それならユージの出番やな」
この中で唯一精霊魔法の使える俺にしかできないので、当然とばかりにみんなが俺に視線を向けてきた。
(それで、秘術の呪文ってどういったものなんですか?)
ラスボーンからその呪文を聞いて俺は驚いた。たどたどしいが精霊語だったのだ。
(私にはどんな内容なのかはわからないが、今のが『融和の証』を現すための呪文だ)
(今の精霊語ですよね。たぶん、妖精が作ったのをそのまま使ってたんだろうなぁ)
内容は人間と仲良くなったことを祝ったものだ。これを4つの精霊に唱えさせることで友情の証としていたんだろう。
その内容を王国語に翻訳して伝えると、ラスボーンは嬉しそうに聞いていた。
(そうか、そんな意味だったのか……それを死んでから聞くとはな。まぁ、よい。それよりも、今の呪文を4種類の精霊に唱えさせるといい)
俺はその言葉に頷くと火の精霊を皮切りに4つの上位精霊を召喚した。そして、小高い丘の前に整列させると、ラスボーンから聞いた精霊語の呪文を唱えさせた。
4種類の上位精霊は一斉に詠唱を始め、同時に終わる。
しかし、しばらくは何の変化もない。これは失敗したのかなと思って再度呪文を唱えさせようとしたとき、小高い丘の上に何か光り輝くものが現れた。それは輝きを増すと同時により具体化してゆく。そしていきなり輝きが失せたかと思うと、そこにはなにか板のようなものが浮いていた。
(あれが、『融和の証』だ)
(ライナス、取りにいってくれ)
物質化したものには触れることができないので、俺は自分の代わりにライナスに頼んだ。頷いたライナスが丘の上に登ると、その板のような『融和の証』を手に取る。
こうして俺達は、元領主のディック・ラスボーン立ち会いの下で『融和の証』を手に入れることができた。




