旧イーストフォートの探索
襲撃してきた魔物を撃退した後、ライナス達は改めて旧イーストフォートをどうやって見つけるか話を始めた。
「さて、やっと本題に入れるわけだけど、ここから旧イーストフォートのある場所をどうやって探ろうか?」
「う~ん、捜索で探知できたら楽でええんやけどなぁ」
周囲をぐるっと見渡したメリッサが残念そうに独りごちる。
「高いところから見渡せたらいいのにね」
「砂山に登ってみるか?」
ローラの願望にバリーが周囲の砂山の1つを指差して答える。それでわかるんだったらいいんだが。
「あ、そう言えば、ユージに上へ上がってもらって周囲を見てもらうんだった!」
今の話を聞いていたライナスが魔物の襲撃直前の話を思い出す。確かに何か頼もうとしてたよな。
(わかった。それじゃ見てくるよ)
今の俺なら数オリク上空にでも昇ることができる。予想では大体悪魔の砂漠の真ん中くらいまで来ているはずなので、そう遠くない場所にあるはずだ。
俺はゆっくりと昇りながら周囲を眺める。すると、あった! 南東の方角に長方形の人工的な遺物が見える。背の高い砂山に隠れて見つけられなかったのか。
(おーい、みんなあったぞ!)
俺はそう伝えると、みんなのところに再び降りていった。
真横から照りつける朱い日差しに晒された廃墟が、ライナス達の目の前に横たわっていた。
ここは旧イーストフォート北門跡の正面だ。朱い日差しと黒い陰に彩られたかつての都市を4人は黙って見つめる。
80年もの年月が経過しているとさすがに風化が激しい。北門だった場所は完全に崩壊しており、瓦礫が散乱したままで風と砂に晒され続けている。
「これは……」
「なんつーか、寂しいよなぁ」
かつては王都並に繁栄していたと聞いていたので、こんな姿を見た俺も諸行無常感がかなりある。いつかはこうなるだろうと思っていたことを実際に見せつけられると、何か地味にきついよな。
「今日のところは近くで野営しましょ。入るのは明日の朝からよね」
「もうすぐ日が暮れるさかい、急がんとな」
ローラとメリッサに急かされつつ、ライナス達は旧イーストフォートから少し離れた場所を選んだ。4人は近くの砂山の麓に身を寄せると外套にくるまる。
既に日は沈んだが、最近は満ちつつある月が周囲を照らしてくれるので意外と明るい。なので4人もはっきりと旧イーストフォートを眺めることができた。
夕飯が済んだ4人が不寝番を立てつつ眠りにつくのを尻目に、俺は廃都を眺めた。さすがに目的地を目の前にして魔法の練習をする者はいない。
月明かりに照らされたその街並みは、魔物が住んでいることを考えると恐ろしいのかもしれない。しかし、俺はどうしても恐ろしいというよりかは寂しいという思いの方が先に立ってしまう。以前、廃村になった場所をいくつか見たことがあるが、そのときよりも規模が遥かに大きいせいか無常感をより強く感じる。
(お? あれは幽霊?)
ぼんやりと廃都を眺めていたら、北門跡にいつの間にか兵士姿の幽霊が2人立っていた。月明かりを浴びているせいか、儚いほどに存在感が薄い。
(うわ、死んでも門番をやってるのか。大変だなぁ)
実のところ俺も似たような立場なので門番の2人に同情する。うん、怖いというよりむしろ親近感が湧いてきた。
(領主の館にもたくさんいるのかな)
結局、俺はその門番をじっと眺めて一晩を過ごした。
翌朝、俺達は北門跡から旧イーストフォートへと向かう。夜中に不寝番をしていた門番の幽霊は当然おらず、一行は何の抵抗もなしに中へ入った。
旧イーストフォートの内部はある意味予想通りだった。かつて大通りだった道の両脇には建物がびっしりと建っていたはずだが、今はその全てが倒壊してしまっている。1階部分が残っていれば状態としてはいい方だ。
「中を見るとより一層寂しいな……」
ライナスの言う通り、下手に王都なんかの様子を知っているだけに、かつての繁栄を想像できる分だけ無常感を強く感じる。よくしゃべるローラやメリッサも今は無言だ。
「なぁ、これって……人の骨だよな」
周囲には崩れた建物の瓦礫などが散乱しているのだが、その中には明らかに人のものだと思える骨が多数あった。旧イーストフォートが滅んだ経緯を考えるとこれも当然といえる。
「この骨、まだ小さいわ……」
「親子かいな……」
とある2人分の骨を見つけたローラとメリッサは、それが母と子のものであるのだろうと予想する。小さい骨は大きな骨に寄り添うように横たわっていた。
そういった瓦礫と骨が散乱しているかつての大通りを南に向かって歩いてゆく。
廃都の内部は隠れる場所も多いので魔物の襲撃に注意しないといけない。しかし、完全に崩れている建物も多いので、中途半端に見晴らしがよかったりもする。そのため、つい警戒を怠ってしまいそうになる厄介な場所でもあった。
「ライナス、あの崩れた壁の向こうが領主の館なんだよな」
「地図上だとな」
正確には領主の敷地だ。
幸い何事もなくここまでやって来られた一行は、敷地に入る前に一旦立ち止まって周囲を警戒する。
幸いここに来るまでに魔物は見かけていない。事前の予想だと腐乱死体や白骨死体に襲われると思っていたが、こんな乾ききったところに腐乱死体などいるはずがないことはすぐにわかった。そして、白骨死体にも出会わなかったが、この様子だとたぶん夜に出てくるような気がする。しかも大量にだ。
なんというか、砂漠以上にこの街の中には生き物がいる気がしないな。
「このままじっとしていても仕方ないわ。中に入りましょう」
「そうだな、そうしよう」
ローラの意見に従って、一行は崩れた壁をまたいで敷地内へと入る。
地図では1辺が500アーテム四方の広大な屋敷だったそうだが、今は他と同様に瓦礫の山が点在するだけの場所である。違いがあるとすれば、元々建物の密度が低いため、瓦礫が少ないということだろうか。
「さて、ここのどこかに『古の証』があるはずなんだが……」
「メリッサの推測だと、地下にあるのよね?」
「屋敷跡か建物跡の下なんやけど……」
「全部瓦礫の山だぜ。見える範囲はだが」
バリーの言う通りだった。市街と違って遮蔽物がほぼないので反対側の壁まで見渡せるのだが、視界に移る範囲にまともな建物は存在しない。
「まずは地下に通じる道があるか探してみよう。元々建物の内部だったところにあるはずだ」
「それなら、地図には大まかな建物の位置があるさかい、実際の場所と突き合わせながら探そか」
ライナスの言葉を受けたメリッサが、地図を取り出すために背嚢をおろす。そして、手早く地図を取り出した。
メリッサが取り出した地図を全員が取り囲んで見る。
「この地図を見る限り、建物の数は思ったほど多くないのよね」
「これが市街地だったらお手上げだぜ」
使用人の居住区などもあるので建物跡は何十とある。しかし、それでも屋敷の外のと比べるとほぼないと言ってもいいくらい少ない。
「メリッサ、どこから探せばいいと思う?」
「せやなぁ……最初は領主の住んでいたでっかい屋敷からやろな。あとは大きい施設や重要な施設を順に探していけばええやろ」
領主一族に関係する場所からか。そうなると、使用人が使っていた建物は後回しでもいいよな。
「わかった、それなら最初はこの大きな屋敷の跡からだな」
ライナスは地図のほぼ中央にあるラスボーン家の屋敷を指差す。まぁ、妥当なところだろう。
全員がその意見に賛成すると、一行は敷地の中央に散乱している瓦礫の山に向かって歩き始めた。
捜索の方針が決まってからは、中央にある屋敷跡から建物の内部に地下へと通じる道がないか探して回る。
実のところ、俺は案外簡単に見つかるのではと思っていた。というのも、現代日本なら当たり前のようにある地下施設だが、建築技術が中世並みの世界なら地下施設そのものが珍しいと考えていたからだ。そのため、地下へ通じる道そのものがほとんどない上に、発見できたらそれがほぼ当たりだろうと軽い気持ちだった。
ところが、事はそう簡単ではなかった。
休み休み敷地内の地下へと通じる道を探して回ったのだが、この日に探し当てられたのは2ヵ所で更にどちらも領主の館跡だった。
俺達は朱い日差しに晒されながら、再度領主の館跡に戻っていた。
「地下へ通じる道が見つかったから、とりあえず良しとしよう。問題は……」
「中に入れねぇってことだよな」
ライナスが濁した言葉をバリーが引き継いだ。そう、上の建物が風化などで倒壊しているのだから、当然地下施設だって崩落していてもおかしくなかった。俺達はそのことに全く気がつかなかったのだ。
「参ったわね。どうやって中に入ればいいの?」
「そりゃ掘るしかないんちゃうん……」
中を確認するためには、メリッサの言う通り掘って進むしかない。問題なのはどうやって掘るかだ。魔法には穴を掘ることに転用できるものはあるが、消費する魔力量から考えて長時間使えるわけではない。もちろん、そのための道具なんてものは誰も用意していなかった。
「どちらの地下に『古の証』があるかわからないから、掘ってみるしかないんだよな」
「ただ、どう考えてもうちらで掘れるとは思えへんねんけど」
それと、穴そのものが崩れてしまっているから、掘るなら炭鉱のような穴を掘るというよりは、古代遺跡の発掘現場のように天井に当たる部分を根こそぎ取り払わないと危険だ。そしてそんなことは、とてもじゃないが俺達にはできない。
「まさかこんなところで蹴躓くとはね……」
ローラは空を見上げてため息をついた。正にその通りだ。行けば何とかなると俺も思っていただけにため息しか出ない。やっぱりどこかゲーム感覚なんだろうか。
(いや、待て。そういえば、俺は地下にも潜れるんだった!)
俺の叫びに全員が顔を上げる。
そうだ、俺は霊体なんだから物理的な干渉は受けない。だから建物の壁なんかも無視して通り抜けられるんだ。それと同じように地面の下にだって潜ることはできる。この世界にやって来て最初に試したじゃないか!
「そっか、ユージは霊体やからそのまま進めるんやったな!」
「なら、中に何があるのか見てきてくれないか?」
俺は二つ返事でライナスの頼み事を引き受けると、早速地下に潜り込んだ。
その結果だが、残念ながらどちらも外れだった。
片方は地下全体が崩れていた。中には瓶が大量にあったことから、たぶんワインの貯蔵庫だったんだと思う。もう1つの方は通路の部分だけが崩落していた。その奥には本棚がいくつかあった。そのどれもが倒れており、部屋中に本が散乱していた。
(ということで、どちらも『古の証』を保管しているような場所じゃないと思う)
俺の報告を聞いて4人は一様に肩を落とした。しかし、ライナスはすぐに気を取り直す。
「それでも、ユージに中を確認してもらえるってことがわかっただけでも大きな収穫だよ」
「そうね。ということは、しばらくは地下の施設を探すことになるのね」
「へへ、こういうときは俺の出番だぜ!」
一応こちらの準備不足を補う方法を発見できたことで、今日は良しとすることになった。あと数日間の調査で『古の証』が見つかるかどうかは、これからわかることである。




