一時の平穏
夜が明けて、状況の確認が行われた。
まず、夜襲を仕掛けてきたのは魔王軍であるとケイス隊長はじめ聖騎士達は判断した。これは戦っていた傭兵の証言と遺棄された死体から間違いないだろう。
戦果は魔族2人、巨人が6体、獣が40体ということだ。半分以上を討ち取ったのだから大したものだと言える。逆に損害は傭兵24人と馬鹿にならない。全体の15パーセントを失ったことになる。大半が経験の少ない新人や初めて魔王軍と戦った者らしい。
「あーもう、夜は大変だったわねぇ!」
昨日、自分達で作ったばかりの寝床に座りながら、ドリーは保存食を囓って噛んでいた。
先程まで死んだ傭兵を埋めるための穴掘りを手伝っていたのだ。それが終わって今は遅めの朝飯を腹に収めているところである。
「お疲れ様やなぁ、ドリー。ほぉれ、涼しい風を届けたるでぇ」
「……湿気ってるのはしょうがないにしても、生ぬるいなぁ」
メリッサが風の魔法を使ってそよ風をドリーに向ける。微妙な表情のドリーだったが、ないよりましと思っているらしく、それ以上の注文は干し肉と一緒に飲み込んだようだ。
「しかし、24人か。思ってたよりもたくさん死んでたなぁ」
「最初に獣が突撃してきたが、あれに巻き込まれて死んだ奴が多かったんだろ」
「あの獣、他の場所の奴よりも倍以上でかかったが、魔王軍の獣はあれが普通なのか?」
「ああ。噂じゃ、魔界から連れてきたらしい」
ライナスとバリーの疑問にジャックが答えている。そうか、あれが普通なのか。
「思ったよりもけが人が多かったわね……」
「でも、重症患者が全員助かったのは不幸中の幸いですよ」
ローラとロビンは手当の必要な傭兵の面倒を先程まで見ていた。元々僧侶を連れていなかったパーティや戦闘で魔法の使い手を失った傭兵を治療していたのだ。途中でローラが王都で聖女と呼ばれていたことがばれてちょっとした騒ぎになったが、そもそも美少女なローラが目立たないはずがない。結局最後までローラの前の行列は途切れなかった。
「その様子じゃ、もう魔力は空っぽのようね」
「ありがとう、メイ。はぁ、今日はもう何もできませんよ」
水袋を受け取ったロビンはそれをいくらか飲んだ。
「それにしても、あのでっかい獣の突撃は凄かったなぁ」
「最初にあの大きな獣が突っ込んできて前衛を混乱させて、次に巨人が殴り込んできてその混乱を大きくする。そして魔族は遊撃兵として戦場を引っ掛けましてあたし達が立ち直る暇を与えない。そういう戦法なのよ、あいつらは」
バリーの感想を聞いたドリーが魔王軍の戦法を解説する。そういえば、最近この2人ってよく話をしてるよなぁ。
「そういえば、今回は上から魔族の攻撃がなかったわよねぇ。メリッサが止めてくれてたんだって? 凄いわよね。あんな暗い中、飛び回っている魔族を打ち落とすなんて」
「ははは……たまたま当たっただけやって」
メイの賞賛にメリッサは顔を引きつらせた。実際は何もしていないのに褒められるというのは落ち着かないものだ。これも俺の手柄をメリッサに押しつけたせいである。後で感想を聞くと、ライナスの気持ちがよくわかったらしい。
「優秀な戦士に一流の魔法使い、更にそのどちらでもある魔法戦士に光の教徒の聖女、こうして見ると大したパーティですね」
「全くだ。これで冒険者になってまだ2年目なんて誰も信じないだろ」
ロビンとジャックの賞賛に3人は居心地悪そうな愛想笑いで返す。1人バリーだけが泰然としているが、これは何を言われているかよくわかっていないからだ。
ただし、俺の挙げた功績を譲っても怪しまれない実力を備えているのは事実である。だからこそ、こうやって疑われることなく認められているわけだからな。
「……それで、今日はいつ出発するんだろう?」
「昼までには出るだろ。粗方作業は終わったし、ここにずっといても仕方ないしな」
居たたまれなくなったライナスが話題を逸らす。
空は相変わらず雲で覆われているが、明るくなってから数時間が過ぎている。もうそろそろ移動してもいいだろう。
「全員、出発するぞぉ!」
そのとき、聖騎士がこれから移動することを伝え回っているのが聞こえた。
みんなが疲れた体に鞭打って歩き始めたのは、そのすぐ後だった。
それから2日後の昼に支援先の陣地へと着いた。
相手先は王国軍とそれに雇われた傭兵部隊の混成だ。どこの陣地もこういった構成らしい。
とりあえず俺達は陣地の南側で待機する。あれから小雨が降ったり止んだりして鬱陶しいようだが、もう少しの我慢だろう。ケイス隊長からこの陣地での野営場所を聞いたら、今日は床を作ってテントをもらって設営しておしまいだ。それまでの我慢である。
「ここにはどのくらいいるのかしらね」
「さてねー。補充兵や追加の傭兵がいつ来るかによるでしょ」
ローラの問いにドリーが適当に答える。ただ、今のところはこれ以上のことはわからない。
「なぁ、バリー、なんかけが人をよく見かけないか?」
「お、ライナスもか。これが以前の襲撃で受けた損害ってやつなのかな」
ライナス達は、魔王軍に襲撃を受けて減った兵力を補うためにやって来た。なのでけが人のいる光景に驚きはない。ただ、思っていたよりもその数が多そうだ。光と水の魔法の使い手が思ったよりも少ないのかもいれない。
「こっちも数を減らしてるさかい、どれだけここの隊長さんのご期待に添えられるかはわからへんなぁ」
「私達は言われた通りにするしかないですけどね」
「遅いわね、まだかしら?」
「おい、出てきただろ」
ライナス達が雑談をしていると、ケイス隊長が王国軍本部の天幕から出てくる。その顔はいつもの真面目そうな顔ではなく、何とも言い難い微妙な表情だ。
「諸君、この陣地のギブソン隊長と話をしてきた。その結果、我々は10月いっぱいまでこの陣地で防衛の任務に当たることになった」
相変わらずの無駄のない事務的な説明が始まった。それによると、本来は9月中にあるはずの兵力補充で間に合うはずだったのだが、2日前の深夜に魔王軍の襲撃を受けて更なる消耗をしたらしい。よって、10月も協力することになったそうだ。
「ライナス、2日前っつったら……」
「ああ、俺達が夜襲を受けたときと同じ時期だな」
「なんや、魔王軍は同時多発攻撃でもやっとるんか?」
「なんのためによ?」
ライナス達は小声でしゃべる。後ろの方で立っているため、多少小声でしゃべっても咎められることはない。それにしても、相手の意図が読めないというのは何とももどかしいものだ。
実りのない小声での会話はすぐに終わった。
一方、ケイス隊長の話はこちらでの野営場所などの説明に入っている。それによると、南側の陣地外だそうだ。以前と同じである。決まりでもあるんだろうか。
「以上だ。今日は野営の準備ができれば何もない。それでは解散!」
必要なことを伝え終わったケイス副官は、連れてきた傭兵の駐屯場所に最も近い陣地内にテントを張るようだ。部隊のそばに拠点を構えるのは当然だろう。
「さて、それじゃまた、煉瓦造りからしようか」
ライナスの言葉に全員が頷いてすぐに動いた。既に慣れたものである。
約1時間後、ライナス達は寝床であるテントの設営を終えていた。
ライナス達がギブソン隊長の指揮する王国軍の陣地にやって来てから3週間が過ぎた。暦上は9月となり雨季ではなくなったが、空はまだ雲に覆われたままだ。しかし、雨が降らなくなっただけでも、外に出て訓練や暇つぶしができるのでずっとましといえる。
つい先日、イーストフォートから援軍がやって来た。王国軍将兵10人に傭兵20人だ。全然足りない。当初はこちらの要求通り60人を送るはずだったのだが、各地にある陣地も同時期に襲撃を受けて兵力補充を要求しているので、思うように追加の兵力を送れないそうだ。
「嫌な感じだな」
「この分だと、10月の兵力補充も当てにできないだろうな」
外で上半身裸のまま素振りの稽古をしていたバリーとライナスは、休憩中にそんな雑談をしていた。これは何も2人に限った話ではなく、他の傭兵も似たようなものだ。
ライナス達は移動中に魔王軍の襲撃を受けて以来、魔王軍とは戦っていない。何とも不気味なものである。
「ライナス、組み手につき合ってくれよ」
「いいよ」
武器の訓練はもういいと判断したらしいバリーは、次にライナスと素手による格闘技の訓練を始める。本当は武器を使った試合もしたいそうなのだが、木刀がないのでできない。
自分の武器をテントの前に置いた2人は、拳を構えて相対した。こういった仕事中の合間にする訓練は技量の維持が目的なので本気ですることはない。しばらくお互いを眺めていた2人だったが、やがてバリーから仕掛けたのを合図に試合が動いた。
「おぅおぅ、2人ともお盛んやなぁ」
テントから出てきたメリッサが、2人を見てやたらとおっさん臭い言動を口にする。体をほぐしているところを見るとずっと自作の本を読んでいたのかもしれない。
そんなメリッサをまるっきり無視して2人は組み手に打ち込む。本気でやっていないとはいえ、たまに日頃考えていたことを試すこともあるので油断はできない。ライナスもバリーも、既に1回ずつフェイントを含めたトリッキーな動きで相手を引っかけようとしていた。しかし、どちらも不発に終わっている。
10分ほどすると一旦休憩に入った。まだ湿度が高いということもあって体には汗が噴き出ている。
「お、終わったんかいな」
「ああ、ちょいと休憩だ」
「はぁ、疲れたぁ」
先程から生あくびを繰り返しているメリッサがその様子をぼんやりと見ている。一見すると眠たそうだ。
そんなところに、今度はローラがテントから出てきた。何やら歩きづらそうにしている。
「あいたた」
「ローラ、どうしたんだ?」
「ああ、ちょっと座りすぎで……」
「うちが可愛がりすぎてもーたんや。くくく、声を出さんように我慢するローラさんは可愛かったなぁ」
つい今し方まで眠そうにしていたメリッサが、いきなり下品な笑い顔でローラの言葉に自分の言葉を重ねてきた。
「可愛がりすぎた?」
「ちょっ?! 何言ってんの、メリッサ?!」
突然の横やりに驚いたローラが顔を赤くしてメリッサの方に顔を向ける。ライナスとバリーもだ。
「えー? 痺れの切れた脚をほぐすの手伝ってあげたときに、必死に悲鳴を飲み込んどったやん? ローラさんはなんで顔が赤いのかなぁ?」
「!!」
痺れが切れた人の脚を触るってのは外道だが、その紛らわしい言い回しも大概だと思う。
そして、こういうやり取りが最近多くなってきた。隠していた本性が現れてきたのか道中性格が変質してしまったのかはわからないが、メリッサが暇なときによく絡まれる。
更に言うと、その一番の被害者はローラだ。同性だから絡みやすいというのもあるだろうが、光の教徒の聖女として長い間教会内で扱われていたこともあって、こういった下品な話し方をされると初々しく反応してくれるのが面白いのである。間違ってもそんなことを本人には言えないが。
「うう~、後で覚えておきなさいよ、メリッサ」
「ふふふ、うちのことが忘れられへんってかぁ」
こういうときのメリッサは変なテンションなのでライナスとバリーは関わらないようにしている。巻き添えを食らわないためだ。ローラからあんた達も助けなさいよという圧力のかかった視線を受けても、2人は目を逸らすだけである。
「もうちょっとやろうぜ」
「そうだな」
訓練という格好の逃げ道があった2人は、適度に冷えた体を再び温めるべく、組み手を再開した。
一方、肝心の俺はというと相変わらず複合魔法の練習をしている。前の世界の科学技術に沿った使い方が有効ということで、実生活で使っていた道具を中心に練習をしていた。しかし、先日の魔族との戦闘でそんな暢気なことを言ってられないと痛感した俺は、ここにやって来てからは複合魔法の練習内容を戦闘用に変更している。詠唱している時点で無詠唱使いの魔族には通用しないのだが、無詠唱は相変わらずの低成功率なのでとりあえず後回しだ。
ただ、テントの中でそんな戦闘に使うような魔法をそのまま練習したら間違いなく大惨事になってしまう。そこで、思い切って練習する場所を変えてみた。大体3オリクくらい陣地から離れて練習するのだ。そして、防音と防光を使ってできるだけ陣地から見えないようにする。何のことはない、村でやっていたことをそのままやっているだけだ。もちろん夜中である。
最初にやってみたのは炎竜巻だ。やっぱり俺もファンタジーっぽい複合魔法を使えるようになりたい。
(でも魔法って、自然現象を模して作られたやつが多いんだよなぁ)
科学技術が未発達なんだから参考にできるのがそれしかないんだろう。そして、原理が曖昧なままだとイメージが不充分になってしまう俺とは相性がよろしくない。見た目をそのまま受け入れられないんだよな。そういった理由で、単発の魔法でも使いづらいやつはある。それでも使えるようになった魔法というのは、本当にそれだけをイメージして使っている。だから2つ同時となると難しいのだ。
さて、炎竜巻に戻る。こいつの場合だと、以前なら何となく炎と竜巻が混ざったものを想像していたんだが、今回はきっちりと想像してみよう。最初に炎だが、これはそうだな、祭りのときに燃やすでっかい炎か。けど、縦長の炎で一番しっくりくるのがなぜかガスバーナーの火なんだよな。次に竜巻だが、これは地面と雲の間に上昇気流と下降気流が起きることで発生する。本当はもっとしっかりとした仕組みがあるが、今はこれでいいだろう。失敗したら、もっと細かい仕組みを思い描けばいい。
ということで、細長く限定された空間内に対流が起きるようにイメージし、更にその真ん中にガスバーナー見たいな炎のイメージを重ねる。
(我が下に集いし魔力よ、炎を纏う渦巻く風となりて敵を蹴散らせ、炎竜巻)
すると指定した場所に天高く燃え上がる細長い炎とそれを撹拌する竜巻が現れる。でも、なんて言えばいいんだろう。
(……思ってたのと違う)
敵に当たれば効果はあるのかもしれないが、単に炎と竜巻で同時攻撃しただけにしか見えない。やっぱりガスバーナーがまずいか。
こんな感じで試行錯誤を繰り返している。炎竜巻の場合は主に炎のイメージを修正していた。ここ数日間はだいぶ様になってきたと思う。効果の程は実際に試してみないとわからないが。
炎竜巻である程度の目処がつくと、今度は別の複合魔法に取りかかる。特に散弾系の複合魔法は思ったよりも簡単にできた。ショットガンそのままだからな。対魔族のことを考えると、光の魔法中心に組み合わせてゆく。例えば、光炎散弾がそうだ。単に名前をくっつけただけだが、実際の魔法もそんな感じだ。光と火の玉を同時に撃ち出すだけである。
(なんだ、できるやつは意外と簡単にできるじゃないか)
数をこなして自信がついてくるとイメージしやすくなってゆき、イメージできるようになると更に他の複合魔法も使えるようになってくる。ようやくコツを掴んできたのだ。そう、これだよ、これ! こういうのを望んでいたんだよ!
こうしてしばらく続く平穏な日々を、俺は魔法の練習漬けで過ごした。




