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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
序章 気がつけば異世界
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目覚めたら他人の家

 「あ~疲れたっとぉ」


 忘年会シーズン真っ只中のこの時期に、俺、木村勇治は会社の同僚としこたま酒を飲んで帰ってきた。

 ここはとあるアパートの一室だ。もちろん俺の部屋である。今回は間違って人んにはいるほど前後不覚にはなっていない。


 「うい~、ただいま~っと!」


 うまく入らない鍵を穴に無理矢理突っ込んでねじ回して扉を開けて声を上げる。当然反応はない。もし声が返ってきたらむしろ驚く。30代独身で身寄りのない男だからな、俺は。

 妻? 彼女? いるわけないだろ……

 何となく空しい思いをした俺は、靴を脱ぎ、脱いだコートと上着をハンガーに掛ける。そして、ベルトを外してズボンを脱いでからベッドに倒れ込むように寝転がった。


 「あ~飲み過ぎたかなぁ」


 酒で体が温まっているせいか、室内の冷たさが気にならない。

 ぼんやりと見慣れた天井を眺める。

 今日の忘年会は仲の良い仲間6人で馴染みの居酒屋へ行った。先週やった会社の忘年会には上司や部下もいたので何かと気を遣う。だから改めて気軽に話せる連中だけで集まったんだ。全員勤務先はすっかりばらばらになって中には滅多に会わなくなった奴もいたけど、こうして都合をつけて飲みに付き合ってくれるというのは相当仲が良いと思う。

 だからこの面子での忘年会はそれはもう盛り上がった。普段会ってないからこそ山のようにある積もる話から、上司や部下への愚痴など話題には事欠かなかった。

 もちろん俺も楽しんだよ。営業なんてやってると仕事で飲まないといけないこともよくあるが、やっぱり酒の美味さは全然違う。そりゃそうだよな、仕事で飲んでても美味くないもん。

 ただ、6人の中で唯一独身の俺は、家庭の話にだけはついていけなかった。たまたま席の端にいたこともあって酒をちびちびやりながら聞いていたが、体験していないためにぼんやりと聞くだけしかできなかった。しばらくして気を利かせてくれた1人が別の話題を振ってくれたので疎外感は大したことなかったけどね。気が利く仲間がいると助かる。


 「さってとぉ、シャワーでも浴びるかぁ」


 必要もないでっかい独り言を呟きながら立ち上がった。

 さっきから語尾が微妙に伸びているのは酔っ払ってるせいだ。普段はこんなに間延びしたしゃべり方はしない。

 がりがりと頭を掻いてから素っ裸となって風呂場に入った。風呂場には狭いながらも浴槽が付いている。普段なら湯船につかってゆっくりと疲れを取るところなのだが、今日は面倒なのでシャワーで済ませることにした。


 「ん~……うおぉ?!!」


 水温は40度程度に設定して蛇口を捻ったまでは良かったものの、出てきたのは冷たい水だった。てっきりお湯が出てくるものだとばかり思っていた俺は不意打ちを食らい、身もだえてしまう。

 しまった、湯が出るまでしばらく時間がかかるんだった!

 慌てて蛇口を捻って水を止める。


 「あ~冷てぇ……」


 おかげでほろ酔い気分は吹っ飛んだが、別に嬉しくない。いい気分だったのでむしろ損した気分だ。軽く汗を流したかっただけなのに。

 若干気分が沈んだが気を取り直す。

 今度はしくじらないようにシャワーヘッドを掴んで排水溝近くに向けた。そして蛇口を捻ってお湯が出るまで待つ。


 「よし、あったかくなったな」


 湯の温度が適度になったことを確認すると、俺は頭からシャワーの湯を被った。


 10分後、軽く汗を流した俺は風呂場から出た。

 トレーニングウェアのズボンとロングティシャツを身につけてから冷蔵庫へ向かうと、清涼飲料水のペットボトルを取り出して直接中身を呷る。


 「あぁ~生き返ったぁ~」


 さっぱりした俺は1.8リットル入りのペットボトルを冷蔵庫にしまい、再びベッドに倒れ込む。中に入れたばかりの冷たい水が胃の中で踊るのがはっきりとわかった。


 (さて、これからどうするか)


 とりあえず落ち着いた俺は、これからどうするか考えた。とはいっても何もする気は起きないんだけどね。

 時計を見ると既に日付は変わっている。


 (どうせ明日は休みだ。このまま寝て明日1日楽しむとするかな!)


 俺は別に夜型人間というわけじゃない。寝られるのならさっさと寝て、明日早めに起きて何かするのもいい。最近仕事で疲れてなかなか起きられなくなってしまっているが、決して歳のせいではない。疲れさえなければ、きちんと起きられるはずなんだ!

 それはともかく、どうしようかぼんやり考えていると次第に眠気が忍び寄ってきた。おお、酒のせいで適度に脱力感があって気持ちいい。


 (うん、面倒だから全部明日にしよう)


 だんだんと考えることすら面倒になる。どうせ今は酔っていてまともに何もできないんだし、それの方がいいか。

 そう思うと、気持ちよさげに目を閉じてベッドの中に潜り込んでゴロゴロとした。そして寝付きのいい俺はすぐに意識を手放す。


 しかしそれが現代日本との永別になるとは、このときの俺は思いもしなかった。

 うん、どこでどうなるのかなんて、本当にわからんよね。




 俺は寝起きが良い方だ。余程調子が悪いときでない限り、すっぱりと目が覚める。

 しかし、それはすぐに起きるということを意味しない。とりあえずすぐに目は覚めるのだが、その後しばらくベッドの中でゴロゴロとするのだ。仕事に疲れた社会人なら誰でも至福の時間だと認めてくれるだろう。

 そのとき俺は同時に慣れ親しんだ上布団やシーツの感触も楽しむ。単に眠ることだけを楽しむわけではないのだ。

 俺は目をつむりながらその感触を味わうため寝返りを打つのだが、あれっと疑問に思う。というのも、上布団やシーツの感触がないからだ。

 いや、それだけじゃない。心なしか夢の中にいるようなふわふわとした感覚がする。


 (なんだこれ?)


 不思議に思って目を開けようとすると、いきなり赤ん坊の甲高い声が聞こえた。俺は驚いてそちらを見る。


 (え?)


 そこには、泣きわめく赤ん坊をあやす若い女性がいた。その女性は金髪碧眼の典型的な西洋人のように見えるのだが、美人には見えない。顔の造形というよりも、全体的に汚れてるからそう見えるんだろうな。

 一番の問題はその服装だ。どう見ても貧しそう。例えるなら、農地で3人の女性が地面に落ちた麦を拾っている西洋絵画、あの女性を思い浮かべてほしい。あれ、何て言ったっけ? 少なくともモナリザじゃない。あれは金持ちの婦人らしいからな。

 その母親らしきその女性は赤ん坊を抱き、体を揺らしながら何かを話しかけていた。外国語らしくて何をしゃべっているのかさっぱりわからないが、その口調はとても優しそうに見える。

 しばらくすると赤ん坊の泣き声はかなり小さくなった。赤ん坊にはとりあえずおっぱいさえ与えておけばいいと思っていた俺は、あやすだけで赤ん坊が落ち着いたことに少しばかり驚く。母親ってすごいなぁ。


 ということで、赤ん坊が落ち着いて俺にも少し余裕ができたので周囲を見てみる。

 俺と女性と赤ん坊は広くはない室内にいた。見た範囲ではこの家は平屋らしく、個室らしきものはない。家はどうやら石と漆喰と木材で建てられているようだ。

 室内にはあまり物はない。目立つ物と言えば、寝床ベッド、食卓と椅子、小さな箪笥タンス、暖炉に台所くらいか。


 (それにしても……)


 室内は薄汚れて見えた。開け放たれた窓から陽の光が差し込んでくるものの、窓の数は限られている上に大きくないから家の中は暗い。

 家の作りも何となく頼りなさそうに見える。台風なんか来たら倒壊するんじゃないだろうか。

 こうやって一通り見て回ったが、結論として、俺は中世から近世の西洋絵画に描かれているような家の中にいることがわかった。遊園地か何かのアトラクションだったらもっと純粋に楽しめたのかもしれないんだけどなぁ。


 (どうして目が覚めたら、いきなりこんな昔のヨーロッパみたいなところの室内にいるんだ?)


 しかも、さっきから視線が合っているはずの女性は、まるで俺がいないかのように振る舞っている。これがアトラクションだったらもっと客であるはずの俺に愛想を振りまいてもいいだろうし、逆に自分のに赤の他人──この場合だと俺──がいたらもっと驚いていいだろう。

 ちょうど映画のスクリーンの中に入り込んで映画を見ているような感じか。


 そして何より驚いたのは、自分自身の姿を確認したときだ。服装ではない。服はトレーニングウェアのズボンとロングティシャツだ。シャワーを浴びた後に着た俺の寝間着そのままである。ちょっと恥ずかしい。


 そうではなくて、どうも俺って半透明なんだよな。


 まるで幽霊みたいに。

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