魔法使いへの道は遠い
<原典>
魔法使いの弟子
昔々、あるところにリリと言う幼い少女が居ました。
流行り病で両親を失い、奴隷に落とされ、邪神の生贄にされかかるなど波乱万丈な道のりを歩んできた少女ですが、とある人(?)達と出会うことでようやく普通に暮らせるようになりました。
「魔法を覚えたい?」
そんな暮らしの中、リリはかねてから考えていたことを勇気を出して姉(?)達に頼んでみることにしました。
他の家族達はみんな魔法が使えるのに自分だけ使えないということに不安を覚えていたためです。
「流石に早過ぎると思う」
「私は良いと思いますけど……」
「いや、魔法の教育は幼い内からしておいた方が伸び代が大きい。
私はもっと幼い内から教え込まれたし、別に早過ぎるということはあるまい」
主人であるアンリは難色を示しましたが、他の姉達は概ね賛同してくれました。
「では、早速明日から始めるとしよう。講師は私がやってやる。
ああ、ついでだ。アンリとテナも参加しろ」
「え? 私達もですか?」
「なんで私まで……」
「お前達には闇魔法のことしか教えてないからな。
才の有無は別として、他の属性のことも知識として知っておくべきだろう」
「分かりました」
「……分かった」
一部、微妙に不服そうな反応はありましたが、レオノーラを講師としてみんなで魔法のお勉強をすることが決まりました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日から始まったお勉強は順調に進み、リリは魔力の運用についての大まかなところは理解出来るようになりました。
そんなある日の事、テナとレオノーラがリーメルの街まで出掛けることになりました。
ちなみに、主人のアンリはまだ寝てます。
「もし出来ればお風呂に水を汲んでおいて欲しいのだけど……大丈夫、リリ?」
「まかせて」
リリは笑顔でそういうと、テナとレオノーラを見送りました。
元々、リリが魔法を覚えたいと思ったのは自分だけ仲間はずれのように感じたのもありますが、一番の理由は家族達の役に立ちたいと思ったためです。幼い自分はあまり出来ることがありませんが、魔法を覚えれば役に立てると思ったのです。
そんなリリですから、大好きな姉であるテナに頼まれごとをしたのはとても嬉しいことでした。
「!」
更にリリは名案を思い付きました。
それは、折角教えて貰っている魔法を使って水汲みをしようと言うものです。既に魔力の運用については大体のところを教えて貰ってますし、実践は初めてですが出来るという自信はありました。
これが上手くいけば、姉達から褒めて貰えるかも知れません。
とは言え、まだ属性魔法については教えて貰っていないので、直接水を生み出したりするようなことは出来ません。
出来るのは魔力を操作して何か物体を動かすようなことくらいです。
そのため、リリは箒を魔力で動かして代わりに水を汲ませることにしました。
「えい!」
リリが魔法を詠唱すると、箒から手が生えました。
「……………あれ?」
宙に浮かせた箒にバケツをぶら下げて水を汲む、くらいに考えていたリリは、目の前のホラーな光景に硬直します。
しかし、そんなリリを余所に箒は勝手に動き出し、バケツを両手に掴むと走り始めました。
「あ、まって」
慌てて止めようとするリリですが、箒は予想以上のスピードで爆走しており追い付けません。追い掛けるのを諦めたリリが呆然と箒が姿を消した方向を見遣っていると、しばらくして箒が戻ってきました。
物凄いスピードなので見辛いですが、よく見ると箒の持っているバケツには水が入っています。おそらく、近くの川か泉まで行って水を汲んで戻ってきたのでしょう。
箒は棒立ちになったリリの横を駆け抜けると、家に入っていき風呂桶に汲んできた水を流し込みました。そして、バケツが空になると再び外に出て走り始めます。
「……水はくめてる」
予想と大分違う動きですが、取り敢えず目的は果たしているとして、リリはそれ以上考えないことにしました。
爆走する箒によって風呂桶はあっと言う間に満杯に水が溜まりました。
……が、箒は止まりません。
ここに来て、リリは焦り始めました。何しろ完全に予想とは違う魔法が発動しているため、止め方も何も分からないのです。
青褪めるリリを余所に、風呂場は既に水浸しになりつつあります。
このままいけば、家全体が水浸しになってしまうでしょう。
「とまって! もういいから!」
必死に箒を止めようとしますが、箒はリリの言うことなど聞こえなかったかのように黙々と水を汲み続けます。
強硬策として柄を掴んで力づくで止めようともしたのですが、物凄い力で振り払われてしまいました。
「アンリさま! おきて、アンリさま!」
やむなくリリは寝たままだった主人のアンリを起こそうと試みました。迷惑を掛けるのは嫌でしたが、このままでは家全体が水没してしまいます。
「ん〜……あと五時間……」
ダメだ、このぐうたら主人……。
幼いながらもそう思ったリリは、アンリを起こすのを諦めました。このまま水が増えて溺れそうになれば流石に起きるでしょう。
諦めたリリは、自分の手で何とかしようと箒へと向き直ります。
もう一度柄を掴んで止めようとします──しかし、やはり結果は同じで容易く振り払われてしまいました。
魔力を操作して止めようと試みます──ところが、逆に箒のスピードが加速してしまいました。
ならばと、他の箒を操作して水を外に出させようとします──案の定、二本目も一緒になって水を汲み始めました。
そうこうするうちに、既に水はリリの腰の辺りまで達してきてしまいます。下半身が濡れて寒いですが、状況はそれどころではありません。
リリは水を掻き分けるようにして、アンリの部屋へともう一度尋ねました。流石にここまでくればぐうたら主人も起きるだろうと思ってのことです。
しかし、なんとこの主人、水面に魔力でフィールドを作ってその上で布団に丸まって寝続けています。無意識でこの対応、無駄に能力が高くて始末に負えません。
「……うぉーたー……べっどは……気持ちいい……」
ダメだ、このぐうたら主人……。
再びリリは思いましたが、流石にこの状況はもう自分の手には負えないため、何としても彼女に起きて貰う必要があります。
リリはアンリが丸まっているところまで泳ぐと、必死に揺り起こそうとします。
「アンリさま! おきて、アンリさま!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おきて……アンリさま……ねぼすけアンリさま……ぐうたらアンリさま……いたいっ!?」
頭に何か柔らかいものが当たり、衝撃でリリは目を覚ましました。
「ちょ、ちょっとアンリ様!? 流石にチョップは可哀相ですよ?」
「つい……」
「お前の普段の生活態度のせいだろう、これを期に改めたらどうだ?」
「聞こえない」
リリが目を開けて周りを見渡すと、そこはリリの部屋のベッドの上でアンリとテナ、レオノーラの三人がリリの顔を覗き込んでました。
「あれ……水は!?」
思い出した途端、急激に目が覚めて周囲の様子を確認しますが、先程まで水に覆われていた筈の家の中は普段通りで、濡れている様子すらありません。
「……ゆめ?」
「何か怖い夢でも見たの?」
そう、先程までの水に覆われる家は魔法の勉強中に寝てしまったリリの夢なのでした。
コクコクと頷くリリを見てテナは優しく苦笑すると、リリの足元の方へと目を向けて言いました。
「取り敢えず……お風呂と洗濯が必要ね」
<配役>
弟子:リリ
偶には古典的な夢オチに。
ちなみに、パラレル空間です。
実際の黒薔薇邸のお風呂は全自動なので水を汲む必要はありませんし、アンリはここまでぐうたらでは……。(以下略)