アンリとヒモ
<原典>
アリとキリギリス
ある夏の日、闇神アンバールが草原で昼寝をしていると、邪神アンリが何か重そうなものを担いでフラフラと歩いてきました。
「おいおい。そんなに汗を掻いて、何してんだ?」
「見れば分かる筈、食糧を運んでるだけ」
「そりゃご苦労なこった。だけどよ、わざわざ運ばなくたって幾らでも転がってるじゃねぇか。
何で、いちいち家に食べ物を運ぶんだ?
俺みてぇにゴロゴロして、腹が減ったらその辺の物を喰えばいいじゃねぇか」
アンバールの疑問に、アンリは周囲を軽く見渡しながら答えました。
「今は夏だからいいけど、冬が来たら食べ物はなくなる。
その時になって困っても知らない」
アンリの言葉に、アンバールは莫迦にしたように両手を肩の辺りに掲げ首を竦めるポーズを取りながら嗤いました。
「ハッ。まだ夏が始まったばかりなんだ。そんな先のことを考えてどうするよ?
冬の事は冬が来てから考えれば十分だろ」
アンバールはそう答えると、ゴロッと寝っ転がって昼寝を再開しました。
アンリはアンバールのそんな態度を見ると、溜息を一つ吐いてから食糧の運搬に戻りました。
「後で後悔しても知らないから」
それからもアンバールは毎日ゴロゴロと昼寝をする怠惰な生活を続け、その一方でアンリは一生懸命家に食糧を運び続けました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて夏が終わり、秋が来ました。
辺りの木々は華やかに色付き、紅葉の美しさを見せています。
木の実や果物も豊富に実り、食べ放題です。
「アイツ、まだやってんのか?
ホント、よくやるぜ……」
木の実や果物を必死に拾い集めては家に運んでいるアンリの姿を遠巻きに見ながら、アンバールは木になってる林檎を一つもぎ取ると齧り付きました。
瑞々しい林檎は噛んだところから果汁が溢れ、周囲に甘い香気が満ちます。
「ま、俺はもう少しゴロゴロさせて貰うとするか」
秋になって涼しくなった草原は絶好の昼寝日和です。
アンバールは林檎を食べ終えると、木を枕に横になって昼寝を再開しました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてついに寒い冬がやって来ました。
草原は草もすっかり枯れ果て、木の実や果物もありません。
アンバールはたちまち食べる物に困ってしまいました。
「チッ、腹が減ったな。
木の実も果物も、何処にもなってねぇし。
ったく、どうするかな」
食べ物が無いだけではなく、彼には家すらありません。
冷たい風がアンバールの体力を奪っていきます。
「おぉ、寒。何処かで暖まりてぇな。
ついでに喰いモンもありゃ言うこと無しなんだが」
寒さと空腹で震えながら彷徨うアンバールは、ふと良いアイディアを思い付きました。
「おお、そういやアイツの家があるじゃねぇか。
夏の間から貯め込んでたし、喰いモンもたんまりありそうだ。
春まで泊めて貰うとするか」
ヒモ宣言です。
「後悔しても知らないとかグチグチ言ってたが、まぁ何とかなんだろ。
恋愛経験無さそうだし、ちょっと口説いてやればコロッといく筈だ」
最悪です。
そして、アンバールはアンリの家を訪ねると、家に入れてくれるように頼みました。
しかし、渋られると思っていたアンバールの予想に反して、アンリは見たことのないような満面の笑みを浮かべて彼を迎え入れました。
「いいよ」
「お? おぅ! そ、そうか。悪ぃな」
それなりに長い付き合いですが初めて見るアンリの笑顔に、アンバールは驚いて顔を赤らめます。
予想と真逆の反応をされたことに対する違和感も、その笑顔の前に忘れてしまいました。
開けられた扉からアンバールはアンリの住む家へと入ります。
「ううん、食糧は幾らあっても困らないから」
包丁を後ろ手に隠し持ったアンリが扉を閉めました。
<配役>
アリ:アンリ
キリギリス:アンバール
書きながら思いましたが、原典でもあり得た結末ではないでしょうか。