転移マッチ
<原典>
マッチ売りの少女
今回はほのぼの風味。
とある街の通りで、みすぼらしい服を着たマッチ売りの少女が、寒さに震えながらも通りを行き交う人々に必死に呼び掛けていました。
彼女の名はテナ、長い金髪を持った十代前半の少女です。
時の頃は大みそかの晩、夕暮れ時から降り始めた雪は、既に道に厚く積もっています。
「マッチは、マッチは如何ですか。お願いします、誰かマッチを買ってください」
しかし、道を歩く人々は少女に目もくれずに歩み去っていきます。
尤も、それも無理はありません。
わざわざ通りで売り歩くテナから買わずとも、お店で買った方がずっと良い物が買えるのですから。
「お願いします! 一本だけでも構いません! 誰か、誰かマッチを買ってください!」
テナは必死に声を上げますが、マッチはまだ一本も売れていません。
テナの家は貧しく靴を買って貰えないため、彼女は裸足のままでマッチを売り歩いています。通りに積もった雪は冷たく、テナの足は凍えて赤くなってしまっていました。
このままでは凍えて死んでしまいそうですが、テナはマッチが一本も売れないまま家に帰るわけにもいきません。彼女の家には病気で働けなくなった両親とまだ幼い弟が、テナがお金を稼いでくるのを待っているのです。
しかし、その想いだけでは身体は動かず、寒さに耐えかねたテナは一時でも吹き付ける風を避けるために、路地裏に入って座り込みました。
それでも、風が直接当たらなくなって少しマシになった程度で、相変わらず凍えてしまいそうな寒さであることは変わりません。
「そうだ、マッチをすって暖まろう」
テナはそう言うと、売り物のマッチを一本手に取り壁にすりつけました。
シュッという音と共にマッチの先に火が灯ります。
ずっと冷たい冬の風に晒されていたテナにとって、そのマッチの火はとても暖かく感じました。
すると、いつの間にか、テナの前に勢いよく燃えるストーブが現れました。
「ああ、暖かい……」
しかし、テナがストーブに手を伸ばした途端にマッチの火が消え、火と共にストーブも掻き消えるようにテナの目の前からなくなってしまいました。
「今のは……このマッチをすったから見えたのかしら?」
テナは確かめるために、もう一度マッチをすって火を付けました。
すると、今度は光が差し何処かの部屋の光景が見えるようになりました。
部屋の中に置かれているテーブルには沢山の御馳走……ではなく、食材がそのまま並んでいました。
「ええと、何かしら、これ……」
良く見ると、テーブルの前に置かれた椅子には一人の少女が座っており、何かをしています。
気になってテナがその少女に注視しようとした時、マッチの火が消えて不思議な部屋の光景も消えてしまいました。
「ああ!? も、もう一度!」
慌てたテナが三度マッチをすると、また先程の部屋の光景が彼女の目の前に現れました。
テーブルの前に座る少女はテナよりも何歳か年上の黒髪の少女で、黒いローブを纏っていました。
少女は無心で目の前にある食材を齧っています。
「は?」
テナはその光景に、思わず間抜けな声を上げてしまいました。
黒い少女は調理もされていない生の野菜をひたすら齧ってるのです。何故そんなことをしているのかと思って周囲に目をやると、そこには調理器具が散らばっていました。
それを見た瞬間、テナにはピンときました。おそらくあの少女は、料理をしようとして上手くいかず、仕方なくそのまま食べられそうなものを食べているのでしょう。
少女は無表情ですが、そう思ってみると心なしか切なそうに見えます。
「なんてもったいない!」
両親の手伝いを真面目にやっているテナはそれなりに料理が出来ます。そのテナにしてみれば、黒い少女の所業はもったいないの一言に尽きます。あれだけの食材があれば、色々と御馳走が作れるというのに。
朝から何も食べていないテナにとっては、テーブルの上の食材は宝の山に見えます。
「ああ、料理してあげたい」
テナが思わずそう呟いた瞬間、黒い少女がガバッと立ち上がりテナの方を向きました。そしてそのまま立ち上がると、テナの方へと手を伸ばしてきます。
部屋の光景は円状の光の中に映し出されていましたが、その表面からローブに包まれた腕が伸びてきて、ガシッとテナの右腕を掴みました。
「え……?」
突然のことに悲鳴も上げられずに呆然とするテナでしたが、次の瞬間物凄い力で光の中へと引き摺りこまれます。
「きゃあああぁぁぁーーーっ!?」
テナの身体は光の円の中に消え、手に持っていた火の付いたマッチが地面に落ちて積もった雪に当たり、ジュッと音を立てて消えました。
マッチの火が消えた瞬間、部屋を映し出していた光の円も消え、後にはマッチが入った籠だけが残されました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気が付くと、テナは先程まで見ていた部屋の中に居ました。
凍えそうな程寒かった路地裏から比べると、この暖かい部屋は天国のように感じられましたが、今のテナにそれを堪能する余裕はありませんでした。
テナの目の前には黒いローブを纏った少女が居り、未だテナの右腕をしっかりと掴んでいます。
「あの……」
「お願い、ご飯作って」
無表情のまま縋り付いてきた少女に、テナは反射的に激しく首を縦に振りました。
三十分程経った後、テーブルの上には料理が載った皿が幾つも並んでいました。
「いただきます」
お行儀よく手を合わせてそんな言葉を口にした少女は、ナイフとフォークを両手に持つと食事に取り掛かろうとしたところで、ふとその手を止めてテーブルの横に立っていたテナの方に向きました。
「食べないの?」
「え? あの、私も食べていいんですか?」
テナの言葉に少女は無言で頷きました。
それを見たテナは遠慮がちにしながらもテーブルの反対側に着き、食事を始めました。
最初こそおずおずとといった様子でしたが、元々空腹が限界まで来ていたこともあり、テナは次第にこの不思議な状況のことも忘れ、久しぶりに味わう贅沢な食事に夢中になりました。
食事の合間に少女と会話することで、テナはこの部屋が街から少し離れた場所にあるダンジョンの一室であると知りました。街に居た筈のテナが何故そんなところに来てしまったのかは分かりませんでしたが、きっと魔法の力なのでしょう。
食事の後、食事を作ってくれたお礼としてお土産に食材を貰ったテナは、黒い少女が作りだした黒い光の魔法陣に乗って街へと帰りました。
その際、お礼はするので出来れば今後も料理を作りに来て欲しいと頼まれたため、テナは二つ返事で了承しました。
自分が料理しないと、目の前の黒い少女はまた調理もしてない野菜を無心で齧るのでしょうから、放っておけません。
それに、食材を分けて貰えるのならテナも家族も暮らしていけます。
そうして、テナは今日も路地裏でマッチをするのでした。
<配役>
マッチ売りの少女:テナ
おばあさん?:アンリ