リトルマーメイドの悲恋
<原典>
人魚姫
深い海の底にお城がありました。
そこに住むのは人魚の王様でした。
王様には三人の姫が居ましたが、その中でも一番末の姫はとても綺麗でした。
腰まである金色の髪に透き通った肌、整った顔立ちに大きくパッチリとした紅い瞳、すらりとしながらも歳不相応に大きく実った胸。そして、滑らかな尻尾。
額に刻まれた黒い紋様が神秘的な美しさに拍車を掛けます。
人魚の世界では、一定の年齢になると海の上の人間の世界を見ることが許されるようになります。
幼く、まだ泳ぐのが遅い内に人間に近付くのは危険とされているため、そのような掟があるのです。
ずっと外の世界を見たいと思っていた末の姫──テナは、誕生日を迎え海の上を見られるようになった日に、すぐに外へと向かいました。
テナが海上に顔を出すと、ちょうど巨大な船が近くを通っていました。
「凄い大きい……これがレオノーラ姉様やアンリ姉様の仰っていた『船』というものなのですか?」
興味を惹かれたテナは、船を追い掛けると気付かれないようにその上を覗いてみました。
船の上には着飾った人達が何人も居ましたが、その中で一際目を惹く青年が居ました。端正な顔立ちに豪奢な服を纏った、テナよりも少し年上くらいの黒髪の青年です。
「………………」
テナは思わず見惚れ、その青年以外の人は目に入らなくなりました。聞こえてくる言葉から、その青年が海辺の国の王子であることが分かりました。
時間を忘れて王子を見詰めていたテナですが、ふと海の様子がおかしいことに気付きました。
風が強くなり、波が次第に大きくなり始めます。雷が鳴る頃には、王子の乗った船は大波に揺られて今にも沈んでしまいそうになってました。
「嵐!? 大変!」
人魚であるテナは海が荒れても平気ですが、人間はそうはいきません。水夫たちが帆を畳み、何とか船を維持しようとしますが、その甲斐なく船は横倒しになり、乗っていた人達は海へと放り出されてしまいました。
「王子様!?」
テナは慌てて海に投げ出された王子を探すと、気絶している王子の身体を抱いて浜辺へと運びました。
他の人のことも気になりますが、二本しかない彼女の腕で抱えられるのは一人だけでした。
「王子様、しっかりして下さい!」
テナは王子の身体を圧迫して飲んでしまった水を吐かせると、人工呼吸を行いました。何度か繰り返している内に、王子は息を吹き返し激しく咳き込みました。
「良かった……」
王子は目を開きますが、溺れて死に掛けた状態であるため意識はハッキリせず、テナの顔も良く見えてないようです。
「君は……」
「もう大丈夫ですよ、王子様。
絶対に助けてあげます」
「あり……がとう」
それだけ言うと、王子は再び意識を失いました。
テナは慌てて彼の口元に耳を寄せますが、ちゃんと呼吸をしているためただ気絶しただけだと分かって安心しました。
もう、大丈夫なようです。
ホッとしたテナは、王子に何か温かいものを食べさせてあげようと、その場を離れました。
しかし、その時近くに住む人間の娘が倒れている王子を見付け助け起こしました。
「ありがとう、君は私の命の恩人だ」
先程意識を取り戻した時には目の焦点が合わずにテナの顔が良く見えなかった王子は、その娘が自分の命の恩人だと勘違いしてしまいました。
テナが戻ってきた時、王子はその娘を連れて城へと帰ろうとしていたところでした。
がっかりしたテナは海底の城へと帰りましたが、王子のことが忘れられません。
「素敵な王子様だったな。
もう一回、一目でも会いたいです。
……そうだ、人間になったら、また王子様に会えるかも知れません」
そこでテナは人間にしてもらうため、邪神?のもとへと向かいました。二番目の姫が知ったら、断固として阻止したでしょう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
邪神?はテナの話を聞くと、答えました。
「いいよ、人間にしてあげる。
但し、条件を付けさせてもらうよ。
王子と君が結婚出来なかったら、君は海の泡になってしまうんだ」
「構いません。それで王子様と一緒に居られるのなら」
邪神?は恐ろしい言葉を放ちますが、テナの心は止められません。
「分かったよ。
それとさっきのは条件で報酬は別だよ。
願いを叶える代償に、君の声を貰おう」
邪神?の力でテナは人間の姿になり、話せない身ですが人間の世界へ向かい、王子の城を訪ねました。
「おお、なんと綺麗な娘だ」
王子はテナのことを気に入り、まるで血を分けた妹のように可愛がりました。如何に美しかろうと突然現れた娘に対してあり得ない厚遇ですが、無意識のうちにテナのことに気付いていたのかも知れません。
しかし、王子は命の恩人と思い込んでいる娘と結婚することになっていました。
このままでは、次の日の朝にテナは海の泡になってしまいます。しかし、話せないテナには誤解を解くことも出来ず、どうすることも出来ませんでした。
絶望して海辺で泣いているテナのもとに、一つ上の姉の人魚が姿を見せました。
「このナイフで王子の心臓を刺しなさい。
そしてその血を足に塗れば、貴女は人魚に戻れる」
一つ上の姉──アンリは歳の近いテナを非常に可愛がっており、妹の窮地に見て居られなくなったのです。
彼女は邪神?の居場所に乗り込んで締め上げると、テナを救う方法を聞き出してきたのです。
ちなみに、締め上げるというのは比喩ではなく、そのまま尻尾で締め上げるという意味です。
テナはアンリからナイフを受け取ると、王子の眠る寝室へとこっそり入りました。
結婚式の準備で疲れている王子はぐっすりと眠り、テナが入ってきても目を覚ますことはありませんでした。
テナは王子の唇にそっと唇を合わせると、ナイフを振り被りました。
「………………」
しかし、テナはいつまで経っても振り下ろすことが出来ません。
自分の命が代償になっているとしても、愛する人を殺すことが出来なかったのです。
テナはナイフを投げ捨てると、海へとその身を投げ出しました。
人間になった彼女は人魚であった時とは異なり、海の中で呼吸をすることが出来ません。
波に揉まれながらテナは段々と自分の身体が足元から崩れて泡になっていくのを感じました。
「さよなら。お父様、お姉様」
既に下半身は完全に泡と化し、上半身も胸元まで崩れていました。
「さよなら……王子様」
最後に一粒の涙と共にそう呟くと、テナの身体は全て泡へと──
「駄目、そんなのは許さない」
その瞬間、泡となって消えるはずのテナの頭が何か温かいものに包まれました。
目を閉じていたテナが不思議に思って目を開けると、そこには彼女のことを誰よりも愛してくれる姉の姿がありました。
アンリがテナの頭を抱えていたのです。
「お姉様?」
「もう大丈夫」
アンリのその言葉を裏付けるように、泡となったテナの身体が次第に元に戻っていきます。その足元は人の物ではなく、元の人魚のヒレでした。
「どうして……?」
何故泡になって消える筈の自分が助かったのか、理解出来ずにアンリに訪ねるテナ。しかし、アンリはそれには答えずに首を振ると彼女に告げました。
「貴女はもう助かったの。
城へと戻りましょう」
理由は分からないままですが助かった上に人魚に戻った以上は、他に選択肢はありません。
テナは城へと帰ると、王様や姉達から散々にお説教を受けました。
その後、テナは海底の城で王様や姉達と一緒に大きな問題もなく平穏に暮らすのでした。
そして時々は海上に顔を出し、幸せそうに暮らす王子の姿を遠くから眺めるのでした。
<配役>
人魚姫:テナ
王子:???
魔女:邪神?
姉姫1:レオノーラ(名前のみ)
姉姫2:アンリ
今回、お話を二つに分けております。
もう一話は一時間後(8/25 0:00)に投稿されますが、この話で満足されたなら蛇足になりますので読まれない方が良いかも知れません。




