アンリと豆の木
<原典>
ジャックと豆の木
昔々、あるところにアンリという名の少女が、姉妹と共に暮らしていました。
ある日、アンリが街に出かけると、全身をローブで隠した怪しい人物から声を掛けられました。
「やぁ、そこの可愛らしいお嬢さん。
君に良いものをあげよう」
「要らない」
どう見ても怪しかったためキッパリと断ったアンリですが、謎の人物は引こうとしません。
「まぁ、そう言わないで。
今日君にあげようと思ったのはこの豆。
勿論、ただの豆じゃないよ?
これはなんと、幸運を呼ぶ魔法の豆なんだよ」
「要らない」
ますます怪しいので嫌そうに断るアンリですが、怪人物はしつこく付き纏います。
結局、アンリは豆の入った小袋を強引に押し付けられてしまいました。単純に儲かったと考えることも出来たかも知れませんが、怪しい触れ込み過ぎてとても口に入れる気にならない代物です。
「…………てい」
アンリは、ローブの人物が離れていったことを確認すると、小袋を路地裏に放り捨てました。
怪しい豆を捨ててせいせいしたアンリですが、しばらく歩いているうちにポケットに何かが入っていることに気付きました。疑問に思って取り出してみると、なんと先程捨てた筈の豆ではありませんか。
不気味に思ってアンリは周囲の目も気にせずに豆を全力で放り投げると、一目散に逃げ出しました。戦略的撤退です。
しかし、家に着いた時に再びポケットの中に重みを感じます。大魔王からは逃げられないように、豆からも逃げられないのです。
意地になったアンリは家の庭に穴を掘ると、豆を小袋ごと穴の中に放り込んで埋めました。今度こそ苛まされないように、念入りに土を上から踏んで踏み固めます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、アンリが目を覚ますと昨日呪いの豆を埋めた場所に巨大な蔓が生えていました。その横幅は家よりも太く、高さは雲を貫いて頂点が見えない程でした。
「頭痛い」
不幸を呼ぶ呪いの豆の効果に、アンリは頭を抱えました。どこまで続いているか試しに登ってみる……などということは当然しません。落ちたらどうするんですか。
取り敢えず、この状態では周囲からも異常がバレバレです。何せ文字通り天まで届くような蔓です、悪目立ちすることこの上ありません。
どうにか処分する方法を、と考えてアンリが蔓に近付いた瞬間、それは起こりました。巨蔓から一本の触手が伸びてくるとアンリの右足首を捉え、恐ろしい力で上空へと引っ張ったのです。アンリはスカートが捲れ上がらないように押さえるのが精一杯で、為す術なく上空に運ばれてしまいました。
気が付いた時には雲を超えて空に放り出されていました。ここから地上に落下すればどう足掻いても潰れたトマトになることは逃れられません。流石に死を覚悟するアンリでしたが、なんと投げ出されたアンリの身体は雲の上で留まり、それ以上落ちることはありませんでした。
雲の感触はふわふわとしていて心許ないものがありましたが、一先ず墜落死を免れたことにアンリは安堵の溜息を吐きました。
ようやく落ち着いたアンリが周囲を見渡すと、雲の上に大きなお城がありました。どう考えても嫌な予感がするため行きたくなかったアンリですが、他に選択肢もないため仕方なくお城へと向かいました。
本音で言えばそのまま家に帰りたかったのですが、素面で蔓を伝って地上まで帰り着く自信がありません。
城に着いたアンリは、そこに居るであろう住民に気取られないように慎重に慎重を重ねて侵入しました。ある部屋でアンリが中を覗くと、そこには牛を片手で持てる程の巨人の女性が、全身甲冑を纏って椅子に座っていました。
「おや? この匂いは……気のせいですか」
巨人はアンリの匂いに気付いたようでしたが、すぐに勘違いだと思って作業に戻りました。どうも、あまり頭はよろしくないようです。なお、彼女が何をやっているのかというと、金貨の入った袋から枚数を数えているようです。しかし、飽きたのか途中で放り出してベッドに横になって眠ってしまいました。
巨人が寝てしまった後、アンリの視線は彼女が放り出した金貨に釘付けになりました。
思えば、こんなところに城がある以上、あの呪いの豆とこの城には何らかの因果関係があり、この城の主であろう巨人も無関係ではないのでしょう。つまるところ、アンリがこんな目に遭っているのも目の前の巨人のせいという可能性が皆無ではないかも知れないということ。
「慰謝料に貰ってく」
筋が通っているのか通っていないのか微妙な理論で自分を納得させると、アンリは金貨の入った袋を頂戴することにしました。が、ここで欲に突き動かされるまま手を伸ばす彼女ではありません。念には念を入れて、厨房から油の入った壺と火種を借りてきました。
準備が整うと、アンリは忍び足で巨人の部屋に潜入し、金貨の入った袋を背負いました。しかし、ここで予想外のことが起こります。
「光神様、光神様、泥棒です!」
驚いたことに部屋に置かれていた竪琴が大声を上げ、警告を発したのです。
「なんですって……ッ!? 小娘、貴女が盗人ですか! おのれ!」
竪琴の声に眠っていた巨人が目を覚まし、アンリのことを見付けてしまいました。
アンリは巨人がまだ立ち上がらないうちに、急いで部屋から逃げ出しました。城から外に出て最初に雲の上に投げ出された場所を目指して走るアンリ、一方巨人もアンリを追い掛けて城から出てきました。しかし、巨人はあまり足が早くないらしく、圧倒的に小さいアンリよりもスピードが遅いのが幸いでした。
蔓のあるところまで辿り着くと、アンリは地上を見下ろします。
手を放せば地上に真っ逆さまの危険な賭け、御免だと思ってましたがこうなっては腹を括るしかありません。アンリは脇に抱えていた油の入った壺を蔓にぶちまけると、油で滑らない反対側から地上を目指して懸命に降り始めました。
アンリが中腹辺りまで降りた時、蔓がやけに揺れるようになりました。どうやら、巨人がアンリを追い掛けて蔓を降り始めたようです。最早一刻の猶予もありません。
アンリは更にペースを上げると、一気に地上を目指しました。
何とか巨人に追い付かれる前に地上に辿り着くと、アンリは城の厨房から拝借してきた火種で火を熾しました。
雲の上でぶちまけた油は蔓を伝って地上まで流れてきています。アンリはその油に熾した火を投げ付けました。
「ファイヤー」
余程質の良い油を使っていたのか、蔓はあっと言う間に火に包まれ上空から国中に響き渡るような大きな悲鳴が聞こえました。
こうしてアンリは手に入れた金貨で大金持ちになり、姉妹と共に幸せに暮らしましたとさ。
<配役>
ジャック:アンリ
巨人:ソフィア
なお、光神の名誉のために言っておくと、呪いの豆は彼女には何の関係もありません。