リーメルの笛吹き
<原典>
ハーメルンの笛吹き
昔々、リーメルという街でネズミの大量発生が発生し、街に大きな被害を与えました。
困った街の人達はネズミ捕りの罠を仕掛けたり、毒入りの餌を仕掛けたりと対処しようとしましたが、ネズミは増える一方です。
「仕方がない、猫を飼ってネズミを獲らせよう」
誰かがそう言い出すと、他の者達も挙って猫を飼い始めました。
しかし、ネズミの数が多過ぎて焼け石に水でした。
そんなある日、街の窮状を聞き付けたとある人物から打診がありました。
「ネズミを追い払ってあげる。ただし、金貨千枚が条件」
それは街に程近いところに建てられた黒薔薇邸と呼ばれる不思議な館の住人からの申し出でした。
突然の申し出に街の人々は怪しみますが、ネズミの被害は最早そのようなことを気にしていられるような状態ではありません。
結局背に腹は代えられず、人々はその申し出に縋り付きました。
翌日、街の前に一人の少女が現れました。
黒い髪に黒薔薇の意匠が施されたドレス、そして黒地に紅い紋様が入った仮面を着けた少女です。
あまりに怪しい姿に、街の人々は遠巻きに恐る恐る見守ってます。
街の人々が注目する中、少女はドレスの胸の辺りから一本の横笛を取り出しました。
何事かと見守る街の人の前で、少女は笛を構えると門を潜り街の中へと足を踏み入れました。
……少女の持つ笛が音を奏でる前に、ザーッと音を立ててネズミ達が一斉に街から逃げていきました。
「…………あれ?」
予想外の事態に、少女は固まりました。
予定では、動物が嫌う音を出す笛を吹いてネズミを追い出すつもりだったのですが、笛を吹く前に逃げられてしまいました。
「………………」
「………………」
街の人々はそんな事情は分かりませんでしたが、それでも目の前の事態に誰もが呆然としてしまっています。
「……取り敢えず、追い払った」
色々なことをなかったことにした少女は、振り返ると街の人達にそう告げました。
「……や、やった!」
「これでようやく安全に暮らせるぞ!」
一瞬遅れて状況を把握出来た街の人は、喜びお互いに祝いの言葉を投げ合い出しました。
喜びに沸き立つ街の人達に向けて、少女は言いました。
「ネズミは全部追い払った。金貨千枚、頂戴」
その言葉が届いた瞬間、街の人達は一斉に黙り込みました。
その表情はとても渋いものとなっています。
困っていた時は藁にも縋るつもりで金貨千枚という報酬を了承しましたが、いざ問題が解決するとそれだけの大金を支払うことが惜しくなったためです。
「ネズミを追い払ったくらいで金貨千枚というのは暴利じゃないか?」
「そうだそうだ!」
「まったくだ、せいぜい十枚と言ったところだろう」
一人が声を上げると、他の人々も同調して少女に対して非難を浴びせ始めました。
「約束を破るつもり? それならこっちも考えがある」
そう言うと、少女は再び笛を構えて目を閉じ、そっと吹き始めました。
「───────ッ!!」
人族が吹いた笛の音とは思えない、可聴域ギリギリの高音が周囲に響き渡りました。
「ぎゃー!?」
「耳が……っ!」
街の人々はあまりの音に両手で耳を押さえながら地面を転げ回ります。
しかし、恐怖はそれだけでは終わりません。
音に誘われるように、地面からスケルトンやゾンビ、空中からレイスなどのアンデッドが湧き出してきたのです。
人々は突然のことにパニックに陥りました。
「頼む、待って……待ってくれ!」
「俺達が悪かった! 報酬は約束通り支払うから、こいつらを何処かにやってくれ!」
街の人々はそう叫びますが、少女は笛を吹くのを止めません。
良く見ると、少女はいつの間にか耳栓をしています。自身の吹く笛の影響を避けるためなのでしょう。
これでは、人々が幾ら叫んでも少女には届きません。
それを見た人々は、彼女に見えるように持っている全ての金貨を少女の前へと投げました。
金貨は次々と投げ込まれ、すぐに小山が出来ました。
金貨の山に気付いた少女は、笛を吹くのを止めました。
すると、陽の光に当たったレイスは透けるように消えていき、スケルトンやゾンビも地中へと姿を消しました。
見える範囲からアンデッドが居なくなり、人々はホッと胸を撫で下ろします。
「まいどあり」
少女がそう言うと、金貨の山が少女の影に吸い込まれるように消えました。
呆気に取られる人々を尻目に、黒い少女はそそくさとその場を立ち去りました。
この時の恐怖から、リーメルの街では「報酬の支払いは渋ってはいけない」という不文律が出来ました。
結果的にその決まりは経済の発展を促進し、リーメルの街は周辺随一の巨大都市に成長するのでした。
<配役>
笛吹き:アンリ