邪神様の耳は……
<原典>
王様の耳はロバの耳
朝起きたらネコミミでした。
「……ゆめ?」
邪神殿の自室にある鏡の前でそこに映るものを見てからしばし固まっていたアンリは、試しに自分の頬を軽くつねってみました。
「じゃない」
が、普通に痛かったため、取り敢えず夢ではないと結論付けてもう一度鏡の中を見てみました。そこに映るアンリの姿には、髪と同じ漆黒の毛で覆われた三角の耳が頭からぴょこんと飛び出ています。
「……ん」
試しにクニクニと触ってみると、神経が通っているらしく普通に感覚がありました。
ちなみに、本来耳がある場所には何も無くつるんとしています。本来あるべき所にあるべきものがなく、本来無い筈のところに無い筈のものがあるというのは違和感が大きいですが、取り敢えずその違和感に目を瞑れば自分の声は聞こえているので機能的な不都合は無さそうでした。
「まさか……」
ふと思い付き、アンリは背後に手を回してドレスのスカートの上から尾てい骨の辺りに触れてみました。予想通りと言うべきか、普段は何も無い筈の所から突き出しているものがあります。
「尻尾まで……」
どうやらネコミミだけでなく全体的にネコでした。
アンリは気を取り直して改めてもう一度鏡を見ました。
黒いドレスを着ていることも相まって、黒ネコのような少女の姿がそこにはあります。
つい何となくやってみたくなって、身体の前で両手を構えて軽く握った拳を前に曲げながら鳴き声を上げてみました。
「にゃー」
「アンリ? 一体いつまで寝て……」
予定調和と言うべきか、最悪のタイミングでガチャッとドアを開けてレオノーラが入って来ると、アンリの姿を見て硬直しました。あまりに狙い澄ましたタイミングに誰かの悪意を感じずには居られません。
アンリはギギギッと軋んだ音を立てて振り向くと、おどろおどろしい声で告げました。
「…………見たな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「取り敢えず、誰にも言わないからコレを解いてくれ」
「絶対?」
「絶対」
闇色の触手に拘束されて簀巻き状態で床に転がったレオノーラがそう告げると、アンリは渋々と拘束魔法を解除しました。
「ふぅ……それで、何故そんなことになってるんだ?」
「分からない」
立ち上がり拘束を解かれた身体をほぐしながら聞くレオノーラに、アンリは首を振りながら答えました。実際、目が覚めたら既にこの状態だったのです。理由など分かる筈もありません。
「でも」
「ん?」
「誰の仕業かは大体分かる」
「そうか……」
アンリの脳裏には一柱の性質の悪い神の顔が思い浮かびました。その相手について過去に話を聞いていたレオノーラも薄々と察しました。
「で、どうするんだ?」
「どうすると言われても……」
正直、どうにもなりません。
相手の方が明らかに上手であり、実際どうやっているのかも分からないため対処のしようもないのです。
「多分、相手が飽きたら元に戻る筈。
取り敢えず、それまでは頭は隠すことにする」
「まぁ、それしかないか……ぷぷっ」
改めてアンリの頭を見たレオノーラは、思わず噴き出しました。それを聞いてアンリはギロッと睨みますが、笑いを堪えるのに必死のレオノーラはそれに気付きません。
「さっきも言ったけど、誰にも言わないで」
「分かった分かった……ぷぷっ」
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アンリの頭にネコミミが生えたことを秘密にする約束をしたレオノーラでしたが、すぐにその秘密を誰かに話したくて仕方ない欲求に襲われました。
しかし、言い触らせばアンリの報復が待っているのは確実です。正直、何をされるか分かりません。
欲求に耐え難くなったレオノーラは、邪神殿から少し離れた谷に行くと穴を掘ってその中に向かって叫びました。
「アンリの耳はネコの耳! アンリの耳はネコの耳! 尻尾まで生えてたぞ!」
何度か叫んでスッキリしたレオノーラは、掘った穴に土を被せて帰りました。
しばらくすると、レオノーラが埋めた穴からアシが生えてきました。
そこにやってきた羊飼いがアシを切って笛を作ると、その笛からは声が勝手に聞こえるようになりました。
「アンリの耳はネコの耳! アンリの耳はネコの耳! 尻尾まで生えてたぞ!」
この話はすぐに邪神殿周囲の街に広まりました。そして、そうなれば当然の如くアンリの耳にも伝わることとなります。
「何か申し開きは?」
「痛たたたた!? 悪かった! 謝る! 謝るから、降りてくれ!」
アンリが正座をしたレオノーラの膝の上に座りながら尋ねると、レオノーラは悲鳴を上げて赦しを懇願しました。アンリは華奢な方ですが、それでも人一人が膝の上に乗れば結構な負荷となります。
「痛たた、酷い目に遭った」
「自業自得」
「いや、確かに私のせいと言えば私のせいかも知れないが、穴の中に叫んだだけなのにこんな広まり方をするとは普通思わんだろう……」
確かに、レオノーラとしては「誰にも言わない」という約束を破ったわけではありません。単に穴の中に叫んだだけです。
「で、既に広まってしまったわけだが、どうするんだ?」
「別に、だからと言って見せたいものじゃない」
アンリはそう言うと、フードの上から耳を押さえました。今の彼女は、ドレスの上からフード付きローブを羽織ったヘンテコな格好です。
「いやまて、ここは敢えて隠さずにその姿を公に晒すと言うのはどうだ?
勇気をもってありのままの姿を見せることで元に戻るかも知れんぞ」
「本当に?」
「うむ、この前読んだ物語ではそんな展開だった」
どうにも不安な回答ですが、アンリはレオノーラの言葉を信じることにしました。
大勢の信者が居る前に出て、被っていたフードを外して隠していた頭を衆目に晒します。
するとそこには……
……当然の如く、そのままネコミミがありました。
「……うそつき」
「痛たたたたた!?」
『いや、僕にそんな教訓を重んじる善神みたいな対応を期待されてもね?』
<配役>
王:アンリ
床屋:レオノーラ




