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戦慄の灰かぶり

<原典>

シンデレラ

 昔々、ある国にとても綺麗で、とても目付きと気配が悪いマイペースなアンリという少女がいました。

 アンリの母は彼女がまだ幼い内に亡くなってしまい、父はソフィアという名の女性と再婚しました。

 継母となるソフィアには連れ子としてレオノーラとテナという二人の娘がおり、アンリには新たな母親と一緒に姉が増えることになりました。

 しかし、この三人は大変な意地悪で、何かの鬱憤を晴らすかの如く、アンリに辛く当たりました。


 それまで使っていた部屋も取り上げられて、アンリは蜘蛛の巣だらけの屋根裏部屋へと押し込まれました。

 二人の姉が綺麗なドレスを着てパーティに出掛ける一方で、食事の用意や洗濯、掃除など家事は全てアンリに押し付けられ、一日中働き続けることを強要されています。

 綺麗な服も貰えず、ボロボロの服しか着るものがありません。

 しかし、マイペースなアンリは特に気にすることなく、淡々と仕事に取り組んでいました。


 ある日、お城の王子さまが婚約者選びのために舞踏会を開くことになり、アンリの家にも招待状が届きました。

 姉達は大喜びで、舞踏会に行く準備を始めました。


「ふむ、もしかすると王子殿下に見初められるかも知れんな」

「ふふふ、負けませんよ。レオノーラ姉様」


 姉達はアンリに舞踏会に着ていくドレスを持って来させました。

 アンリに着替えを手伝わせながら、レオノーラとテナは髪や服装を整えていきます。

 着替えながら、ふと、レオノーラがアンリに問い掛けました。


「アンリ。お前も舞踏会に行きたいと思っているのか?」

「……別に。ドレスも無いし」


 そう答えるアンリでしたが、その顔を見ればそれが本心でないことは一目で分かりました。

 彼女の顔にはあからさまに「めんどくさい」と書かれています。


「ふん、まあいい」


 レオノーラは不満そうでしたがそれ以上問い掛けることなく、ソフィアやテナと一緒に舞踏会へと出掛けて行きました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 姉達が舞踏会に出掛けた後、アンリは悲しくなってシクシクと泣き出す……などと言うこともなく、客間のソファに寝っ転がりました。普段の勤勉な姿からは想像も出来ない怠惰な格好です。


「いや、君……人の目が無いところでは、そんな格好なのかい?」

「……誰?」


 誰何の声に応えて、黒い長い髪をした少年が現れました。


「僕かい? 神様みたいなものだよ。

 君を舞踏会へ行かせてあげようと思ってね」

「要らない」


 黒髪の少年の言葉に、アンリは即答で返します。躊躇の欠片もない、一刀両断でした。

 しかし、少年もめげません。


「いやいや、遠慮することはないよ」

「ホントに要らない」

「さ、準備を始めようか」

「話を聞いて」


 マイペースなアンリですが、少年はその上を行くようです。アンリの回答を気にすることなく、勝手に準備を始めます。


「馬車と馬、御者にお付きの家来……は外に用意しておいたから、後はドレスかな」


 少年が指をパチンと鳴らすと、ボロボロだったアンリの服は純白の美しいドレスへと変貌しました。靴もガラスの綺麗な靴になっています。


「ん〜……これだけだと芸が無いな。

 そうだ、君には邪神の力をあげよう」

「は? そんなの要らな……」

「君に拒否権なんて無いから」


 アンリの拒絶を微塵も気に掛けず、少年は更に追加で指を鳴らしました。


「邪神の目とオーラ、それから加護を与える力をあげたよ。

 さあ、君がどんな騒ぎを起こすか、愉しませてね」

「ちょ、やめ……」


 少年は嫌がるアンリを無理矢理馬車に押し込み、御者に城へ向かうように命じました。

 走り始めた馬車から飛び降りるわけにもいかず、窓から恨めしそうに少年の方を睨むアンリに、彼は笑ってトドメを刺しました。


「さあ、楽しんでおいで。

 ちなみに、僕の力は十二時までとかそんなちゃちい制限はないから」

「いつか殴る」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 加護付与、それは神がその力を他の生物や非生物に分け与える力です。意図的に行うことも出来ますが、無意識であっても長時間触れていれば自動的に付与されます。

 その結果……


 お城の前には多数の馬車が並んでいました。

 何しろこの国の王子の婚約者を選ぶための舞踏会です。有力な貴族達はこぞって自分の娘を連れて参加していました。

 そんな中、新たに一台の馬車が広場へと入ってきて……唖然とする者達の目の前で数台の馬車を踏み潰しました。

 それもその筈、禍々しい漆黒の意匠が施されたその馬車は普通の馬車の数倍の大きさをしており、それを引くのは凶悪な顔をした四頭のドラゴンです。最早馬車と呼べる部分が何処にもありません、戦車と呼んだ方が納得が行くでしょう。

 広場に居た者達は、我に返ると悲鳴を上げながら逃げて行きました。しかし、それは賢明な判断だったと言っていいでしょう。何故なら、その後に馬車から降りてきた人物の目を見ずに済んだのですから。


 馬車から降りてきたのは、漆黒のドレスを身に纏った美しくも禍々しい少女、アンリでした。

 目的地についてようやく停まった馬車から降りた彼女は、周囲を見回してそこがお城の前であることを理解すると、少し考え込みました。

 彼女からしてみれば、あの少年の言う通りに舞踏会に参加する理由などありません。元よりそんな面倒事は御免なのです。

 ならばさっさと帰ってしまえばいいと思うところでしたが、アンリが迷っているのには理由があります。


 く〜……


 アンリのお腹から可愛らしい音が鳴り、彼女は反射的にお腹に手を当てました。

 一連のことで夕食を食べ損ねたアンリは空腹でした。このまま帰ったとして家に辿り着くまで約一時間、そこから食事を準備して三十分……とても耐えられません。

 かと言って、外食をするようなお金も持ち合わせていないアンリには、選べる選択肢は一つだけでした。

 そして、アンリはお城の中へと入っていきました。

 招待状? 持ってませんが、衛兵は逃げてしまいましたから確認する人が居ません。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ダンスホールには煌びやかなドレスを着た大勢の娘たちが、王子に気に入られようとアピールしていました。

 そこへ、漆黒のドレスを身に纏ったアンリが姿を現しました。

 ホールに入って周囲を睥睨するアンリに、目が合った者達は硬直し真っ青になります。しかし、アンリはそんな者達には目もくれず、真っ直ぐに料理のテーブル目指して歩き出しました。

 彼女が居る所は周囲に結界でもあるかのように人が避けていき、円状の空間が出来ました。


 料理の置いてあるテーブルに辿り着くと、アンリは片っ端から攻略に取り掛かりました。その食べ方は上品でしたが、ペースは異常で次々と皿は空になっていきます。

 周囲の人達は呆然とし、ダンスをしていた者も足を止めてその様子を見ていました。


 そんな中、一人の青年だけは様子が異なりました。


「素晴らしい! 彼女こそ私の理想の女性です!」


 この舞踏会の主役とも言える王子、ハーヴィン王子です。

 この王子、どうも女性の趣味が特殊なようです。

 が、考えてみればそれも当たり前でしょう。

 普通であれば王子の婚約者など、他国の王族や国内の上級貴族の娘から選ばれるものです。それで話が纏まっていれば、このような舞踏会など最初から開催されていません。

 つまり、この舞踏会はそんな王族や公爵令嬢などから適した相手が見付からなかったため、何とか選び出す為に片っ端から年頃の少女を集めたものなのです。


 近付いてくるハーヴィン王子の姿に、アンリは戸惑いました。まさか、こんな自分に寄ってくる男性が居るとは思っていなかった為です。

 彼女はこの国の王子の顔など知りませんでしたが、周囲の反応を見れば彼がその王子であることは一目瞭然でした。

 お腹が空いたから食事をするためだけに舞踏会に来たのに、王子に声を掛けられるなど面倒事以外の何物でもありません。

 幸いにしてテーブルにあった食事の大半を平らげ、お腹の方は大分満足です。

 ここは一つ……


「戦略的撤退」

「な!? 待って下さい!」


 ハーヴィン王子が近付いてくる前に、アンリは逃げ出しました。慌てて王子が追い掛けてきますが、周囲に人が多いため中々追い付けません。

 しかし階段を駆け降りる途中で慌てていたアンリは転んでしまい、靴の片方が脱げてしまいました。

 取りに戻ろうとしますが、その視界に追い掛けてくる王子が映り、やむなく靴は放置して逃走を選択しました。

 アンリは乗ってきた竜戦車に飛び乗ると家へ帰りました。

 アンリの後を追い掛けてきた王子は、落ちていた黒水晶の靴を拾うと国王に宣言しました。


「私はこの靴の持ち主の娘と結婚します」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アンリがはいていた黒水晶の靴は、ガラスの靴が加護付与によって禍々しく変貌したものです。その靴には呪いが掛かっており、脱ぐことは出来ません。仮に脱いだとしても三十分経過すれば、元に戻ろうと飛び出します。


「逃がしませんよー!!!」


 目の前で呪いが発動して宙を飛び出した靴にハーヴィン王子は両手で掴み掛かり、頑丈なロープで雁字搦めに縛り付けました。靴が持ち主の元に戻ろうとしていることに気付いた彼は、ロープの片方を持って靴の飛ぶ方向へと馬車を向かわせました。

 お触れを出して靴の合う娘を探す? サイズが合う娘が複数居たらどうするんですか。


 ロープに繋がれた浮かぶ靴を持った変な王子が辿り着いたのは、一軒の屋敷でした。

 屋敷の前には、禍々しい竜戦車が停められていますが、王子は気にせずに扉をノックしました。


 突然の王子の訪問に家中は騒然となる……と思いきや、特に騒ぎは起こりませんでした。何故なら、家の住人の大半が土下座していたからです。

 アンリの持つ魔眼の力は舞踏会が終わっても依然としてそのままで、目を合わせたソフィアやレオノーラ、テナは恐怖のあまりその場で土下座をしており、王子の訪れに気付きません。

 唯一気付いたのが当人であるアンリで、王子の姿に引き攣った表情を浮かべました。


「見付けましたよ、理想の御方。

 さぁ、どうか私と結婚して下さい!」

「いや」


 固辞しようとするアンリでしたが、王子の熱烈な口説きにやがて根負けし、結婚を受け入れました。

 アンリは王子妃となり、一応何とか波乱万丈ながら幸せに暮らしましたとさ。


「めでたしめでたし……げふぅ!?」

「天誅」


 その姿を、黒髪の少年が微笑を浮かべながら見守っていました……が殴られました。

<配役>

シンデレラ:アンリ

継母:ソフィア

義姉1:レオノーラ(年齢詐称)

義姉2:テナ(年齢詐称)

王子:教皇

魔法使い:邪神?

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