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出立


出立の時が来た。


火王のアーデントと宰相のアレックの他、数多くのメイドや騎士たちが見送りに来ていた。

それはアシュレイが火の国の王女であることだけではなく、彼女の人徳の影響もあるだろう。

決して、アルフォンスのためではない。むしろ、アルフォンスと共に行くアシュレイを心配しての方が圧倒的に強い。


アルフォンスは見送りの中、僅かな恐怖を滲ませながら険しい顔をしているシリルと、少し緊張した面持ちのアディの姿が目に入った。


「じゃ、行ってくるね」


笑顔でそう言いながら、アルフォンスはそんな二人に目配せする。

片や目を反らし、片や“任されました”と言わんばかりに深く頷いた。




そうして王城を後にしたアルフォンスとアシュレイだったが、二人とも長旅に出るとは思えないほどの身軽さだった。


「そんな荷物少なくて大丈夫なの?」


王女という立場上、荷物は多いのではという予想に反したアシュレイに、アルフォンスは問いかける。


「はい、大丈夫です。あそこにはもう戻らない気でいましたので、王女としてのわたくしは全て捨ててきました。()()()にとって大切なものだけは、ちゃんと持っています」


そうはっきりと答えるアシュレイをじっと見つめるアルフォンス。やがて興味が失せたかのように「そう」と一言返すと、話を変えた。


「君の(ドラゴン)に乗って移動しよう。その方が楽だし早い。それに、僕にはやらなきゃいけないことがあるしね」


それに頷いたアシュレイは、自身の相棒(パートナー)であるイグニートを剣から(ドラゴン)の姿に変え、その背に跨る。

アルフォンスは身軽に飛び乗り、アシュレイに背を向け彼女に寄りかかるように、進行方向とは反対を向いて胡坐をかいた。


「掴まらなくていいんですか?」


「よゆー」


「わかりました。行先を教えてください」



「――中央にある森の、全ての国の国境が交わる場所」



アシュレイはイグニートに目配せすると、イグニートは頷いて飛び立つ。


空には彼女らの他にも、多くの(ドラゴン)とその相棒(パートナー)たちが飛び交っていた。

しかしそれも目的地に近づくにつれ疎らになっていく。


そんな中、アルフォンスは手紙の消息が絶たれた場所を思い出しながら、森を見下ろしていた。


『あそこだな。魔力の膜が張られている』


邪神竜がアルフォンスに言う。

魔力の膜は、通常では認知できない練度だった。なぜなら、五属性全ての魔力が混合して使われ、五属性の神々によって作られたこの世界に馴染みすぎていたからだ。


アルフォンスは顔を歪める。そんな所業ができるのは、()()()しかいない。

今はまだ彼女に遭遇するわけにはいかなかった。


「ストップ。ここからは歩いて行こう」


「え、こんなところでですか?」


中途半端であることは百も承知。アルフォンス自身も、本音を言えばこのまま飛んでいきたいところだ。

しかし例の膜が見えない彼女とその相棒(パートナー)を、膜を避けるように先導することは難しい。

面倒臭さを天秤にかけた結果、降りるほうに錘が傾いたのだ。


「いいから。早く」


苛立ちを隠すこともせず口調に乗せながら、アルフォンスはイグニートを睨みつけ直接言った。

イグニートも彼の言動が気に食わないらしく、睨み返しながらも彼の言う通り地上へと降りる。


地上に降り立つと、アシュレイはイグニートを剣の姿に変えながら、浮かんだ疑問をそのまま呟いた。


「こんなところで何を――」


「キミのかけた記憶(もの)を取り戻しにいくんだよ。正確には、その耳飾りの仕掛けを解きに行く。そんで、戦力を増幅させておくんだ」


歩みを進めながら早口で答えたアルフォンスの言葉の衝撃に、アシュレイは立ち尽くす。

彼がなぜそれらのことを知っているのか、――どこまで知っているのか。

何を、しようと言うのか。

ただ何であろうとも、アシュレイにとっての利益にしか成り得ないことは確かだった。


アルフォンスはそんなアシュレイを気にも留めずに突き進んでいく。

彼の姿が見えなくなりそうになって、その焦りからアシュレイの足はようやく動いた。


進んだ先には、何もない――ように見える。

そんな中、立ち止まり目を瞑るアルフォンスに、アシュレイが追いついた頃。


「――太陽と月(ヘリオスセレーネ)


アシュレイの耳に届いたのは、彼女にとって忘れもしない幸福と絶望が入り混じる想い出が詰まった、今では姿を消したはずの国の名だった。


やがて景色に一筋の線が入り、景色に裂け目ができる。

その裂け目の向こう側には、変わり果てた姿の懐かしい街並みが広がっていた。




「準備ができたら、ここに入って。“彼”を起こしに行くよ」









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