初恋 side“貴方様” (後編) ※一人称
今回は結構長めになってしまいました(;´・ω・)
すみません、お楽しみいただければ幸いです。
その夜の出来事をきっかけとして、日を重ねるごとに、あたしのノアに対する恋愛感情は大きくなっていき、それと比例するようにソフィアへの嫉妬の感情も膨れ上がっていく。
出逢ったときから、あたしはもう出遅れていた。彼の隣には既に天使と謳われるほどの少女がいて、誰が見ても深い仲で、誰も入る隙などない。
わかっていた、わかっていたけれど、どうしても諦められなくて――。
あたしはいつの間にか、親友のソフィアに対して、“邪魔だ”と感じるようになってしまった。
そんな自分が嫌で、でも自分の感情を変えることもできなくて。
あたしはこの気持ちをどうにかしようと、ノアに告白しようと決意した。
面と向かって気持ちを伝えて、そしてちゃんと言葉でフラれたら、諦めがつくと思ったから。
しかし、いざ気持ちを伝えようとすると、なかなか言い出せなくて。
でも。
「ねぇ、ノア……わたし、何かしたのかな」
偶然そんなソフィアの言葉を耳にしたのは、あたしが彼女とノアと公園で遊ぶ約束をした日のこと。
あたしが待ち合わせの公園に行くと、先に来ていた彼女たちはベンチに座って話していた。
ベンチの配置的に入口が背後にあり、あたしが来たことに二人とも気づいていなかった。
「……アイツのこと?」
すぐにあたしの話だとわかった。
その頃、あたしの接し方が悪いせいでソフィアと気まずくなってしまっていたのだ。
咄嗟に近くの木の影に隠れてしまう。
「うん。最近、なんだか、……こう、冷たい、というか……、なんだか前より距離があるような気がして」
「……ソフィアが気にする気持ちもわかるけど、きっとこの問題はアイツ次第だと思う。僕たちにできるのは、いつも通りでいることだと思うけど」
「……そっかぁ」
「大丈夫、きっとアイツはソフィアのことを嫌いになったわけじゃないよ」
「そうだといいなぁ……」
ソフィアが俯いて声を震わせている姿を見るのは初めてだった。
泣いているのかはわからなかったけれど、ソフィアがここまで落ち込んでいる姿は見たことがない。
あたしは湧き上がってくる申し訳なさに突き動かされるように木陰から一歩踏み出した。
あたしだってソフィアと以前みたいに笑いあって遊びたい。
そう思い、今度こそノアに告白しようと、そしてソフィアと仲直りしようと決めた――その時だった。
「——泣きたいなら、好きなだけ泣いていいよ。君が笑顔になれるまで、こうしていてあげる」
そう言って、ノアはソフィアの頭に自身の上着を被せ、彼女の表情を隠したかと思うと、彼女の頭に手をやり自身の肩に乗せるように抱き寄せた。
「……大丈夫、君が本当は臆病で泣き虫なの知っているから。隠さなくていいよ。どんな君を見ても、僕は離れない。いつだって僕は、君の傍にいる。だから、安心して泣きな」
ノアはそう言いながら、ソフィアの頭を優しくトントンと撫でた。
とてもやわらかな表情が、愛おしげにソフィアを見つめるその目が、言葉が、口調が、仕草が。
どれも、あたしには向けられたことのないもので。
その全てが、あたしが欲したもので。
あたしは、告白することなく、フラれたようなものだった。
それでもう、諦めたはずだった、はずだったのに――。
――些細な出来心だった。
少しでも、あたしを見てほしくて、たった一瞬でもいいからあたしを想ってほしくて――。
それは、あたしとソフィアが喧嘩をしてしまった時のこと。
あたしにとっては一番と言っていいほどに大切なソフィアとの思い出の一つを、ソフィアは覚えていなくて。
それがなんだか悲しくて、寂しくて、悔しさみたいなものが込み上げて。そしてソフィアにとっての“あたし”という存在に不安を感じ、それと同時に焦りを感じた。
複雑な感情が絡まりあい、膨らんだ結果、あたしはそれを怒りに変えるしかなかった。
ソフィアにただ怒りをぶつけるしかないあたしに、ノアは一言。
「やめろ」
そう、そのたった一言。ソフィアを庇うように、あたしとソフィアの間に立ち、あたしにそう言った。
そこには、ソフィアへの情しかなくて、あたしに対するものといえば敵意に近いそれしか感じられなかった。
「なんで……? なんでソフィアばっかり――」
「今言おうとしているのは僕に対するものだよね? なら、後でお前が言いたいこと全部聞くから」
だから今はそれ以上ソフィアを傷つけるようなことは言うな――、そう後に続くような言葉をノアは言った。
その時、彼にとっての“あたし”は友達ですらなかったのだと知った。
彼にとって“あたし”という存在は、あくまでも“ソフィア”という存在ありきのもので、ノアとあたしの間に直接的な繋がりはなかったのだ。
“ソフィアの親友”、それが“あたし”という存在の名前であった。
(あぁ、そっか……。それくらいでしか、ないのか)
思わず涙がこぼれた。
ノアと仲が良いと思っていたのはあたしだけで、ノアと直接的な繋がりがあると当然のように思っていたあたしが馬鹿らしく思えた。
(ねぇ……どうやったら、あたしを見てくれるの?)
“ソフィア”という中間地点をなくして。
真っ直ぐにあたしを見てほしかった。
そこに恋愛感情はなくとも、友情くらいはあってもいいでしょ? 求めてもいいでしょう?
友情さえも、無いというのなら――。
―——―あたしはただ、ノアとあたしの、直接的な繋がりが欲しかったの――——
そうして選んだ行動は、騎士団長である父に、ソフィアの話をすることだった。
そう、あくまでソフィアだけの話である。
彼女がいなければあたしを見てくれると思ったわけじゃない。
彼女がいなくても、ノアはずっと彼女だけを想い、あたしを見てくれることはないとわかっていたから。
だから、あたしは、“あたし”という存在の強さを見せつけようとした。
利用できる相手でもいい。都合のいい相手でもいい。
最初はそう思っていた。
でも、それでは足りない。ノアにとっての“あたし”という存在を強くあるようにしたくなった。
だって、利用できる相手、都合のいい相手では、他の奴らと大して変わらないじゃない。
“あたし”を意識してもらいたかった。
ノアに“あたし”を、“あたしだけ”を見てほしかった。
じゃあどうしたらいいのか。
その答えは、————最大の敵になること。憎む相手であること。最大の復讐相手であること。
我ながら、とても歪んだ答えを出してしまったものだ。
「ソフィアは、闇の味方。まだ闇はどこかにいて、きっと彼女は、その居場所を知っている。そしてそれを隠しているの」
これは作り話のつもりだった。
あたしは、自分がソフィアとノアの関係について、ノア自身について、どれほど無知であるのかに気づいていなかった。
まさか、自身の作り話が真実だとは、思いもしなかったの――……




