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初恋 side“貴方様” (中編) ※一人称



「大の大人が子供相手になにしてんの」



そんな声に、大人たちの眉間に皺が寄った。


「あ?」


胸倉を掴んでいた男が振り向いた先には、あたしより少し背の高い人影。

雲に隠れていた月が徐々に姿を現し、その光によって人影の正体が露わになる。

緋色の髪に朱色の瞳――ノアだった。


(あいつ……魔法も使えないのに……バカじゃないの?)


信じられなかった。

まず誰かが声をかけたということ、それがよりにもよって子どもの、魔法が使えないノア(あいつ)なんて。


「見てわかんねぇか、坊や。生意気な餓鬼に躾してやってんだよ」


「僕にはそうは見えないけど」


「あぁ? なんだ、お前も躾してほしいのか?」


するとノアは嘲笑を浮かべた。


「馬鹿なの? 僕のどこを見てそう思ったわけ? ……というか、相当大人げないことやっているのに気づいてないの? すごい滑稽だけど」


そう言いながら彼はゆっくりと歩み寄ってくる。

大人たちも怒りの対象がノアに変わり、あたしを投げ飛ばすようにして胸倉から手を離すと、ノアに向かい合うようにして立った。


「何してんのバカっ!! 早く逃げて!!!」


そう叫ぶものの、彼の歩みが止まることはない。

あたしは立ち上がろうとしたが、体の節々が痛みそれは叶わなかった。


(くそっ――)


大人の一人がノアに手を向けた。――魔法をぶつける気だ。


あたしは阻止しようとそいつに手を向けるが、別の大人に気づかれ体を押さえつけられる。


ノアに手を向けた大人が、詠唱するべく口を開いた。――狂気じみた笑みを浮かべて。


「ノア――!!!」


思わず目を瞑った。

彼が傷つく瞬間を見たくなくて。初めて助けに来てくれた存在を、目の前で失う瞬間を見たくなくて。

……自分が何もできないのが、悔しくて。


「っ――」


耳に入ってくる人の倒れる音――しかし、それは一度ではなかった。

恐怖の感情を含んだ震える声が聞こえたかと思うと、何かがぶつかる――いや、攻撃した音の後に、地面に倒れる音が複数回聞こえた。


やがて静寂が訪れ、あたしはそっと目を開けた。

すると、目の前に誰かが立っていた。


見上げると、そこには――


「――何してんの。早く行くよ」


余裕の表情で佇むノアがいた――。


彼の背後に目をやると、あたしを囲んでいた大人たちが皆力なく倒れていた。


「…………」


状況が理解できず呆然としていると、呆れたようなノアの溜息が聞こえてくる。

すると、


「わっ――」


腕が引っ張られ体が浮いた。咄嗟にしがみついたのは彼の首だった。

……あたしは、彼におぶわれたのだった。


「えっ、ちょっと――」


「じっとしてて。じゃないと落とすよ」


「は?!」


戸惑うあたしを無視して彼は歩き出す。


「…………」


「…………」


暫く無言が続き、あたしは居心地の悪さを感じてノアに話しかけた。


「ねぇ……あの人たち、殺したの?」


「いいや、殺してない。殺したら後々面倒でしょ」


「……どうして、助けに来てくれたの?」


「偶然見かけたから」


「そう……」


相変わらず素っ気ない態度のノア。彼はいつもと変わらない。

しかし、あたしにとっての彼の存在の在り方が変わった。



――初めて誰かをかっこいいと思った。初めて誰かに惹かれた。


――――初めて、恋愛感情を抱いた。



「……ありがとう」


小さく、呟くようにそう言った。

しかし返ってきた言葉はとてもノアらしく、それでいてその時のあたしにはとても残酷なもので。


「別に。お前のためじゃない。お前が傷ついたらソフィアが悲しむと思っただけ」


「……そうだよね」


この気持ちが叶うとは初めから思ってはいなかった。

けれど、いざ突きつけられるとやはり辛いものがある。


なぜよりにもよってこんな可能性のない相手を好きになってしまったのか――我ながらバカだと思う。


でも、感情を自分の意思で変えることはできない。



――あたしはこの感情を未だに捨てきれずにいる。


しかし、もう一つ。未だに忘れられない出来事と、捨てきれない感情がある。




あれは、まさに自分がただの子どもであったことを思い知った瞬間。


その時、あたしの背に、心に、重く圧し掛かった、後悔と自己嫌悪、そして罪悪感――……




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