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正体


『おい、コイツはどうすんだ』


邪神竜がアルフォンスにそう問いかけた。


『そうだねー……、今ここで始末しちゃってもいいんだけど、それだと後々影響がある気がするんだよね。それに、これはこれで使えると思うんだ』


『ほう……? なんか考えがあるみたいだな』


『まぁね』


アルフォンスはそう得意げに答えると、小声で魔法を唱える。


死神トート制裁シュトラーフェ――……」


それは指定したモノや空間の時間を一時的に止める魔法。


腐敗するのを防ぐため、死体の時間を止めたのだ。


『あの力、使わせてもらうよ』


『あー、はいはい、どーぞ』


邪神竜に一言そう断ると、アルフォンスは一度目を閉じる。


そして、再びその目を開けた瞬間、彼の瞳は瞳孔が鋭くなり金色になっていた。その目はまさに邪神竜と同じそれ。

その瞳が見つめる先の空間に一筋の線が入り、口を開くように両側に裂けたかと思うと、果てしない黒一色の穴のようなものが現れる。

すると、それは死体を飲み込み、そしてまるで何もなかったかのように、口を閉じると一筋の線も残すことなく死体ごと消えていった――。



――アルフォンスは目を閉じ一つ息を吐く。


「――さて、と。死体の処理も終わったところで、向かいますか」


そう言った彼が再び目を開けた時、その瞳はすでに元の“アルフォンス”としてのそれに戻っていた。


そしてアルフォンスは()の元に向かうべくその場を後にする。



――彼が向かう先は、そう遠くない。

そして、目標ターゲットもまた、もう既に出会っている――。








その男は額に汗を滲ませながら、人が多く行き交う市場の道を走っていた。

――ようやく例の場所が見えてきた。

自分がいた場所からそう遠くないはずだが、男にはやけに遠く感じていた。

しかし、目的の場所まであと少し。

もうすぐで自身に与えられた使命を果たすことができる。――そう安堵しかけた、その時。



「そんなに急いで、どこ行くの?」



あの少年の声が聞こえた。


男の足が徐々に速さを失っていく。


人混みの中から現れた少年――アルフォンスはあの読めない笑みを浮かべていた。


やがて足を止めた男の名前を、アルフォンスは口にする。



「――ねぇ、シリルさん」



「…………」



シリル・アーレン――【紅蓮の聖騎士団】第三部隊隊長。

部隊編成試験を行った際、アルフォンスと戦闘を行った一人である。


「……お前に、それを教える必要があるか?」


「その言葉はボクを妬むが故のものかな。それとも単純に、行先を知られたくないのかな?」


「…………」


シリルは黙り込んだ。

冷静を欠いているのではない。むしろ、冷静でいるからこそのものである。

彼は今、自分自身が焦っているのをわかっていた。

目の前に死が迫っていることに対してではない。死は騎士となっている時点でもう恐怖を抱く対象ではないからだ。

彼が恐れているのは、自身に与えられた使命を果たすことができなくなることである。

それはただの失敗にとどまらず、これを敵に利用されれば確実に不利な状況へと追い込まれてしまうだろう。

そんな焦りを抱いたまま何かを口にすれば、こちらの情報を少なからず与えてしまう。

ならば、何も口にしない方がむしろ良策と言えるだろう。そうすれば相手は予想をするしかない。それは何の情報もないただの憶測でしかなく、そこには必ず誤差というものが発生する。

シリルはその誤差を狙った。

――彼は、何の情報も与えてはならない。そう、何も。

――彼自身(・・・)のことでさえも。


シリルは何も言わず、ただ真っ直ぐにアルフォンスを見据える。

少しでもアルフォンスの本性を知るために。彼が今考えていることを読むために。

――しかし、得たものは彼という存在の恐ろしさだけであった。

彼は口には笑みを浮かべていても、その目は恐ろしく無感情だった。

その見た目に相応しくない、恐怖を抱くほどの吸い込まれそうな闇しかない。


人々の喧噪の中、アルフォンスとシリルの間には静寂が流れ、そして緊張が走っていた。


シリルはごくりと生唾を飲む。彼の首筋を汗が伝っていった。



その時、アルフォンスが足を一歩踏み出し、シリルは身構える――と。






「――なーんてね」




そんなおどけた声と共に、シリルの肩にぽんと手を置かれた。

そのまま横を通り過ぎながらアルフォンスは言う。


「ボクは先に城に戻ってるねー。キミもあんま遅くならないうちに帰ったほうがいいよー。アレックとかいう人に怒られるから」


手をひらひらと振りながら拍子抜けするほど呆気なく去っていくアルフォンスに、シリルは呆然とそれを見送るしかない。


やがてアルフォンスの姿が見えなくなると、シリルはふと我に返り、思わずこみ上げる安堵の感情に自然と口に笑みが浮かぶ。

そしてふっと息をつき、例の場所に歩いて向かった。




「すみません。贈り物をしたいんですが」


例の場所に着くと、シリルはそう店主に声をかけた。


「赤の花を二本と、水色・青・緑・黄色の花をそれぞれ一本ずつ。それらと一緒にこの手紙を彼女(・・)に」


店主は無言で受け取り、一言「まいど」とシリルに伝えるとシリルは踵を返し来た道を戻って行った。














――去っていくシリルを見届けると、彼から受け取った手紙の封を開け内容に目を通す。


「なるほど」


そう呟いた声は店主のものではない。少年――そう、闇の少年のものであった。


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