真相
「どう……して……」
勝利を確信していたアシュレイは、覆された現状に理解が追いつかない。
思わず口に出た呟きに、アルフォンスは答えた。
「キミは自分の能力に頼り過ぎだよ」
「…………?」
アルフォンスはアシュレイの首に剣を添えたまま、彼女と向き合うように体の向きを変える。
アシュレイの表情は現状を信じられないというように、眉間に皺を寄せていた。
「キミは火王の娘。火王同様、読心が得意なようだけど、その結果キミは相手の行動を予想する能力が乏しい。まぁ、予想する前に答えを得ることができるんだから、この能力はキミには必要ないものなんだけどね。あ、これは戦闘能力とは別ね? キミの戦闘能力は抜群だし、“察する”という部分は完璧だから」
「…………」
アルフォンスの遠回しな言い方に、アシュレイはその真意を探るように目を細める。
そんな彼女にアルフォンスはふっと息をつき、微笑を浮かべながら言った。
「まぁ、何が言いたいかっていうと。――キミの行動を予想するのは、容易かった」
「?!」
その言葉で、アシュレイは気づく。――自分は、掌の上で転がされていたのだと。
「なるほど。……全て、貴方様の思惑通りだったというわけですね」
アシュレイは愕然とした。
そしてそれと同時に、頭の中で思い出される戦闘シーンがアルフォンスの言葉を裏付ける。自分の単純さに思わず苦笑を漏らした。
近距離を得意とするアルフォンス。その戦闘力は彼に勝る者はいないというほど。しかし彼は魔法を使うことができない。
逆にいえばアシュレイにとって、近距離では敵わないかもしれないが、魔法を使えば勝つ可能性は高いということ。
この思考回路は至って通常である。一般的、といえるだろう。
そこから導き出される答えは、近距離戦に持ち込まれることなく、遠距離戦にて魔法を行使しアルフォンスを攻めること。
しかしこれは、一般論。――アシュレイは火ノ国の王女。つまり、炎華舞刀という遠距離戦だけでなく、近距離戦にも強い魔法を使うことが出来る。
ならば、それを使うことが“普通”となるだろう。
そして最後、アルフォンスの動きを封じるためにはどうすればいいか。
結論から言ってしまえば、彼に負けを認めざるを得ない状況にすればいいのだ。
そのためには、彼の戦闘力の最大値を決める武器を取り上げ、その戦闘力が最小値となった瞬間、彼のそれを大いに上回る戦闘力を見せつければいい。
それが、アルフォンスの持つ武器がたった一つだけとなった瞬間に行った、分身による囲いである。
しかし、近距離戦を得意とする者に真っ向から勝負を決めようとする者などそうそういない。
つまり、決着を決めるなら背後から、というわけだ。
そう、アシュレイが行った戦闘法は、読心が使えないために“普通”となってしまった。
読心の使えないアシュレイは必然的に戦闘法を自分で考えなければならない。
その行為に慣れていない彼女が“普通”を行動してしまうのは至極当然のことである。
今こそ邪神竜と契約し魔法や読心を行うことができるアルフォンスだが、それまで特別な能力を何一つ持っていなかった彼にとって、“普通”の行動を読み取ることは魔法を扱うことより容易い。
何なら、邪神竜と契約する以前、行動から予想することなど無意識下で行っていた。
そんな彼が“普通”の行動を読み取れないはずがないのだ。
「まぁ、唯一誤算だったのは、炎華舞刀を唱えた瞬間にボクが気づけなかったことかな。キミを甘く見過ぎていたボクが悪いんだけど、……いやぁ、これはさすがとしか言いようがないね。炎華舞刀で斬りかかってきたときは本当に危なかった」
全ては、アルフォンスが築いた道を歩んでいたに過ぎない。
誘われていた――彼が勝利し、アシュレイが敗北するという未来に。
「まぁ、そんな落ち込まないで。ね? キミの読心が通用しないこと自体例外的で、普通じゃない。でもまぁ、今回の戦闘が何かを得るきっかけになったのなら、ボクは嬉しい」
その言葉にアシュレイは気づく。彼が行った、この戦闘の意味に。
(なるほど。暗に、私の戦闘力を見定め、かつ成長の糧を与えた、と)
アルフォンスは利用したのだ、この戦闘自体を。……自身の野望のために。
「恐ろしい人。……貴方様を敵にはしたくないですね」
アシュレイはそう言って、アルフォンスに観念したかのような微笑みを向けた。




