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神殺しの少年は世界の終焉を望む  作者: 桐生桜嘉
アシュレイの過去
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変わらぬ微笑み






『久しぶり、リヒト』





「っ――……」


そのあまりの美しさに、リヒトは思わず息を呑んだ。


リヒトの名を紡ぐ彼女の目元は狐の仮面で隠れていたが、その奥の目が自分を見ているのがわかった。


驚きに目を見開く。


“アレシアが生きていた”――。


その事実に吐く息が震えた。


そんなリヒトに、彼女はふっと優しい微笑みを浮かべる。

リヒトの知るあの時と変わらぬ笑み。


「っ、……アレシア」


滲んでいく視界。

涙を隠すように俯くと、溢れたそれは地に落ち、染みを作っていく。


「よかった……、本当に、よかった……」


呟く声が震えているのが自分でもわかった。

世界に色が戻っていく。

そして心が光を取り戻していくようだった。


しかし次の瞬間。

処刑場に響いた叫びによって、リヒトの心は、再び闇に突き落とされることになる――。


「――――【紅蓮月花の妖狐】だぁぁ!!」


それは、殺人鬼の名前だった。

処刑場は一瞬にして人々の悲鳴に包まれる。


【紅蓮月花の妖狐】――。


その名を聞いた瞬間、リヒトの頭は試行を停止した。

ドクン、と心臓が止まったかのような錯覚に陥る。


【紅蓮月花の妖狐】は殺人鬼として有名な名前、――つまり“人殺しをしている”ということ。

その数は狂気の沙汰。


その正体が、自分がよく知る彼女だというのか。

……一番守りたいと思った存在だというのか。


(そんな、嘘だ――)


心が否定したがっている。

無意識に首を横に振った。


(違う。そんなことあるわけが――……)


目を見開く。

絶望を再び目にした瞬間だった。

リヒトの目が捉えたのは、彼女の耳で輝く一つの光。

リヒトはそれを知っている。

今、自分が手にしているそれと同じものだ。


それが示すのは、目の前の女――【紅蓮月花の妖狐】が“アレシア”であるということ。


そしてそれは、アレシアがこれから何をしようとしているのかを表していた。


リヒトの心臓の鼓動は大きく、そして速くなっていく。

緊迫した雰囲気と恐怖に近い感情。


「や、めろ……」


思わず呼吸を止め、瞬きを忘れる。


アレシアはあの優しい微笑みを浮かべながら言った。



『待ってて』



そして彼女は、手から炎を現しそこから剣を抜き放つ。


「やめろ……」


妖狐アレシアは再び鈴の音を鳴らしながら、自身に向かってくる一人の騎士に自らも駆け寄った。


「やめてくれ……」


彼女は、まるでそれが、当たり前かのように。


「アレシア……っ」


まるで、それが自然な行為であるかの如く。


彼女は――、



――――紅く、染まった。



倒れ動かなくなった騎士を、彼女は表情一つ変えることなく見下ろす。

“殺す”ことに何の抵抗もないその様に冷酷さを感じた。


音一つ聞こえない静かな時間がリヒトに流れる。


吹く風に靡く彼女のワインレッドの髪。

美しいと感じたはずのそれが血のように見え、恐怖の感情を煽る。


(どうして……)



――シャラン――……



響いた鈴の音にハッとした瞬間、静かな時間を割くように音が一度に戻ってくる。


真っ先に聞こえてきたのは、騎士達の雄叫びだった。


剣を手にアレシアに駆け寄る何人もの騎士。

そんな彼らをアレシアは焦ることなく静かに見据えた。

そして手にしていた剣を二枚の扇へと形を変え、それを両手に持つ。


そうして彼女は一人で幾人もの敵の中に飛び込んでいった。


妖狐アレシアは鈴の音を響かせながら舞うように人を斬っていく。

彼女が舞う度血が飛び散り、人は倒れ、そして彼女は血に染まっていった。


アレシアの動きは闘いに慣れている。


それは今まで幾度となく人殺しをしてきたということだろう。


「っ……」


リヒトは彼女から目をそらすように俯いた。

心臓が鷲掴みされたかのように痛む。

息が苦しい。


「なんで……」


守りたかった存在――――。


「どうしてあいつが、あんなこと……」


(ただ、笑顔でいて欲しかっただけなのに――……)





リヒトが俯いている間も、アレシアは次々と向かってくる敵を倒していく。

残酷な音が、声が、聞こえてくる。

リヒトは思わず目を瞑った。

聞こえてくる数々の悲鳴。

死にゆく者たちの嘆きだ。


――そんな中、今までとは違う響きの声が聞こえてきた。


「ぅわぁぁぁあああああああ!!!」


目を開け、すぐさまアレシアのいるほうへ目を向ける。


彼女の周りは死体ばかりとなっていた。


そんな彼女に向かっていく、一人の男。


その男には見覚えがあった。

リヒトにアレシアの耳飾りを届けてくれた、あの騎士だ。


アレシアはなぜか、彼の声に振り向きそのまま動きを止めた。


騎士が剣を振り上げ、そしてそのまま振り下ろす。


アレシアは間一髪のところで後ろにそってかわしたものの、仮面が割れ彼女の目元が露わになった。


すぐにアレシアは扇を振るい騎士の喉元を切り裂く。


鮮血を撒き散らしながら、騎士は倒れた。


それと同時に、割れた仮面も地に落ち、鈴が乾いたような音を僅かに鳴らす。


露わになった彼女の瞳に目を向けた。



――瞬間、プツン、とリヒトの中で何かが途切れる。


“自分”を保つための何か。


それは、夢か、希望か。


ただ一つ確かなのは、リヒトの中で渦巻く、自分に対する怒りの感情。



そして、溢れる――悲しみ。





彼女の瞳は、ひどく冷たく、ひどく悲し気だった――――。



「ああぁぁぁぁあぁぁああああああ――――!!!」



リヒトの絶叫が、処刑場に響き渡る――……





「リヒト……!」


それは、死を招く行為。


「お願い……! やめて――!!」


何の慈悲もない言葉。


「――殺せ!!」



彼女は彼を、救えたはずだった――――。




【次回】守りたかった存在




「許さない」



彼にはもう、届かない――。

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