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神殺しの少年は世界の終焉を望む  作者: 桐生桜嘉
アシュレイの過去
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死せる狐の鈴音

アレシアの死が知らされ、リヒトの瞳からは完全に光が消えた。

虚ろな瞳はもう何も映さず、自分が処されるその日をただ静かに待っているのだった。

弟たちはそんな兄を心配そうに見つめ、しかし何も声をかけることも出来ず、彼が処刑されるその日まで、ずっと傍らに寄り添い続ける。


そして訪れた、リヒトの死刑執行日。


「――ぉぃ、おい!」


聞こえてきた声にリヒトはピクリと肩を震わせた。

漸く彼女の元に逝けるのかと、どこか安堵に似た感情にリヒトは一つ息をつく。

そしてゆっくりと顔をあげた。

――瞬間、目に映ったそれに思わず目を見開く。


「これ、お前に」


渡されたそれを受け取った。

やがてそこに込められた温もりに、握る手が震え始める。

彼は知っている、これは、彼女との思い出――。


「あのアレシアって子が大事にしていたらしい耳飾り――片方しか見つかんなかったわ。唯一綺麗に残った遺品だ。これをお前に渡したくてな」


そう、それは彼女の誕生日の日にリヒトが渡した耳飾りだった。


「ど、して……」


かすれた声で問いかけるリヒトに、騎士はわざとらしくうんざりとした様子で答えた。


「まるで何かに守られているみたいに傷一つついちゃいねぇ。なにやら魔力が込められてるらしくてな。ただでさえ孤児で引き取り手がいねぇってのに、みんな気味悪がって触れようともしねぇんだよ」


「だからさ」と、一度息をついて騎士は続けた。


「お前、一緒に持っていってくんねぇか? 今からお前の処刑が行われる。……忘れ物、届けてやってくれや」


手の上の耳飾りに落ちた一粒の雫。

それはリヒトの瞳に僅かに戻った、光の粒だ。


思い出すのは、幸せだった日々。

溢れるのは、苦しいほどの愛しさ。


そして忘れぬ、彼女の笑顔。



――思わず、リヒトの口に笑みが浮かんだ。


騎士につれられ牢屋を出る。


「お前は最後まで、俺に笑顔をくれるんだな」


そう呟いて、リヒトは空へと繋がる階段を上っていった――。






リヒトが久しぶりに見た外は、焼けるような空だった。

茜色の炎の中、ちりばめられた小さな輝きがうっすらと姿を見せている。


綺麗だと、素直にそう思った。

まるで彼女に見守られているかのようで、リヒトの心はこれから死を迎える者とは思えないほど落ち着いていた。


『我、罪なる者を裁く者――』


執行人の詠唱により、処刑が始まる。

何人もの“闇”の者たちに死が訪れようとしていた。


木でできた十字架に縛り付けられた彼らの表情は、どこか諦めたような、そして安堵しているような、そんな印象である。


ほとんどの闇の者達が俯き目を瞑る中、リヒトは空を見上げ口に笑みさえ浮かべていた。

茜色の空は徐々に藍色に染まり始めている。

闇に、染まろうとしていた。


「アレシア。……どうして俺らは、出会っちまったんだろうな」


呟かれたその声には哀しみが滲んでいる。

彼女の耳飾りを握る手は僅かに震え、それを抑えるかのようにリヒトは手に一層力を込めた。


『汝、我が呼びかけに応え――』


恐怖と、安堵と、絶望と、希望と。

様々な感情が渦巻くなか、それでもリヒトの口に笑みを浮かばせたのは、彼女の笑顔だった。


「もう一度だけ、見たかったな。もう一度、だけ――……」


呟かれた彼の願いを拾うは――、



――【死】を知らせる鈴の主。



「――っ、なんだ……?」


聞こえてきた音に執行人が詠唱を止め、周りを見渡す。



……――シャラン――……



「何? 何の音……?」


誰もがその音に耳を澄ませた。



……――シャラン――……



美しいその音に、全員が聞き惚れる。


しかし、その音は【死】の合図――、



――――死んだ狐が舞い戻ったのだ。



……――――シャラン。



「――っ!!!」


突如処刑場の中心に炎が現れた。

それは螺旋を描くようにして激しく燃え上がる。


「な、んだ、これは……?!」


熱風が巻き起こり、人々は顔を手で庇いながら目前の火柱を見つめた。

かけつけた騎士らもその大きさに圧倒されるように呆然と見上げている。


「…………」


――リヒトはその炎に見覚えがあるような気がした。

僅かな期待が膨らんでいくように、心臓が徐々に鼓動を早める。


(そんな、まさか――)


瞬きも忘れるほど、炎に見入った。

リヒトの額に汗が滲む。


火柱は空高く燃え上がり、一際激しく燃えたかと思うと、その直後熱風を発しながら一瞬にして消えた。


熱風によって砂が舞い上がり、視界を奪う。

そんな中おぼろげに見えるものがあった。




それは、――靡くワインレッドの長い髪。




それを目に留めた瞬間、リヒトの心臓がドクン、と大きく震える。


彼女はもう死んだ。もう会うことはできないと、そう思っていた。

わかっていても、もう一度だけと願わざるを得なかった。

叶うはずのないその願いが、――今、叶おうとしているというのか。


希望に脈打つその鼓動が、全身を駆け巡る。


(まさか――)


二度と呼ぶことはできないと思っていた、彼女の名を。


リヒトは恐る恐る、口にする。


「アレシア――?」


砂埃が止んでいき、徐々に視界が晴れていく。


……――シャラン。


鈴の音を響かせながら、“彼女”は姿を現した。



――それは、美しい殺人鬼(・・・)の姿。






彼女は紡ぐ、彼の名を――。







『久しぶり、リヒト』












ただ、笑顔でいて欲しかった――……


「っ、……アレシア」


それは彼女の瞳のように。


「や、めろ……」


冷たく、切なく、そして儚げに。


『待ってて』


赤い花びらを散らしながら、彼女は舞う――。



【次回】変わらぬ微笑み




「ああぁぁぁぁあぁぁああああああ――――!!!」



――清き花は血に染まっていった。

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