紅華乱舞
暗殺が成功を重ねるごとに、カルヴィンが立つ“地位”という名の空はどんどん高くなり、そしてそこに“名声”という名の雲が流れていく。
“権力”という名の地はさらに固く、そして広くなり、より確実なものになっていった。
だがその空は闇に包まれ、月と星は赤く、まるで血飛沫のよう。
地は固くなったゆえに、地震が絶え間なく続き、そして――
――地割れを、起こした。
それは、アレシアがカルヴィンの家に来てから、一年の月日が経とうとしていたときのこと。
「アレシア」
夜、カルヴィンに呼ばれ、アレシアは彼の寝室に訪れる。
ベッドに腰掛けていた彼。
疲れの中に焦りが垣間見えた気がした。
「いかがなさいましたか、カルヴィン様」
「…………」
一呼吸おいて、彼は言う。
「違和感を持つ者が増えた。……中には勘付いている奴もいるようだ」
――それは、彼の本当の顔に、周りが気付き始めているということ。
殺人をした本当の犯人に、勘付き始めている者がいるらしい。
「…………」
「お前ならわかってるよな……? 次、誰を殺るのか」
アレシアは目を瞑り、静かに頷いた。
「その方々を殺るのも一つの手ですが、それでは確証を与えたも同然。民からの信頼も失います。殺るなら――」
目を開き、カルヴィンの目を真っ直ぐ見る。
「――味方」
その言葉を聞いた瞬間、カルヴィンはフッと笑みを浮かべた。
「その通りだ。流石だな。……俺の名に傷がつかなければいい。この座に上り詰めた俺の名声が続くなら、――何でもいい、誰でもいい。……殺せ」
彼はもう、人間ではなかった。
見開いた目は、殺すことに何の戸惑いもなく、それが当たり前だといっているようだった。
――欲に塗れた、悪魔のように。
「あなたの命令のままに、カルヴィン様」
アレシアがそう言ったのを聞くと、カルヴィンは安心したのか体から力を抜き、アレシアに背を向けベッドに横になる。
そして目を瞑り、最後に一言アレシアに念を押すように言った。
「頼んだぞ」
「はい」
そうはっきり答えたアレシアは、「おやすみなさいませ」と言って部屋の電気を消し、カルヴィンに向け一礼する。
その瞬間、彼女の口が三日月に歪められた――。
しかし、部屋を出た時にはもう、彼女の顔はいつもの無表情に近いものに戻っていた。
――空に雲がかかり、月を隠す。
月明かりがなくなり闇が広がった。
夜も更け、深夜の不気味な静けさが訪れたその時……彼女が一瞬だけ浮かべた表情の答えがわかる――――。
――闇に包まれた部屋の中。
そこは、暗殺者としてのアレシアのためだけに用意された木製の小屋。
そこにアレシアは一人静かにたたずんでいる。
そして口にしたのは、……魔法。
「――――我と契約せし炎を司りし者よ。今ここに紅蓮の華を咲かせ、その花びらを舞い散らせ――――」
それは、“最高位”の魔法だった。
「――――紅華乱舞」
静かな空間に響いた小さな声。
瞬間、彼女を炎が包んだ。
一瞬で炎は消え、そこから現れた彼女の姿は月に照らされ、紅蓮の華が美しく咲いたようで……しかし、その表情は狐の面で隠されていた――――そう、まさに【紅蓮月華の妖狐】。
白を基調とした着物に、艶のある黒がかった紅の袴。
目元は狐の面によって隠され、その面の耳元から赤い紐が金色の鈴と共に面を飾る。
まとめ上げられていた髪は、下の方で緩く結ばれ、真紅の美しく長い髪が靡いていた。
そしてアレシアの耳には、赤く燃えるような、けれど儚く散る花びらの耳飾り。
――それは、まだ幸せだったあの頃。
アレシアの誕生日にリヒトからもらったものだった。
「……もうすぐ、行くからね」
紅い口紅に飾られた唇が、そう小さく言葉を紡いだ。
するとその瞬間、――彼女は一瞬にして、その姿を消した。
――部屋は再び静けさに包まれた。
そんな中、机の上に置かれた紙の束が窓から吹き込む風にパラパラとめくられていく。
……徐々に風は小さくなり、やがて止んだ。
その時開かれていたページには、人の名前が羅列してある。
その中に“Licht”の文字。
……それは、“闇”の処刑者リスト。
名前が赤い線で消されている中、それはリヒトの名前の前で止まっている。
傍に書かれた日付は、“三日後”を示していた――……
――それは、自身が行ってきた行為。
「なぜ、その姿のお前が、ここにいる……」
どこからか聞こえた鈴の音。
それは、――【死】の音。
「あなたの命令を遂行しにきました」
妖艶は微笑みは狂気を秘め、そして惑わす。
【次回】死の鈴音
彼女は告げた。
冷酷で残忍な――彼自身の言葉を。
「――何でもいい、誰でもいい……殺せ”、と」




