崩壊
アシュレイが“アレシア”として、ディーリアス夫妻の下で暮らし始めて、もうすぐ一年が経とうとしていた頃。
その暮らしに慣れ、その頃のアレシアにとって“当たり前”となった日常を過ごしていた。
いつの間にか日課となっていた、朝の魔法と剣術の稽古と、寝る前の読書。
朝の稽古では基本アレシアだけの練習だが、時折リヒトが付き合ってくれた。
寝る前の読書では魔法書を読み、“火”の項目にあった魔法の中から使えそうなものや興味の持ったものを次の日の朝に練習している。
この頃になっても、リヒトとの間にはまだ気まずい空気が残っていた。
普段は普通なのだが、二人きりのときやふとしたときにそれを感じる。
それはやはり、リヒトのアレシアに対する態度にあった。
少しはよくなった気もするが、まだ出会ったばかりの頃に比べ冷たい。
アレシアはそんなリヒトの態度に戸惑うものの、リヒトを家族として好きなことに変わりはなかった。
彼がアレシアの秘密を知っていようといまいと、そのことに関係ないのだとアレシアは思う。
アレシアはリヒトの態度や言葉から何となく自分の秘密をやはり知っているのだと感じたものの、ちゃんと言うタイミングがなかなか掴めず、いつしかそれを言うのも掘り返すようでまた関係が悪化するような気がして言えなくなっていた。
そうして毎日を過ごしていたある日。
前日に読んだ魔法書の中から幻覚を見せる魔法を選び、朝それの練習していると、リヒトが走って庭に現れた。
「リヒト? どうしたの、そんなに慌てて……」
「お前、隠れろっ」
「え?」
「いいからこっちこい!」
リヒトはアレシアの腕を掴み、家の中へと入る。
そして二階へと上がり、子供部屋へと入った。
「ねぇ、リヒト……? どうしたの?」
自分とリヒト以外の子ども達はまだ寝ていたため、起こさないように声を小さくして、アレシアが再度リヒトに問う。
リヒトもアレシアと同じように声を小さくして答えた。
「――騎士団が、きた」
「え――?」
衝撃の言葉に頭がついていかない。
この場所には生き残っている闇の者達が住み、その闇の者達の幻覚魔法によって、見つかりにくくなっている。
闇は通常の属性よりも強い。
そのため普通に考えて、闇の幻覚魔法を通常の属性の人たちは見抜けない――はずだった。
窓際に寄り、カーテンの隙間から外を覗き見る。
「え、……あれって――」
廃れたこの街の中を探し回る騎士団の中に、アレシアは見覚えのある姿を見つけた。
真紅の髪に緋色の瞳をした人物。
それは――。
「リヒト! すぐに逃げる準備をして!」
「今から逃げるのは無理だ。ここにいて幻覚魔法で凌いだほうがいい」
「幻覚魔法は通用しないっ」
「は? どうして。俺たち闇のほうがあいつらみたいな普通の属性のやつより強いんだぜ?」
「だから、その考え自体が、今回は通用しないの!!」
今までにないほど焦っているアレシアに、リヒトも眉間に皺を寄せ、アレシアに問いかける。
「どういうことだ……?」
「私の髪と眼の元の色、覚えてる? 窓の外にいる騎士団を仕切ってる人の髪と眼、私の本当の色と同じでしょ? ……あれ、私の、本当の、お母様――」
「――ということは、火王って、ことか……?」
事の重大さに気付いたリヒトは、自分の体から血の気が引いていくのがわかった。
そう。外にいる騎士たちを仕切っている、騎士団には珍しい女の姿。
その容姿は、アレシアの元の姿そっくりだ。
アレシアは半年の間ずっと魔法を使って容姿を変えていたため、元の姿のほうは忘れかけていた。
――火王がいるということは、自分達がいくら通常属性より強い闇だからといっても、その魔法は通用しないということ。
特に姿を偽ったり、幻覚を見せたりする魔法に関して言えば、自分たちに勝ち目はない。
……火王はこの世の誰よりも高い、真実を見抜き読む能力を持つという。
まるで、炎神のように――。
「くそっ――!!」
リヒトは舌打ちをし、再び窓の外を見ながら、唇を噛み締める。
未だに起きているのはリヒトとアレシアだけ。
リヒトは必死に頭を動かし、最善策を考えた。
その時――。
「私が行く」
アレシアが口にする。
リヒトは耳を疑った。
「お前、何、言って――」
「私が行く」
アレシアは再度、はっきりと言う。
その目は真っ直ぐに、窓の外にいる火王を見つめていた――――。




