闇への誘い
真夜中。
――“誰もが寝静まる時間帯”。
その時アレシアはアルフォンスの言っていたことを基に、“ある場所”に来ていた。
人目を忍ぶためであろう普段着ているメイド服の上に、アレシアは灰色のローブを着ている。
メイドの象徴でもあろうカチューシャはここにくる前に外してきたようだ。
だんごに結ばれた茜色の髪をフードで隠し、朱色の瞳は“誰か”を探し求め、右に左に動いていた。
この場所に来る前までは晴れていたはずが、徐々に空が曇りやがて雨が降り始めている。
それからも引き返すことなくアレシアはその場所を“ある人”を求め歩いていた。
だがアレシアの他に、人の気配は一切ない。
それもそのはず。
アレシアが来ている場所は“誰もが寝静まっているはずの場所”――
――――そう……“墓”なんだから。
もしアレシアの他にいるとするならば、それは“彼”だけだ――。
火ノ国の墓場は城から少し後方のちょっとした高台にある。
適度に木が植えられ、晴れの日の夜なんかは木からのぞくようにして月が見え、その光に照らされるという墓場としては最高の場所だ。
だが今では、もう雨は小さな音ならかき消してしまうほどの強さになっており、地に雨が落ちる音がやけに大きく聞こえる、正に不気味な雰囲気を醸し出していた。
そんな不気味な雰囲気に包まれた墓地をアレシアはまるで彷徨うように歩き続ける。
――十分ほどたった頃だろうか。
そんな中、アレシアはある一つの名前のない石碑を見つけた。
誰かの墓であろうその石碑は、墓地と呼べる場所から少し外れた、木が鬱蒼と生えている場所にあった。
月明かりも届かない場所にあるその石碑を、アレシアは石碑の前にしゃがみ込みじっと見つめる。
人ひとり分ほどの高さのあるその石碑はその大きさに似合わず、どこか寂しそうに感じられた。
アレシアはふと思う。
――あぁ……ここが“孤独な場所”か、と。
「――よく、ここがわかったね。そして、よくきてくれた」
突如聞こえたその声に顔を上げると、声の主は木の幹に腰掛けていた。
「え――アルフォンス……さ、ま……?」
灰色の髪に紫の瞳――アルフォンスが、木の上からアレシアを見下ろすようにしてそこに座っている。
「その“様”っていうの、やめない? そろそろ僕に嘘つく必要もないでしょ。――ね、アシュレイ?」
「っ――!? どうして、その名前をっ……」
「僕もずっとこの姿でいる必要もないか……」
アルフォンスがそう呟く。
すると、彼を黒い風のような霧のようなものが包み、そしてそれが晴れたとき彼の本当の姿が露わになった。
「“闇の少年”――……」
「そう、僕が“闇の少年”と呼ばれる者。……復讐者だ」
「復讐者……?」
「ほら。君も本当の姿を見せてくれてもいいんじゃない? 火王の娘、火ノ国の王女様?」
「…………」
アレシアは驚きに目を見開き、茫然としている。
そして呆れたような笑みを浮かべふっと息をつくと言った。
「そこまでバレてしまっているなら、もう隠す必要もないでしょう……」
そう言うとアレシアはフードをはずし、結んでいた髪をほどいた。
そして火が彼女を包んだかと思うと一瞬にして消え、火の中から出てきた彼女の姿はアレシアではなかった。
火ノ国の王、アーデントと同じ緋色の瞳。
そして高潔さを感じさせるワインレッドの髪――――。
「それが、本当の姿。アシュレイの姿、だね?」
「えぇ、そうよ。これが、本当の私。火ノ国の王、アーデント王の娘、火ノ国の王女アシュレイ・レッドフォード」
闇の少年はあの読めない笑みを浮かべた。
「アシュレイ。君は僕たち闇の味方になりたい、と言ったね」
「えぇ」
「それが、君の母――アーデント王の敵となる行為であっても……それでも闇の味方になりたいと思う?」
「それでも、私は闇の味方になりたい。“闇の少年”、あなたの味方になりたいの」
少年の顔から笑みが消える。
「――――復讐を、望むの? そして“全て”を敵にする覚悟が、君にはある?」
その声は今までの彼の声とは全くの別もの。
本気でそれを少年はアシュレイに問うた。
「望むわ。私は騎士団に……あの子たちを殺した騎士団に、復讐する。例えそれが火王様の、母上の、敵になろうとも……この世界中の人々の敵になろうとも」
少年はじっと、アシュレイの目の見つめる。
やがて少年の口にふっと笑みが浮かんだ。
その笑みは正に悪魔の微笑み。
彼の漆黒の瞳が不気味に光った。
「ようこそ、闇の世界へ。――僕を含め、闇は君を歓迎するよ」
少年が木の幹から飛び降りアシュレイのほうに手を差し出す。
アシュレイは少年に歩み寄り、その手をとった――――。
「これで君は僕たち闇の仲間。君には期待してるよ。何せ、火王の娘なんだから」
「えぇ。必ず、応えてみせるわ」
少年は笑みを浮かべると、一言「楽しみにしてるよ」と言う。
瞬間、彼を闇が包み込んだかと思うと一瞬にして消え、少年諸共その場から忽然と姿を消した。
アシュレイは一度目をつむると一息つき、そしてその場を後にする。
それを少し離れた場所にある木から少年は見ていた。
『貴様、まさかあれで終わらすつもりじゃねぇだろうな』
「当たり前でしょ。彼女、闇の本当の目的知らないし。母親の火王を殺すなんてこと、今の感じじゃ絶対できないと思うし」
そう、彼があれで終わるはずがない。
まだ、完全に闇に取り込んだわけではない、その状態で済ますはずがないのだ。
『何するつもりだ』
邪心竜が問う。
少年は答えた。
「簡単。完全にこっち側についてもらうだけ。――彼女には少し、傷ついてもらうしかないな」
その会話がアシュレイ本人に聞こえるはずもなく、彼女はそのまま歩を進める。
彼女は知る由もない。
自分の選んだその道が、どれほどの痛みを伴い、そしてどれほどの罪が課せられるのかを――――。




